2020年1月25日土曜日

マレーシア弾丸ツアー

F42国費生の卒業式後、男子学生と
先ほど、三崎の教職員住宅に無事帰宅しました。今週は21日の火曜日から25日の金曜日までお休みをいただいて、マレーシアに「一時帰国」していました。第一のミッションは、8月いっぱいまで教えていたF42の国費生の卒業式に出席する事。第二のミッションは、私が帰国した後、戻ってきた税金やコンドのデポジット、PBTからの給料などが銀行に振り込まれているはずで、その口座を閉鎖し残高を受け取る事。第三のミッションは、友人との飲み会でした。

21日(火)まずは、三崎から大阪の自宅に帰りました。22日(水)の天気予報が伊方も大阪もよくなかったし、関空に長時間運転した後行くのも体力的に厳しいと考え、約9時間かけて帰宅しました。というのもルートの選択を神戸で誤ったためで、かなりヘトヘトになったのでした。

22日(水)少しだけ書店によって、先日エントリーした書き込む日本史を購入。その後、いつものように高速京田辺から関空へ向かいました。車があると妻の送迎が可能で実にありがたいのです。夜10時くらいの、いつものエアアジア便でした。出発時は雨でした。

23日(木)卒業式当日で、3つのミッションが集中している日です。朝4時過ぎにKLIA2に着き、エキスプレスでKLセントラル駅へ。一応予約していた駅近くのホテルに向かったのですが、時間外でチェックインできず、仕方なく朝食をとってから路線バスでPBTに向かいました。卒業式、銀行、チェックイン、飲み会のこと等は別にエントリーしたいと思います。

24日(金)マレーシアより、14:00頃のエアアジアで帰国。関空を10時のバスで出たので、自宅には11:30くらいにに着きました。

25日(土)大阪の自宅を9:00に出て、18:00に三崎にやっと到着しました。

考えれば、弾丸ツアーもいいところで、KLIA2のイミグレで、一泊だけして帰るという日程を不審に思われたようで、女性係官から質問を受けました。(笑)

2020年1月22日水曜日

書き込み教科書「日本史」

三崎高校では、センター試験で、日本史Bを選択する文系の生徒が多い。カリキュラム上、世界史は1年生でA科目として履修し、地理Bは理系の選択科目になっているからだ。今年度は、公民分野で、政経と倫理を教えたが、日本史はほとんど協力できなかった。

私は長い社会科教師生活の中で、日本史を教えたことが3回しかない。それも日本史Aで、幕末以降の近現代史のみ。大化の改新やら戦国武将がどうのこうのというのは授業した経験がない。もちろん全くの無知ではないが、他の科目のように大局から講じることはできない。と、いうわけで日本史Bの教材研究もしようと決意した。ちょっと山川(出版)の教科書など開いてみたが、私の時代に習ったことと違う箇所がそこそこあった。特に読み仮名がちがったりしている。これは本格的にやり直す必要があるなあと思い、ネットで日本史の学習参考書をいろいろ検索してみた。山川の「書き込み教科書 詳説日本史B」がよさそうに感じたので、今日大阪で購入した。(伊方町には本屋がない…八幡浜のモールの本屋にも高校の参考書はおいていない。トホホ。)

必要に応じて、塾にも日本史の関連の参考書を役場に言って、置いてもらおうと思う(問題集は十分にある)が、この「書き込み教科書」は、実際自分で書き込みたいので自費で購入した。

正直なところ、日本史の安土桃山時代以前にはあまり興味が沸かない。と、いうより、いままでの知の集積との属性がなかった。どうせなら、関連する書籍を探して読みながら、「興味」と「強いて努めるコト」という両輪で進んでいこうと思っている。社会科の勉強にはそういう両輪が何より重要だからだ。

2020年1月21日火曜日

持続可能な地域のつくり方

伊方町役場に所用があって、昨日行ってきた。ついに「高校生のための地域経済学テキスト」の参考文献の3冊が手に入ったのだった。どれから読もうかと考えた結果、まずは、「実践 地方創生×SDGs 持続可能な地域のつくり方-未来を育む人と経済の生態系のデザインー(筧祐介著/英治出版2019年6月)」にした。と、いっても例によって私の読書癖で併読してくことになると思うが…。

著者は、一橋大学の社会学部出身で、東京工大大学院、東大大学院に学んだ工学博士でもある。最初のページに、こうある。『持続可能な地域とは、「人と経済の豊かな生態系」が息づいた地域』さらに、次のページには『持続可能な地域には、4つの豊かな生態系がある 土、つながり協働し高めあう「地域コミュニティ」 陽、道を照らしみんなを導く「未来ビジョン」 風、一人ひとりの生きがいを創る「チャレンジ」 水未来を切り拓く力を育む「次世代教育」』

…思わず、その詩的な文章に惹かれるではないか。実に楽しみである。

2020年1月20日月曜日

センター政経の問題 2020

政経は専門ではないのだが、今回未咲輝塾では、倫理より政経の過去問や模擬問題をかなり見てきた。それらと対比するとバランスが良いように思える。もちろん重箱の隅問題も各所にあるが、秒殺問題(簡単な問題)もあり、こんなもんだという既成事実があるので驚きはない。
こちらも倫理同様、読解力が試されているが、ある程度納得できる。人文学と社会科学の差のような気がする。倫理より選択肢の差が明確なのである。

ある有名予備校の分析で、需要供給曲線の問題(第1問/問8)が難しくなったとの記述があったのだが、私はそうは思わない。
「自由貿易下のある商品の国際価格がPの時、国内供給X1と国内需要X2との差だけ輸入されることを示している。ここで、他の事情を一定とした場合、当該商品の輸入量を増加させうる輸入国に関係する要因として正しいものを選べ」という問題である。
①国際価格の上昇 ②国内産業の生産性の向上 ③国民の所得の増加 ④関税の引き上げ(需要供給曲線の図は、画像参照)

需要・供給曲線のシフトの理解を問う問題である。①は需要の減少=需要曲線が左へシフト=X1とX2の間隔が狭まる=輸入量は減少、②は供給曲線が右へシフト=X1とX2の間隔が狭まり、輸入量は減少 ④関税の引き上げは、Pの価格が上がり、X1とX2の間隔が狭まり、輸入量は減少。よって正解は③である。③は、需要曲線が右へシフト=X1とX2の間隔が広がる=輸入量が増加。

たしかに単純な問題ではないが、そんなに難しいとは思わない。良問だと思う。

センター倫理の問題 2020

久松真一先生 http://shinchakai.main.jp/
3年ぶりにセンター試験倫理の問題を見た。以前より、かなり解答の選択に読解力を必要としているし、選択肢も複雑化している。(政経も同じだが…。)少しばかり、感想を述べておきたい。予備校の批評では、新しい哲学者が出題されどうのこうのと、今年もニューフェイスの登場について書かれていた。まあ、一部の超進学校や予備校以外の普通の高校側としては、それは想定内だと思う。どんなニューフェイスが出るかなど、宝くじのようなものだからだ。

私が最も印象に残ったのは、久松真一先生の名前が出てきてちょっとびっくりしたことである。(第3問/問8)ただし、「茶道の哲学」の中の文章を読ませて最も適当な意訳を選ぶという問題なので、久松真一先生が何者であるかは問われない。久松先生は、西田幾多郎や鈴木大拙を学んだ有名な禅学者であり仏教学者である。

おそらく専門家の先生方が平均点や配点も含めて苦労して作られた問題だろうから、あまりぐちゃぐちゃ言う気はないのだが、重箱の隅をつつくような問題は、特に倫理にはそぐわないような気がしている。(これは永遠のジレンマだろうなと思う。)

2020年1月19日日曜日

大洲と八幡浜を歩く。

センター試験2日目、塾の受験生の科目がほぼ終わった頃、妻と共に出かけることにした。今日は日曜日なので、大洲のポコペン横丁が開いているはずなので行ってみた。昭和のレトロ感満載のスペースで、予想どおり面白い。後から分かったのだが、冬期は第3日曜のみ開催とのことで、来週だったらあやうく無駄足だったわけだ。
今日の大洲は意外に観光客が多くて、だいぶ遠くの駐車場に停めることになった。おかげと言っては変だが、街道沿いの商店街で「銃砲店」という看板を見つけた。おそらくイノシシなどの害獣駆除のための猟友会ご用達の店だと思う。一応中を覗いてみたが、猟銃などの陳列はなかった。私はデトロイトで銃砲店に入った経験があるが、様々なライフルが所狭しと並んでいたのと比べると、大いに違う。連合赤軍のあさま山荘事件以来(注:銃器店が襲撃され銃を多数奪われた。)そうなったのかななどと考えていた。ともかくも、日本で初めて銃砲店を見たのだった。
帰りに前から行こうと言っていた八幡浜市保内のハイカラな街並みを歩くことにした。明治から大正期に八幡浜はかなり栄えていたようで、その名残が保存されている。途中で散歩中のおばあちゃん2人組に出会った。我々が三崎から来たと言うと「ああ、本三崎…。」と返ってきた。地元の人は、フェリー乗り場を有する三崎を『本三崎』と呼ぶということは聞いていたが、それを実証した格好だ。八幡浜も人口減少でずいぶん寂しくなったという嘆きをここでも聞くことになった。
明日は、午前中に地元の病院に行く予定だ。ちょっとでも歩いておこうという思惑だったのだが、大洲も八幡浜も平地なのであまり歩いた気にならない。(笑)明日の血糖値検査結果が心配である。

2020年1月18日土曜日

センター激励で愛媛大学へ。

センター試験当日である。朝6:00にN先生と共に教職員住宅を出た。愛媛大学で受験生を激励するためである。8:00すぎに正門横で受験生、三崎高校の先生方と合流できた。各先生方や塾からのキットカットを手に、彼らは受験会場に向かって行った。

PBTではEJU試験会場によく行ったが、日本ではついぞセンター試験会場に行ってはいない。これは、大阪では受験会場が男女別になっているからで、行きたくても分身の術が使えないからであった。(笑)愛媛大学には、多くの他の高校の先生方も同様に集まっていた。こういう伝統があるのだと思う。

愛媛県の高校のセオリーみたいなものがだんだん分かってきた。服装も常にネクタイ着用できっちりしているし、授業や集会などでもすこぶる礼儀正しい。今日の会場に駆けつけての激励もその延長線上にあるような気がする。

倫理や政経はどうだったのだろうか。やはり心配ではある。マレーシアに渡った時、もう二度とセンター試験とは関わらないだろうと思っていたけれど、こうして関わっている自分が少しばかり可笑しくもある。

明日は、理系科目だ。今日の文系科目のことは忘れて、明日もα波で行け!