2020年1月17日金曜日

ブルーハーツな人

https://www.makuake.com/project/masatoworlddream/
妻はブルーハーツが好きなようで、よくYouTubeで聞いている。ブルーハーツは、かなり衝撃的な歌詞である。シュールだと言ってもいい。「気が狂いそう」とか「ドブネズミ」とか…。『1000のバイオリン』という曲では、ミサイルほどの鉛筆とかヒマラヤほどの消しゴムなどという歌詞が出てくる。その詩の趣旨は”おもしろいことをたくさんしたい”というところにあると思う。

今日、世界一周学校のNさんが塾長のN先生の招きで三崎高校にやってきた。午前中に三崎中学校でも授業に招かれ、午後は本校の世界史Aの授業で、世界一周の体験を語ってくださった。南極マラソンから始まり、サハラ砂漠マラソンや、フィジーの話、エチオピアのインジュラの話、赤道の話、キルギスのロバの話などいろんな話が出た。1時間ではもったいないほどの密度だった。私はNさんの話を聞いていて、前述のブルーハーツの『1000のバイオリン』を想起したのだった。後で聞いたら、旅行中よく聞いていたそうで、私は思わずニンマリしたのだった。まさに、ブルーハーツな人だった。

阪神淡路大震災から25年

いっせいに芽を吹きだした雑草のように https://judejude.exblog.jp/22110700/
私の愛車・中古のダイハツのムーブは、エンジンをかけると「今日は×月×日、○○の日です」という声が聞こえるシステムがある。(もしかしたらカーナビなのかもしれない。)今日「1月17日は、防災・ボランティアの日」だそうだ。そう、今日は阪神淡路大震災からちょうど25年目の日である。

25年前というと、私は工業高校に勤めていた。今の枚方の自宅から通っていた。私の自宅は大きく揺れ、思わず飛び起きたものの、幸い何も被害はなかった。TVをつけて、神戸の方に被害が出ているらしいことだけが分かった。学研都市線は動くだろうと駅までいったが運転停止になり、一度自宅に帰った。さらにTVでは酷い状況を映す出していた。もう一度駅に向かったがやはり動かない。今ならネットで素早く情報が入るだろうが、当時は携帯電話すら一般的ではなかったし、PCも88で、3.5インチフロッピーすらまだ登場していない時代であった。まさに隔世の感がある。結局学校には出勤できないまま、1日中、ブラウン管(=TV)を見ていた。信じられない光景が次々と映し出されていた。

阪急電車が西宮までようやく運行されるようになった時期に私もボランティアに参加した。その後さらに1年くらいたって、この震災で避難所となった小学校での様々な体験をされた教頭先生の原稿を元にシナリオ化し、「いっせいに芽を吹きだした雑草のように」という劇を演出した。最後のシーンは、卒業生が一人ずつ、震災に負けないとのコメントをしていく。(この学校の伝統らしく、これを使わせてもらった。)そしてタイトルとなった歌を歌う。当然ながら、シナリオを書く前に、実際に舞台となった学校にも行かせてもらった。まだまだ青いビニールシートがあちこちにあった。多くの方が避難所を出ていった後だったが、まだ数人残っておられた。憔悴したその顔を私は未だに忘れられない。

あれから25年。神戸の街は完全に復興した。今朝、阪神淡路大震災から生まれた様々なメリットもあるとのWEB記事を妻が教えてくれた。そのなかに災害ボランティアの誕生というのがあった。…だから、今日はボランティアの日でもあるのである。納得。

2020年1月16日木曜日

プロの本番(2)

三崎高校の創立記念日で、午後から生徒会が運営する記念式典と、スピーチコンテストが行われた。体育館は寒くて、センター試験を受験する生徒が風邪をひかないか気が気ではなかった。(笑)スピーチコンテストは実に素晴らしかった。なかでも三年生のスピーチには感涙してしまった。

三崎高校は、業界用語でいう全入の学校である。入学定員に志願者数が足りず、全員が合格する。ということは、学力差が激しくなる。塾で集中して勉強している国公立大学に十分行ける生徒もいれば、中学校時代不登校気味だった生徒もいる。三崎高校はこういう不登校気味だった生徒を再生する力がある。私も何人か知っているが、生徒会やせんたん部、あるいは部活で自信を取り戻し、リーダーとして活躍している生徒もいる。おそらくは、先生方の熱心な指導と小規模校故に「その他大勢」になる余裕がないからだと思っている。今回スピーチした3年生の生徒は、以前”大久”に一緒に視察に行ったことのある生徒で、コミュニケーション能力に難のありそうな生徒だった。塾生ではないが強く記憶に残っていた生徒だ。もしかしたら緘黙の生徒かもしれないと思っていた。

その生徒は中学時代に何らかの理由で自信を失い、コミュニケーションがうまく取れなくなり、1・2年生の時は休みがちで退学することを考えていたという。しかし先生方の家庭訪問、激励を受けて、なんとかやめずにこれたらしい。3年になって、就職試験のための指導で、大きな声を出す練習をしてから、だんだん自信ができたとのこと。バス通学でお年寄りに勇気を出して席を譲れるまでになったのが何より嬉しかった、三崎高校に来て本当によかった、という内容。タイトルは『大進歩』。本人にとってまさにタイトル通りの高校生活だったわけだ。私は、少しだけだけど知っているだけに、大感動のスピーチだった。同時に三崎高校という素晴らしい学び舎の存在に自分がいることを誇らしく思う。

その後、教師の研修会があって、不登校をライフワークにしている方のワークショップがあった。不登校とは直接的な関係はなかったが、集団内におけるコミュニケーションについて考えさせられるもので、大いに勉強になった。終わってすぐ、速足で塾に戻った。倫理の直前講座のためである。
昨日は、近代哲学のデカルトから実存主義のサルトルまで、4時間でやった。今日は社会契約論を含め、構造主義からプラグマティズムまで3時間強。プロとして、できるだけのことはやったつもりだ。結局、様々な逸話を挿入しながらコンパクトに教え込んだ。理解は十分だと思う。その後の整理と記憶は本人次第。『α波で行け』という受験の極意も伝えた。プロの本番。その戦いに勝った、と私は信じている。

2020年1月15日水曜日

司馬遼太郎 胡蝶の夢(一)

荘子の胡蝶の夢 https://nostalgi.jp/library_titles/history_titles/histories_kocho-no-yume.html
司馬遼の「胡蝶の夢」の第一巻を読了した。この小説は、奥御医師の松本良順と佐渡出身の伊之助と言う凄い記憶力をもった少年の物語である。大体において、司馬亮の長編小説は、第一巻が鬼門である。「竜馬が行く」でさえ、第一巻を読み切るのに時間がかかった。その時代、その小説のシチェーションの説明が必要不可欠なために、歴史学的な前提が説かれるからだ。今回は、奥御医師の世界がまず描かれる。この極めて無意味な封建社会の階級制度の話が現代の我々を不愉快にさせる。まずは、これを克服しなければならない。幸い、司馬遼の筆力がそれを補ってくれるので、無事読み終えた。半分ほど読んで、これはいけると思ったので、すでに来週のために第二巻と第三巻を手に入れてある。(笑)第一巻で、印象に残った話を記しておこうかと思う。ストーリーとは全く関係のない部分が多い。例によって、社会科教師の教材研究的な視点になってしまう。

江戸時代の鎖国と儒教・好奇心について 同時代、明も清もまた鎖国で李氏朝鮮も鎖国であった。ただ中国・朝鮮の場合、社会の体制が、血肉化した儒教でもってできあがっている。(中略)結果としては、社会全体としての好奇心が無いに等しくなる。この両国が鎖国を守る事ができたのは、好奇心の喪失ということが大きいであろう。日本の場合も徳川幕府は儒教を重んじた。が、多分に漢籍が輸入され、それを読むというかたちの儒教で、たとえば儀礼でもって村落の秩序が成立しているということはなく、また儀礼でもって冠婚葬祭が行われることもなく、日本の儒教は多分に教養であり、箇条書きの道徳綱目にすぎなかった。社会を成立させている基本思想としての儒教が徳川日本に存在したわけではない。しかしながら、徳川幕府は好奇心を抑圧しなければならなかった。社会のあらゆる慣習から持ち道具に至るまで、新しい事や物を望まず、その類のものを権力と法で禁じた。もし禁じなければ、270年も続いた江戸体制という精密な封建制と封建性のなかの安泰は、もっと早い時期に崩壊していたに違いない。
…この儒教についての考察は、同じ東アジア圏でも日本は特殊であるという点で私も同感である。好奇心の問題も幕末には押さえられなくなっていく。まさにフーコーの言うとおり、権力と知は密接な関係にあるわけだ。

適塾と順天堂について 適塾も順天堂も、いうまでもなく総合的な性格は少しも持っていない。適塾の場合、医学のヨーロッパ的な総合性という大きな体系の中から、わずかに病理学と解剖学の概論書を二冊抜いて「医学」とした。この二つを学べば何となく人体がわかったような気がし、病気のモトも理解できたような気がするという霊妙さがあった。(中略)これらの学問の修得は、当時、国家(あるいは世界) といったものを観察したり、分析したり、認識したりすることに役立った。という以上に、思考法そのものが書生たちにとって脅威であり、(中略)適塾から医者以外の多くの人材が出た。順天堂は、原書を読むより治療に巧みになることを重視した。
…福沢諭吉や橋本左内、村田蔵六=大村益次郎等の基盤が病理学と解剖学にあるというのは実に納得できる。若いころに学んだ学問を基盤に人間は自分の思考回路を形成すると私も思う。

思想や哲学について 伊之助が『老子』に凝ったのも、特にその生命についての解釈に傾倒したのも、右のように生命の恐怖心が苛烈なほどに剝き出てしまったことの反映であるようだ。思想や哲学は、要するに自己の性格の中の、はれもののように持て余している部分の単なる反映であるのかもしれなかった。
…『思想や哲学は』で始まるこの短い文章は、実に奥深い。様々な哲学者に当てはめることができる。私が司馬亮を読むのは、こういう文章に出会えるからだといってよい。

2020年1月14日火曜日

プロの本番

いよいよ今週の土曜日、センター試験である。先週土曜日に、推薦入試がうまくいかなかったので急遽センター試験を受ける必要に迫られた芸術系志望の生徒と話していて、社会は日本史だけでなく、倫理も受験することがわかった。日本史の方は少し関わったが、年末年始は鉛筆デッサンに集中していて、私もそのあたりの事情を聞き逃してしまっていた。年末に受けた模擬試験では、日本史はともかく、倫理は惨憺たる結果だったらしい。もう少し早く言ってくれればとの愚痴もでてしまうのだが、とにもかくにも、できる限りの対応をしょうと決意している。

センターの倫理では、やはり源流思想分野と呼ばれる、ギリシア哲学、キリスト教、イスラム教、仏教・インドの思想、中国思想が絶対出てくる。西洋哲学史は絶対出るという分野はないが、カント以前もカント以後も実存主義もどれかが出る。ちょっと読みにくい。日本の仏教と儒学国学も頻度が多い。限られた時間で、どれをどれくらい教えるか、まさに「プロの本番」である。

倫理に関しては、今まで時間をかけて、国公立を目指す生徒に、90点以上/100点を毎年取らせてきた。今回の話は、そこまで精度をあげなくてもいいだろうが、与えられた時間はわずか3日間である。(金曜日午後には、松山に前泊する必要があるので、放課後塾で講義する時間がない。)プロとして、ここは踏ん張ろうと思う。受験する生徒に合わせて、最大限の効果をあげれるように工夫したい。まずは、今日、源流思想分野を3時間でやりきったのだった。

2020年1月13日月曜日

西予市 三瓶に行ってきた。

西予町の三瓶(みかめ)に行ってきた。ここは、八幡浜市の南に位置し、海の駅・潮彩館というのもある。マンボウが水槽で飼われているというふれこみだったのだが、今は閉館中だった。…残念。昔書いたシナリオの原本では、主人公がマンボウというあだ名だったので、劇団のチーム名が「マンボウ」だったこともあって、私はマンボウに属性がある。もちろん北杜夫の本もだいぶ読んだけれど…。
子供用の豚のロデオもあってなかなかかわいい。(マレーシアではありえないと思う。)商業施設の規模は、三崎の「はなはな」とあまり変わらないように感じた。

三瓶は、前から気になっているところだったのだ。西予市では、我々と同様地域おこし協力隊として公営塾の募集を行っていて、この三瓶にある県立高校がその中心となるのである。(公営塾の対象は、西予市の3つの県立高校である。)愛媛県内では、三校目の公営塾になる。おそらく、我々未咲輝塾は無関係ではいられないからだ。
https://www.city.seiyo.ehime.jp/ijyu/yattimiru/7038.html

三瓶の印象は悪くない。三崎より八幡浜市に近いし、海あり山あり、コンビニあり、スーパーもあったので、三崎より都会感がある。(笑)そうそう、三瓶のことを調べていて、驚いたのは、SMAPの草彅剛氏誕生の土地らしい。(2歳の頃に埼玉県に引っ越したらしいので、出身地と言うより出生地といったほうがよさそうだ。)

2020年1月12日日曜日

マレーシアの教育相辞任 考

次世代リーダー塾でのマハティール首相 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/439506/
久しぶりに、マレーシアの事をエントリーしようと思う。先日のイラン危機に際して、マハティール首相はアメリカを強く非難し、「イスラム教国は結束を強めるべきだ。」と訴えた。私は、マハティール氏をマレーシアが生んだ類まれなる天才政治家と尊敬している。だが、マハティール氏は開発独裁型の政治家であり、聖人君子だとは思っていない。以前、アジア通貨危機の時に後継者と考えていたアンワル氏(現副首相)を刑務所にぶちこんだこともあるし、前回の総選挙で手を組み、後継に指名したものの、なかなか禅譲しようとはしない。いや、できないでいる、と言った方がいいと私は思う。

ここには、マレーシアのブミプトラ政策をめぐるジレンマがある。おそらく、マハティール首相は、5.13事件を機に民族対立が激した時、マレー優遇の旗を振ったのは自分であり、経済格差がかなり縮小した現在、OECD入り(=先進国入り)を目指すうえでこのブミプトラ政策を縮小するのも自分の役目だと考えているように思う。自分が作り、自分が終わらせる…そう考えているのではないだろうか。
現在の国民国家マレーシアの政治は、人口比で言えばマレー系が多いが、経済面では中華系・インド系が中心で、彼らを無視できるような状況にはない。多民族共生のための政策バランスが絶対に必要なのだ。
先年、国連の人種差別撤廃条約の批准の際は、マレー系の保守勢力の反対にあって断念せざるを得なかった。これは、ブミプトラ政策破棄の前兆ではないかという危惧から出ている。しかし、マハティール氏は知っているはずだ。中華系・インド系の若者の頭脳流出がかなりの数に達していることも…。

先日、教育相が辞任した。その理由は20年から小学校の国語でジャウィ文字(マレー語のアラビア語表記)の導入を進めようとしたところ、中華系・インド系から反対運動が起こり、その責任をとることになったのだ。マレーシアでは、(あえてこういう表現を使うが)マレー語が国語である。これは憲法で絶対的な位置をしめている国是である。つまり、中華系・インド系の人々からすれば、マレー語の授業自体、あまり必要としていないところにさらに負担が増え、国教であるイスラム教の圧力が増すと感じたのだろう。中華系の学生を教えた経験からすると、家では中国語(ただし出自によって広東語や福建語、客家語などの差がある)あるいは英語で会話し、学校でマレー語と英語を学ぶことになる。非常に語学の時間が多いカリキュラムになっている。しかもマレー系学生は、意外にも、英語で自然科学を学んだ方が価値的だということを指摘したこともある。こういう事情を鑑みるに、前教育相のジャウィ文字導入は、時代に逆行しているように見える。

マレーシアの宿痾は、ブミプトラ政策を守り続け、イスラム化を進めたい保守的なマレー系の顔を立てながら、中華系・インド系の利害をある程度認め、多民族共生をはかり、経済成長を進めねばならないというジレンマである。開発独裁を批判するむきもあるが、私はマレーシアには必要だと思っている。現在のマレーシアがあるのは、マハティール氏が作り上げた上(政府)からの、圧力による多民族共生の成功と、絶妙なバランスで、西側とも中国とも是は是、否は否としながら経済発展の道を進んできたからだ。

今回のマハティール首相の「イスラム教国は結束を強めるべきだ。」という発言は、教育相辞任という政治状況がバックにあると考えるべきだと思う。(もちろん、アメリカのエゴ丸出しの保護主義は大嫌いだろうが…。)マレーシアの首相は聖人君子で務まらないし、あらゆる矛盾の中でその時その時の正解を導き出す能力が求められているのだ。