近世より中世、中世より古代の方がいい時代といった復古維新的な発想について。日本は明治維新の時、日本本来のあり方についてどこまで戻そうとしたか?1つが建武の中興、後醍醐天皇の時代、さらには中国から入ってきた律令制導入以前。これは5.15事件の理論家でアナーキズムと国家主義思想の双方に影響を与えた後藤成卿(せいきょう)の論。さらに、日本神話の天地開闢(かいびゃく)まで戻るべきと唱えた人々もいたのだが、伊勢神道系と出雲系で分かれるので難しい。解釈学では大和朝廷による国家統一の過程を神話化したとされる。西洋でも哲学の根っこはギリシア神話とつながっており、その連続性のなかにある。(P22-23)
…こういう秘史的な話を佐藤氏はどこで身につけたのかと思う。例の獄中であったとすれば、マイナスを見事にプラスに変えたといえるだろう。
2019年、フランシスコ教皇が来日した際、反原発の立場をとった。その理由は、創造の秩序の神学に身を置いているからである。神はプルトニウムをつくっていないから、人間はそういうものをつくってはいけないというわけである。ゲノム編集も合成生物学もダメということになる。自然の中に神の意志があるという考えは、極めてプレモダンであるが、モダンの危機の中で、ポストモダン的な状況の中で再び脚光を浴びている。プロテスタンティズムは明らかに袋小路に入っているが、カトリシズムが同じ袋小路に入らないのは、モダンの時代に背を向け、プレモダンな状況に身を置くという選択をしたからである。(P25)
…このカトリックがプレモダン(近代以前)の状況に身をおいていの反原発という論理は実に興味深く感じた。同時に、プロテスタンティズムが袋小路に入ってしまっているという箇所が気になった。新しい研究材料である。
神学は基本的に「独断論」の立場を取る。自分にとって絶対に正しいことがあるというところからスタートする。哲学的な思考は、究極的には独断論か不可知論かしかない。正しいものは何もない、あるいはとりあえずこれが正しいことだ、という事で始める、どちらしかない。現代の哲学で、独断論の立場を取るのは、神学以外では、フッサールの「現象学」のみである。独断論といえばナンセンスに思えるが、反証主義をそこに合わせれば問題は生じないので、独断論は重要である。とりあえず独断論の構えから始まっても、反証主義的に開かれたカタチにしておく=反証可能性を残しておくなら議論ができるからである。最初から本当か嘘かを問う不可知論では議論自体が進まない。(P28-29)
…この「独断論」について、神学とフッサールの現象学が反証可能性を残している独断論であるいう対比の記述は実に面白い。なるほどと感心した次第。
カントの物自体(Ding an sich)は、考えても無駄だとされるようなもので、限りなく神に近いものである。ところが、そういうものに対しても価値の哲学という形で扱うことができると考えたのが新カント派である。解釈が前提となる新カント派は戦前・戦中の日本の教養主義の中で大きな地位を占めていた。この時代の人達が書いたものは基本的に新カント派の考えの枠内にあると思ってよい。
本書のテキストとなっている著者の淡野安太郎氏も同様である。彼はこう記している。「その宏大無辺な宇宙を自己の思想の中に包み入れることができるし、また包入れずにはおれない。」こういう考え方(1人の人間の中で全世界を整合的に解釈するという考え方)は、世界観である。
世界観を最も強調した潮流はマルクス主義である。だから、マルクス・レーニン主義は世界観であるが、スターリンの場合は『弁証法的唯物論と史的唯物論』の中で、その世界観の主体を党(共産党)にした。正しい世界観は党が持っている、ということにした。その党の意思決定は、党の政治局によってなされ、政治局の意思決定は書記長によってなされるので、書記長の見解が唯一の正しい世界観になる。
この構成は、カトリック教会と一緒であるが、全体主義と受け取られるのを避けるため、教義に関する事柄と道徳に関する事柄については、ローマ教皇が教皇座から言う事は過ちを免れる(教皇の不可謬性)という言い方をすることで、世界観を持っている教会であることを正当化しているのだが、佐藤氏によればスターリニズムと全く同じ図式だと手厳しい。(P32-33)
…カントの物自体が神に近いという記述は、目からウロコである。実践理性のみが関与できる存在であるくらいにしか思っていなかった。さらに付記すると、高校倫理では、新カント派については、新プラトン主義ほど語られないというより、ほとんど登場しない。新鮮である。
…世界観という視点から、スターリンに突入しているのが興味深い。これは、現在の中国共産党にも言えることではないか。習近平の世界観も同様に、中華思想に凝り固まっているがゆえに、現在のような馬鹿げた事態を招いているように思う。
…ところで、まだP30くらい。本書はP435まである。(笑)


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