2022年12月12日月曜日

マタイの福音書とダビデ像

https://world-note.com/david-di-michelangelo-size/
「逆説の世界史2」の備忘録の続きである。今回は、キリスト教関係の蘊蓄。紀元前(B.C.)は「Before Christ」で英語なのだが、紀元後(A.D.)はラテン語で「Anno  Domini」.主イエス・キリストの年代の意である。この紀元0年がイエスの生年かというと、かのヘロデ王がベツレヘムの乳幼児を殺害する指令を出し、イエスらはエジプトに逃れたことを鑑みると、紀元0年にはヘロデ王は亡くなっているので、それ以前というのが現在の研究成果である。イエスの生年月日は12月25日になっているが、当時存在したミトラス教が冬至を祝う祭りがあり、キリスト教に取り入れられたのではないかという見解がある。ちなみにクリスマスイブ:前夜も重要視されるが、昔は1日の始まりが日没からだったことに由来している。冬至を祝う習慣は、この日をどん底にして、だんだん日が長くなり太陽の力が復活していく意味合いと考えられている。

ところで、キリスト教徒にとって、ユダヤ教徒は差別の対象になっているが、その主因は「マタイの福音書」にある、ピラトにイエスの死刑を要求する場面で「その血の責任は、我々とその子孫にある。」と民がこぞって言ったというところにあるのは周知の事実であある。著者は、それ以外のマルコ・ルカ・ヨハネの福音書には、この文言はないことを記し、マタイ以外の証言者が騒乱の中で聞き取れなかった可能性はあるものの、(もし中世のスペインあたりで、こんなことを口にしたら間違いなく死刑だろうが)子孫にまで云々という言質は常識的に信じられないとしている。

これに関連して、ルネサンス期の傑作、ミケランジェロの「ダビデ像」は、ペリシテ人の巨人ゴリアテを倒したダビデ王の少年時代の像なのだが、男性期には割礼の跡がないそうだ。ユダヤ教を「旧約」として認めながらも、当時、亡国の民であったユダヤ人への差別意識が垣間見えるというわけで、興味深い蘊蓄である。…今日はここまで。

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