2014年9月26日金曜日

毎日 ESDユネスコ世界会議

毎日新聞の今日の朝刊に、ESDユネスコ会議が岡山・名古屋で11月に開催されるという記事が載っていた。ESDの紹介やユネスコスクールが705校にまで拡大したことも紹介されていた。

ユネスコスクールという存在を知ったのは、もうかれ10年以上前になる。小泉首相という人には毀誉褒貶があり、私も批判したいことがたくさんある。だが、2002年にヨハネスブルグで、ESDを世界に発信した点は大いに評価している。これに世界が賛同し、ESDの推進に動いた。しかし、日本では、ESDの推進を旨とするユネスコスクールは全く根付かなかった。国立の学校を中心に20校ほどが申請したが、事実上名前だけだったらしい。

大阪の高校では、国立O大付属高校のI先生が、府立K高校に人事交流に出られ、そこでユネスコスクールの種を植えるところから始まった。K高校の校長が偉い方で、O大付属高校に戻られてからユネスコスクールに申請すべし、K高校は2番目に申請する、と言われたと聞いている。この2校から大阪の高校のユネスコスクール化が始まった。私立H高校がそれに続いた。この頃、I先生から、次は大阪市立ですねと、私は声をかけられていた。これで、国立・府立・市立・私立と全てが揃うというわけだ。前任校で、幾度となく動いたのが、ついにユネスコスクール化は私の在任中に出来なかった。I先生を中心に、大阪で世界のユネスコスクールの高校生が集まったことがある。この集まりにも私は前任校の生徒と参加させてもらったが、生徒に「何故うちはユネスコスクールになってないんですか?」と詰問されたこともある。実に口惜しかった。

そして、ふと気がついてみると、府立高校を中心に、14校にまで拡大していた。もちろん大阪市立の高校はゼロである。

この11月の世界会議の件を、新聞の紙面で知るという事自体が、今の私の立場を物語っている。以前ならば、こういう情報は事前に入っていたし、何らかの形で参加する方向性をもっていたはずだ。

今、3年生の担任として、これ以上は出来ないというイベントによる人づくりを終えたばかりである。生徒たちが本当に愛しい。中間考査以後、新たなアフリカを題材にした新ゲームを実践しようと思っている。だが、ユネスコスクールをめぐる、こういう現状は実に骨身にしみるのである。

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