2022年11月22日火曜日

海音寺潮五郎を読む。

学園の図書館で、海音寺潮五郎の「幕末動乱の男たち」(上・下)を借りてきた。私は、この時期の歴史小説しか興味がないのである。(笑)ここで、取り上げられているのは、上巻が有馬新七、平野国臣、清河八郎、長野主膳、武市半平太、小栗上野介。下巻が、吉田松陰、山岡鉄舟、大久保利通、三刺客伝(田中新兵衛・岡田以蔵・河上彦斎)である。吉田松陰と大久保利通を除いて、なんとなくマイナーな感じがいい。

さて、海音寺潮五郎を読むのはかなり久しぶりである。「西郷と大久保」以来かな。幕末の時代小説はかなり読みこんでいるが、やはり絶対数が多いので司馬遼太郎が主である。それから山岡荘八、大佛次郎といったところになる。最近は吉岡昭も含まれる。

今回、海音寺潮五郎を読んでいて、あれっ?と思ったのは、鳥羽伏見の戦いの前後、江戸で薩摩藩屋敷を中心に浪士が集まり、江戸の治安が悪化した件。司馬遼などの記述によれば、これは西郷の陰謀説だったと記憶する。今回、読んだ海音寺潮五郎では、西郷は浪士たちを抑えるため益満休之助(山岡鉄舟と駿府に行く、勝海舟があづかっていた薩摩藩士)を送ったことになっている。(もちろん、彼らを使い挙兵することも念頭にあったと海音寺も書いている。)微妙な相違のような、大きな相違のような…。作者が違えば当然と言えば当然。

また海音寺は、鳥羽伏見の戦いを兵力数から幕府軍有利だった、と見ている。なのに、朝敵の汚名を恐れて慶喜が逃げたという書き方をしている。しかし、薩長土の兵器と幕府軍の兵器の差は大きい。もし戦わば、薩長土が一蹴したような気がする。この辺も司馬遼や山岡荘八、大佛次郎と違うところである。

この本は、資料を丹念に調べ上げたノンフィクションといった色彩が強い。歴史小説のようではあるが、新しい歴史的事実が垣間見えて面白い。

2022年11月21日月曜日

風が吹くとき

昔々、映画館で「風が吹くとき」というアニメ映画を見た記憶がある。おじいさんとおばあさんが、核戦争によって、被爆する話である。

詳細は、以下に詳しい。https://mihocinema.com/kazegahukutoki-54397

先日、ふとこの映画のことを思い出した。戦後70年以上、世界的には様々な戦争があったが、日本は戦争を経験してこなかった。完全に平和が日常化した。だが、台湾有事は間近に迫っているように感じざるを得ない。そうなれば、日本は無関係ではすまないだろう。どういう事態になるのかはわからないが、この「風が吹くとき」同様の核戦争が起こり得るかもしれない。まさか、自分が、このおじいさんとおばあさんに近い年齢になって、そういう危惧にさいなまれるとは思わなかった。

このおじいさんとおばあさんは、政府が助けに来てくれると信じている。(舞台はイギリスの片田舎なのでイギリス政府である。)この頃よりも情報が過多である現在、その政府が全く信用できない存在だと我々は気づいてしまっている。この映画は全く救いようがない内容のだが、少なくとも政府を信じれている彼らの方が、知ってしまっている我々よりは救いがあるように思うのだ。

私などは、悔いのない人生を送ってきた。いつ何時臨終の時を迎えても悔いはない。ただ、多くの若い教え子たちの未来を思うと、いたたまれなくなる。信用できない政府を無理やり信用でもしなければやってられない昨今である。

2022年11月20日日曜日

干し柿

四国にいた時、197号線ぞいの瀬戸町農業公園で、妻が小さな干し柿を見つけた。おそらくは売り物にならないほどの小さな渋柿を、風の強い佐田岬半島で干したものだった。いやあ、これが絶品。ここを通るたびに大人買いをしたものだった。

今年は、妻が自分で干し柿を作ることになった。安い渋柿を見つけては、皮を剥いてリカーでカビが生えないようにして、ベランダに干している。今日の画像参照(拡大可能)。これは今は亡き義兄の遺品である干し魚を作るための網らしい。前回は実際に紐でつるしていたのだが、今回はこういう形で干していた。

これが実に美味しいのである。私たちが日本で最もよく食べる果物といえば柿。年を超えても食べれるように、どんどん作っていく気らしい。(笑)

2022年11月19日土曜日

外資 中国国債売り越しの理由

中国国債を外資の投資家が9ヶ月連続で売り越ししているようだ。国債への投資は、そんなに儲かるものではないが、リスクが少なく安定しているので、機関投資家がほとんどである。

この売り越しの理由は中国の戦争リスクであるようだ。上の画像は、ロシアの国債のチャートで、ウクライナ侵攻のあと暴落しているのが分かる。(ロイター電)機関投資家は、プロが膨大な投資を行うがゆえに、大損するリスクには超敏感である。そこで、今のうちに売り逃げしているようである。

すなわち、彼らの目から見て、中国の台湾侵攻の可能性が高まっているということである。中国メディアは米中の関係好転を必死でアピールしているが、実際のところアメリカは半導体規制を強めていて、ある意味の冷戦状態になっている。中国の共産党独裁の政治リスク(カントリーリスク)、戦争のリスク、冷戦のリスク…。市場は最も敏感に反応している。

先日、日中のなんとなく友好的に見える首脳会談も開かれたが、同時に日本政府内で有事に備えるという話も出ているようだ。

和辻哲郎の「間柄」という概念では、過去の信頼が現在の信頼に結びつくとあるが、東アジアの三国(台湾を除く)の過去(現在)を鑑みるに、およそ信頼をおくに値しないことは明瞭だ。ますます危機が迫りつつある予感がする。

2022年11月18日金曜日

大谷翔平選手のWBC

https://www.sanspo.com/article/20221008-UX5FZG3A25M7HOV7KJSIL3ZMO4/
大谷選手が、大盛りあがりだったMVPを逃した。そりゃあ日本人としては、投手と打者の規定を両方クリアして、あれだけの成績をあげたのだからMVP以上のモノだと思うが、本人は別に賞金が欲しそうでもなく、もうすでに次のために備えているわけで、以外にサバサバしているのではないだろうか。

それよりもビッグニュースは、WBCに参加すると自ら発表したことだ。嬉しいねえ。彼こそ、イチロー以来の本当のサムライなので、侍ジャパンにふさわしい。ただ、松坂大輔がWBCの後、一気に調子を落としたようにならないかが心配である。

どんな活躍を見せてくれるか、今から楽しみである。

司馬遼の歴史の中の邂逅6④

https://bushoojapan.com/jphistory/baku/2021/06/03/109264/2
薩摩藩の郷中制度(町内ごとに組織する青少年団のようなもの。)は、南方古俗が、なまのまま薩摩藩に組み入れられたのではないか、と司馬遼は私感と前置きして述べている。この南方古俗の特徴は、若者たちが、山火事や海難事故、祭祀などの非日常的な問題に対処する故に、そのための集団教育の場をつくり、担っており、その中心者(薩摩藩では郷中頭)がその責任を負っている。よって、大人は、郷中頭には一目も二目も置き、たとえ十代の青年であっても慇懃に接するとのこと。

この青年に対する大人(体制側)の姿勢は、欧州や伝統的中国から見れば不思議な体制習俗で、後の昭和期の軍部・青年将校に繋がるのではないかと司馬遼は感じている。軍備や戦争という非日常的な仕事は、若者衆の仕事であり、陸海軍大臣は若者衆の代表である。大人(内閣)に対して従うというよりも、若者衆の意見を代表するだけの存在で、代弁者として大人に反対することも厭わない。司馬遼から見れば、戦前の陸軍大臣など、他の文明圏の感覚で言えば、とうてい大人といえるようなタマではないとボロクソである。(笑)

ところで、西郷は幕末の外交戦において、郷中頭だった頃の若者、ようするに町内の後輩を幕僚として使った。西郷従道は、「兄が幕末であれだけ活躍できたのは、私達がいたからだ。」と、言っている。従道は法螺をふいたり自分を大きく見せる人ではないので、司馬遼もこの言葉は正鵠を射ていると思っているようだ。この町内の若者とは、従道、大山巌らを指す。(ちなみに東郷平八郎も同じ町内に生家があるらしい。)

この言と関係するのが、西南戦争である。征韓論で政府を去った西郷に、近衛軍を辞し、付き添ったのは、従道から見れば、”単なる人殺しで信じがたいほどの阿呆”である桐野利秋である。たしかに桐野は幕末の四大人斬りとして、岡田以蔵などと並び称される「中村半次郎」である。桐野は、郷中をさらに藩レベルで組織化した私学校をつくる。従道からすれば、「兄を誤ったのは彼らだ。」ということになる。「翔ぶが如く」を読んだ記憶では、この桐野の阿呆ぶりが鮮明に残っている。司馬遼は時折、こういう阿呆な悪役を設定する。「坂の上の雲」でも、乃木希典の第3軍を窮地に陥れた阿呆な参謀、伊地知幸介なんかもそうである。まあ、作家なので、これは誇張かもしれないが「あり」なのかなと思う次第。

2022年11月17日木曜日

司馬遼の歴史の中の邂逅6③

https://xn--lbrx7b39ff5mg5z
k42a.com/futsuu/futsu1_100/1
yen_hutsuukitte_maejimahisoka
江戸遷都の前に、新政府では大阪遷都の話が大久保から出て、盟友の岩倉を除く京都の公家たちが大反対した。この反対を受けて、大久保は、大阪遷都には莫大な費用がかかることに気づく。そんな混乱時に、大久保の私邸に匿名の投書があった。その文章は堂々たるもので、論旨も明快で、無名の市井人のものとは思えなかった。「大久保市蔵君 座下」の巻頭で始まっていた。関東・東北の土人がなお新政府に疑問をいだき、戦意をもっている時に、江戸の押さえを捨てて大阪に帝都を設けるのは感心しない。大阪に遷都となれば新しく政府の建物を新築せねばならないが、江戸にはそれらが全て揃っている。大阪は帝都にしなくとも衰えないだろうが、江戸は市民四方に離散する。国家のためにはなはだ愛惜にたえない、という内容だった。この投書が、遷都に踏み切った。

この投書は、前島密によるものだった。元幕臣ながら学才をかわれ、郵便事業の研究のために英国へ派遣された郵便制度の父である。後年、大久保は後年、数人の政府高官と維新前後のことを回想していた時、この投書の話が出た。眼の前に前島がいたのだが、彼は功を誇らない人間だったから黙然としていた。同席の人物が、前島からその秘話を聞いていたので、「前島君ですよ。」と言った。大久保は膝を打ち、感嘆してしばらく言葉がなかったという。

まさに秘話。ちょっと驚いた。前島密、さすがである。