2014年9月6日土曜日

毎日 ソマリアでの米軍作戦

http://blog.livedoor.jp/nappi11
/archives/4168837.html
毎日新聞の夕刊に、ソマリアのイスラム原理主義の過激派アルシャバブの最高指導者が米軍によって殺害されたとのニュースが載っていた。国防総省の報道官によると、1日に行った空爆で、最高指導者ゴダネ氏を標的とし、野営地を破壊。その生死は明言されていなかったのだが、死亡が確認されたのだという。

アルシャバブ内部では、ソマリアのイスラム国家化を目指す国内派と国際テロ組織アルカイダとの連携を重視し、聖戦を展開する「国際派」に分かれていたそうで、ゴダネ氏は国際派。彼の指導でアルシャバブの「アルカイダ化」が進んでいたのだという。

…アメリカが情報力と空爆の正確さを改めて実感すると共に、国際テロ組織への地上戦抜きの攻撃が多方面で始まったという感想をもった次第。政治的にも「イスラム国」への対抗も有志国で連携を深め、いよいよオバマも重い腰を上げざるを得なくなったようだ。

…今の世界の動き、私は不気味な感じがする。昨日今日とエントリーした戦争の世界史(下)の第8章の最後に、著者はこんなことを書いている。

実際、1914年8月に、ヨーロッパの諸大国が次々と、夢遊病者の不気味な密集行進のように戦争へと進んでいったいきさつは、われわれの時代の最も主要なディレンマを見事に象徴している。-それは全体を編成する個々の部分について調和と組織化の度合いを高めれば高めるだけ、かえって全体において不調和を発生させたり、もとからの不調和を一段と激化させたりしてしまうというディレンマである。

…アメリカは、今大きなディレンマを抱えながら、テロとの戦いを再開した。我々は上記の文章にある危険性を常に念頭に置きながら、注視しなければならないのではなか。

中公文庫「戦争の世界史(下)」 2

http://clydescouts.org.uk/post-roya
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中公文庫「戦争の世界史(下)」 を読んでいて、意外というのではないのだが、その記述にはっとさせられた部分を備忘録的にエントリーしておこうと思う。

イギリス海軍というと、七つの海を支配した歴史に名を残す大海軍なわけだが、アジア・アフリカの支配については、そのコストは安かったようだ。”ふと気がつけばいつの間にやら”大英帝国を手に入れていたという有名な文句があるそうで、戯画的誇張ではあるけれども決して間違いではないと著者は述べている。以後イギリスは、ヨーロッパにおいて、第二・第三の海軍力(たとえば、仏・露、後には独)を合わせても勝てる海軍力を持つというテーゼを持っていたようだ。しかし、それは、急激な技術革新によって、破綻せざるを得ない状態になっていく。本書には、細々とその辺の技術革新と政治そして経済構造についても詳しく書かれている。民間企業が発明した新技術を軍艦に活かすには、恐ろしく費用がかかる話なのである。しかも民主主義国イギリスの軍事予算がどうその多大な費用に対応したか、という点が面白い。イギリスでは、何度にも選挙資格の改定が行われている。1884年、グラッドストーンの自由党政府は、有権者の幅をかなり広げた。経済不況時、納税者のみで構成される議会ならば、税収の減少分に見合ったように政府支出を切り詰めるべきだという要求がでるのが当然であった。つまり技術革新が進まないはずだ。しかし、この選挙資格の変更で、政治の力学が大きく変化した。不況下では、追加的政府支出は望ましいものということになったのだ。特に、造船・鉄鋼業が不況であえいでおり、失業者は増加していた。経済政策としての軍拡が是とされたわけだ。こういう事情が、イギリス海軍の技術革新と建艦を大きく後押しすることになる。なるほど、と思う。

もうひとつ。倫理を専門とする私の琴線に触れた記述。(WWⅠの起こった)1914年当時、ヨーロッパの比較的都市化の進んだ地域では、男たちは戦争に行くことをちっともいやがっていなかった。公衆の意識のうちに、逆上とすれすれの好戦的熱狂がわきあがったことに対してなのだ。
…たしかに「映像の20世紀」で開戦時の熱狂を見た記憶がある。実は長年不思議だったのだ。この後、潜在的な不満分子(特に社会主義者や労働者階級)が身近な同胞への反発が戦争によってそがれた安心感、農村から都市に移り住んだ人々の心理的な緊張のはけ口などを、著者は挙げているのだが、それ以前にまずこう記述している。

「このような奇怪なまでに戦意旺盛な行動がとられた理由となると、それは推測することしかできない。愛国心とギリシア・ローマ古典研究とに重きをおく教育制度によって支えられた、英雄的行為を宗教的なまでに礼賛する傾向は、この現象の一因であろう。」

この「ギリシア・ローマ古典研究」「英雄的行為を宗教的なまでに礼賛する傾向」という部分である。先日も友人の英・豪国籍をもつ友人にも聞いたのだが、ギリシア・ローマの古典が欧米人にどのような影響を与えているのか、という事に私は大きな興味を持っている。ギリシア神話を学ぶアメリカの小学校教科書などを持っていたりする。だがこんなに直截的に書かれた記述は初めてだ。このことについては、またいずれエントリーしたい。

2014年9月5日金曜日

中公文庫「戦争の世界史(下)」 1

中公文庫の「戦争の世界史(下)」(W・H・マクニール著/本年1月発行)を読んでいる。文化祭準備でくたくたに疲れているのだが、なかなか面白いので、通勤時についつい読んでしまう。(変な表現だけど…。)今回の本は、珍しく下巻から読み始めている。と、いうのも本の帯に「訳者のあとがきより」として、「上下二巻ウン百ページの分量にためらっていらっしゃるのなら、まず下巻第七章の二つ目の節「新しい模範、プロイセン式の戦争」だけ読んでみてください。維新直後から昭和前期まで帝国陸海軍を呪縛しつづけた大先達の足跡が「統帥権」の起源を含めほんの30頁できれいにまとめられています。」と書かれていたからだ。およそ、その意味はわかった。近代陸海軍の参謀本部制度を意味しているのだろう、と。

もちろん、それ以外に面白いことがたくさん載っていた。意外な話としては、この頃の銃はほとんど先込式ライフルだった。つまり、銃弾を装填するのに立って行う必要があったのだ。プロイセンは、後込式のライフルを先駆的に使用した。と、いうことは、銃弾の装填のために立つ必要がない。様々な遮蔽物に隠れながら、立射、膝射、伏射、座射など様々な姿勢で撃つことができるわけだ。今ではあたりまえのことだが、プロイセンの兵は徴兵された素人兵がほとんどである。ビビッて弾をすぐ撃ちつくすのではないか、またそれまでの先込式で培われてきた戦術的な機動性(弾込めから一斉射撃に移る一連の流れ)が失われるのではないかと心配されたのだという。

対するフランスは、ナポレオン戦争以来の元気(エラン)と勇気こそが勝利の鍵で、プロイセンの制定した参謀のような知的な作業などいらないと信じる軍隊だった。しかもフランス軍は他のプロイセンを含めて一般に貴族が将校になっているのだが、フランス革命以後下士官からのたたき上げの将校が多く、さらに徴兵制ながら、他人に金を払い、代人を立てることで忌避することができた。代人としてうってつけだったのは古参兵だった。彼らベテラン軍人は金を得て長期勤務することになる。まさに、上も下も戦争のプロ集団だったのだ。

プロイセンは、参謀が知恵を絞る。下士官の代表を各部隊から選び、後込式ライフルの使用法と戦術をワークショップするのだ。それを各部隊で周知徹底させたのである。普仏戦争はまさに、知的な参謀の指揮する後込銃をもつ、訓練された素人軍団対フランスのプロ集団の戦いだったのだ。その結果は、日本陸軍がプロイセンを模範にしたことで、おのずと明らかである。

もちろん、普仏戦争に対するその他の視点がこれでもか、というくらい詳細に書かれている。こういう話、なかなか興味深い。教科書の行間を埋める重要な話の宝庫である。

2014年9月4日木曜日

毎日 アフリカの「イスラム国」事情

http://blog.livedoor.jp/nappi11/
archives/cat_62524.html?p=19
関空開設20周年だそうだ。私は、成田からの2回(JICAの視察旅行でケニアに行ったのと、前任校でのアイオワ行き)以外、全て関空から海外に行っている。そうか、20周年かと、いうことで昨日エントリーしたフライトレーダーで、航空管制官になった気分を楽しんでいた。全く飽きない。関西だけでなく、アメリカやアフリカ、ロシアのシベリア上空などをリサーチして楽しんでいる。

ふと、凄いことを発見した。ウクライナ東部を各国の航空機が避けている。(当然か。)それからシリア、イラク上空もぽっかりと空いた空白地帯だ。アフリカもエボラ出血熱の関係で航空路線が止められているようだ。西アフリカからナイジェリア上空など航空機があまり飛んでいない。(時間帯の関係かもしれないが…)

かなりテロ組織の対空兵器に各航空会社がピリピリしているのが感じられる。さて、今、大きな話題の「イスラム国」だが、昨日(3日付)の毎日の朝刊によると、ナイジェリアのボコハラムがそのテロの模倣をしているようである。女性による自爆テロ。先日もエントリーしたように、ボコハラムは、アルカイダとイスラム国の両者(対立しているのだが…)を支持しており、自組織を「カリフの支配する地域」と宣言している。背景には、イラクの油田を押さえたイスラム国が闇市場で売り、巨額の収入(1日2億円以上といわれる。)を得ている故に、その資金や物資を必要としているのではないかという推測も流れているという。また、欧米のソマリ系の若者がソマリアのイスラム国に参加する傾向が目立ち始めているとも。

ここにきて、アメリカの「反イスラム国」路線が顕著だ。今日の毎日・夕刊には、副大統領が「地獄の門まで追い詰める」という過激とも思える発言したという記事。オバマ政権もついに本気で動くようだ。アメリカの世論調査でも、先日のジャーナリスト処刑が大きく影響しているようだ。一方、エジプトのイスラム学者による公式なファトワ(宗教令)として、世界のメディアに対して、イスラムのイメージを損なうとして「イスラム国(IS)」という表記を使わないように要請したという。アルカイダ分離主義者(QS)がふさわしいという呼称の代案まで出しているという。これも夕刊の記事。

…何度かエントリーしたが、カリフをいただく「イスラム国」という名称は、たしかに凄い。エジプトのファトワもわかる気がする。ますます多くの国を巻き込んで、何が起こるかわからない。

2014年9月3日水曜日

読売 政府専用機がアプリで…

http://www.flightradar24.com/about
水曜日なので、いつもとは違うモーニングの日。ここの喫茶店には日経がない。読売新聞しかないのだ。仕方なく読んでいると、読売のスクープ記事を発見した。スウェーデン製のスマホの専用アプリ「フライトレーダー24」という、世界中の民間航空機の現在位置を確認できるアプリがあるそうだ。空中衝突防止のために各機が発しているADS-Bという信号を世界各国のマニアの協力を得て集約しているらしい。凄いな。私はガラケー派なのだが、イスラムのキブラ(メッカの方向)を知るためのアプリと共に、もしスマホに変えたら、このアプリは欲しいな。300円らしい。300円で、きっと一日中楽しめるよなあ。

と、スクープ記事から本題がそれてしまった。実は日本の政府専用機(今はまだB747である。)も、このADS-Bという信号を発して飛んでいるので、このアプリを持っている人にはその飛行経路がバレバレだったらしいのだ。政府専用機といえば、天皇陛下をはじめ首相や重要人物が乗るわけで、大きな安全管理上の問題があるわけだ。政府専用機は、記事にもあったが、航空自衛隊が運用している。読売の記者がこのアプリの存在を知り、羽田に着いた政府専用機を追うと千歳の航空自衛隊基地に向かっていたので、千歳で確認したら、情報どうり到着したというわけだ。防衛庁は、唖然としたという。結局、スウェーデンのアプリ会社に是正を求めたのだという。

ちなみに、アメリカの大統領が乗るエアフォース・ワンは、最初からADS-Bを発していないそうだ。それはそれで凄いなと思う。

WEBでフライトレーダー24を検索した。すると、PCでも見れる。これは凄い。
イスラエルのエルアル航空機はどうだろうかと、イスラエル上空にあわせて見た。やはりADS-Bを発していたのだった。当然といえば当然だが、もし発していなかったら、それはそれで当然かも。

2014年9月2日火曜日

”WICKED” その8 焦燥

秘密裏に進められているCM製作
昨夜は、目がさえて眠れなかった。疲れているのだけれど、文化祭のダンドリを考えてしまう。たとえば、CMの撮影が始まっているが、カメラのバッテリーをチャージしなければならないとか。大道具の制作方法とかのアイデアや、どう指示すればいいかとか…。

わが4組がやろうとしていることをやりきるには、実はかなり時間的に追い詰められている。とはいえ、私が大号令をかけて指示するのはやはり避けたい。学校に着いて、SHRの前にクラスの男子を何人か呼んだ。短い指示。「信頼する君たちに告ぐ。このままでは、当日までに舞台の演技も大道具も、CM製作も間に合わない。リーダーたちで相談せよ。モノの手配、人の手配。生産性を効率的に向上せよ。」政治経済の授業を受けている彼らにはこう言うほうがわかりやすい。40人の生徒をいかに効率よく文化祭の作業に振り向け、生産性を最大にするかという経営学である。(笑)「言うてる意味がわかるかあ?」「はい。」「うん。みんなと相談せよ。あとはよろしく。」

終わりのSHRに行ったら、団長のA君と総務でプロデューサーのN君が前で、皆を鼓舞していた。「このままでは出来ない。みんなの強力が必要や。」「みんな、やろなあ。」皆も真剣に聞いている。私は、腕組みして見ているだけである。いいなあ。これでこそ3年生だ。わがクラスの池に朝、ポーンと小石を掘り込んだ。放課後には見事に水面に同心円が幾重にも広がっていく。

掃除の時間、さっそく大音響で皆が舞台で合唱するWICKEDの曲が流れだした。掃除をしながら口ずさむ生徒も。(笑)いいなあ。みんなさっと自分のやるべきことに散って行った。CM製作も、男子2人がずっとアシスタントした影響で、ずいぶん進んだらしい。横で見ていてくれた副担任のY先生も驚いていた。男子を中心に大道具も一気に進んだ。

若い頃に学んだ大乗仏教用語に「一念」という語がある。中心者の「一念」ほど物事を進める上で重要なことはない。今回はイベントとしてやろうとしていることが、おそらく長い教師生活の中でも最も難しい内容だと思う。だからこそ、私自身も苦しいのだ。だが、今日一日で少し前が開けてきた。

2014年9月1日月曜日

日経 開発経済学から中国を見る

http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2005_14178/slides/11/6.html
8月28日の日経朝刊の「経済教室」・川島博之東大準教授の「アジアと中所得の罠(下)中国、農村部の発展に挫折」は非常に面白かった。メモするにも膨大な量になるので、モーニングの後、わざわざコンビニで日経を買い求めたのだった。自分自身の思索も含めて、じっくり寝かしてエントリーしてみた。

「中国の発展は開発経済学をあざ笑うものといえよう。」川島先生は論の最初にこう述べている。開発y経済学は途上国が発展するために、先進国からの援助、農村開発、民主主義の導入、汚職のない政府、人権の尊重などを主張してきたが、中国の発展はこれらをすべて無視したものであったからだ。たった30年で、「G2」米国と対等に渡り合うまでに成長したが、とても開発経済学の教科書にお手本として載せるわけにはいかない、と。

中国がこれほど急速に経済発展を遂げることが出来たのは、強力に工業化を押し進めたからに他ならない。途上国における経済発展とは、農業国が工業化することである。

工業化には勤勉で均質的な労働力が必要になる。この点において、中国共産党が建国以来科学的社会主義を掲げて因習を打破し、男子だけでなく女子にも初等・中等教育を普及させていたことが功を奏した。良質な労働力が用意されていた。川島先生は、特に長江以南で稲作が広がっていたことも大きいと考えている。稲作に必要な協調性が有効に働き、故に中国の工業化は広東省や浙江省などで始まっている。資本を集めることに成功したのは、農民に農地の所有権がなかったことが大きい。地方政府の周辺に作られた公社が都市周辺の農民から農地の使用権を安く入手し、それを整地して開発業者に使用権を市場価格で売却した。その売却益が地方政府の経済発展の原資となった。経済が発展し始めると、農民を置き去りにして、都市に住み工業に従事する人々は豊かになった。

長期的に見ると、農産物の生産量の増加は人口増加に等しい。静的な産業であり、工業のように年7%などといった目覚しい発展を遂げることはない。しかし、この基本原則を農業研究者や農政官僚、地方政治家は理解していないようだ。経済発展=工業化であるのだから、農業振興策をいくら打ち出しても、農業発展で地方が豊かになることはない。そこで2億人といわれる「農民工」=都市流入者が生まれる。これといった技能を持たない農民工の収入は低い。背後には7億人の農民がいる。中国の全人口の7割の農民は、経済発展から取り残されている。

開発独裁で工業化を推し進めることは歴史的に見て難しいことではない。しかし、農村の相対的貧困化が進み、流入した農民が都市でスラム化し、治安や政治的不安定を生むことも多い。メキシコやブラジルが失速した理由もそこにある。これが「中所得国の罠」である。中国ではスラム街はないようだが、都市と地方の格差に苦しんでいる。

日本の場合、61年に農業基本法を制定、農業振興を図ったが報われることはなかった。農村の貧困化は自民党に危機感をもたらし、田中角栄の日本列島改造論に繋がる。地方を工業化し、交通インフラで結ぶという列島改造は第一次石油ショックで軌道に乗らなかったが、思わぬ副産物を生む。公共事業による地方の雇用創生である。公共事業は農工間格差を是正し、日本を均一的に発展させる上で大きな役割を果たす。もちろん、地方がいつまでもいらないダムや道路の建設を続け、地方の自主性や創造性を失い、平成になってから地方が苦しむ一因となっている。

中国の農工間格差に役人の汚職が加わり、貧富の差が天文学的オーダーとなってしまった。同じ中心国のタイも農村部にバラマキ政策を続けたタクシン政権以後政治が著しく不安定化している。日本が中進国の罠から抜け出した経験は誇るべきものである。日本は自らの経験を、メリット・デメリットを含め積極的に教える必要がある、それはアジアの政治の安定に繋がる。

…開発経済学から見て、日本列島改造論に始まる地方の(ちょっと悪意のある言い方になってしまうが)土建政治が、中進国の罠からの脱却であったというのには、言われてみればなるほどと思うのだが、その後のデメリットの方にどうしても目が向くので驚きをかくせなかった。民主的な日本では、汚職への透明性、や公共工事への信頼性などがある程度補償されているので、有効な政策であったとは思うが、中国ではかなり危険な政策かなと思ってしまうのは私だけではあるまい。