2010年11月16日火曜日

祝300回記念 アフリカ飯の話

  今日の更新で、このブログも300回目となる。最近は、妻が私に向かって小学生に言うように「宿題やったん?」と聞くようになった。宿題とは、このブログ更新のことである。まあ、宿題を英語に直せば、Homeworkなので当たっていないこともない。(笑)そもそも私は、仕事以外で酒を飲むこともないし、ゴルフも釣りもしない。読書は生活そのものなのだし、そう度々アフリカに行けるものでもない。今、私の趣味といえるのは、このブログ更新なのかもしれない。口の悪い後輩のI先生に言わせれば、「授業が趣味みたいなもんじゃないすか。」となる。(笑)あえて反論しないことにする。
 さて、記念すべき300回に何を書くべきか悩んだ挙句、結局授業の話にしようと思う。現代社会でアフリカ開発経済学をやっていて、農業について語っていることは昨日も述べた。アフリカの農業は内向きの穀物自給型で、決してモノカルチャー型ではないというのが、第1テーゼである。その穀物も、自給できず輸入に頼っているというのが第2テーゼなのである。で、私は、メイズやミレット、ソルガム、キャッサバなどについて語るのであるが、生徒諸君にはどうも実感がわかない。そこで、この金曜日にマルチメディア教室(コンピュータ教室)で、パワーポイントによる授業をすることにした。どうせならアフリカの画像をどーんと見せようということで、ここ2・3日、コツコツと作っていたのである。ここにブルキナで食べた料理やケニアの農家の様子などを入れたのである。その内容を少し紹介したい。 まず私が一番おいしいと感じたプゥレ・クスクス。クスクスというのは、地中海沿岸の小麦で、硬質小麦である。イタリアなどではパスタになる。これを塩とブイヨンで味付けしたものと、プゥレ(鶏)を袋に包み蒸しあげたたものである。クスクスは、おそらくブルキナでは作っていないのではないと思われるので輸入物と推測する。(荒熊さん、間違っていたら指摘してください。)さらに、アチャケ。これはキャッサバ(根菜類、要するにイモである。日本ではタピオカとして輸入されている。)写真のアチャケは、その上に魚が乗っている。この身をほぐして食べる。食感はちょっとシャリシャリ。最後は、ミレット。アフリカを代表する雑穀である。うーん、まさに見た目も食感も鳥の餌と言う感じである。決してまずいとは思わないが、カロリーは低くそうなので、これを主食として農作業するのはキツイと私は実感した。アフリカの人びとは凄いのである。
その他にも、ブルキナの赤い土、Iさんの詩「バナナ売りの少女」(5月27日付ブログ参照)を彷彿とさせるゆで卵を売っていた少女の写真、さらにナイロビの水虫(2月15日付ブログ参照)など授業中にした様々な話の証拠写真集となっている。全60枚の大作になってしまった。時間があれば、今は亡きピーター・オルワ氏のVTR(JAMBO BWANAを歌ってる金沢のT先生撮影によるもの/2月16日付ブログ参照)を見せたいと欲張ってしまう。結局、細々と解説していると授業時間がなくなってしまうので、コメントを1つ1つ入れることにしたのである。今から楽しみだ。こんなことをしているから、授業が趣味などと悪口を言われるのである。(笑)

追記:よく見たら、昨日が300回目でした。マヌケな話です。それもまた面白いと思うので、タイトル等、そのままにしておきます。(笑)

2010年11月15日月曜日

スーパーコンピュータとTPP

今日、またまたこの3カ月、中国にGDPで日本が抜かれたとのニュースが流れた。私はさして驚きはしなかったのだが、このニュースには驚いた。スーパーコンピュータの性能で、中国が初めて世界No1になったという話だ。以下読売新聞の記事を挙げる。
【ワシントン=山田哲朗】スーパーコンピューターの性能ランキングを半年ごとにまとめている国際プロジェクト「TOP500」は14日、最新のリストを発表した。中国の国防科学技術大が開発した天津スパコンセンターの「天河1A」が1位を獲得し、中国のスパコンが初めて首位となった。
「天河」の計算能力は1秒当たり2566兆回。前回6月にトップだった米オークリッジ国立研究所の「ジャガー」は2位に下がった。3位にも中国の深センスパコンセンターの「星雲」が入るなど、中国は500位までに計41台が入り、米国(275台)に次ぐ第2のスパコン大国となった。一方、日本は東京工業大の「TSUBAME2・0」が4位に食い込むなど計26台が入り、国別ではフランス、ドイツと並んで3位だった。日本勢は2002年にNEC製「地球シミュレータ」で首位を奪ったが、04年以降は米国が盛り返し首位を守ってきた。(2010年11月15日 読売新聞)

もちろん、この世界は超・日進月歩らしく、日本も頑張っているので、また優位に立つと信じるが、この分野にまで中国が…と絶句するのである。先日NHKの番組で、中国に日本の企業をリストラされた技術者がどんどん流出しているという。彼らの頭脳を生かしさらに成長を続けている中国の姿にしたたかさと富の蓄積への執念を感じた。まさに龍である。

さて、今日アフリカの農業について、開発経済学的視点から説いていて(常設ページの”高校生のためのアフリカ開発経済学テキスト”を参照されたい。)、ちょっと生徒にTPPについてどう考えるか聞いてみた。農業の重要性を訴えた後だったので、是より否が多かった。うーん。難しいところである。この日本にとって第三の開国といわれるTPP、社会科教師としては、生徒に様々な正しい資料を提示して真剣に考えさせたい。彼らの世代こそ、今回のTPPへの対応によっては、影響をもろに受けていくからだ。日本は、これからどうなっていくのか。ちょっと読めない。グローバリゼーションの大潮流の中で、日本はどういう選択をするべきか。開発経済学の範囲が終わったら、TPPについて、模擬APECとかを開いて討議させてみようか、などと考えていたのであった。

2010年11月14日日曜日

リンカーンの親書と招き猫

 朝刊を読んでいたら、このAPECの日米首脳会談の際、オバマ大統領にリンカーン大統領から徳川家茂宛の親書のレプリカが贈られたとか。オバマ大統領は、リンカーン大統領を最も尊敬しており、大変喜んだとあった。ちょうど、同じような外交でのプレゼントの話を読んだ。今月新刊の新潮文庫の佐藤優『インテリジェンス人間論』である。それは、小渕政権の頃である。エリツィン側近で鼻っ柱が強いと評判だったネムツォフと対談することになった小渕氏が、佐藤優にアッと驚くような土産モノを考えるよう指示するのだ。佐藤優は、「招き猫」を提案する。ネムツォフが大の猫好きであることをちゃんと調べ上げていたのである。ワビサビがわかる人間ではないので、金箔ピカピカの招き猫がいいと言ったという。この土産で、日本政府が自分のことをちゃんと調査済みであることを知ったネムツォフは、小渕氏に敬意をはらったという。外交と言うのは、こういう神経戦でもあるのだ。
 外務省は、オバマ大統領がリンカーン大統領を尊敬していること(選挙区も同じイリノイ州である。イリノイ州には車のプレートにリンカーン・ランドの名がある。)を当然知って、そのようなプレゼントを考えたのだろう。これは、なかなかヒットしたように見える。ところで、徳川家茂は、第二次長州征伐の時、大阪で若くして客死した悲劇の将軍である。もしかしたら、外務官僚は菅政権の外交ベタに嫌味をきかせ、短命を望んでいるのかもしれない。これって深読みすぎるかなあ。

2010年11月13日土曜日

BLACK GOLDと構造的暴力

 今日は、前から楽しみしていたアフリカ映画祭に行って来た。大阪国際交流センターとJICA大阪の主催である。修学旅行の前日が第1回目だったのだが、大事をとって行けなかった。今日は、第2回目である。映画は、”BLACK GOLD”というエチオピアのコーヒー生産業の連合会会長を中心に、いかにコーヒー業界に「構造的暴力」が存在するかを扱ったドキュメンタリーである。2006年製作の作品であるようだ。コーヒーの国際価格(その中心となるのは、NYとロンドンの先物市場である。)の下落によって、エチオピアのコーヒー農家は、追い詰められ、連合会会長はフェアトレードを、先進国に訴えて歩いているのだが、現実は極めて厳しい。今日の画像は、その”BLACK GOLD”のHPのフォトギャラリーからお借りしてきたもの。彼女らは、悪い豆を選別しているところである。彼女らの1日の賃金は日本円にして約50円(今なら40円)というところである。もちろん、1kgのコーヒー豆の値段も私が考えていた金額よりさらに安い。ただこれは製作された2006年の話なので、あえて書かない。このような第一次産業の生産品は大きく値が動くからである。この映画で紹介される生産農家は、商品作物たるコーヒーだけを生産し、現金を得て暮らしている。この映画を見ると、まさにアフリカは、プランテーションで生きているかのように見える。現実は違うので、注意が必要だ。この映画の訴えたいところは、生産価格があまりに低く、栽培農家は著しく疲弊している。飢餓さえ起る。先進国は、利益を独占し、飢餓のエチオピアに食料援助を行っている。ならば、妥当な生産価格を支払い、ファトレードすればいいではないか!という訴えである。
 私は、フェアトレードについては、よく理解しているつもりでいる。ただ、グローバリゼーションの自由貿易がさらに進行する中で、この論理、いささか現実的には不可能のように思えてならない。たしかに、先進国の「構造的暴力」がまかり通っている。その構造に楔を打つことは賛成であるが、個々の生産地で、先進国の一部の「良心」と結び、この自由競争を回避するだけでは、問題は解決するとは思えないのである。
 この映画は、そういう意味で、構造に楔を打ち込むという意味合いを、ある程度持っていたと思う。結局のところ、地球市民的な意識のみが、この構造を飼いならすことができるような気がするのである。<BLACK GOLDのHP http://www.blackgoldmovie.com/>

2010年11月12日金曜日

「ロボラ」のロールプレイ

 今日は、現代社会で、『ロボラ』のロールプレイをした。ロボラとは、ジンバブエでの名称だが、アフリカの結婚システムのことである。アフリカでは、一夫多妻制が普通である。ただ、この一夫多妻制、買婚とも揶揄されるように、新郎が、新婦の親に対し、牛や羊(都市では現金となる)を渡すことで成立する。このことは、男尊女卑の構造を生む。未婚女性は、親にとって商品となるし、既婚女性は男性の所有物扱いとなるのである。アフリカで、女性の識字率や就学率が低いのも、この結婚構造によると言えなくもない。一方、資産と力のある男性のDNAのみを残すという自然界の摂理であるともいえる。この是非も含めて、今日は、「ロールプレイ」という方法で授業をやってみた。ロールプレイとは、シチェイションと役割を設定し、その役になりきって語りあうことで、疑似体験する参加型学習である。実はこれまで何度もやっている題材である。久しぶりに実践というわけだ。役割設定は以下の6人である。よって、6人グループで行った。ジンバブエの文献を元に作っているので、固有名詞は正確、実際にありそうな名前である。

①結婚前の男性 マイケル・サカニョリ ハラレ生まれ。24歳。センカンダリースクールを優秀な成績で卒業した。現在は、ハラレのダウンタウンにあるスーパーに真面目に勤めている。給料は安いし、インフレが進んでいるのでロボラのために預金しているが、とても目標額までいかない。リンダと早く結婚したいが、ままならない。ロボラさえなければとは思うが、ロボラを払わないでリンダと結婚できるとは思っていない。

②結婚前の女性 リンダ・マジョ ハラレ生まれ。23歳。マイケルとは勤めるスーパーで知り合った。マイケルの稼ぎが悪くてなかなか結婚できないという理由の他にも、ロボラに対しては内心腹立たしい思いがある。母親は、父親に対して絶対的で、奴隷のようだと感じている。またロボラの収入を父親が当てにしているのも悲しいと思っている。だが、そんな思いを親にも彼にも言うことはできない。

③リンダの父親  ジョージ・マジョ カドマ生まれ。49歳。村で白人農場で働いていたが、若い頃ハラレに出てきた。今は食品工場に勤める労働者。子供は長女のリンダと次女のマリアン(17歳)、長男のマザーン(10歳)。リンダをセカンダリースクールのフォーム4まで行かせたのが自慢。マリアンも同様の教育を受けた。彼女らにかけた教育費を始め、養育費をロボラとして受け取るのは当然だと考えている。

④リンダの母親 アロイシア・マジョ カドマ生まれ。40歳。ジョージと結婚し、ハラレに出てからは屋台のサザの店の手伝いをしている。ロボラのおかげで、ずいぶんつらい目にあった。「お前のためにいくらロボラを払ったかわかっているか。」と夫から暴力を受けたり、離婚したくても自分の両親はすでにロボラを使いきっており、どうしようもない。リンダに同じような苦しみを受けてほしくないが、そんな事を言ったらどんな目に遭うか恐ろしいので黙っている。

⑤日本のNGOの女性(自分の名前をつけよう。男子は最後に『子』をつけよう。)大阪出身で、大学で政策科学を学んだ。アフリカ支援のNGOに参加し、ケニアやマラウイで女性の地位向上を目指して、識字率向上のための教室を開いてきた。ロボラに対しては、女性の人権問題として批判的である。ジンバブエには、白人向けの、ロボラを伴わない婚姻法も存在していることを、広く宣伝すべきだと思っている。

⑥日本のNGOの女性(自分の名前をつけよう。男子は最後に『子』をつけよう。)東京出身で、大学で文化人類学を学んだ。アフリカ支援のNGOに参加し現地で活動するうち、アフリカ人が安易に欧米の技術や経済的豊かさを求めていることに危機感を抱いている。アフリカには各部族の伝統や生活の知恵がある。たとえば、マサイ族では、男性は自分の家を持たない。ロボラによって得た3人くらいの妻の家を夜ごとに移動する。客人が来たら、妻の家に泊め、もし客との子供ができたとしてもゆるされる。子供は村全体でぞだてるからだ。ライオンや他部族との戦いの中で、男性が少なくなっても子孫を残す知恵であうと考えている。

 マイケルのつぶやきから、ロールプレイは始まる。まあNGO職員立会いの下の家族会議開始!である。A組もB組もこれが、すこぶる盛り上がってしまった。さすが3年生である。オヤジ役が、「イカンといったらイカン!」と熱弁をふるったりしている。(笑)約15分、楽しい参加型学習であった。結局、皆に聞いてみた。ロボラを是とするものはゼロ。否とするものは、各クラスで、5人から10人。残りは、アフリカの伝統文化を我々が否定することはできないのではないかという意見だった。

 前回、終了間際に、ケニアの”マライカ(天使)”という歌(スワヒリ語である)をCDで聞かせた。
Malaika nakupenda malaika Malaika nakupenda malaika

nami nifayeje kijiana mwenzio nashindwa na mali sina we ningekuoa malaika
日本語訳/ 天使 愛しているよ天使 私はどうしらいいかわからない。私はやぶれてしまいそう。 財産がない、私はあなたと結婚できない。

 今回の授業で、生徒諸君は、この歌の意味が理解できたのであった。

2010年11月11日木曜日

アフリカ日和 その5 マタツー

昨日は、少々体調を崩してブログをお休みしてしまった。(反省)「50を超えると、どうもイカン。」とは、今朝のK老師との会話である。学校では、早々と(と、いっても事務から見ればギリギリらしいが)来年の修学旅行・研修旅行の立ち上がりの委員会がもたれた。どうも体調がイカンなどとぼやいている場合ではない。(笑)明日は、またMW校の交換留学生3か月組が、4人関空に着く。1年生の家庭でホームステイ開始である。国際交流部は、今すこぶる忙しい。
 
さてさて、今日はまたまたアフリカの話を書きたい。現代社会の授業で、アフリカにおける農村と都市との移動の話をしていた。交通事情も悪いのに、彼らはよく移動する。ケニアの国道など、メンテナンスが悪くて、アスファルトにたくさん穴ぼこがあいていたりする。そこを猛スピードで車が走っていく。アフリカのドライブは、十分心臓に悪いのである。(笑)
 特に、ケニアには、マタツー(マタトゥー)という乗り合いバスがある。日本で言えば、トヨタのハイエースといった商業車が、小型のバスに改造されている。これが、ケニアの交通の主力だ。ナイロビ市内を循環するものや、郊外を結ぶもの、長距離といろいろある。私が、JICAで、ケニア視察旅行をした頃は、ちょうどスピーカーでレゲェをガンガン鳴らしながら走るペイントした派手なマタツーは禁止になった直後だった。早川さんの『アフリカ日和』には、そのマタツーのことが書かれていて、粋なあんちゃんの箱乗りとかを楽しみにしていたのだが、あまり見れなかった。その代わり、多くが日本車で、なんとか幼稚園とかのペイントがそのまま残っていたり、どこどこの消防署と書かれた救急車型もあったりで、何度も大笑いしたのを思い出す。そんな思い出話が、生徒は大好きなようだ。その乗り方も、アフリカらしく、満員すし詰めで、ヤギを車中に乗せたり、ニワトリを抱えて乗る奴もいるし、長距離のものなど満員になるまで出発しない。だが、ポレポレ(ゆっくりいこう)なのだ。そう、何事もポレポレ。それでハクナマタタ(問題ない)。アフリカの人びとの、そういうたくましさが私は大好きだ。何人か、是非乗ってみたい!と言ってくれた。いつの日か、実現させて欲しいなと思う。
<今日の画像は、Googleで集めたマタトゥー図鑑といったところ。参考までに。>

2010年11月9日火曜日

風の強い日はシカゴを語ろう

今日は、やたら風の強い日であった。風が強いと言えば、シカゴである。シカゴはミシガン湖からの風が強く、大火にあって一度焼け野原になっている。その時の市長がコンベンションをやって、今の摩天楼を作っていったという歴史がある。風の中、外で喫煙していて、今日あたり、アメリカ研修旅行の国流通信速報版について書こうかなと思ったのである。
 担任のT先生より、写真のメモリを預かり、パッパッパと作り、玄関のイーゼルに張っておいたのだが、生徒諸君、特に英語科の2年生が喜んで見てくれている。その証拠に、毎日コアラの位置が変わっている。(もちろん今も3匹元気である。10月5日付ブログ参照)ありがたいことだ。
 さて、今日は中国修学旅行・アメリカ研修旅行の実施を終えて、来年度へ向けての付き添い教員による反省会が開かれた。その内容はブログで公開することは、当然出来ないが、様々な議論があった。
  こうした旅行だけでも、多くのドラマがある。ネコブル(トラブルと呼ぶほど大きな問題でない故に猫ブル)もたくさん起る。それらをうまく乗り切っていかねばならない。こうした経験知は、必ず次につながっていくのである。「金八先生」などには決して描かれない地道な世界だ。

 恥かしながら、今朝は睡眠不足で、ウトウトしていたら、京橋で乗り過ごしてしまった。気がつくと地下を電車が走っていた。(学研都市線から東西線に入ってしまっていた。)初めての経験である。結局、大阪天満宮から谷町線で学校へ向かった。と、いうわけで今日は早寝をすることにした。今日のブログはここまで。(笑)