2022年7月18日月曜日

自民党改憲草案の考察1

小論文指導のこともあるので、自民党の改憲草案について順次考察していこうと思う。まずは、第1章天皇と第2章安全保障について。

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改憲案では「天皇は日本国の元首であり、日本国および日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」となっている。要するに、国家元首であることを明確にしている。国際的にも認められている事実であり、明示することに異論はないところだ。第2条の皇位の継承は現状のままである。第3条には国旗及び国歌が規定されている。「国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。第2項日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。」第4条は「元号は、法律の定めるところにより、皇位の継承があった時に制定する。」これらも現状を明示にしているにすぎない。もしかしたら、第3条の第2項に左派からいちゃもんがつくかもしれない。ボーイスカウトの副長であった私からすれば、すべての国の国旗や国歌について尊重するのは至極当然のことなので、この文言には賛成だ。後、第8条までは天皇の国事行為についてであるが、多少の変更はあるものの全く問題はないように思う。

さて、第2章の「安全保障」である。第9条は、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。第2項 前提の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。」となっている。大きく変わったのは、第2項である。現状は「前項の目的を達するために、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」要するに、自衛権の発動は国際的にも当然の権利であるし、現自衛隊が陸海空軍ではないというレトリックは現状に合わないということだ。私は、自衛権もない、という護憲派の主張はおかしいと思うし、国際的にも自衛隊は軍として認められている。これも表現が抑えられつつ、よろしいのではと思う。

続いて、9条の2として、「我が国の平和と独立並びに国および国民の安全を確保するために、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。2国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。3国防軍は、第1項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に強調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るためにの活動を行うことが出来る。4前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。5国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行なうため、法律に定めるところにより国防軍に裁判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。」となる。

自衛隊から国防軍という名称になるわけだ。自衛軍よりは国家権力の匂いがきついかな。2はシビリアンコントロールの徹底、3はPKOや「国民の生命若しくは自由を守るためにの活動を行うこと」とは災害時の任務について記されているのだと信じたいが、基本、軍というものは国家権力の暴力装置であることは間違いない。この認識は持っていないと行けないと私は思う。さらに、機密保持について法律で定め、最場所を置くという規定が出てくる。こういう法制化が改憲とセットになっているわけだ。スパイ天国の日本への危機感の表れだろう。決して悪いことではない。

9条の3「国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。」これは、自民党サイドの答えにあるように、国民に国を守る義務を課せたいところだが、徴兵制論議に発展するのは必定で、義務規定は困難と判断したようで、国を守る意識義務に近いものらしい。この条文の主語も国である。国民ではない。国民は協力する存在でしかない。

と、まあ今日はここまで。私は改憲派でも護憲派でもないスタンスだが、自民党の描いている改憲案は以外にソフトな表現で、既成事実や国際的な視点から見ても真っ当なことが多そうだ。左派が論議することすら否定するとしたら、それはやはりおかしいのではないか、と思う。ただ国防軍という名称は自衛軍や防衛軍のほうがいいような気がするし、9条の3はなくてもいいのではと思う。当然のことでわざわざ加えなくてもいいのではと思う次第。

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