2021年7月31日土曜日

秘伝 教材研究(世界史編)Ⅲ

イギリスが名誉革命(と、言っても国王が逃げ出したに過ぎないが)で、「君臨すれども統治せず」の体制を立て、議院内閣制が成立したことと、フランスの絶対王朝が「朕は国家なり」体制のままであったことは、近代の初期、世界の覇権を争っていた長い英仏の戦争に大きな影響を与えている。これを考察したい。

最大の相違は、戦費の調達である。フランスの旧態では国民の税が主体である。前回話題になったカルヴァン派のユグノーの商工業者が主に収奪の対象になる。結局、彼らはフランスを脱出せざるを得なくなりオランダに逃げゴイセンになった。これに伴う財政破綻がそもそもフランス革命の原因である。一方、イギリスは、国債を発行する。国家が戦費を得るの保証人となったわけだ。この方法だと、国内だけでなく、他国からも戦費を集めることが可能になる。このイギリスの先進性が、最終的に勝利する。私は、こういう経済的な側面から歴史を見るのが有効だと思う。生徒は、大学で歴史を専攻する者より、経済・経営を専攻する者の方が多い。国債は、政治経済でも出てくる重要事項なのだが、高校生に全く属性がないので、歴史で教える、これが有効だと思っている。

ちなみに、アメリカの独立戦争の遠因は、この国債である。英仏の7年戦争の一環として、フレンチ=インディアン戦争が起こる。カナダ・セントローレンス川沿いを中心に五大湖周辺まで植民地化を進めていたフランス(キャデラックというGMの高級車の名前はデトロイトを拓いたフランス人の名である。)とイギリスの東海岸の植民地の戦いである。イギリス側が勝利したのだが、その後イギリス政府は、国債返還金の回収のために植民地から税を徴収しようとして猛反発を喰らったわけだ。ちょうど、ジョン・ロックの「抵抗権」という社会契約説も味方して、大義名分もあった。こういう政治経済とのつながりが重要だ。

世界史を基軸に、政治経済を教えていくという発想は、私がマレーシアで「総合科目」というカタチでEJU対策の授業の中で、自由に授業の流れを組めた故にあるのだと思う。私は、つながりを認識するうえで最も効果的な学習だと思う。

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