2025年7月21日月曜日

自然と化学の合間で

https://www.terra-r.jp/activity_karamoja.html
「荒野に果実が実るまで」(田畠勇樹著・集英社新書)の書評第4回。自給的農業の代表的作物であるトウモロコシ(”メイズ”とクーンズ・イングリッシュで呼ばれることが多い)が害虫にやられ、主人公の青年は、やむを得ず農薬を1度だけ撒くことを決断する場面が描かれている。

彼は、自給的農業において、このような商業的農業の農薬・肥料、さらには生産性の高い種子などアグリビジネスに関わることを忌避したいと考えている。なぜなら、持続性のある種子を保存することができなくなることを恐れていたからである。これは、実に正しい選択だと私は思う。生産性より持続性が、特にカラモジャのような飢餓地域では重要だと思う。

そもそもこのトウモロコシ、灌漑工事の関係で、一時引き抜くことが想定された。青年は住民の声を聞いて周り、彼らの反対意見をしぶしぶ尊重することになる。この時の住民の主体性を守ったことが、後の援助依存ではないカラモジャの灌漑農業に繋がっていく。後に、この決断が分岐点だったと回想している。

ケニアで園芸農業を推進したJICAの専門家を知っている。花卉をオランダ等に輸出するバリバリの商業的農業であるが、どうやって現地の人々の主体性を引き出したのだろう。主体性がなかれば発展はない。かの専門家はまさに熱血漢で革命家然とした方だった。その人間力こそが主体性を引き出したと私は感じている。

トラブルの連続と貯水池

https://www.terra-r.jp/blog/20230919.html
「荒野に果実が実るまで」(田畠勇樹著・集英社新書)の書評第3回。結局、貯水池を掘るのは民間業者に委託することになったカラモジャの灌漑プロジェクト。途上国でよくあることだが、なかなか予定通りに進まない。中進国であるマレーシアでも、PBTの生徒をバスで移動させる場合の遅延など日常茶飯事だった。

また主人公の青年が信頼していた専門職の現地スタッフとのトラブルも起こる。金銭について厳格にしていても起こる小さな汚職(レシートのごまかし)など、23歳は思えないリーダーシップをもってこれらのトラブルを乗り越えていく姿。内心では忸怩たる思いや葛藤を抱えながら進んでいくところは、本書の最重要な文脈であると思う。

降雨と貯水池の完成(画像参照)はまさにギリギリ。いよいよ灌漑農業が開始されれる。

ところで、昔地理Aを教えていて、農業を大別すると、自給的農業と商業的農業というカテゴリーだった。今はそんなことは教えない。「農業はビジネスである」とはっきり言えるくらい、商業的農業が中心だからである。飢餓地域であるカラモジャの場合、当然ながら自給的農業が中心である。アフリカの農業全体に言えることなのだが、欧米資本によるプランテーション以外は、自給的農業を行い、一部換金作物(マンゴーやパパイアなどの果実を国道沿いなどで販売している姿を何度も見た。)も育てている、と言った具合だ。

2025年7月20日日曜日

エリート官僚と利権

https://yuuboku.hatenablog.com/entry/0053
「荒野に果実が実るまで」(田畠勇樹著・集英社新書)の書評第2回。実は本書は前述の貧困かつ援助依存症的な人々に続いて、エリート官僚の利権に卑しい姿が描かれる。

JICAのケニア研修旅行では、意外なことに我々はスーツ姿であることが多かった。様々な視察の場所で接するのは、体格の良いスーツ姿のエリート官僚たちで、その数も多かった。今思えば、彼らもJICAから様々な恩恵を受けていたように思う。

アメリカのトランプに潰されたUSAIDほどではないにしろ、JICAも国際協力推進のために、表には出せない苦労があったのではないかと思うのだ。ただ、JICAの国際強力のポリシーは、自助努力、途上国の人材を育てることに主眼が置かれているので、USAIDのような国内外での金まみれの無茶苦茶はしていないと思われる。

ブルキナファソで出会った教育省のエリートは、日本にJICA研修員として学び、ブルキナファソの教育にシビアに向き合っていた。彼の言には、心底自国の教育に対する危機感がありありとあったし、利権への興味など微塵も感じられなかった。心底尊敬できるエリートであった。このような人物に会った経験は私の宝でもある。

ただ、総じてアフリカのエリートは、”情の経済”に流れがちである。(”情の経済”については、2021年5月29日付ブログに、「開発独裁と情の経済考」と題して詳細に記してあるので、興味のある方は、そちらを参考されたい。)アフリカでは、学歴が日本以上にものをいう世界である。また有力者の血縁・地縁がものを言う世界でもある。これらが”情の経済”と結びついて、エリートにおける経世在民の概念を置き去りにしていく。

最後に、ブルキナファソで出会ったNGO・緑のサヘルの方の嘆き節。日本で懸命に集めた寄付が、現場に届くまでに、その半分が消えてなくなると言う。様々な官僚が中抜きしているわけで、寄付していただいた方に申し訳ないと言われていた。これもアフリカの現実である。

植民地主義の洗礼

「荒野に果実が実るまで」(田畠勇樹著・集英社新書)の書評を本格的に始めたい。前述のように、このウガンダ・北部のカラモジャ地域は、Aw(サバナ気候:雨季と乾季に分かれる熱帯)であり、カラモジャは遊牧民的要素も強い。雨季の不安定な天水による農業は、生産性の低い土地ではかなり脆弱である。そこで、貯水池を作り灌漑農業化するのが、主人公の青年の描いたプロジェクトである。

驚いたのは、その灌漑プロジェクトの説明会に参加した人々が、参加したことに対価を求めたことである。砂漠化を助長する環境破壊である木々の枝を刈り取って現金化するくらいしかできないほど彼らは極端に貧しい。”援助屋”が、植民地主義的な上下関係を維持してきた故に、彼らにはそういった習慣が深く根付いていたのであった。

主人公の青年は、これを断固拒否する。アマルティア・センの飢餓論に忠実である。自助努力なしに彼らの未来はないという信念が息づいている。

そもそも、貧しい者は、富める者からなにがしらを得ることは、グローバルスタンダードである。イスラム教での喜捨が最も顕著だが、ウガンダは、キリスト教圏でカトリックやプロテスタントの国である。これは植民地時代の悪しき上下関係という側面が強いといえる。主人公は富める外国人として認識されている。

私がアフリカで、経験した同様の体験は、ジンバブエの公園で幼子の兄妹の笑顔見たさに、小銭を与えたことぐらいである。大人から直接何かしらの対価を求められたことはない。それほど、カラモジャ地域の経済的困難さは厳しいといえる。

2025年7月19日土曜日

ウガンダの飢餓地域に立つ青年

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1学期が、今日終わった。長かったような短かったような…。今年の3年生は、一応に昨年以上に熱心に授業を受けてくれている。特に特進クラスは優秀な子も多く、来春に期待大である。長い休暇になるが、私は私でコツコツと教材研究を進めていこうと思う次第。

さて、夏季休暇に入ったところで、いよいよゆっくりと書評を書きたいと思っている。まずは、「荒野に果実が実るまで」(田畠勇樹著・集英社新書)である。京大農学部・新卒23歳のウガンダ駐在員奮闘記のノンフィクションである。

ウガンダでも最も飢餓が厳しいカラモジャ地方への派遣を願い出た主人公には、純粋な国際協力士としての矜持をまず感じる。我々教育界の人間から見れば、最も困難とされる学校への赴任を希望するに等しい。特に就職先のNPOテラ・ルネッサンスの上司は、そもそも気になっていた地域であり大賛成してくれたというのも凄い。

なによりいくら優秀な京大農学部(環境経済学科)を卒業したとはいえ、23歳という若さの青年に、プロジェクトを託してくれることも凄い。学校現場で言えば、新任教師に教頭職を任すようなものだ。自分と比較するのもおこがましいが、新任教師は、ほぼ見習い扱いである。

この新書、現在私が毎年選ぶ「今年この一冊」の本命候補に躍り上がっている。ただ、読者の皆さんにも是非読んでいただきたいので、書評では内容を少しはかりボカして、アフリカ開発経済学の視点も交えながらエントリーしていこうと考えている。

2025年7月16日水曜日

HDIランキングから始める

https://hdr.undp.org/data-center/country-insights#/ranks
2学期の地理総合は、UNDP(国連開発計画)が毎年作成する豊かさを表すHDI(人間開発指数)のランキングから始めることにした。すでに提出用紙は作成済みである。残念ながら、この表には指数(1が最も良く、0がもっとも悪い)のみ書かれている。この指数がどうして計算されるかは、実に重要なのでプリントで説明するとして、まずは世界中の国の豊かさの順を作業しながら感じ取ってもらうことから始めようと思っている。

なぜアイスランドやノルウェイ、あるいはスイスが豊かなのか?ちなみにアメリカは17位、日本は23位、中国は78位、インドは130位である。当然ながら下位の国にも注目して欲しいと思っている。

下位10カ国では、内戦下のイエメンが184位で、後はすべてサブサハラ・アフリカである。ここから、先日の難民キャンプの話と重ねていこうと思っているところ。

先週の土曜日に、枚方市駅に通院で出かけた折、ついにウガンダでの京大農学部を出たばかりの青年のノンフィクションを手に入れた。これがなかなかすごい話なので、この内容も加味できればと思っている。

2025年7月15日火曜日

大谷選手と間柄的存在Ⅱ

https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/ntv_new
s24/sports/ntv_news24-2025071503912576
オールスター前の記者会見で、大谷選手に「ドジャーズ以外で気になる選手」と言われているにもかかわらず、自軍のリリーフ投手2名の名前を挙げたことに、私は感動している。黙々と頑張っているあまり有名でない投手をこの場で取り上げる感性。こそこそが大谷選手の間柄的存在である。ドジャーズの大谷。大谷のドジャーズ。名前の出た2人は驚き、そして大いに感激したのではないか。

さらに、故意の報復死球を受けたパドレスの投手に、「まだ痛いよ。」と言って近づき、握手、そしてハグ。こんな事ができるスーパースターがいるだろうか。MLBの大谷。大谷のMLB。この間柄的存在に、全米が感動している。

一神教世界の個人主義世界で、日本的な間柄的存在を、毎日のように披露する大谷選手。実に凄いとしか言いようがない。