2016年10月30日日曜日

久々のネット・オークション落札

レッツノートのスイッチ
http://www.pcdock24.com/blog/?p=13606
このところ、学校で使っているパソコンのスイッチを入れるのに苦労している。パナソニックのレッツノートは、マレーシアに来てから高電圧でハードディスクを入れ替えたりして、トラブルも色々とあったのだが、気に入っている。だが、なかなかスイッチが入らないというストレスは大きい。(WEBで調べると、このトラブルはかなり多いらしい。)

一時帰国するのに合わせて、日本でパソコンを購入することにした。PCをこちらで買うことも十分可能で、日本語変換も問題ないのだが、細かなPCのコメントは全て英語になってしまう。これはツライ。で、日本帰国時に、となったわけだ。

レッツノートの最大の良さは軽いことと、円形のタッチパッドがの周囲が盛り上がっていていることである。私のタイピングに問題があるのかもしれないが、フツーのPCだと、タッチパッドについつい触れてしまい、カーソルが移動してストレスが高まるのである。

そこで、またレッツノートにしようと考えていたのだが、同じように軽めで、IBMのトラックポイントのPCでもいいかなと思い始めた。そもそもIBM使用歴の長い私は、IBMのトラックポイント(キーボードの中央にある赤いぽっちり)は、実に使いやすいのだ。当然、不如意にカーソルが移動したりなどしない。

X220はこんなPCです。
結局、またまた中古の、X220という機種にしようと決めた。いろいろ調べていると、最近はHDDからSSD(ソリッド・ステート・ドライブ)に変わりつつあるらしい。静かだし、熱を発しないし、起動が早い、という評判である。問題はHDDより容量が少ないこと。ビデオなんぞを入れない私にとっては、あまり問題ではない。どうせならSSDにしたいと、思った。

で、いろいろ探してみたのだが、新品のSSD256Gを装着したX220を見つけた。(128GのSSDのものが多い。)まだHDDの増設が可能で、2テラまで増設できるらしい。(凄いな。)メモリは4Gである。OSはWin10。(Win7の方が使いやすいと私は思うのだが、Win7のリカバリーディスクも付属しているので安心。)外観もなかなか綺麗で、欠損なし。

最後の決め手になったのは、ATOK2009が入っていることだ。不要なら消してくださいとあるが、なんのなんの、大変ありがたい。ATOKは、一太郎の日本語入力システムである。私はWORD派だがIMEよりこちらの方が日本語入力システムとしては優れているという実感がある。(昔の教員間では、WORD派と一太郎派が対立しつつ共存していたので、両方入れておかないと文書の共有時の読み取りに困った.。それでWORDと一太郎を両方PCに入れていたのだ。)

と、いうわけで、先ほどオークションで落札して、支払いを済ませた次第。出品者の方に帰国時に配送していただく約束ができている。新しいPCとの出会いが楽しみである。

2016年10月29日土曜日

マレーシアの花火合戦考

我が住処は高台のさらに高層階なので花火を見下ろすことになるのです。
タマンデサの我が住処には、昨夜から今晩にかけて花火の音がバンバンというか、ドッカン・ドッカン鳴り響いている。あちこちから鳴り響いてくるので大変だ。

インド系の人々にとってはめでたいインド歴の新年である。先日のマレー系のイスラム歴の新年は静かなものだったのだが、マレー系の人々もラマダン(断食月)の間には、夜になると散発的に花火を打ち上げていた。ラマダンは期間が長いので、いくら打ち上げても「ああ、また打ち上げているなあ。」くらいにしか感じなかったのだが、その回数はかなり多かったように思う。ほぼ毎日だったからだ。それに対し、インド系はかなり短期集中型である。深夜まで続くので、正直なところ寝不足になる。

妻とそういうことを話していたら、ふと気がついた。残る華人の旧正月はどうなるのだろう。花火というか、火薬といえば中国が本家本元である。どんなことになるのか恐ろしい。今日の補習で聞いてみたら、チャイニーズの生徒たちが、ニヤリと不気味な笑いを浮かべたのだった。

多文化共生をしながらも、マレーシアでは、花火の打ち上げに関しては、それぞれの民族がかなり張り合っているような感じだ。

IBTの話(50) 土曜日補習(3)

https://www.amazon.com/Lafayette-American
-Revolution-Russell-Freedman/dp/0823421821
土曜日補習も3週目になった。今日はフランス革命からナポレオンの話である。フランス革命は、さらっと流して教えても、言葉の羅列で全く面白くはない。

まずは、その原因。財政の問題。イギリスとの植民地獲得戦争の話からである。フレンチ=インディアン戦争を始め、世界各地で英仏は戦っていた。当然戦費がかさむが、同時に絶対主義でルイ13世・14世と豪奢な生活が続く。ルイ16世自身は鍵つくりが趣味という人物だが、奥さんのマリー=アントワネットは超のつくほどの浪費家であった。この辺の人間臭さも重要だと私は思う。

その財政問題、ユグノー戦争後、ユグノーを追い出してしまったのも大きい。ではいかに財政を立て直すか?このあたりは、経済をやっているので、国債の発行などという知恵も浮かぶのだが、当時は増税しかありえない。ここで免税特権のある三部会と関わってくるのだ。

バスチーユ監獄で火薬を得るのは、当時の銃が先込め式であることも重要だと思うし。人権宣言を起草した自由貴族のラファイエットは、国王を敵に回したくないという意思が強かったことを三色旗(パリの市旗にブルボン王家のカラー・白を加えた。)で教えたりする。ちなみに、マレーシアのスルタンのシンボルカラーも中国王朝と同じ黄色であるそうな。

その後は、社会類型と自由な個人は軍事担当であることを確認しながら、制限選挙から普通選挙の道筋を教える。ここが、フランス革命最大のポイントである。対仏同盟に対抗するため、普通選挙で選ばれたジャコバン派は、農民に土地を与えたうえで徴兵令を出す。ここに、それまでの社会ではありえなかった貴族と傭兵以外の軍事組織・国民皆兵=国民国家の基礎が生まれるわけだ。これをさらにうまく使ったのがナポレオンというわけである。

そもそも私が世界史をきちんとやるようになったのは、前任校くらいからである。それまでは地理と倫理が専門だった。前任校の5年間が今、生きているのだ。本来なら3~4時間かかる内容を、コンパクトに、しかも寓話もいれながら90分で語れるようになった。政治経済は、IBTに来てから、特に経済分野を改めて勉強し直してきた。教師としてのスキルアップを毎日しているわけで、これを忘れたら教師としてダメになるような気がする。

2016年10月28日金曜日

IBTの話(49) 金曜補習最終日

http://jambo.africa.kyoto-u.ac.jp/~front-a/images/2012tokyo/ohyama.jpg
EJUが近くなってきたので、金曜日のアフリカ開発経済学の講義も今日を最終日ということにした。最後は、文化人類学の話で、京大の大山先生のゴミを撒く人々の話である。アフリカに学ぶというコンセプトで、教材を精選するならば、最後にふさわしい話だ。ニジェールのサヘル地帯のハウサの人々の話である。最後まで、みんな楽しく聞いてくれたように思う。

ところで、金曜日は授業がない日なので、ひたすら修了試験の問題をつくっていた。国費生だけの最後の試験である。EJUは、4択問題が主だが、これは記述式でお願いします、と言われている。しかも思考を鍛えるような、IBTの課程終了にふさわしいもの、というのがそのコンセプトだ。なかなか難しい課題である。じっくりと吟味しながらつくっていた。地歴はほぼ完成した。

試験日は12月中旬。少し早いが、地歴と公民2科目作る必要があるし、何度も推敲を重ねて、いい試験問題にしたいと思っている。

2016年10月26日水曜日

IBTの話(48) 大阪人の宿痾

http://kansai-lovers.com/osaka/osaka-aruaru
EJU(日本留学試験)がどんどん近づいている。土曜補習も入ってきて、宿題も多いし、生徒の疲労も濃くなってきた。Aクラスは、私費生を中心に華人の生徒が多いクラスで、シーンとしていて、カリカリカリカリと私の講義をメモする音だけがするような静かなクラスである。そんな中で国費生のN君は、授業を盛り上げようと、常に考えてくれている。彼はもちろんマレー系だが、華人の生徒とも仲良くやっている。非常にありがたい存在である。

今日の授業で、挨拶をした後、そのN君のリードで、ほとんどの生徒が私に向かって、手をピストルのようにして、「バーン」と声をあげた。これは、先日Aクラスの授業で話した大阪人の宿痾(しゅくあ)ともいうべき習慣である。ほとんどの大阪人(注:大阪在住の東京人など、大阪になじんでいない人は絶対やらない。)が、「やられた…」という反応を示してしまう。当然、私も鋭く反応してしまい、大爆笑になった。美しい日本語を話すことをモットーにしているIBTからすれば、極めて憂慮に堪えない事態ではあるが、まあ、関西地方の大学に進学する生徒もいることだし、日本の地方文化理解ということで、許しを請うしかない。(笑)

こんなことをやりたいという思いを鑑みると、みんなEJUが近いという緊張感がかなりあるのだろうと思う。その発露である、と私は心理学的に考察するのだった。さてさて、この大爆笑による授業開始で、過去問の解答と解説という、長い長いトンネルのような授業も、幾分盛り上がったのだった。N君の機転に感謝したいと思う。

こういう人間的なつながりが、マレーシアの生徒と十分出来てきたことを嬉しく思う次第。

2016年10月25日火曜日

日本はソマリランドを承認すべき

また、ケニアのマンデラ県・ソマリア国境の町で、アルシャバブによるテロが起こり、12人が死亡したそうだ。アルシャバブは、ラジオで「イスラム戦士が異端を追い詰めている。」と警告したという。
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016102500520&g=int

ところで、IBTでは、私費生も国費生も、進学指導が大詰めを迎えている。私費生は自由に日本の国公立大学や私立大学を選んでの受験が可能だが、国費生は、EJUの成績と本人の希望をもとに、日本の文科省が入学する国立大学を振り分けるシステムである。国費生にとって、「学部の志望動機」を仕上げることは、なかなか重要かつ大変である。なぜ、経済をやりたいのか?なぜ国際関係なのか?なぜ社会学なのか?各人が懸命に考え、文章を仕上げている。安易な文章にならないよう、その前に立ちはだかっているのが、日本語のS先生である。時々、私も相談に乗ることがある。

今日は、国際関係に進みたいA君とS先生が職員室で激論をかわしていた。平和構築につてである。たまたま、A君が例に出したのが、カシミール問題だった。武力を使わず、あくまで話し合いで、という理想論をA君は訴えるのだが、果たして可能なのか?というS先生の反駁。指導のあと、少し私もアドバイスした。これまで様々な講義をしてきた歴史・政治・経済・宗教・文化などの知識を統合させるのが狙いである。結論は、かなり難しいということになった。国費生であるから、当然A君は敬虔なムスリムである。日本の生徒より、はるかにアイデンティティは堅牢である。一神教の神は戦争を否定していない。とはいえ、私から学んだ多くの社会科学的な知識を駆使して、今も原稿用紙に向かって思索しているはずだ。

ソマリアの問題を、私も今、A君に負けず考えようと思う。WEBの記事には、このテロ被害にあった県知事のコメントも載っていた。「これで投資も熟練労働者もわが県に来ない。」なんとも情けないコメントのように読めるが、ここに真実があると私は思う。知事は、県民の経済的な豊かさ、すなわち「開発」を心底願っているのだ。

私はアルシャバブのイスラム復古主義が、欧米的な領域国民国家内での経済的幸福など願っていないことを知っている。だが、彼らとて生身の人間である。アメリカ独立宣言的な幸福追求の正義を100%否定はできまい。テロに走るのは、宗教的情熱もあると思うが、絶対的貧困のなせるところでもある。

ソマリアの元英国領だったソマリランドは、比較的治安もいい。経済も成立している。ちょうど、先日荒熊さんのブログでも紹介されていた(http://cacaochemise.blogspot.my/)が、高野秀行氏の「謎の独立国家ソマリランド」を以前私も興味深く読ませてもらった。同じソマリアで、世界に国家承認され、分離独立して豊かになっていく地域が存在すれば、彼らの意識も少しは変わるのではないか。

と、いうわけで、私はソマリランドの国家承認を行うことが、アルシャバブには極めて有効だと思う。調べてみると、国家承認をしている国は未だゼロであるが、9か国(エチオピア・ジブチ・ケニア・南ア・米国・フランス・イタリア・スウェーデン・英国)が自国に駐在員事務所を置いている。また現地首都には、エチオピアとデンマークの在外公館があるらしい。日本は、ソマリランドを国家承認するべきだ。すぐには無理でも、日本に連絡事務所を置き、国際協力していくべきだと私は思う。世界各国がソマリランドを応援することで、アルシャバブへの強い否定のメッセージを送るべきなのだ。

アフリカ各国は、(自国内に民族問題を抱えている国が多い故)分離独立の先鞭をつけることを危惧しているようだが、領域国民国家の最大のリスクは、アルシャバブやボゴハラムであると認識するならば、ここは妥協してもいいのではないか。世界が、ソマリランドを国家承認していくことで、大きくアフリカの角は変わっていくように思う。これこそ、武力を使わない「知」の平和学のような気がするが…。さて、A君、どうだろうか?また議論しょう。

2016年10月24日月曜日

内田樹 生前退位について

https://www.youtube.com/watch?v=ge2tN6vH_7U
WEBで内田樹氏の研究室を久しぶりに見た。例の大阪府警の差別発言問題について何か書かれていないかな、と思ったのだ。内田樹氏の意見は、常に触発されるところが大だからである。残念ながらこの件については、ブログでは掲載されていなかったが、天皇陛下の生前退位についての論が実に示唆に富んでいた。少し私的なニュアンスを加味して紹介したい。

参議院選挙を終えて、改憲論議が高まる中での陛下のお言葉を、各国メディアは「首相に改憲を思いとどまるようにとのシグナルを送った。」との解釈した。内田氏も常識的な解釈だと同意を示している。現在の日本の公人で憲法尊重擁護義務を天皇ほど遵守されている方はいない。

自民党の改憲草案第1条では、天皇は象徴ではなく、日本国の元首となっている。また国事行為に対して「内閣の助言(現行)」から「内閣の進言(草案)」に変化している。内閣の承認がなくとも、国会の解散や招集が可能になるような解釈の余地を残すものであると、内田氏は指摘。まさしく戦前の上奏を行い、超憲法的な権威を揮う仕組みをつくろうとしているのではないか、というわけである。天皇は、全身全霊をもって平和旅を実践してこられた。これは「日本国の象徴としての行為」を果たすべきだという「新しい象徴天皇像」を示されており、これは、「威光だけを政治利用」されることへの「否(ノン)」の意思表示であると、内田氏は主張する。

2014年の「主権回復・国際社会復帰記念する式典」で、陛下の退場時、首相をはじめとする国会議員たちが予定になかった「天皇陛下万歳」と三唱したことに、怪訝な表情を浮かべられた。「天皇陛下万歳」という呪文を功利的に利用しようという下心を感じ取られたのではないか、というわけだ。

…この後、さらに内田氏の考察は続くのだけれど割愛する。私は少なくとも陛下の「象徴天皇としてのお立場」を強く支持したい。権力の構造の一装置としての天皇制には「否(ノン)」を唱えたいと思う。なんだか、EJUが終わったら、マレーシアの生徒たちにフーコー(今日の画像)を講じようかなと思ったのであった。

内田樹の研究室 http://blog.tatsuru.com/2016/09/10_0832.php