2025年9月7日日曜日

山本由伸投手の衝撃的悲劇

このところ、ドジャーズの連敗が続いている。対オリオールズ、第2戦は山本由伸投手が先発したのだが、打撃陣も頑張って3点を取って、ノーヒットノーランを9回の裏ツーアウトまで続けていた。ハムショー氏のラジオ実況を聞いて、ドキドキしていたのだが、最後の最後にホームランを打たれてしまった。ここで、苦笑いで降板。その後、ブルペン陣が打たれ、ドジャーズはまさかまさかのサヨナラ負け。

…とんでもない試合だった。言葉がない。

2025年9月6日土曜日

アンチクリストの現代語訳

不思議な台風だった昨日、学院の図書館でニーチェの『アンチクリス』』の現代語訳を借りてきた。タイトルは『キリスト教は邪宗です!』(講談社+a文庫/適菜収訳)である。このようなタイトルの本が、キリスト教関係の蔵書で溢れている学院の図書館にあったことが不思議なのだが、すでに3人の貸し出しが記録されていた。(笑)

帰路に少し読んだのだが、やはり現代語訳なので読みやすい。詳しい書評は後日エントリーしていきたい。

2025年9月5日金曜日

台風はどこ行ってん?

https://tenki.jp/forecaster/domoto_yukiyo/2025/09/04/35543.html
今回の台風15号で被害を受けられた方には誠に申し訳ないのだが、大阪では「台風はどこ行ってん?」という1日だった。昨日の予報では、昼過ぎに大阪直撃と言われていた。たしかに朝は激しい雨だったが、1時間目の前には雨がやみ、曇り空だったが、昼には厳しい日差しが降り注いだのだった。備えあれば憂いなしで、気象庁の注意喚起の意義は認めるが、なんとも不思議な「台風直撃」だった。

学校現場では、それぞれ警報によって休校措置や帰宅待機などの要項を定めている。昨日の予報では、万が一の事態も想定されていたはずで、遠方からの通学の生徒もいるし、JRなどは実に脆弱である。心配の種が尽きない1日であったが、フツーに授業を消化できた。まあ、ありがたいことではあるのだが…。

2025年9月4日木曜日

竹田青嗣氏の陽水文芸批評

「伝授!哲学の極意! ー本質から考えるということはどういうことかー」(竹田青嗣・苫野一徳著/河出新書)の書評第15 回目というか、最終のオマケ的エントリー。最後の方で竹田青嗣氏が井上陽水の文芸評論を書いていたことが判明したので、井上陽水について、である。

上記画像の『陽水の快楽』だが、当然私は読んでいない。この本のレビューを見てみたが、かなり哲学的な内容であるようだ。「拓郎・陽水・かぐや姫」の世代として、竹田氏が拓郎ではなく、またかぐや姫ではなく、陽水を好み、文芸批評として選んだことは十分に理解できる。

昔々、商業高校勤務時代にサッカー部の指導をしていただいたM先生が、陽水の「傘がない」を題材として国語の授業をしておられたのを思い出す。竹田氏はこの「傘がない」については、五行くらいしか書いていないらしい。陽水の初期のプロテストソング的な名曲であると思うのだが…。

陽水には名曲が実に多い。私の陽水・ベスト1は、「ワカンナイ」である。これは、沢木耕太郎のエッセイ『バーボンストリート』に出てくる。宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」の詩の内容を陽水が沢木耕太郎に電話で聞くところから始まる。詩の内容を伝えた沢木だったが、これが歌になったのが「ワカンナイ」である。下記URLで聞いてみて欲しい。

https://www.youtube.com/watch?v=i1VF5AU3yYg

宮沢賢治を揶揄しているような歌詞ではあるのだが、私は2番にある「南に貧しい子供がいる」(南という語彙で途上国を表現している)「東に病気の大人が泣く」(当時の東は社会主義圏である。)の表現に震えた。そして「今すぐそこまで行って夢を与え、未来の事なら何も心配するなと言えそうかい?」と続く。シュール(超現実主義)なようで、全くシュールではない。

この「ワカンナイ」について、ネット上で解説しているページ(前編と後編)があって一読してみた。

https://note.com/vast_moose217/n/n17eb46155356

https://note.com/vast_moose217/n/ne3e101cc44e4

ここでは、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」が、彼の死後全く異なる方向に受け取られてしまったという論が展開されている。陽水も、時代の違いを踏まえながら、その悲哀を歌っているのではないかというわけだ。なかなか興味深い考察である。

私自身は、ふと幼い頃に見た「エデンの東」のシーンを想起した。真面目で慎み深い弟が自暴自棄になってWWⅠの兵役につき、兵員輸送列車の窓ガラスを頭で割るシーンだ。幼くて、この映画の主題となっているカイン・コンプレックスなど知らない私だったが、悪である主役のジェームス・ディーンではなく、なぜ善である弟がこういう目に会うのか、という理不尽さだけを強く感じたのだった。

宮沢賢治の人生は、生前は決して恵まれ、喝采を浴びるようなものではなかった。善の人でありながら…。陽水は、この歌の中で、その善の人を揶揄しているわけではない。その善をハイデガー的に表現すれば、不特定多数の「ひと」にわかってもらえない故の悲哀を、「ひと」には「ワカンナイ」とあえてカタカナで表現しているように思うのである。

2025年9月3日水曜日

時間がない でも合格したーい

JRのドアの広告で、以前から気になっているものがあった。個別指導塾✕某予備校の広告なのだが、「時間がない!でも合格したーい!」と女子高生がハンドメガホンで叫んでいるものである。

受験生と接することが日常である私にとって、この「時間がない」という感覚はよくわかるし、実に効果的なキャッチコピーと、それにマッチしたイラストで実に俊逸だと思っている。イラストもほどよく、ジプリ的で昭和のオジサンにも違和感がない。(笑)

ところで、受験に関するYouTubeチャンネルは、できるだけチェックしている。関西圏では特に、生徒数の減少で指定校推薦や総合型選抜・自己推薦型入試、さらには年内の学力試験で私大は囲い込みを大いに図っている。来年の国公立などの難関校一般入試を受験する方が少数派になってしまった。今や、様々な入試方法があり、ある意味、受験生も迷うところだろう。

今週も、地理の課題(HDIやアフリカの地誌)をやってもらっている間、多くの生徒と進路について雑談をしていた。関関同立よりも、近大の人気が著しく高くなっている。オープンキャンパスや各学部の教育内容がいいという声が多い。今年もまた、生徒諸君からの要望があれば、社会科学的な部分のフォローをする予定でいる。

2025年9月2日火曜日

教材研究 産業別人口から Ⅱ

https://garden-index.com/botsuwana/
経済発展は、産業別人口の変化を促す。第1次産業から、第2次・第3次産業へと移り変わっていく。古くは、イギリスのエンクロージャー。農園を追われた人々は自由な賃金労働者となって、都市の工場へち吸引された。日本でも高度経済成長期に、農村から都市(工場)へという人口流出が起こっている。これは、農業技術の進歩や農業の利益が低い故の貧困が理由であるといえる。

都市に移り住んだ工場労働者は、その賃金で様々な財・サービスを消費する。(前述の竹田・苫野氏の指摘する「普遍消費」である。)ここから第3次産業が発展するわけである。これが、一般的な法則性で、先進国や中進国では、同様の動きが起こった。

ただ、アフリカ諸国では、農業技術が進んでいない関係で、農業の労働人口が過剰になることも多い。そこで、青年層を中心に血縁や地縁を頼り都市に出る場合が多くある。ここでも「情の経済」が有効に働く。ただ、劣悪なガバナンスのもと、先進国からの投資はあまり行われていないこともあって、彼らを吸収する工場の雇用は少ない。そこで、インフォーマル・セクター(正規の経済活動ではない仕事)につくことになる。タンザニアのマチンガ(路上で先進国から放出された古着を売る人々)が有名だが、ケニアでは、売り物にならなくなった花をまとめ、交差点で停車した女性に売る正装した男性を見たし、ジンバブエでもタバコを1本売りする少年、ブルキナでもマルシェ(市場)で、注文を受けて買ってくるのが仕事という人々にも出会った。これらは間違いなくインフォーマルセクターだと思うが、路上の商店など、どこまでがフォーマルで、どこからがインフォーマルなのか判別がつかない状況があった。

ところで、最貧国の内陸国、ブルキナファソには、コカコーラの工場があった。商品が重いので、他国から輸送するより国内に設置した方が効率的だという理由だと思うが、これは装置工業ゆえに雇用が少ない。産油国の中には、石油精製工場を持っているところもあるが、これも装置工業。輸入代替工業は、中国の安価な中国製品の進出を受けて発展していない国がほとんどである。アフリカの第2次産業化への移行はなかなか進んでいないのが現状である。面白いのは、モーリシャス。雇用が多く必要な縫製業が盛んで、GNIを押上ている。ボツワナでは、ダイヤモンドの生産から、研磨(画像参照)へ、さらにはデ・ビアズ社と合弁で首都ハボロネで国際取引市場を形成している。第2次産業から第3次産業まで一環して利益を挙げているわけだ。しかも内陸国ではあるが、ダイヤモンドは高価でしかも小さい故に、航空機輸送で輸出できている。

…ところで、東南アジアの中進国などでは、先進国からの投資を受け、輸出加工型工業が発展している。自由貿易と保護貿易の葛藤や比較優位説などの歴史を踏まえて、「グローバリゼーション」と、地理分野として今や無視できない「サプライチェーン」に話を進めていこうと、今考えているところである。

2025年9月1日月曜日

教材研究 産業別人口から Ⅰ

地理総合の教材研究は、近代国家論の資本主義に入っていく。どこから入るか大分悩んだのだが、産業別人口から考えていくことにした。

まずは、缶コーヒーの価格が120円であるとすると、コーヒー豆(第1次産業)は15円、缶代と缶の加工費(第2次産業)が25円、販売(第3次産業)が80円になる。それぞれ、労働賃金とコストと利益が含まれているのだが、コストについては、あえて細かく説明したい。高校生にとってこういう現実的なコスト(例えば、缶の原料費のコスト:鉄やアルミの採掘費用+精錬費用+輸送費+それぞれの労働賃金になる。)は、イメージしにくいからである。

このコーヒー缶の例で、利益は、第1次産業<第2次産業<第3次産業となる。第3次産業のなかでも金融業が最も利益率が高いのだが、これは後に説明するつもり。

次に、産業別人口比とHDIの順位を比較してみる。二宮書店のデータブック・オブ ザ ワールド(画像参照)から、15カ国をピックアップしてみた。第1次産業の人口比が低い順に表にしてみた。第1次産業人口比における先進国(低い)と途上国(高い)の差は歴然である。また特記事項として、農業従事者1人あたりの耕地面積(データブックの各国別データから引用)なども追加した。

第一次産業は農林水産業であるが、多くの国はその中でも農業の比率が高いと考えられるので、農業における土地生産性と労働生産性(これは地理のカテゴリーである。)について、少し深く見ていくことにした。①土地生産性が低く、労働生産性が高いアメリカやオーストラリアなどの(地理の専門用語で言うと)商業的穀物農業。②土地生産性も労働生産性も低い途上国の天水耕作の影響を大きく受ける(これも地理の専門用語で言うと)自給的穀物農業。③土地生産性が高く、労働生産性が低い(=安価で雇用)、途上国のプランテーション。この安価で雇用されていることについては、フェアトレードにも触れることにした。④土地生産性も労働生産性も高い園芸農業。農業従事者1人あたりの耕地面積が狭い日本やオランダだけでなく、途上国でも見られる。

…地理総合というフィールドで、資本主義を語ろうとした場合、意外にこの産業別人口比から見ることは有効だと思う。次回は、第1次産業から第2次産業・第3次産業へと労働人口が移動していく資本主義の発展の法則に繋げたい。…つづく。