2010年1月12日火曜日

ウガンダ難民と京橋で出会う


 下校時の話である。地下鉄京橋駅から、私は普段京阪の片町改札口方面へと進むのだが、今日は安いバンドを買うために、JR京橋中央口へと向かった。今日もギターをかき鳴らす奴がいる。ああ、京橋だなと思っていると、黒人が二人所在なげに立っていた。チラシをくれた。ちらっと見ると「難民」の文字。とっさに聞いた。「Where do you come from?」ちょっと訛って聞き取りにくかったが「ウガンダ」と彼らは答えた。ならば当然私はスワヒリ語で返さなければならない。「Jambo!」笑顔が返ってきた。彼らはウガンダから来た難民らしい。200円を募金箱に入れた。学研都市線の中で、チラシを読む。西日本入国管理センターから仮放免された彼らは、在留資格もなく、仕事にもつけず、祖国に帰ると生命の危険もあり、まさに宙ぶらりんの生活を続けているのである。自宅に帰り、ウガンダの難民について調べてみた。コンゴやルワンダ、ケニアからの難民かと思ったが、ウガンダ国内の反政府勢力組織への人権弾圧もかなりあるようである。私にとっては、ウガンダはかなりの好印象の国である。国土も肥沃だし、内陸国の悲哀はあるものの、東アフリカのケニア・タンザニアと比べても経済成長率が高く安定したイメージだった。ウガンダのガバナンスにも、私の知らない大きな問題があったのだった。チラシの発行は、西日本入管センターを考える会という組織で、結局、新社会党・社会主義協会にまでたどり着いた。彼らのスタンスには大きな隔たりを感じるが、様々な国の難民の人々を助けているという一点において、彼らの行動を称賛したい。難民に対する日本の関わりの問題については十分思索してからまた書くことにしよう。今日の私は、さらにアフリカの様々な情報を地道に集め続けていくことが重要だと改めて実感した次第である。

2010年1月10日日曜日

30年ぶりの再会で農政を語る

 昔、大阪市立R青少年の家という施設があった。私はそこの学生ボランティアとして関わっていたことがある。昨夜そのOB会があった。旧職員さんや昔の先輩、同輩、後輩が集まった。仲間の思い出話はともかく、ブログで触れたいのは、今兵庫県のN市でご活躍の旧職員S氏の話である。S氏は、某工業大学で土木工学を修めた方だが、今の仕事は、N市の農業振興課勤務で今回の政権交代で右往左往している最中だとか。アフリカの開発経済学を学んでいる私としては面白い内容だった。自民党時代の農政の中軸は、農家の再編による生産性の向上にあった。同時に農産加工物に商品価値を付加して競争力をもたせるという新自由主義経済学に則ったものだった。ところが、政権が代わって農家への個別保障が行われ、これまでの施策からの大転換が図られるのだという。グローバリゼーションか、反グローバリゼーションかというスタンスとともに、これからの日本の農業をどう考えるかという大問題である。「農政の現場は、理屈じゃない、農家の生活がかかっている。」とS氏は言われた。理念と現実と。社会科の教師としては、政策科学のソコが面白い。またS氏の話では、すでに一部飼料用米作への転換が図られているのだ。飼料作物輸入問題は、日本の農政の最大のネックである。私は日本の農政は、すなわち平和学だと思っている。日米安保も今の農政(対アメリカ依存)を基盤にしている。軍事も食糧もエネルギーも日本はアメリカに依存しつつ存在している。これを脱皮しなければ、普天間もクソもないのである。日本の農業を、価格を無視した内需限定の食糧自給・小規模農家優遇型=反グローバル化するのか?耕地を再編し大規模化をはかり競争力を重視した・大規模農家生き残り型=グローバル化するのか?超難題である。

2010年1月8日金曜日

始業式と血糖値の関係性


 始業式である。一気に朝が早くなった。6時20分には家を出る。いつもの京橋のパブ(朝は喫茶店である)で、ホットとハニー・トーストとゆで卵の朝食を取る。今日に限ってめずらしく食前の血糖値を抑える錠剤を飲み忘れた。8時10分前には学校に到着、さっそく昨日補習の後に行った中学校訪問の報告書と出張の書類をつくる。大掃除があり、始業式があり、式終了後に韓国訪問団参加生徒11名に、送付されてきた文集を配布する。その後は午前中授業である。さっそく地理Aの授業あり。アフリカの農業とフェアトレードについて語る。空いている時間は、校舎外で喫煙する以外、ひたすら「仮想世界ゲーム」の用意でパソコンに向かう。ふと気付くと昼食をとっていない。近くのスーパーで即席めん(肉うどん)と鉄火巻きを買い、慌ただしく食す。ここでも錠剤を飲むのを忘れた。あとの祭りである。5時過ぎまで、生徒と談笑したり、OGから近々行きますというメールを受け取ったり、同期のY先生と久しぶりに20分ほど喫茶店に行った以外は、ひたすら「仮想世界ゲーム」のことでパソコンに向かっていた。うーん。先日の標準問題は3倍カレーと表現したが、始業式からの日常は、冬休み中の補習の5倍カレーである。さて、下校しようと椅子から立ち上がったら、ふぁ~と力が抜け、体中から発熱しているような感覚になっていた。ふらふらしながら地下鉄の駅に向かった。薬を飲まなかったら、見事に血糖値が上がったようだ。習慣である通勤電車での読書もできず…もより駅よりタクシーで自宅へ帰った。冬休み中、家内から常に「薬は飲んだ?」と言われ、あわてて飲んできた錠剤だが、休みがあけるとこの始末である。

2010年1月6日水曜日

標準問題は三倍カレー


補習も残すところ、あと2日となりました。今日は、大阪府社会科研究会の標準問題をやり、私が解説するという流れです。この標準問題、なかなか難しい。どこが標準なんだ?三倍カレーではないか、と思うくらい難しい問題です。昨春JICAの高校生セミナーでご一緒させていただいた府立高校でもトップクラスのS高校の某先生も作成者の1人です。私の専門が倫理と聞いて、「どうです?一緒に作りませんか?」とさそわれたこともありました。「とてもとても…。」と固辞させていただきました。センター試験の倫理は、このところ想定外の問題が増えてきました。それゆえの三倍カレーだと思います。とはいえ、基礎をしっかりやって、きちっと覚えるべき事を整理すればなんとか90点に届くのが倫理の魅力です。受験生に残された時間はあとわずか。明日も昨年度の標準問題をやって、生徒個々の苦手なセクションを引き出す『産婆術』に励むつもりです。

2010年1月5日火曜日

アフリカの衝撃…中国の衝撃


昨日、地下鉄京橋駅のキオスクで、週刊誌らしき「東洋経」と黄色の「アフリ」という大きな文字が見えた。ビビッときた。一期一会で本を買う時特有の強迫観念のようなものだ。結局、自宅近くの本屋で手にとってみた。ビジネス誌だが、ポール・コリアのコラム(こちらは目新しい話はなかった。)や平野克己の記名記事(内容は意外にも南アのグローバル企業についてである)や緒方貞子JICA理事長のインタビューも載っている。最新のアフリカ情報が満載。買いである。我がオリジナルテキストの「高校生のためのアフリカ開発経済学」の冒頭に出てくるサブサハラ=アフリカの経済成長率は1%台という記述は、かなり古いものになってしまっている。99年~08年は、平均5.6%で、アンゴラは15.8%だという。3学期、3年生の授業が終わってから、テキストの書き直し・ヴァージョンアップは、絶対条件になってしまった。ところで、この特集記事の核となるのは、中国の猛烈なアフリカ進出である。我がテキストでも中国の進出について触れているが、事態はもっともっと進んでいた。昨夏訪れたブルキナファソは、台湾と国交がある国だ。台湾経由なのかもしれないが、中国製品が町にあふれていた。中国と直接親密な経済関係を結ぶ他のアフリカ諸国ならば、もっとだろうし、なによりも、アフリカ在住の日本人は7658人なのに対し中国人は82万人と100倍以上である。凄い。そう言えば、昔シンガポール空港で青島出身の英語もしゃべれない中国人青年と喫煙しながら筆談したことがある。彼は、南洲へ行くと書いた。南アには現在40万人もの中国人がいるらしい。その時は、英語もしゃべれず大丈夫か?と思ったが、きっと彼もなんとかやっているだろうと思う。昨年のCOP15で見られた、中国がアフリカ諸国を引き連れての『環境ダダイズム』も、この連携の状況を知れば大いに頷けるのである。

2010年1月4日月曜日

補習再開


今日から補習再開です。まず、近代日本思想の第三回講義。西田幾多郎の哲学。純粋経験や絶対矛盾的自己同一について。高校生には甚だ難解です。私が、日本近代の思想を必ず冬休みに行うのは、西洋の近代哲学の知識と、仏教の知識がないと、西田哲学を語れないからなのです。今日は国公立を目指すたった8人の生徒相手でしたがいい講義ができました。その後、倫理と重なっていたK先生の小論文指導の補習を受けていたため、年末の私の講義を受けていない4人を相手に、もう一度第1回&2回の講義を。実質4時間強しゃべりっぱなし。疲れましたが、これも教師の醍醐味かと思います。…センター試験90点台を目指して! ♪ガンバレみんなガンバレ!(補習でやった幸徳秋水の子孫、井上陽水の「東へ西へ」より)

2010年1月3日日曜日

労農派的なる龍馬伝


明けましておめでとうございます。私はあまり季節感のない人間で、正月はボーッと過ごしていました。今日は楽しみにしていたNHK大河ドラマ龍馬伝第1回目の放送がありました。新年第1回目のブログは、その感想です。龍馬のストーリーは、司馬遼太郎のおかげで、ほぼ知られています。それをどう乗り越えるか、脚本・演出陣のかなりの意気込みを感じた内容でした。第1回目に、日本資本主義論争でいう、市民革命論をもってきたとは、労農派的です。長宗我部氏以来の武士である下士と、徳川以来の支配者山内氏の武士である上士の階級差別的な土佐藩の状況を、これでもか、これでもかと、くどく、くさめのカットを多用して提示していたように思います。わたし好みの演出ではありませんが、まあこれから、どんな脱構築を見せてくれるのか楽しみにしています。