2021年3月31日水曜日

三崎へ花見ドライブ9時間

 大阪から三崎に戻ってきました。近畿道から中国道へ入った後、明石大橋への道を間違えたおかげで、大回りになり、9時間の花見ドライブになってしまいました。とはいえ、中国道沿いの桜並木が美しい街をいくつも通り、やはり日本の川辺には桜並木が最高に映えるるという法則を発見しました。どの桜並木も満開でした。倉敷から、瀬戸大橋で四国に入りました。しまなみ海道経由という選択もあったのですが、ずっと高速道路で行くには、これがベストでした。(地図で確認すると、今治で高速が途切れるようでした。)高松道を初めて走り、松山道で帰ってきたわけです。着いたのは20時すぎ。今日の画像は、いろんなSAでの満開の桜集。午後からは黄砂がひどくなり曇ってきました。瀬戸内海もよく見えずでした。

さて、軽自動車で高速の登りは、なかなかしんどうものがあります。途中ふくらはぎに異常を感じて、持っていた湿布を張りました。齢です。(笑)最大の山場は、内子近くのトンネルで一車線。後続の車があおってくるわけではないのですが、どうしても気になりアクセルを踏み込み続けていて、さすがにギブアップ、PAで湿布の上から足をもみました。(笑)

ところで、あれだけ大回りしたのに、高速代金は淡路島経由より3000円ほど安くつきました。謎です。我々夫婦の推測は、明石大橋回避?阪神高速回避?よくわかりませんが、結果オーライというところです。

さて、明日から新年度。疲れたなどと言っている場合ではありません。

2021年3月30日火曜日

帰省/さらに障子張り替え


帰省のある意味最大の目的は自宅の確認である。帰省して外観を見ると、2階の障子が破れていて気になった。それはもちろん妻も同じで、プラスチックの壁紙を購入、2人で両面テープで張り替え作業をした。妻はまた、1階の駐車場の前の雑草を取ったり、玄関のつかなくなった蛍光灯を変えたり、風呂掃除をしたりと、あちこち動き回っていた。私は、4階の屋根裏部屋の倉庫に上がってみたが、息子夫婦の荷物もいっぱいあって、こりゃどうしようもないという感じ。

引っ越してきたときは、ほぼ新築だったのだが、今やあちこちに手を入れないとダメなようで、気が重い。(笑)三崎の2Kの教職員住宅は狭いが、住めば都。人のいない家は痛みが進むということを実感した次第。

2021年3月29日月曜日

帰省/次に戸籍謄本

戸籍謄本を手に入れるというのも今回の帰省の目的の一つであった。 年金の相談のために必要で、私の戸籍は、京都府京田辺市にある。枚方に来る前に住んでいたところだ。大阪市から戸籍を移動させたのである。まあ、枚方の自宅から車ですぐのところなので問題ない。久しぶりに京田辺の街を走ってみた。やはり変化が激しい。さらに午後は、京都に向かった。

せっかくなので、京都の桜を見に行ったのである。京都も枚方の自宅の横を走る第二京阪道の側道(高速ではない)を走るとそのまま堀川通りに繋がっている。便利になったものだ。京都は、日本人観光客(外国人観光客ではない)がそれなりに多かった。広沢の池で一休み。学生時代に住んでいた帷子ノ辻まで、嵐山経由で走り抜けた。変わらないのは、嵐電の線路のみ。私の住んでいた有栖川のアパートなど影も形もなく、三条通をさらに走ると地下鉄東西線の駅が出来ていた。

というわけで、車窓から昔を懐かしんだ1日であった。

2021年3月28日日曜日

帰省/まずは耳鼻科

今回の帰省で、まず行きたかったのは耳鼻科である。三崎には耳鼻科がないし、耳鼻科は当たり外れが大きい。そこで、信用できる耳鼻科と言えば枚方市駅前のK耳鼻科である。ありがたいことに、日曜日でも午前中は空いているし、予約も必要ないのである。マレーシア行直前に駆け込んで以来なので5年ぶりである。私は昔からよく外耳炎になる。ここ1か月ほど、左耳が聞こえにくくて難儀していた。K耳鼻科で見てもらい、一気に聞こえるようになった。万歳である。

その後、妻のタブレットを購入に出かけた。妻のタブレットもマレーシア行直前に購入したので5年目を迎えていた。さすがファーウェイ、バッテリーが膨らんできた。(以前、マレーシアでも妻のスマホが膨らんで買い替えた。バッテリーによる膨らみは実に危険であることをよく知っている。)妻が言うには、やはり日本製がいいということで、NECのものにした。(もちろん全ての部品が国産だなととは思っていないのだが…。)いろいろ購入する店を考えたのだが、ここはYデンキにした。大洲の店で電化製品を買いそろえたので、カードを所持しているからだが、枚方店はニトリモールの中にあった。(今日の画像参照)

前回、帰省した時は、マレーシアでのPBTのF42の卒業式に弾丸ツアー(1泊のみ)で行ったのみであるので、枚方の街並みの変化については、まさに浦島太郎である。こんなモールが出来ていたのは知らなかった。また、知っているいろんな店が流転していた。ハーレーダビットソンの店が葬儀会館になっていたのには驚いた。

さて、枚方市駅でかなり美味しいたこ焼きと551の豚まんを買って、帰宅後食した。うむ。これはやはり大阪の醍醐味。とはいうものの、どうも三崎にいるのとは勝手が違い、落ち着かない。

2021年3月27日土曜日

USBメモリでPC高速化

マレーシアにいるとき、今使っているPCを購入した。その前のPCは、SSDだったのだが、そんなに差がないような気がして、HDDでいいかと、このPCを購入したのだった。だが、どんどんアップデートされていくたびに、作業速度が遅くなってきた。正直、これはしんどい。

そんな中で、USBメモリを差し込むと、PCが驚異的に早くなるというネット上のCMがあって、6000円くらいで売っていることを知った。ちょっとした出費でPCが早くなるならと購入しようと調べていると、この商品とは別に、Windows10には、普通のUSBメモリを使って高速化できるという裏技があることを知った。この機能、ReadyBoostと言うのである。詳しいことは良くわからないがとにかくやってみた。最初は、私のPCとUSBメモリでは、この機能は使えないとコメントが出て、一瞬絶望したのだが、これを変える設定も調べたらあって、なんとか成功したのだった。

はっきり言って、かなり早くなった。というか断然早くなった。良く使うアプリなどは、この機能が自立学習するらしく、日進的に早くなった。実に優れた機能である。

http://faq3.dospara.co.jp/faq/show/4725?category_id=32&site_domain=default

http://faq3.dospara.co.jp/faq/show/4750?category_id=1&site_domain=default

慌てず、いろいろ調べて、6000円の出費を抑えたというセコイ話なのだが、大阪に帰省して(普段は差し込んだまま塾に運んでいるが、今回は一度抜いて運んだ故に)USBメモリーを差し込んでいる時、ふとこの件を思い出したのだった。

PCが遅いという悩みを持つ方も多いだろうと思うので、一刻も早くエントリーしておこうと思った次第。Windows10なら是非、お試しあれ。ちなみに私のUSBメモリーは、時折使っていた8GBの700円くらいの安物である。

大阪へ花見ドライブ8時間


 1年以上自宅に帰っていなかったので、町役場のお許しを頂いて帰省しました。ルートは、いつもの四国横断・淡路島・神戸経由です。朝8時過ぎに三崎を出て、休憩をしながら16時過ぎに着きました。

今回は、どこも道沿いの桜が満開で、花見ドライブという感じで、実に素晴らしいドライブでした。せっかくなので、妻にG1Xで197号線の上り(三崎から伊方町役場付近まで)をビデオを撮影してもらいました。残念ながら、朝は逆光。桜の美しさは完全に捉えられませんでしたが、記録としては実に良いものになりました。

イレギュラーはガソリンスタンド。吉野川SAで給油する予定が、工事中で休業。リスクをさけて、高速から徳島市内に降り給油しました。約20分間ほどのロスでした。四国の高速のSAはGSが少ないのでちょっと困ります。

自宅は、いつ何時帰っても電気もガスも水道も、そしてネットもすぐ使えるようにしてあります。(これはマレーシア時代からで、実に贅沢をしています。)基本料金だけでバカにならないはずなのですが…。

ともあれ、自宅に戻って、年賀状を確認したりしていました。今回は、町役場から友人との会食等に関して、かなり厳しい制限がかけられているので、自粛したいと思います。会いたい方はたくさんいるのですが…。うーん、実に残念です。(ところで、今日のブログの内容にふさわしいラベルがないので、一時帰国と国内の旅にしました。この組み合わせが今回の帰省の意味を最もうまく伝えている故です。)

2021年3月26日金曜日

離任式の日に。

離任式での校歌斉唱
離任式の日。三崎高校では、新任として赴任した3年目のH先生が転任するだろう事はがわかっていた。(愛媛県では、新任で3年間と決まっているからである。)驚いたのは、学校長の教育委員会への栄転である。1年で転任とは…。私は長い教員生活で、十数人におよぶ学校長にお仕えしてきた。K学校長は、その中でも三本指、いや一本指に入る方だと思う。校内の持久走大会で生徒と共に走っておられた姿は脳裏に焼き付いている。知的な方で理を通される方でありながら、非常に情に厚い方である。

私の提唱するユネスコスクール申請にも、学校長は大いに理解を示されていたのであるが、「(現状を鑑みるに)これ以上、TやK(地方創生をリードしている先生方)の仕事を増やしたくない。」と言われたのには、まいった。これ以上の理と情を止揚した言はない。今年度中の申請をあきらめた瞬間でもあった。

新しく来られる学校長は、前の教頭先生であるとのこと。三崎高校が最も危機にさらされていた(つまり分校化がほぼ決定していた)時期の教頭先生である。一度センター入試の時、愛媛大学でお会いしたことがある。現在、三崎高校は分校化を免れ、大いに世間にアピールしているわけで、意気高く来られることと思う。故事に倣い、三度目のユネスコスクール申請のお願いを、時機を見て新学校長にするつもりである。

学校長の挨拶の中で、「1年しか三崎高校にいることができなかったと考えるのをやめ、1年でも三崎高校にいることができたと考えている。」と言われたのが印象に残っている。

学校長の益々のご健勝をお祈りするばかりである。