2017年8月31日木曜日

来週の月曜日は休日っ。

http://www.teampilipinas.info/2017/08/sea-games-2017-medal-tally-live-stream.html
先ほどIBTのS先生から電話連絡があって、9月4日の月曜日が急遽休日になったとのこと。東南アジアの競技大会・シーゲームで、開催国マレーシアが金145、銀92、洞86を獲得して堂々メダル獲得数で1位になったかららしい。閉会式で、ナジブ首相が休日宣言をしたのだという。
http://www.channelnewsasia.com/news/asiapacific/malaysia-wraps-sea-games-2017-with-grand-closing-ceremony-9171498

https://www.facebook.com/line.malaysia/
で、さっそくクラスの学生全員に連絡すべく、連絡係のL君にLINEしようとしたら、彼女はすでに私に9月4日休日の件を報告してくれていた。昨日の深夜である。凄い。こういうことは早い。(笑)
ちなみに、LINEマレーシアから独立記念日の無料のスタンプが送られてきたので、公式な連絡と共にそれも送っておいた。このスタンプも、イ中マ=マレーシアの三民族が「仲間」でなかなかいいデザインだと思う。

独立記念日なのだ。’17

Su30MKM https://ja.wikipedia.org/wiki/Su-30_
今日ほど、東側の部屋に引っ越ししたことを嬉しく思った日はない。いつものリハーサル通り軍用ヘリの2編隊の超低空飛行が何度も見れたし、20機近くの練習機の円形編隊飛行、輸送機の2編隊(プロペラ機とジェット機)も間近で見れたし、そして何よりF18の5機編隊が住処の窓から見事に見れた。機の下から覗き見る格好になったのでこれまた凄い。さらにその直後、3機のSu-30MKMが来た。操縦席の近くに補助翼がついていたのでわかったのだ。いやあ、幸せである。航空ファンとしては狂喜乱舞の自宅での航空ショーだったわけだ。戦闘機の爆音がまだ耳に残っている。

今年は、G12が故障したままなので写真は一切撮れなかったけれど、それは1年後のお楽しみに残しておこうと思う。

2017年8月30日水曜日

サバイバルEnglishな1日

病院のHPより 薬局はこんな感じ http://www.tdmc.com.my/
妻が用事があって出かけたので、私は一人でタマンデサの病院に向かった。糖尿病の薬を手に入れようという算段である。これまで日本語の通じるモントキアラの病院で貰っていたのだが、歩いて行けるタマンデサの病院(1年前に私が目の上を怪我した際に行った病院である。)にその薬があれば便利だからだ。とはいえ、私の英語力で、どこまで通じるか。妻が、グーグルの翻訳アプリを使ってメモを作ってくれた。この効果はなかなか絶大であった。

結局、タマンデサの病院の薬局にも私の使っている薬があることがわかり、インド人女性医師の診察を受けた。で、採血を指示されたのだが、不案内なので、医局のカウンターにいたマレー系の女性スタッフが終わるまで付き添ってくれた上に、さらに薬局と会計に声をかけてくれて、おかげさまで薬を無事手に入れたのだった。ここのスタッフは、「イ中マ」の三民族がみんな仲良くて、しかも極めて親切で助かる。マレーシアの人々の良さを体現してくれるようなトコロだ。

昨日今日と、サバイバルEnglish炸裂である。昔は、こんな英語力でもアメリカを旅し、アフリカも旅した、それがちょっと自慢だったが、マレーシアに来て自分の英語力を越える場面に遭遇することが多くなったので自信喪失ぎみだった。IBTには、英語に堪能な先生方(特に日本語の先生方は堪能だ。)が多いし、私の英語力の無さを日常的に噛みしめる毎日だったのだ。

ところが、昨日のCanonマレーシアといい、今日の病院といい、サバイバルEnglishで、それなりになんとかなったのである。調子に乗って、ついでに近くのメイバンクで、住所変更までやってきた。(笑)とはいえ、どっと疲れたのであった。改めて外国で暮らしていることを実感したのだった。

2017年8月29日火曜日

北のICBMを無視しよう。Ⅲ

http://polandball.blog.fc2.com/blog-entry-4268.html
今朝、北朝鮮がまたミサイルを発射したようだ。日本上空を通過したので、さすがの日本も大騒ぎになっているようだ。暴挙であることは間違いがないが、日本が本土に落下しないことを察知して打ち落とさなかったのは賢明だと私は思う。

今回のミサイル発射は、あくまでもグアム島に打ち込めるゾという脅しに過ぎない。太平洋に落下させるということに意味があったのではないかという分析もあって、私も同感である。かなり、北朝鮮も米国との対話を望んでいるような感じだ。

あらためて主張したいが、北朝鮮の相手は日本ではなく、米国である。予防戦争などという不埒な語彙が米国で使われ、白人至上主義者のアリゾナ州の保安官(メキシコ人に差別的で権限を越えた取り締まりを行った人物。)に恩赦を与えるような大統領がトップである以上、日本はこの二国の争いに出来る限り巻き込まれないことが重要だ。

日本国首相は、米国大統領と互いをファーストネームで呼び合う関係を築いていると言われているが、その相手は我々アジア人を同等の人間として見ていないフシがある。いざというときは、ポチであっても毅然とノーと言うべきだ。

小泉元首相を特使として北朝鮮に送るというハナシもあるらしいが、日本らしい外交努力は認めつつも、米朝を結びつけられるかも北朝鮮次第。主導権は日本にはないのが実情である。

重ねて主張したい。日本は米国の軍事行動に極力巻き込まれないように努力すべきだ。

G12 顛末記

私の愛するカメラ、Canon G12が動かなくなって数日。今日も、朝から独立記念日のためのリハーサルでマレーシア軍のヘリコプターが超低空で窓の外を飛んでいたりして、妻と大はしゃぎだったのだが、愛機が動かないのは辛い。

今日はWEBで調べたCanonマレーシアまで行ってみた。ブルーモスクで有名なシャーアラムに修理センターがあることをミッドバレーのCanonショップのスタッフに教えてもらっていたのだ。KLセントラルから電車に乗って行けそうだったけれど、とりあえずタクシーで行くことにした。途中運転手が迷って、日本人学校の前(私は初めてだった。これ幸いではある。)を通ったりして、やっとたどり着いたのだった。中華系の人の良さそうなじいちゃんの運転手は、迷ったことをわびてメーターよりかなり安く運賃を告げた。しかも待ってくれると言う。なるほど、歩いて駅までいけそうもなかったので、30分ほど待ってもらう約束をした。

Canonのサービスセンターは第6ビルの3Fにあり、丁寧な対応をしてくれた。しかしながら、G12の修理は出来ないとのこと。まあ、2010年の発売だから仕方がないのかもしれない。日本での修理は、もしかしたら可能かもしれないが、ここでやっと諦めがついた。愛機もここまで走り回ったのだから許してくれるだろうと思う。

帰宅後、G12のバッテリーやアクセサリーが使用可能な事が解ったので、後継機のG15の購入も考えたが、G15は液晶画面が固定されていることがわかった。G12は自在に動かせるのである。非常に便利なのだ。この差は大きい。だが、G12より販売開始が遅いのでそれだけ長持ちする可能性も高い。うーんとまたまた唸ったのだが、結局中古の中で最も状態の良いG12をアマゾンで注文した。少し高いけど、状態がよいと言うことはそれだけ長持ちするということでもあると信じたのである。新G12は、明日の夜には大阪の自宅に届く。息子に一度チェックしてもらうつもりだ。私が手に取るのは、まだまだ先になりそうである。

2017年8月28日月曜日

IBTの話(121) 6時間補習の日

先日の弁論大会にて
スクールホリデー初日である。しかし今日はリーダー塾で日本に2週間行っていたI君とG君に対して、計8コマ分の補習を一気にやってしまおうという補習の日だった。もちろん優秀な学生相手であるから、実際には4コマ分、6時間で終わった。その合間に、W大を受験するF君、K外大にエントリーするK君、さらにI君の進路指導も挟まっていて、大車輪の一日だった。いやあ、なかなか疲れたのだった。もちろん、補習を受けた彼女たちはかなり私の疲れに気を遣ってくれたので嬉しかったが…。

ちょっとリーダー塾のハナシも聞いた。中国の成都や韓国の釜山、それにモンゴル、タイからも学生が参加していたらしい。もちろん日本人が多かったらしいが…。

今回の補習は、国際関係の国際連盟・国際連合、国連軍やPKO、さらに軍縮の流れと、南北問題といったラインナップである。補習が終わって、クラスの中で日本語を最も愛するI君が、面白いことを言ってくれた。南北問題時に、マレーの歴史を引きながら説明したのだが、偶然、インド系を表す「イ」、中華系を表す「中」、マレー系を表す「マ」と横並びに黒板に書いたのだが、彼女はその「イ中マ」に感動したのだという。「?」「仲マと読めたんです。三民族は仲間です。」「おお。偶然とはいえ、そうだよなあ。」彼女の日本語の感性は大したものだと思ったのだった。

2017年8月27日日曜日

アンゴラの大統領退任に思う。

昔々、「世界ウルルン滞在記」というTV番組があって、女優の東ちづるがドイツの「国際平和村」というNGOを取材、以後何度か取材が行われ、視聴者に衝撃的な影響を与えた。このNGOは、世界中の戦争で傷ついた子供たちを受け入れ、無料で医療を施し、帰国させるという活動をしていた。取材の2回目以降、日本人スタッフが増え、極めて珍しい”善意の輪を大きく広げたマスメディアの力”を実感したものだ。このNGOは、もちろん、現在も活動中である。
http://japan.friedensdorf.de/

この番組で傷ついた子供たちの多くが、地雷の被害を受けていた。中でも多かったのが、アフガニスタンとアンゴラの子供であった。最初の番組の中で、東ちづるがこういう子供たちを生んだ戦争をやった大人たちへの鋭い一言を浴びせる。ビデオで録画し、授業で何度も日本の高校生に見せたので、私の脳裏にも焼き付いている。

なぜ急にこんな事をエントリーしているかというと、その”大人”の1人であるアンゴラの大統領が38年にも及ぶ長期政権を自ら退任したからだ。彼は、ポルトガルからの独立戦争以前から政治に関わり、内戦時でも一方の中心者の1人であった。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASGT26H02_W7A820C1NNE000/

もちろん彼1人が悪の根源であるわけではない。彼の属していたMPLA・首都ルワンダ方面は石油を産出し、一方UNITA・南部内陸部ではダイヤモンドが産出、アンゴラは典型的な「天然資源の罠」から「紛争の罠」へと発展した国である。これに冷戦時故にMPLAを社会主義国・ソ連やキューバが支援し、UNITAをアメリカや南ア、反ソの立場から中国が支援した。(北部ではコンゴも米・中と共に支援したFNIAもあった。)極めて多くの大人が、自らの権益や国益を求めてアンゴラの内戦を拡大させ、罪もない子供たちの手足を奪ったのである。地雷は人を殺すのではなく、四肢を傷つけ相手側の負担を増やすという極めて残忍で安価な武器である。(アンゴラの地雷被害については以下の記事が詳しい。)http://www.jca.apc.org/banmines/materials/situation%20of%20world/angora_report.htm

そのアンゴラの大統領が交代する。日経の記事によると、石油価格の下落で国民の不満は高まっているらしい。外務省のODAのページを確認すると、日本も内戦終了後は、地雷の撤去も含めて様々な国際協力を行っている。少なくとも内戦時のような悲劇だけは、くり返して欲しくはないものだ。長期政権が変わる時は人心も大きく動くのが世界史の常である。過去は人間の英知で乗り越えられる。それも世界史は教えている。