2020年2月10日月曜日

国民不在の政治状況 考

https://theweek.com/articles/875669/gops-best-trump-defense-theyre-serious-trouble
韓国大統領と米国大統領、そして日本の野党について、SNSが教えてくれたことがある。政治の国民不在、私物化である。

韓国の経済成長率がなんとか2%に到達したというニュースが流れた。製造業やサービス業は不振で、政府の財政支出がその2%のうちほとんどを支えたらしい。何のことはない、春の総選挙に向けた政治パフォーマンスである。このツケは赤字国債となって後に帰ってくるのは必然である。韓国経済の先行きは極めて厳しい。誰がこの国債を買うんだろうか。はっきり言って韓国のガバナンスは末期的である。大統領と与党は総選挙に勝てば、それでいいようだ。

米国では、かのニューヨークタイムズが、1月31日、大統領閣下を『史上最も腐敗した大統領』と断罪した。また、USAトゥディ(全米唯一の全国紙)も昨年12月30日に『2019年は米国市場最も腐敗した1年となった』と断じた。脱税行為、公職法違反、セックススキャンダルともみ消し、政権私物化、そしてウクライナ疑惑…。結局弾劾は上院で否決されたものの、これらの新聞に断罪されても仕方あるまい。ところで、今回の新型肺炎騒動では静かだが、腐敗した大統領閣下は、中国の敵失を、ただただほくそ笑んでいるのかもしれない。次の大統領選に勝てば、それでいいようだ。

日本では、「桜の会」の話で野党はひたすら攻めている。新型肺炎という危機の時に何をやっているのかという声がSNS上では大勢だ。私もそれは正しいと思う。桜の会のスキャンダルよりはるかに重要であろう。結局のところ野党は、次の選挙で勝つためだけに国会審議をやっているようだ。何のための国会なのだろうか。野党への不信感はかなり増大したように思う。日本の野党が次の選挙で勝つことはないように思う。(何度も言うが、私は右でも左でもない。一般論として申し上げていることを明記しておく。)

2020年2月9日日曜日

ちょっとだけ黒い「商店街」

この土日も、八幡浜と大洲に買い出しにいってきた。今、八幡浜市では中心部の商店街を「黒い商店街」と称して頑張っていると聞いたので行ってみた。なぜ「黒」なのかというと、近くにある「みなと湯」の温泉の色が黒いからだそうだ。(笑)自動販売機やポストは黒いので珍しいが、シャッターの閉まった店が多く閑散としていて、やたら黒い商店街と言う旗だけが悲しかったのだった。まあ、ちょっとだけ黒い「商店街」というところだ。
とはいえ、八幡浜の高校生も食のイベント(我々が行った時にはすでに閉店準備をしていた。)に頑張っていたようだ。地域おこしへの思いは三崎高校と同じだ。ブルーハーツ風に、”頑張れー。”と叫びたい。

黒い商店街新聞によれば、黒い商店街ブランドの商品開発にも頑張っているらしい。オリジナルのTシャツやエプロンなどもなかなかいいデザインだが、『三色ボールペン・黒・黒・黒』が面白い。このボールペンはみんな黒だが太さは、0.5、0.7、1.0と異なるらしい。これはちょっと欲しいな。

2020年2月8日土曜日

ドイツ人捕虜と松江豊寿

もう一人の地味だけれど凄い会津藩出身の軍人は、松江豊寿である。第一次世界大戦で、青島を守備して敗れたドイツ人捕虜の徳島県坂東収容所の所長である。人道的な立場で捕虜に接し、可能な限り自由な環境を作り上げた。陸軍からは「会津は会津だな」と蔑まれたが、人道的な姿勢を崩さなかった人物である。こういうハーグ条約を守り抜いた軍人が大正期にはいたわけだ。
ベートーベンの第九交響曲(合唱つき)が初演されたのは、この収容所でのことである。知らなかったが、映画にもなっている。(今日の画像:バルトの楽園参照。)
松江豊寿については、以下のYouTubeに詳しい。
https://www.youtube.com/watch?v=5f2DbI4MQ-4
https://www.youtube.com/watch?v=Rg44MMQT3Sc

…ドイツ敗戦の報を聞いたドイツ人たちは茫然自失となり発行している捕虜たちの新聞もかけない状況であった。その時の松江の言。「諸君の気持ちは判るが、どんな苦しみの中でも、人は光を見つけ将来に向かう勇気を持つべきだ。諸君、新聞を出したまえ。そして、そのことを紙上で」呼びかけたまえ。これは私の命令だ。」「松江所長、判りました。命令を感謝します。」

…ドイツ敗戦時の松江のこの言葉は本当に感動的である。何と言われようと会津人でなければ言えないと思う。ベルサイユで講話が行われた後の講話も素晴らしい。こういう会津人ならではの想い、そして他者を敬う武士道がいい。ちなみに松江は少将に昇進した時点ですぐ予備役になっている。その後官選(選挙ではなく政府の意向で)若松市長(3年間)を務めている。軍人から政治家に転身したのか、させられたのかはわからない。

義和団事件の柴五郎

https://blog.goo.ne.jp/ichirakusai3/e/67f658c22e20f674ed0d2a6aacdc7576
地味に凄い会津出身の軍人の一人は、1899年の義和団事件の際、活躍した柴五郎である。義和団事件は、帝国主義列強に対して扶清滅洋のスローガンのもと義和拳の神秘性を信じた結社が蜂起した事件というのが一般的な理解である。どうしても帝国主義=悪という史観が先立つが、それが歴史の流れであった以上、明治の軍人であった柴本人を責める必要はあるまいと思う。

この時、北京の駐在武官だったのが柴五郎である。他の列強11か国とともに北京籠城戦を戦うことになる。柴五郎は、中国通であるとともに、アメリカの米西戦争などの視察も経験した国際派で、英語もフランス語も堪能であった。籠城戦の総指揮をとったマクドナルド英公使から絶賛される働きを部下と共に行った。日本軍の勇敢な戦いと、他国が避けた最も厳しい王府を守り切ったことだけでなく、義和団から狙われていたクリスチャンの中国人を味方につけたこと、さらに事件後も日本の占領地では統率が乱れず、他国と比べ中国人から信頼を受けたことなどが挙げられる。
…彼の軍人としての部下、他国の公使や軍人、中国人からの人望の厚さは、語学力だけでなく、会津藩=逆賊と蔑まれた所から培った「ならぬことはならぬ」という武士道が基盤となっていた故だと思う。

この柴五郎の率いる日本軍将兵の強さと美しさに魅せられたマクドナルド英公使は、ソールズベリー首相にロシアの南下を防ぐために日本との同盟を説く。日英同盟である。柴は日英同盟締結のきっかけを作ったわけだ。詳しくは、以下のYouTube(前編・中編・後編)に詳しい。

https://www.youtube.com/watch?v=gnOMLo5AdMU
https://www.youtube.com/watch?v=vW8MQ_NAJ7U
https://www.youtube.com/watch?v=43f9mOZacmk

…柴五郎の祖母・母・兄嫁・姉妹は会津城籠城戦前に自刃している。幼かった五郎は親戚に預けられ斗南へ移住する。藩校・日新館で会津の什の掟を叩きこまれ、西郷・大久保の死後に陸軍幼年学校を志願、士官学校へと進んでいる。「坂の上の雲」の秋山好古とは同期である。昭和20年敗戦直後の9月に身辺整理を行い自刃するが、高齢(85歳)故に果たせず、その傷がもとで同年死去。この自刃は、元陸軍大将として敗戦の責任の一環を担うべきであるとの思いであり、元会津藩の武士道を貫く故の必然であったように私は思う。

地味に凄い会津出身の軍人考

会津藩校 日新館に残る什の掟 https://nisshinkan.jp/
うちの妻は、暇があるといろんなYouTubeにアクセスしている。私がPCに向かっている横で音声を流しているので、耳に入ってくるのだが、昨日今日と「会津藩」出身の陸軍軍人の話が続いた。妙に気になるのでエントリーしておこうと思う。まずは、会津藩の明治維新時の歴史的背景について考えたい。

会津藩は、実に不運な運命を背負う。尊王思想が高まり、江戸から政治の中心が京に移った際に京都守護職を拝命する。松平容保という人は、養子であるがこそ、幕府を守るという藩是に従う。様々な文献によると、朝廷の貴族は金銭的な恩恵から薩長についたが、孝明天皇個人は薩長より、松平容保を最も信頼していたようだ。

会津藩は薩長、就中長州にとっては、京から彼らを追い出した仇敵であり、多くの志士が倒されたテロ装置・新選組の雇主である。よって、戊申戦争では恭順の意を表したのにもかかわらず、朝敵とされ何が何でも会津城を陥落させ、さらに下北半島斗南に流した。極めて非常な仕打ちをしたわけだ。革命にはスケープゴートが必要なのである。

松平容保の凄いところは、孝明天皇より御宸翰(しんかん:天皇直筆の手紙で、会津藩を最も頼りにしていると書かれている)を1863年八月十八日の政変の際に頂いていたが、生涯これを他者に見せなかったことだろうと思う。天皇の信頼が厚い事を示せば様々な場面での申し開きが可能だったはずだが、徳川慶喜への忠義とこの御宸翰の与える影響の大きさ故に秘していたものと思われる。「ならぬことはならぬ」という什の掟(じゅうのおきて:会津の武士への教育)そのものである。会津武士は、地位に胡坐をかいていた旗本などよりはるかに武士精神を守ってきたわけである。

明治維新後、西南の役で旧会津藩士が活躍したこともあって、朝敵の汚名を少しは晴らしたものの、薩長土肥の新政府では冷遇されていた。とはいえ、実力主義の時代になって、柴五郎や、松江豊寿といった凄い会津出身の軍人が出てくるのだ。つづく。

2020年2月7日金曜日

地域おこし協力隊会議’ 2月

伊方町航空写真 https://www.iju-navi.soumu.go.jp/onl/ehime/ikata/?cd_jichitai=38442
毎月、伊方町の地域おこし協力隊のミーティングが開催される。昨日がその日だった。最近はその面白さを実感している。農業、漁業、自然観察、裂き織などの専門家の隊員の方々との会話が面白いのだ。私などは教育現場しか知らないので、いろいろな学びがある。

先日エントリーした、サインカーブを描いて飛ぶ鳥について、K隊員に聞いてみたら、渡り鳥の中には、そういう省エネ的な飛行をする鳥も多いとのこと。よって、一種類の鳥の特長ではないそうだ。今、バードウォッチングの企画も進めているとのことで、私もそんな機会があれば是非行ってみたいと思う。

漁業のT隊員の話も面白い。魚の燻製を研究中で、燻製加工をすると、グルタミン酸が増えるそうだ。つまりうま味が増すとのこと。グラフて解説してくれたので、分かり易い。また、アワビの養殖について、K隊員が、こんなことを言っていた。稚貝にとって、銅イオンは大敵なので、昔銅鉱山があった佐田岬半島では不利なのではないかとのこと。

地域おこしといっても、地域の風土や歴史を知り、しかも各隊員の専門的な知識を駆使してこそ、新たな一歩を踏み出せるわけだ。公営塾も同じ。こちらの風土、歴史、地域性に立脚しながら、学校のこれまでの歩みを十分理解したうえで、何ができるのかを吟味し提案していかなければならないと思う。

2020年2月6日木曜日

四国の食道楽Ⅱ

四国に来て4か月が過ぎた。食生活で困ることはほぼない。あるとすれば、共に大好物のエースコックのワンタンメン(即席麺)と古漬けが手に入りくい事くらいだろうか。

反対に美味いものを妻がどんどん発見している。今日紹介したいのは、私の大好物である柿のジャムである。こっちに来て以来種類は変化したが、2月なのに未だ柿を楽しんでいる。実に幸せである。しかも安い。その大好きなの柿のジャムが大洲にあったので購入した。これが格別に美味いのである。昨日今日と朝食のパンに塗って食したが、ホント幸せを感じる。

私は決してグルメではないのだが、これからも美味しいものがあれば、このブログで紹介したいと思う。