2017年11月8日水曜日

反日有理への嘲笑

http://polandball.blog.fc2.com/blog-entry-1134.html
アメリカの大統領がアジア歴訪中である。日本では、在日米国人のデモがあったらしい。大統領来日時のデモというと、(世代は違うのだが)アイゼンハワーの来日を中止に追い込んだデモを、私などは連想するが、在日米国人のデモというのが凄い。首相はできる限りのおもてなしをしたようである。陛下に対してお辞儀をしなかったというのは、オバマ氏のお辞儀が批判を浴びたゆえかもしれないが、所詮傲慢な現大統領である。100%公人であられる陛下は別にお怒りではないだろうと思われる。まあ、日本では、とりあえず上々の訪問であったのだろう。

問題は韓国である。やはり韓国は(中国の文革での)「造反有理」ならぬ「反日有理」の国なのだろう。全て「反日」は許されるようだ。竹島(韓国では独島:ちなみに私はこれまで韓国をあまり悪く思ってこなかったし、領有権でもめていても、日本だけの立場では記したくないと考えている。)の海産物をわざわざ出し、慰安婦のご婦人を晩餐の席に呼んでいる。いかにも、韓国はアメリカと同盟関係にあっても日本とは同盟していない、日本とは協力しないことを、アメリカ大統領との外交の席で強烈にアピールしているわけだ。これは、(日本にたいしてはもちろん、アメリカに対しても)かなり非礼な話だし、アメリカの外交筋や軍関係者がその外交戦略上最も嫌うことであると思われる。韓国の外交筋はそのこともわからないのか、と思う。韓国の世論が、このような演出を後押していたのかもしれない。ならば、韓国政治家のポピュリズムも極まれりである。アメリカ大統領の外交の場を利用しでも「反日有理」、おそらく世界中の外交関係者の嘲笑が聞こえてきそうだ。たとえ普段の言動から非礼な大統領でも、非礼に迎えていいというものではあるまい。

極めて後味の悪いニュースだったと、地球市民を自認する私でさえ、そう思っている。

2017年11月7日火曜日

IBTの話(138) 祝KG大合格

https://manabi.benesse.
ne.jp/daigaku/school/3694/
H君がKG大に合格した。日本時間の朝9時発表ということは、KLでは8時である。私がIBTに着いたのは、その少し後で、職員室近くで待っていて報告をしてくれた。いやあ、嬉しい。今回のKG大受験に関しては、私の指導がかなり入っている。と、いうのも、H君は観光関係へ進みたいと念願していた。観光業に身を置くためには、やはり大都市圏の私大が有利である。いろいろ調べていくうちに、KG大のS学部が最も彼に合っていることが判明した。S学部には、文化人類学的なコースがあり、商業的ではない日本の本当の文化を伝えれるような観光業をやりたいというH君の希望にもピッタリだったし、意外と言っては失礼だが、6月のEJUでなかなか良い成績を残していたので、十分勝負できるとふんだのだった。

昔、前々任校でアメリカ・アイオワ州に研修旅行で行った際、OGが添乗する旅行業者を選んだことがある。もちろん入札制であるから、その会社が費用を安くおさえてくれたこともあるのだが、我が相方の担任の先生の教え子で、成長した姿に非常に喜んでおられたのを思い出す。そのOGがKG大の出身だったのだ。私の頭のどこかで、観光業への就職=KG大というイメージが残っていたのだと思う。

首都圏や近畿圏の国立大学・難関私立大学のハードルは、私費留学生にとってもなかなか高い。しかも彼は、高校時代よりはるかに、このIBTで日本語を頑張った学生である。今回の合格は、そういう意味でも快挙だったと思う。

私自身、小論文や面接指導もかなりやってきた。だが、彼の頑張りがあってこそ、今日の合格があると思う。こういう学生に巡り会えて、つくづくマレーシアに来てよかったと思うのだった。…とはいえ受験シーズンはまだまだこれからである。

2017年11月5日日曜日

イスラムのフィクフ考2

http://toko-muslim.com/buku-fiqih-islam-wa-adillatuhu-1-set-10-jilid/
中田考氏の「イスラーム法の存立構造-ハンバリー派フィクフ神事編」の備忘録の続きである。「2.ファトワー」の箇所で、面白い話が出てくる。ファトワーについては、以前エントリーしたことがある。法学者に一般信徒が質問し、その回答がファトワーである。ところで、このファトワーを出せる者(ムフティー)は、イスラム学の学識と並んで、現実の認識が必要とされる。

タタール人占領時代、イブン・タイミーヤがハンバリー派の同学の一人とともに、タタール人の一団が酒を飲んでいるところに通りかかったところ、同行者が彼らを咎めようとした。それをイブン・タイミーヤは阻止し、こう言った。「アッラーが酒を禁じ給うたのは酒がアッラーを念ずること、礼拝から遠ざけるからに他ならない。ところがタタール人に関しては、酒は殺人、児童誘拐、金品強奪から彼らを遠ざけているのだ。だから(社会にとって害の少ない酒宴故に)彼らを放っておきなさい。」

イスラームのファトワは、こういう現実主義的な側面がある。酒を飲むのは当然禁止事項だが、ムスリムの命・財産の保護の方が上位のフィクフであるとイブン=タイミーヤは判断したわけだ。

ところで、中田考氏がシリアの最高ムフティーに対してファトワーの請求と回答が載っている。実に興味深いので記しておきたい。

慈悲深く慈愛遍きアッラーの御名において
アブ-・アル=ヌール・イスラーム学院
質問:ワフバ・アル=ズハイリー博士はその著『イスラーム法とその典拠』3巻689頁において「キリスト教国からの輸入肉は、たとえ屠殺時にアッラーの名前が唱えられていなくとも、食用が許される」と述べています。それでは、シャリーアに則って屠殺しった肉が多少の負担で入手可能な場合でも、店で市販されているアメリカやオーストラリアからの輸入肉の食用は許されるのでしょうか?
ファトワー請求者 Drハサン中田考

回答:「啓典の民の食物は汝らに許されている」(クルアーン5食卓章第5節)との至高なるアッラーのお言葉の一般原則に基づき、キリスト教国からの輸入肉は食用が許され、それを食べることは問題はない。啓典の民の屠殺肉にはアッラーの御名を唱えることは条件とはならない。また同時に「ある男が預言者の元にやってきて「アッラーの使徒様、我々の中の一人の男が屠殺するのに至高なるアッラーの御名を唱えるのを忘れたのを知っておられますか?」と尋ねた時、彼はアッラーの御名は全てのムスリムの心中に存在する」と答えられた。(ナスブ アル=ラーヤ:ハナフィー派法学書4巻182頁)とのハディースに基づき、ムスリムの屠殺肉にもアッラーの御名を唱えることは条件とならない。(ムグニー・アル=ムフタージュ:シャフィイー派法学書6巻95頁)それゆえ、啓典の民の屠殺肉の購入が義務として課されることはない。
ヒジュラ歴1418年11月2日/西暦1998年3月1日 ダマスカス
Dr.アル=シャイフ・アフマド・タクタロー
シリア共和国最高ムフティー/イフターゥ最高評議会議長
アブー・アル=ヌール・イスラーム大学学長

なかなか興味深い。啓典の民とは、ユダヤ教徒・キリスト教徒をさす。では日本で仏教徒や無信仰の日本人が屠殺した肉はどうなるのだろう。日本在住のムスリムはこれを食すことは許されるのだろうか。ちょっと疑問がわいてしまったのだった。

イスラムのフィクフ考1

中田考氏の「イスラーム法の存立構造-ハンバリー派フィクフ神事編」を読んでいる。ここで論じられている「フィクフ」というアラビア語は、イスラム法(シャリーア)の体系を意味しているようだ。私の浅い理解で、イスラム法(シャリーア)は、その根幹にあるクルアーン、そして次に重要なムハンマドの言行録(ハディース)があって、ウンマ(イスラム共同体)における合意(イジュマ-)、さらにこれらを類推する(キャース)という体系がある。ムスリムは、神によって規定されたシャリーアの体系の中で自らの行動を選ぶことになる。クルアーンにある通りに、クルアーンに記されていないことはハディースにある通りに。もしこれらに書かれていないことはウンマの合意に従い、そこにもない場合は、類推するしかない、というわけだ。イスラムの法体系は極めて演繹的である。

この「フィクフ」は、ムスリムにとって重要なシャリーアの行動規範に関する論考なのである。中田氏は、イスラム法学者であり、この論考も法学なので、出来る限り精査された表現になっている。そこがまた新鮮なのであるが…。

第一章「フィクフとは何か」では、定義・シャリーアとの関係性・その発生と必要性・その主題・国家との関係・その平等主義・歴史・現在といったように詳細に論じられている。第二章「フィクフの基本概念」では、インジュティハード・ファトワー・フィクフの義務範疇・フィクフと人といった項目になっている。この第二章は実に面白かった。少し備忘録的に記しておきたい。

インジュティハードというのは、前述の自分自身の判断でフィクフの規範を演繹する作業のことである。語義は最善を尽くすことらしい。旅先で太陽や星の位置をたよりにキブラ(メッカの方向)を推測するのはインジュテイハードの本来の意味に近いわけだ。同様にどの瞬間においても、アッラーの御心に従うべく自分の知識と能力の限りにおいて、「最善を尽くすこと」はムスリムの義務であるというわけだ。しかし、フィクフの専門用語としてのインジュテイハード、つまりクルアーンとハディース(スンナ)から導き出され、理念的に全てのムスリムを拘束することを意図する「普遍的」な行為規範を定立する行為は、誰にでも許されるものではない。

当然、クルアーン・ハディースに精通した法学者で、様々な規定の構造(字句通り解釈すべきか否か、包括的か否か、明確か曖昧か、一般的か特殊か、無条件か限定的か、スンナの場合真性か否か、不特定多数へのものか個人か等)を理解し、イスラム史上のフィクフの規定に関する全ての争論と合意事項を知り、類推とその条件を知り、なおかつ、イエメンやシリア・イラクなどのアラビア語方言にまで精通する者となっている。当然、このような法学者は無条件ムジュタヒドと呼ばれ、スンニー派の4法学派の始祖たちを意味する。(もちろん、マレーシアの主流の法学派を確立したアル=シャーフィーイーも入っている。)したがって、一般的なムスリムは、彼らの判断に従うことになるわけだ。面白いのは、こういったフィクフの教養を欠く無学者は、理解できる範囲で知っているクルアーンとハディース(スンナ)の明文に従えばよく、それも不可能であればファキーフ(フィクフを修めた者:この認定機関もないところがイスラム的平等主義で凄い。)に相談することも許される。それが無学者のイジュデハードとなるそうである。

2017年11月4日土曜日

IBTの話(137) 面接指導

受験生の1人がめざすK大学
http://www.yasui.net/hikolog/i
ndex.php?itemid=575
先週も実に忙しかった。昨日の放課後は、6人の面接指導をK先生と行った。私費生は出願する大学については自由だが、願書の入手、出願日や入試日、合格発表の日程がバラバラで、6人が12月初旬までに受験する故である。特にEJU後2週間のスクールホリデーがある。スクールホリデー中に入試がある学生や直後の学生もいるので、実はあまり時間がない。

面接の指導は、日本で35年近くやってきたわけで、これまでにも何度も経験がある。入退室の所作から、質問への的確な解答、面接者の目を見て話すこと、沈黙してしまわないことなどが最重要事項である。我がクラスは日本語検定2級はほぼ全ての学生が取得しているが、こういう面接ではさすがに日本人のように上手く対応できない。

K先生の面接指導は実に勉強になった。やはり日本語の先生は、的確な解答とその言い回しをうまく指摘されるし、わかりやすい。

事前に面接のQ&Aも配布し、書かせるのだが、それ以前に日本語の授業で、なぜ日本に行きたいのか?なぜこの大学か?なぜこの学部・学科か?を徹底的に作文させたうえで書かせるのも重要だ。今回は、日本語の教員でない私が担任なので、K先生がずっと指導してこられた。私もかなり読ませてもらったが、K先生の頭には、一人ひとりの苦労した志望動機が詳細に入っている。IBTの面接指導は実に丁寧だ。

そう毎回K先生にご足労いただくのも申し訳ないので、来週の金曜日まで、私が時間をさいて個別指導していくことにした。「一週間の成長を楽しみにしていますね。」とはK先生の言である。

2017年11月2日木曜日

早くただのオッサンに戻るべき

http://blog.livedoor.jp/kaoriiida/archives/72171502.html
NYCで、ISの影響を受けたアメリカ国籍の男が単独テロを起こしたという報道が流れた。テロは憎むべき所業であるが、大統領がツイッターで「死刑にするべきだ。」とつぶやいて良いとは思わない。彼は、合衆国の三権分立という政治の根幹を理解しているとは思えない。行政の長として、司法権にむやみに介入するような発言は控えなければならない。おそらく小学生でも解る、自明の理である。それが解らないのでホワイトハウス=幼稚園と批判されているのだろう。
https://jp.reuters.com/article/new-york-attack-idJPKBN1D20S3

民主党は、このような幼稚な大統領が北朝鮮問題で暴走しないよう先制攻撃を禁止する法案を提出したらしい。残念ながら現在のところ民主党は上下両院で過半数を得ていないし、大統領には法案拒否権がある。これが成立する可能性は低いが、三軍の長としての現大統領にNOを突きつけていることに違いはない。このような法案を提出せざるを得ない状況こそ、異常であり不幸である。
https://jp.reuters.com/article/usa-democrat-north-korea-idJPKBN1D13DN

私は、ツイッターやフェイスブックをやっていない。短いセンテンスで自分の思いを表現する自信がないし、感情的に発信したりしたら極めて危険だと思っている。日本でも大阪出身の元政治家が極めて汚い表現で衆議院議員をなじって批判されている。政治に関わる人間の言葉は、極めて慎重であるべきだし、こうしてアクセス権を行使する一般人もまた、慎重に言葉を選ぶべきであると思う。それが出来ないのなら、しないほうがよい。

大統領は、まさにその資質に欠けると私は思う。早くただのオッサンに戻るべきだ。

2017年11月1日水曜日

アフリカ飯の話

久しぶりにアフリカの話をエントリーしたくなった。暗い話ではなく明るい(?)話題を。と、いうわけで、ルワンダの食事事情について、JOCVの方が書いていたものを紹介したい。
http://afri-quest.com/archives/7271

ルワンダの職場でのランチの写真が並んでいる。私などは、写真を見た瞬間に「ウマソー!」と思ってしまう。芋や米に豆入りのソースがかけられたもの。ケニアのセカンダリースクールで出されたものに近い。香ばしい豆のソース。これがいけるのである。肉の入ったものを見て、このJOCVの方と同様の感想がわいだ。「豪華!」テンションがあがるというのは痛いほどわかる。
だが、悲しいかな、こういう食事は旨いのだが、飽きるというのもわかる。アフリカではバリエーションに欠けるきらいがあるのだ。私自身はグルメというわけではないので、アフリカの食事は全く問題ない。

一方、私の住むマレーシアでも、アフリカに似たワンプレートの経済飯(中華系は雑飯と呼ぶ。)がある。私は大好き。だいたい野菜2種類と肉系(ハラルの関係で鶏肉が多いかな。)1種で、安ければRM5~RM10というところ。肉系を多くすれば追加料金というのも同じ。マレー系、中華系、インド系それぞれ美味しいし、チョイスできる種類も豊富だ。この辺は、東南アジアの凄さを感じる。マレーシアに在住の日本人で、こういう経済飯やローカルの人々が集まる屋台の店での食事を避ける方々もいるらしいが、私は大好き。郷にいれば郷に従えではないが、マレーシアのローカル(現地の人々の意)に近くに常にいたいと思うのである。