2026年2月12日木曜日

正教会と数理神学2

https://www.youtube.com/watch?v=2sobnkyibok
『ギリシャ正教 無限の神』(落合仁司著)の備忘録的エントリー第2回目。カントールの集合論の続きになる。彼は、集合論が神が無限性の弁明になることを明晰に意識していたことは極めて重要である。

ここで、数の分類の確認をしておきたい。整数:-2、0,1.2など。自然数:1.2.3など正の整数。有理数:2つの整数abを使って、a/b(b≠0)で表せる数。実数:有理数と無理数を合わせたもの。

ところで、平方根√2や円周率πなどの無理数について、彼は数列の極限として捉えた。円周率を例に取ると、π=3・π1=3.1・π2=3.14・π3=3.141…極限にいたる数列は、無限個の自然数を1つに括った全体、すなわち自然数の無限集合に他ならならず、自然数全体と同様の現実的無限であるとした。このアリストテレスの禁忌(前述の「現実的無限については、思考することを禁止する。」)を乗り越えることで、近代科学の基礎を築いたのである。

彼の証明した第一の命題は「無限においては、部分と全体が等しい。」さらに、数直線上にある、すなわち実数全体という無限集合は、一次元の直線、二次元の平面、3次元の空間、さらにn次元のユークリッド空間におきても無限集合と等しいことを証明した。直線上の0から1までの区間の実数の数がこの全宇宙さらには4次元時空連続体に存在する実数の数と等しいというのである。この証明を成し遂げたことを伝える手紙の中で「私は見た。しかし信じられない。」と書いている。

…完全文系の私としては、このあたりでかなりギブアップ気味である。(笑)ただ、この「無限においては、部分と全体が等しい。」という命題は、神と人間の関係、特に人が神となる、という事に大きく関わってくるのではないか、という嗅覚が働いた次第。

次に彼が証明した第二命題は「無限においては、部分の総和が全体を超える。」なのだが、この命題については、さらに解説が難解すぎるので、忌避させていただく。(笑)…つづく。

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