2021年4月14日水曜日

伊方町町議選

伊方町の町議選が昨日告示された。当然ながら、どんな人が町議なのか知らないし、ほとんどが無所属なので、どんな政治信条をもっているのかもわからない。選挙公報もまだ届いていないので、まさに五里霧中。

棄権するつもりはないのだが、さてさて困ったもんだ。某政党の宣伝カーが昨日中学校の近く(これすなわち我が教職員住宅の近く)で、大音響で原発がどうのこうのと言っていたので町議選が始まったことを知ったのだった。

HPで選挙の告示を見てみたら、無所属ながら様々な職業(農業、漁業、会社経営…。)の候補者が示されていた。選挙カーなんか走るのだろうか?演説会もあるのだろうか?なんか不思議な感じである。

ちなみに去年の町長選は無投票だった。地域おこし協力隊として、町長とは接する機会も多いのだが、なかなか面白い方で人間的な魅力があり、三崎高校を大切にしていただいているので私はありがたく思っている。できれば町長を支え、三崎高校のために動いてくれる候補者を選びたいと思っている次第。

2021年4月13日火曜日

新年度2日間の塾の様子

通常授業になって、2日目。塾は、放課後すぐ、部活をやめた2年生(1年生は強制だが2年生は自由)がまずやってくる。漢字を教えている帰国子女の生徒も来る。そのうち、部活を終えた2年生や3年生が順次やってくる。各自だいたい帰る時間があって、早めの地元生(夕食の時間に合わしているのだろう)、寮生でも早い子もいる。遅くまで部活をやっている男子バレー部や吹奏楽部がその後やってくる。20時を超えると、寮生がほとんどになる。生物の特別講義を受ける生徒も最後まで頑張っている。21時15分が点呼なので、21時が近づくとみんな片付けに入る。

昨日も今日も1年生3人を含めて21人の来塾であった。入れ替わり立ち代わりなので、密ではないし、講師陣もまんべんなく生徒を巡回している。我が講師陣は、教えることが大好きなので、休みなく頑張ってくれている。頭が下がる思いだ。私はと言うと、マネジメントを進めながら、進学指導やその他の相談に乗ったりして、激励に徹している。

なかなか良いリズムである。

2021年4月12日月曜日

帰国子女対策開始

今度の1年生に、カナダからの帰国子女の男子生徒がいる。英語は堪能だが、日本語の読み書きは厳しい。以前、学校を見学に来て合ったこともある子である。前のK校長先生から、相談を受けて、三崎高校内で日本語教育に多少なりともかかわったことがあるのは私だけなので、マレーシアでの経験(といっても横眼で見ていた程度だが…。)を活かすことにした。PBTの漢字教育は厳しい。その伝統を三崎高校でやることにしたのだ。教え子たちに聞くと満点が獲れるまでゆるしてくれなかったそうだ。(笑)PBTのT先生にメールして、お勧めのテキストと漢字テストの見本を送っていただいた。

今日はまず、彼の漢字力を知るために、ある市の漢字テスト(小学2年生向け)をやってもらったら、意外に読めたりする。半分くらい正解だった。彼は、日本語のリスニングが十分できる。もちろん、私との会話では、私のサバイバル・イングリッシュを挟むのだが…(笑)汗をかきながら漢字を学ぶことの重要性を今日は話した。

その上で、最初の課、山、川、日、月、火、水、木、金、土を教えた。漢字は象形文字であるという話をした。彼はかなり納得してくれた。読めるとともに書けることが重要。というわけで、宿題として、これらの漢字を20回書くこと、音読み・訓読みもしっかり頭に入れることを指導したのだった。意外にも、六日を”むいか”とちゃんと読めたりする。いいぞぉ。山を”さん”とも読むよと教えたら、”ふじさん”という返答が帰ってきた。なかなかやる。性格の良い子なので、きっと伸びるはず。

慌てず、ゆっくりとやっていこうと思う。

2021年4月11日日曜日

昨年1年間の塾の真の成果とは


先週は、月曜日以外実に多忙だった。特に勤務時間前から動き出すことが多かった。火曜日は私事で宇和島まで行ったし、水曜日は地域おこし協力隊のミーティングさらに町教委とのミーティング。結局私はそのまま正午の開塾の為学校へ。木曜日は全講師がそろって始業式に参加したし、金曜日は入学式だった。コロナ禍対策で、愛媛県は最高レベルに引き上げられたこともあり、全講師参加から私だけの参加になった。要するに、ほぼ毎日朝から走り回っていたわけだ。

午後から塾が始まると、数学や英語の講師は超多忙になる。私はひたすら教材研究をしながら、生徒に声掛けをして、進学指導をしている。理科の講師は今週はあまり出番がなかったのだけれど、ずっと教材研究に余念がない。というのも…。

英語も数学も理科も、学校の先生方と念密な打ち合わせを行っているのである。詳細は書けないが、授業進度に合わせた塾での取り組みを各自まかされているのだ。昨年度1年間、未咲輝塾は、学校との連携を最大限重視してきた。今年度は1年生がさらに2クラスになり、教員が増えていない分、先生方の負担が増加している。その上に、実に学力差がある。先生方は、進学を考えている生徒に十分に対応できるとはいえない状況にある。その分を塾で補充して欲しいということなのである。これは、我々はにとって願ったりかなったりである。教員生活40年の私からすると、これは、塾の講師陣を認めてくれたことに他ならないと思っている。もし、私が勤務する学校に、公営塾があったとしても、塾講師に、このような信頼を寄せることはそう簡単にできないのではないかと思う。それが、三崎高校で実現しているわけだ。(これは、社会科の私も含めての話である。)

実力ある講師陣に私は恵まれている。このような公営塾は全国でも数少ないと思う。

2021年4月10日土曜日

アフリカ独特のユルさ

ケニアとタンザニアの国境を示す石碑 https://ebisu.surbiton.jp/travel/kenya/maraserena.html
「アフリカ独特のユルさがアフリカらしい発展の鍵になる」という、明治大学の笹岡健一教授の記事が面白い。今日現在で3回にわたって書かれている。その要約と私の感想をエントリーしたい。

アフリカ諸国は、植民地支配の際にひかれた国境線のまま独立している。それ以前のアフリカには小さな王国もあったが、領地の拡大を目指すことはなかったし、植民地支配のためにエスニックグループの集団がかき集められた。エリトリアの独立と南スーダンの独立は例外的で、1960年以後国境線は動かさないという取り決めがなされている。すなわち、ヨーロッパや他の地域の国(日本も含めて)の成り立ちが全く異なる。領地拡大という概念がアフリカにはないのである。

よって、国境管理はユルい。国境沿いのエスニックグループには、その国の中央に居住するエスニックグループより国境を越えたところに、同じグループや言語的に近いエスニックグループがいることも多い。管理の行き届かないところで、自由に往来している。麻薬や武器、盗難品などが自由に運搬されたり人身売買目的で子供が連れ去られることも横行しているので、デメリットも大きいが、国境管理の厳格化が政治の安定や経済の成長に繋がるとはいえない。

アフリカの不思議の1つに国家間の紛争がほとんどなく、内戦ばかりであることがある。もちろん、ナショナル・アイデンティティはあるし、ブラック・アフリカ的な意識、エスニック集団意識もある。しかしユルさ、重なり方もアフリカ独特のものである。ところで、アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)構想が推進されているのだが、インフラの不整備や農産物生産に地域的特色がないことなどの産業構造から不安視されている。しかし、これもヨーロッパや他の地域と同じ視点で見るとたしかにそうだが、アフリカ独自のユルさから独自の発展が生まれる可能性があるのではないか。

…近代国家は領域国民国家と言い換えることができる。アフリカ諸国の歴史を鑑みるに、エチオピアがそれに該当するとは思うが、他は笹岡先生の言われるとおりである。実際、ケニアでは、マサイは、マサイマラ(ケニア)とセレンゲティ(タンザニア)を自由に移動していることを知った。ブルキナファソの北部サヘルにも国境的なものが作られている様子はなく、実際にはトゥアレグの人々は遊牧民で自由に移動しているはずだ。とはいえ、ナショナルアイデンティティもある。特にサッカーに関してはナショナルチームの活躍が大きい。ブルキナファソで見たTVの音楽番組では、同じフランス語圏のバンドが紹介されていたが、セネガルの、マリのバンドだという風に紹介されていた。エスニックの意識も大きい。そもそも同じ国内でも言語的に全く違ったり、似ていたりと複雑である。こういうアフリカ独自の重層的ユルさは、私には魅力的に映る。

…この小論で、アフリカの国家間戦争が起こっていないことが、その歴史的な由来から説明されている。納得である。同時に、私は60年代以来の汎アフリカ主義が今も根付いていると思う。モロッコがAUから排除されたのもその表れだろう。国内では様々な紛争があるが、国家間ではないということの是非は、アフリカが領域国民国家化=近代国家化していないとネガティブに見ることも可能だが、重層的に見ることが必要だと思う。いずれにせよ、面白い内容だった。

…意外にも、アフリカ各地での農業生産が特に近隣ではあまり変わらないことの指摘は、目からウロコな話であった。たしかにそうである。気候や土壌によって、トウモロコシ主体、芋主体といった多少の変化はあるが、米栽培は未だ少ないし、ミレットなどの雑穀は土壌の悪い所でどこでも栽培されている。自由貿易と言ってもリカード的な比較優位の商品はあまりないといえるだろう。だが、これもヨーロッパ中心の経済学的な視点である。アフリカはアフリカの独自の発展があるはずという笠岡先生の意見を支持したい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/c57e77878f60aa220d6fee2cf72859c83233fcad
https://news.yahoo.co.jp/articles/4025b692645967286b42e73bb73376532f9e09ce
https://news.yahoo.co.jp/articles/28ffa39da1bc0039e65160d7a4f78aeff92a8b2c

2021年4月9日金曜日

ケニアのマチャコス


入学式の日。本当は塾講師全員で参加予定だったのだが、愛媛県のコロナ対策が最高レベルになっていた関係で、学校の許可を受け私だけが参加した。今回の新入生には、ケニア人の父親を持つ生徒がいる。以前に塾にも来てくれて、スワヒリ語で挨拶したことがある。(昨年9月20日のブログ参照)それが縁かどうかはわからないが、三崎高校に来てくれたわけだ。

今日もお父さんが来てくれていて、少し話をした。エスニックグループはカンバ(ケニアには60以上のエスニックグループがあるが、比較的メジャーである。)で、出身地はマチャコスだという。マチャコス…。聞き覚えがある。JICAの教師派遣視察旅行でセカンダリースクール視察に行く際に、ここでランチを取った記憶がある。ちょっと街中も歩いた。記録を確認したが、2003年8月5日の話である。マチャコスでの写真を探したが、大阪の自宅に置いてきたようだ。

このお父さんは凄い人で、陸上競技(おそらく長距離走)関係の仕事をされていて、日本語もペラペラである。生徒のお姉さんも有名な陸上選手らしい。

HRの後、塾に来られてまた少し話をした。三崎高校に来た詳しい話を聞かせてもらった。実に不思議な縁(えにし)を感じる次第。出来る限り支えてあげたいと思う。

2021年4月8日木曜日

山田五郎氏の大人の教養講座

https://gigazine.net/news/20180927-rembrandt-masterpiece/
始業式である。久しぶりに寮生をはじめとした2・3年生に合った。なかなか嬉しいものである。生徒はやはり可愛い。さて、始業式の話は、公式なFacebookに書いたので、私的なブログは違うことを書こうかと思う。

昨日からハマっているYouTubeがある。山田五郎氏の「大人の教養講座」である。有名な絵画と画家の話を語っている内容で、なかなかいい。山田五郎氏は昔よくTVで見た人なのであるが、何者か知らなかった。調べてみると、そもそも上智からザルツブルグ大学で西洋絵画史を専攻した美術評論家である。詳しいはずである。(笑)

ハマっているといってもすべて見たわけではない。ゴッホはなぜひまわりの絵を多く描いているか?レンブラントの夜景にある妙に光った女性の謎、そしてムンクの叫びの意味といった3本くらいなのだが、いずれも面白かった。

https://www.youtube.com/watch?v=zjq3EacZ3e4

教養という語彙を使うのは、実に難しい。常識というと、ないと恥ずかしいといった強制的なニァンスが含まれるが、教養と言うと無限に広がるような趣がある。60を過ぎて、教養と言う語彙に愛着を感じるようになった。

私は、高校時代にだいぶ西洋絵画の知識を入れた。まあデザイン科(図案科)であったわけだから当然だが…。今となっては、全くの無駄な学びであったようでいて、決してそんなことはない。人生、無駄な学びはないと思う。あちこち寄り道をしてこその人生のような気がする。暗記で教養は身に着かない。寄り道したくなるような動機が必要だ。

そんな教養を纏った人生はいい。もう少し長生きして、さらに教養を纏っていこうと思うのだ。