2024年11月30日土曜日

中国船の海底ケーブル工作

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2024/11/525880.php
中国の貨物船が、バルト海に面したロシアの港を出港後、2箇所でなんらか(130kmも錨を下ろしたまま操船した可能性大)で、バルト海の海底ケーブルを破壊工作した。世界中の海では、GPSで船舶の航行経路が明らかになっており、破壊された2箇所(リトアニアとスウェーデン・ドイツとフィンランド)の地点に、この中国貨物船があり、ヨーロッパ諸国はそれを確認の上、NATO軍の艦船がデンマーク近海でこの船を取り囲んでいるとのこと。

とんでもない犯罪行為である。おそらく、中国側は事故だと言い張るだろうが、ヨーロッパ諸国の対応が早く、言い逃れできない状況になっている。徹底的に捜査すべきだし、その補償をさせるべきである。

何故、このような工作をしたのか。ロシアの支援という憶測もあるようだが、これでロシアが軍事的優位に立てることはまずないし、ヨーロッパの中国EV車・関税への腹いせかもしれない。

全くもって「義」が存在しない国である。エゴイズムの塊のような国である。台湾海峡でも何度も同じような工作を行ったことは、歴史が証明している。ますます国際的に孤立していくだろうし、日本はいいかげん親中的態度を改めるべきであると私は思う。

2024年11月29日金曜日

ノストラダムスと死海文書

https://www.japanjournals.com/uk-today/18733-240219-1.html
「死海文書の封印を解く」(ベン・ソロモン著/河出夢新書)を読んでいて、さっそく面白い記述を見つけた。ノストラダムスの有名な予言書『諸世紀』の第1巻25に次のような詩が書かれている。

失われ、長く隠された物が発見されて 羊飼いは神のように尊ばれる 月はその長い時代を終える それ以外の風説は 恥をかくだろう

この詩は死海文書の発見を予言したものとされる。「失われ、長く隠された物が発見されて」2000年前の古文書である羊皮紙に書かれた巻物が発見されたことにピッタリ一致する。「羊飼いは神のように尊ばれる」は、ベドウィンの遊牧民により発見され、その古文書は聖マルコ修道院などに高く売りつけることに成功、仲間たちから神のように尊敬されたことを示している。「月はその長い時代を終える」の月はイスラム教のシンボルである。この死海文書が発見された1949年は、国連のパレスチナ分割決議によってユダヤ人国家が生まれた年であり、700年にわたったパレスチナにおけるイスラム教支配が終わったことに一致する。「それ以外の風説は 恥をかくだろう」は、それまでの最古の聖書写本は1000年前の中世に筆写されたものである。そこに、イエスが活動していた時期の情報が突然眼前に登場したわけで、死海文書の研究が進めば、今までのキリスト教の教義や聖書学者の学説がくつがえされてしまう可能性を示唆したものといえる。

…私が高校生だった頃、1999年7月に空から恐怖の大魔王が降ってくるという、ノストラダムスの大予言が大ブームを引き起こしていた。が、結局何もなく、忘れ去られてしまったのだった。しかし、この死海文書発見の予言は、わかり易いうえに見事に的中している。やっぱりノストラダムスは凄いのではないか、などと思ったのである。

2024年11月28日木曜日

死海文書入門を読む。

学院の図書館で「死海文書入門」(知の再発見双書134)を借りて、今日の帰路読み終えた。ビジュアルが豊富な入門書である。興味深かった内容について少し記しておこうと思う。

20世紀最大の考古学的発見と言われる死海文書は、ベドウィンの羊飼いが死海北西部のクムランの地で発見された。まあ大騒動というか金儲けの種になるわけだが、そういうエピソードには私はあまり興味がない。長年にわたって古文書学の専門家が調査、修復、文書化に励むわけだが、結局良くわからないというのが結論である。一時は、死海文書の成立時とイエスの活動期が近いこともあり、関係が取り沙汰されたが、エッセネ派とは関係が深そうだが、明確には証明されていないし、遺跡の主と思われるエッセネ派とキリスト教の関係もはっきりしないようだ。
https://www.tripadvisor.jp/AttractionProductReview-g293983-
d13819061-Skip_the_Line_Admission_Ticket_and
_Audio_Guide_The_Israel_Museum_Jerusalem-Jerusal.html
ところで、イスラエルに行った時、エルサレムのイスラエル博物館の別館のような鍋の蓋のような白い建物があって、息子が死海文書が展示してあると教えてくれたが、特に興味もなかったので行かなかった。まあ、行っても古代のヘブライ語やアラム語の古文書が展示してあるだけだろうが、今思えば行っておいたらよかったかなと思う。

この双書で興味深かったのは、その内容。外典創世記」には、アブラハムの妻・サラの美しさを称えた文書があったり、「エノケ書」にノアの出生時の話が載っていたりする。ノアは真っ赤な体と真っ白なカールした輝いた髪で生まれ、目を開くと家は太陽のように光り輝いた。産婆の腕から立ち上がり、神を称えた。父親ラメクは、天使の子だと恐れた。祖父エノケは、この子は後のノアの大洪水を預言し、その子は生き残ると語ったという話である。…なかなか面白い。続いて、もう一冊借りているので、明日からは「死海文書の封印を解く」を読もうと思っている。

2024年11月27日水曜日

動物ぬいぐるみのペンケース

https://www.amazon.co.jp/
来年もOS学院にお世話になることになった。というわけで、今朝ふとこんなアイデアが浮かんだ。今年4月に生徒諸君にアンケートをとったのだが、部活とか進路の希望とか、なかなか硬い内容だった。次回は、私は動物に例えれば(  )です。…そのココロは(   )。といった風に、ユーモアのあるものにしようかなと思ったのだ。この動物のイメージは、女子生徒の多くが、動物のぬいぐるみのペンケースを持ってきているのに由来している。不思議なことに3年生の中では見事に種類が重なっていない。(笑)生徒と話していて、「もしラクダのがあれば私も欲しいな。」などと言って笑わせている。(検索してみたが、さすがにラクダはなかった。画像はカモノハシのペンケース。誰か持っていた気がする。価格はペンケースとしてはなかなか高額である。)

OS学院は(   )色の学校です。…そのココロは(   )。といった学校への適応を垣間見たりするものや、私は将来(     )になりたい。…そのココロは(   )。といった進路希望調査っぽいものもいいかなと思っている。楽しく回答できるような工夫をさらに練っていこうと思っている次第。

2024年11月26日火曜日

マレーシアの国産車戦略

https://www.nna.jp/news/158228
地理総合では授業は大詰め。グローバル化のまとめを、先進国と途上国のそれぞれのメリット・デメリットから整理しているところである。途上国側からみると、グローバル化の自由貿易は、サプライチェーンの一部として第二次産業(+第三次産業も)の雇用が増えるという経済発展のメリット、技術力や経営のノウハウ取得というメリットもあるが、先進国の下請け的存在というデメリットから抜け出すのは難しい。今や、新植民地主義などと揶揄される現状もある。

国内産業を育成するには、歴史的な経験(ナポレオンの大陸封鎖やビスマルクの保護貿易政策、米英戦争による北部の工業化、さらには関税自主権を回復した日本の発展など)から保護貿易を行う必要性がある。今回は、マレーシアのマハティール首相の国産車戦略を話すことにした。現在、マレーシアの国産車メーカーのシェアは66%ほどであるらしい。もちろん、マレーシア独自では無理なので、三菱自動車やダイハツなどが深く関わっている。とはいえ、保護貿易、すなわち関税政策とルックイーストで国産車の発展を促したのは、ASEANの中でも先見の明であると言えるだろう。マレーシアが中進国になったのは、自動車産業を中心に第二次産業の裾野を広げたことが大きいと私は思う。

このところ、地理の授業では、様々な体験談を語ることが多くなった。人のグローバル化では、KLIA1空港で見た出稼ぎのインドネシアの人々からパスポートを集める様子なども話した。今、思えばマレーシアでは、貴重な教材的経験をさせてもらったと思う。

2024年11月25日月曜日

ンクルマの非無神論的唯物論

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AF%
E3%83%A1%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%
B3%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%9E
汎アフリカ主義を掲げ、ガーナの独立を成したンクルマは。政治家であるとともに、現代アフリカを代表する哲学者でもあった。久々に「アフリカ哲学全史」(河野哲也著:ちくま新書)の書評再開。

ンクルマは、”consciencism”という造語をつくって、自分の政治思想をある種の存在論の上に基礎づけようとした。この”conscience”は、人間の活動の指針として善悪を区別する能力と衝動と定義される。著者はこの造語を、自己意識の意味を含んだ「良心主義」と訳すのが妥当だとしている。アフリカ諸国の独立という緊急な政治的課題を解決するために、あえて存在論と倫理学、政治哲学を接続しようとする”興味深い企て”である。

ンクルマは、近代的な心身二元論に対して、20世紀の現代物理学は、物質の一元論に立つ存在論であり、相対性理論や量子論は物質が不活性であるという概念を根本的に変えたとして、時空間や法則性が物質に外在的ではなく、「自己運動能力が備わっている」ことを示したのだと言う。これは、唯物論を示唆しているが、無神論に帰結するわけではないと主張している。

マルクスやエンゲルスら19世紀の唯物論者同様に、ンクルマは物質の優位性を主張しているが、彼らの無神論と対照的に、物質が精霊を含むより高次の形態に還元可能(=上記の「自己運動能力が備わっている」こと)とし、著者は「非無神論的唯物論」と呼んでいる。彼の存在論は、アフリカの伝統的存在論に親近性があり、ガーナのアカン民族の至高の存在は、宇宙的な建築家であり、世界の秩序を構築する存在であり、動物、植物、無生物が底辺、祖先や生ける人間が中間に位置する存在階層の頂点を占めるものである。良心主義の非無神論的唯物論はアフリカ的な思想であるというわけだ。

伝統的なアフリカ社会は本質的に平等主義である。(平等を標榜する)マルクス主義もまた同様。さらにアフリカの伝統社会同様に、物質の一元論的テーゼ(唯物論)を信じるものである。故に社会主義が現在のアフリカの良心の最も有効な表現となるという主張に結びつく。著者は、良心主義は、アフリカ人たちの信仰と宗教心を否定せず、社会主義的政策を正当化しようとするイデオロギーだったとも言えるだろうと評している。

…少しばかり強引な感じがしないでもないが、ンクルマの活躍した時代を考慮すると、彼の主張はよく理解できる。1960年がアフリカの年となったのは彼の力量によるところが大きいからだ。特に現代物理学とアフリカの伝統的な信仰を「(物質には)自己運動能力が備わっている」という点で結びつけたり、アフリカの伝統的平等主義が、社会主義の唯物論的テーゼという点で結びつくではないか、と結論付けていくところなどは、著者の「興味深い企て」という表現、実に”言い当てて妙”というところである。本日の画像は、ソ連が発行したンクルマの肖像切手である。

2024年11月24日日曜日

先週の抜歯の件

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先週、抜歯をした。思えば、これ以前に歯医者に行ったのは何時なのか、全く思い出せないほど遠い過去である。特にマレーシア滞在中、歯を痛めたのだが、中国系の歯医者ばかりで英語で状況を語ることがかなり難しいと思ったので、結局我慢していた。四国では近くに良さげな歯医者が合ったのだが、多くの歯医者は虫歯の治療が済んでも、いろいろと違う箇所も治療するという固定概念があって行くのをやめていた。大阪に帰ってきてからも同じだった。

ところが、今回は右下の犬歯が大きく伸びて、不意に噛むと激痛が走った。だいぶ我慢をしていたのだが耐えきれず、近くの歯医者に行く決意をしたのだった。さすがにネット社会なので、市内の歯医者の評判をリサーチしていたら、「無理強いするような治療をしない、本人の意志を尊重してくれる。」というクチコミの歯医者がすぐ近くにあったのだ。

たしかに、抜いてほしい犬歯を見て「これはたしかに抜くべきですねえ。」と麻酔をかけ、あっという間に抜いてくれた。私は糖尿病を持っている(事前にお薬手帳や担当医の抜歯同意を伝えておいた)ので、血が止まりにくいのを気遣いながら処置をしてくれた。結局帰宅後2時間ほど血は止まらなかったが、痛み止めの薬も全く飲まないままで、違和感こそあったが翌日からは問題もなく過ごせたのだった。その3日後、消毒と歯垢の除去のために行ったのだが、歯垢の除去はかなり苦手だと言うと、最低限の除去で済ませてくれた。これまでの歯医者とは全く違って感謝したのだった。

私は、血液型で言えばB型で、オリジナルの教材のプリントを書いたり、教材のパワーポイントに力を入れたり、このブログを書いたりすることは一切苦にならないのだが、苦手意識のあるものについては、ホント駄目である。歯医者はまさにその最右翼に属するものである。それが、今回は実に良い歯医者に恵まれたのだった。また歯に異常があればここしかない、と思っている。