2023年3月31日金曜日

トランプ起訴の報。

https://www.flickr.com/photos/donkeyhotey/50549404747
トランプがNY州大陪審によって起訴されたというニュースが流れた。ついに梅田政権がなりふり構わずに攻撃に出てきたといっていい。アメリカは分裂の様相をさらに増していくだろう。下手をすると内乱、分裂という事態も想起される。授業でも社会契約説・ロックの抵抗権で触れるところだが、アメリカの銃規制が進まないのは、合衆国憲法制定以来の伝統である。民主主義は流れた血で形成されてきたのだ。

経済面でも、金融危機の拡大、FRBの紙幣増刷によるインフレ、USドルの価値の低下と世界を巻き込む大混乱を引き起こしかねない。またある情報筋では、ポーランドとウクライナ国境沿いにNATO軍30万人の結集が行われているとか。こんな時期に、台湾の総統が訪米中。イスラエルでも国論を真っ二つにするようなデモ、暴動。ドイツやフランスもゼネスト。国際情勢の危機感が尋常ではない。

今日は年度末だが、なんとも暗い世相だ。しかし平和日本は、どこ吹く風。

2023年3月29日水曜日

自由 平等 所有 そしてベンサム

「おどろきのウクライナ」(大澤真幸&橋爪大三郎)の書評は今日が最終エントリー。第5章「ポストウクライナ戦争の世界」、昨日の続きである。

結局のところ、ポストウクライナ戦争の世界は、これまで通りのリベラル資本主義・アメリカを中心とする西側につくか、権威主義的資本主義の中国(共産党)につくか、といった世界である、というのが両者の結論である。ビューリサーチセンターによる米中両国への好感度の比較調査では、まだアメリカの方が高いが、中国の好感度の方が高い国も中東などでいくつかある。これは中国が好きというよりアメリカが大嫌いであるといえる。(先日のサウジとイランの国交再樹立のように、トランプ時代のアブラハム合意は梅田政権になって、信頼は急速に瓦解している。)

ところで、ハーバーマスは、近代を「未完のプロジェクト」とし、未完ゆえに自由や平等に関して綻びがあるとしている。しかし、近代=リベラル資本主義は、本質的に未完であるとしたらどうだろうか。国内外での差別や移民の冷遇、途上国への構造的暴力など、中国の「反社」的な非人権的政策やウィグルへの人権侵害と変わらないのではないか。もちろん理念としては、リベラル資本主義の方が勝っていると思われるが、その構造的欠陥をグローバル=サウス側は実感しているといえよう。

ここで、大澤氏はマルクスの「自由、平等、所有、そしてベンサム」の言を出す。自由・平等といった近代の基本的理念が、私的所有とベンサムを加えた時に自由も平等も形骸化し、さらに一種の化学変化が生じアンチテーゼ化するということである。…「ベンサム」というのは、快楽計算を提唱した英の功利主義哲学者である。(画像参照)なるほど、と私は膝を叩いた。実に上手いレトリックだと思う。

これに対し、橋爪は反論する。前述の「反社組織」的な中国が、権威主義的資本主義を行うことに直接文句はないが、先進国が中国を利用して競争優位を得たり、利潤を得たりすることに問題がある。西側の価値観から見て大変問題がある社会運営をしている国があれば、その国とは交際しない。相手は反社なのだから合理的行動であり、デカップリングが必要だと主張する。

橋爪氏の結びの言。アメリカの資本主義は奴隷制と骨絡みになっていた。ある時決断して奴隷制と絶縁した。それは、儲かるからではなく、自分たちの資本主義、政治社会のあり方に関する倫理的な決断だった。権威主義的資本主義は、奴隷制の現代版である。人権も自由も平等も良心の尊厳も無視しているのだから、世界の資本主義がそれと絶縁できるかが人類の未来がかかっている。ポスト・ウクライナのグローバル世界は、この目標に向かって、苦しい前進を続けていくことになるであろう。…100%同感である。

…中国の「反社」的な権威主義的資本主義は、おそらく近々デカップリングによる海外からの需要減と不動産バブルと金融面でで破綻する。日本企業の離脱も進んでいるようだ。経済面で下降すれば、一帯一路で資金をばらまき朝貢貿易化する戦略も瓦解するに違いない。ただ、この反社組織=中国共産党はそう簡単に退場するとは思わない。この中国、ロシア、そしてイランとサウジなどの非リベラル資本主義の国々は西側を揺さぶり続けるだろう。西側もまた「ベンサム」を捨てないと大変なことになるだろう。かの性犯罪者エプスタインの犯罪が露呈後に顧客に迎い入れたドイツ銀行の話など、西側の本性を露呈した出来事であると思う。まあ、アメリカもイギリスもフランスもドイツも、「ベンサム」だと思う。「自由も平等もないベンサム」である中国を笑えないし、米中両者の顔色を伺う日本も結局のところ「ベンサム」なのかもしれない。

2023年3月28日火曜日

ポストウクライナ戦争の世界

内容とは関係なく、学園・食堂前の満開の桜
「おどろきのウクライナ」(大澤真幸&橋爪大三郎)の書評、最終章「ポストウクライナ戦争の世界」についてエントリー。ウクライナ侵攻が始まってすぐに、国連で非難決議が採択された。棄権した国が40カ国あった。これは(ワグナーという傭兵集団を派遣して軍事援助してきた)ロシアへのシンパシーというより、アメリカを始めとした西側への「構造的暴力」(この本の中では、こういう語は使われていないが、開発経済学で言うグローバリゼーション下の途上国への搾取的な構造)への反発ではないか、と両者は見る。

この西側世界に挑戦する候補として、橋爪氏は第三世界(経済的実力、ネイションの形成、団結する共通の価値観、が無いゆえに当分主役に離れない)、ロシア(経済力がない、核戦力は世界を主導できない、冷戦後、世界をどうしたいのかという理念がない)、イスラム(人数も多く、普遍的価値も信念もあるが、中心になる国がない、ネイションとの折り合いも悪い)、インド(インドの本質は小宇宙、分裂していた歴史が長い)などを挙げるが、結局のところ、中国しかないと結論づける。十分な経済力があり、十分な核戦力と通常戦力があり、戦略とビジョン(一帯一路)を持っているからだというのが理由である。

橋爪氏は、ジェネリック薬品を例にとって、中国経済のメカニズムは、後発の優位性を活かしている。逆に言うと国際市場から切り離されて、資本技術が入ってこないとこの発展モデルは終わりになると断言。大澤氏は、中国の歴史を鑑みて、始皇帝の時代から中央集権を行い、同時に地方の統治機関、地方政府の自律性・主体性が認められていた。この伝統が資本主義にうまく適応できている所以だと主張し、この2点は両氏の共通理解となっている。

…私は中国経済のこれからについては、極めて懐疑的である。デカップリングをアメリカがさらに本気でやったら、かなりの打撃を受けるはずである。世界第2位の経済力がある、世界の工場だといっても、実際のところ最先端の半導体を中国は国産化できない。安かろう悪かろうのスキルしかないわけだ。しかも共産党の政治優先の姿勢は、このところ外国企業の離反を促進している。不動産バブルのこともあって、長くはないと私は見ている。と、同時に西側諸国もこのところ、疲弊している。フランス、ドイツなどでデモやストライキが起こっている。ドイツ銀行もあぶないという噂もあって、一寸先は闇の国際情勢である。…つづく。

2023年3月27日月曜日

ルーシの洗礼と西欧の特殊性

https://www.ukrinform.jp/rubric-society/2544197-ukuraina-zheng-
jiao-huino-du-litoroshia-zheng-jiao-huino-di-kangsono-li-shi-de-bei-jing.html
「おどろきのウクライナ」(大澤真幸&橋爪大三郎)の書評、本日は第4章:もっとおどろきのウクライナ(2022年5月19日対談)について。ロシア=ルサンチマン説をもとに、両氏の対談の中で登場した興味深い社会学的議論を抽出したい。ウクライナでの戦闘の情報等については、このご時世、プロパガンダやフェイクも多いと私は考えているので割愛したい。

前回のエントリーでも少し触れたが、橋爪氏は、ヨーロッパの西と東の違いは、カトリックと正教の違いだと指摘している。今回のタイトルにある「ルーシの洗礼」とは、10世紀の終わり頃、キエフ大公国(古東スラブ語で、大公国=ルーシ)のウラジミール大公が、世界宗教を導入しようと、ハザール人のユダヤ教、ドイツ人のカトリック、ブルガール人のイスラム教、ビザンツ人の正教を比較検討し、ずば抜けて正教が良いと判断し受け入れたという話である。(画像参照)ロシアは、一時期「タタールのくびき」というイスラム教のモンゴルの影響下にあったが、モンゴルはイスラム化に熱心ではなかったし、正教の伝統を守り通した。これは、WWⅡの大祖国戦争に勝利した(よって、ロシアでは、反ナチズムというレトリックが多用される。)ことと並んで、ロシアの誇りである。このビザンチン帝国の正教は、世界システム(エマニエル・ウォーラースティンの概念:グローバルなシステムではなく、局地的な政治的経済的まとまりを超えた、まさに「世界」と見なしうる包括的な規模を持ったシステムのこと。その典型は世界帝国で、ローマ帝国、中華帝国、イスラム帝国など。)から見た場合、ビザンチン帝国=正教は、他と同じタイプだといえる。

しかしこの世界システムで、例外的な世界システムが存在する。それが、西ヨーロッパを中心とする資本主義の世界システムである。政治的には統合されず経済的にだけ統合されている。「世界帝国」ではなく「世界経済」というカタチで存在している。

西ヨーロッパのナショナリズムは、二重底になっていると大澤氏は述べる。各国それぞれがナショナリズムを持っているが、(ナチスが言った虚構のアーリア人という)本物のヨーロッパ人は誰か、争っている。ナショナリティへのコミットメントが、ヨーロッパへのコミットメントの媒介になっている。このような二重のコミットメントの形式が実際に受肉し、内実を持ち、順調に機能するということは奇跡的ですらある。それだけ、西ヨーロッパは特殊なのである。
…つまり、政教一致の専制的なロシアは実は普通で、政教分離の民主政、人権尊重の西側が特殊なのである。

また、ロシアの社会は、都市が少なく、また川が少なく交易が未発達(西欧の資本主義の発展には多くの河川と運河による流通が重要視されている。)だった。市民社会の成立には都市が必須条件で、その点でもロシアは遅れていた。ナショナリズム論では「シビック・ナショナリズム(西欧的な市民権に基づく)」「エスニック・ナショナリズム(”民族の血”のような幻想的な同一性に基づく)」の二種類が提起され、シビックな西と、エスニックな東に(大雑把に言えば)対応しているといえる。

ロシアで、なぜマルクス主義が成功を収めたのか。橋爪氏は、こう述べる。ナポレオン以来の自由・平等・博愛が、ナショナリズムが十分に育っていないロシアでは、ロシア人の良心にふさわしくなかった。またロマノフ王朝べったりの保守反動的なロシア正教ではない、「非宗教的な普遍的思想」こそが必要だった。それがドイツで生まれ、やがて英仏にも革命が起こるというヨーロッパを覆す普遍思想、マルクス主義であり、ヨーロッパに遅れを取ったロシア人のプライドにフィットしたというわけだ。だが、冷戦の崩壊で、この普遍思想はなくなってしまった。とりあえず、プーチンは、ロシア正教を復活させ、石油資源輸出国として立て直そうとしているが、結局ルサンチマン化しているのが現状である。…なるほど。

2023年3月26日日曜日

ロシア=ルサンチマン説

https://www.youtube.com/hashtag/russiaball
「おどろきのウクライナ」(大澤真幸&橋爪大三郎)の書評も、やっとタイトルに近づいてきた。第3章:おどろきのウクライナ(2022年3月7日対談)、第4章もっとおどろきのウクライナ(2022年5月19日対談)。まずは、第3章の対談で明かされた核心的命題である「ロシア=ルサンチマン説」についてエントリーしたい。

ルサンチマンというのは、ニーチェの哲学用語で、弱者の強者に対する憎悪を満たそうとする復讐心が鬱積した心理のことである。両氏は、ロシアを分析するにあたって、ヨーロッパに対する、このルサンチマンを重視する。

ロシアは、ヨーロッパへのコンプレックスの裏返しで、ユーラシア主義などということを言い出している。またプーチンの側近のドゥーキンという哲学者が、このユーラシア主義の地政学として世界の中心軸を、モスクワと東京、モスクワとテヘラン、モスクワとベルリンと規定しロシアを中心とした世界をつくっていくというポストモダニズムを唱えている。モスクワは、第三のローマ(第二はビザンチン帝国のコンスタンチノープル)であるという精神的伝統も持っている。もちろん、重要なのはヨーロッパとの力関係である。中国と仲良くやっているように見えるが、それは現実的な方便でしかない。

ロシアは、大国である、との意識がすこぶる強い。大国、プーチンは主権国家という語を使っているが、これは、自らの意思を持ち、好き勝手に行動できる国家を指す。日本はアメリカに隷属しているし、ドイツもNATOやEU、そしてアメリカの意思を無視できない。よって、大国とは核保有国であり、アメリカ、ロシア、中国、英仏くらいしか主権国家はないという立場である。…プーチンが核の使用をほのめかすのには、こういう背景がある。

しかし、ヨーロッパはロシアを下に見ている。軍事力はともかく、資本主義は成功しているわけではない。価値観が違う。何よりも「良心の自由・信仰の自由、人格の独立」がない、と橋爪氏は指摘する。ロシア正教(というか正教全般)は、そもそも信仰と権力が一体化してきた。教会が良心をチェックし統治権力がそれを矯正するということが当然と考えられてきた。(それが現代的になったのが、プーチンやアンドロポフの出身である秘密警察である。)東ヨーロッパの正教の小国ならば、ヨーロッパの周縁、西ヨーロッパの下位に置かれてもヨーロッパの一部になったと満足できるかもしれないが、ロシアは大国としてのプライドがある。ヨーロッパと対等、いやそれ以上のスタンスを欲している。それ故、ウクライナやベラルーシといった子分的な地域が、ロシアを裏切ってヨーロッパの下に入ることは絶対許せない。これが今回のウクライナ問題の骨子であるというわけだ。

そもそも、ロシアとウクライナとの関係については、これまでも何度かエントリーしてきたので、キエフ大公国の話や宗教問題(ウクライナ西部のカトリック)の話は省くが、面白いことを大澤氏は指摘している。ウクライナという国の名前が登場したのは、ロシア革命後、ボルシェビキに反対した「ウクライナ共和国」を名乗る人々によってであって、ソ連成立後、統治ユニットとしてウクライナ共和国が出来、ネップ時代にエスニック的なアイデンティティを重視した中央政府によって、ナショナリズムが形成されていった。皮肉な話であるがこれが事実であるとのこと。

第3章の終わりの方に、アフガン難民に対しては極めて厳しい態度を取ったEUが、ウクライナ難民にはかなりウェルカムであったことについて、ギリスト教的な隣人愛のファンタジーさについて、両氏は言及している。

2023年3月25日土曜日

中国資本主義 論考(後)

https://storystudio.tw/article/gushi/cultural-revolution-and-red-guards-in-china
「おどろきのウクライナ」(大澤真幸&橋爪大三郎)の第2章の書評の続きである。橋爪氏の中国資本主義の論考。その中心になるのは毛沢東である。毛沢東は、社会主義・共産主義の看板を掲げ、中国の伝統的な国家運営のシステムで西側諸国に対抗することができる、というアイデアを採用した。「革命的ロマン主義」と橋爪氏は表現しているが、伝統社会の塊のような中国で、地主や既得権益者から所有権を全て取り上げてしまった。大躍進の時代、それは見事に失敗したけれど、後の(単なる権力闘争に「造反有理」「紅衛兵」を組み込み、当時の権力層・既得権益層を根底から破壊した)文化大革命こそが、毛沢東の意図とは全く関係なく、資本主義の重要な準備過程になったと評している。ダイナミックな資本主義には、伝統的な生活様式とかエートス(習慣・道徳)とか、価値観とかは足かせになるからである。大澤氏も大躍進の前に文革をやっておけばよかったと同調している。…いやいや、既得権益層に対しては訴苦運動とかがあったのだが、直後にバリバリの「紅」(社会主義経済政策)になったので、(大澤氏の冗談だと思うが)そんなことはありえないと私は批判的にこの大澤氏の文章を読んだのだった。この辺は、中国近現代史の知識が必須の箇所である。

橋爪氏は、毛沢東の革命的ロマン主義は、マルクス・レーニン主義か否かはともかくアメリカの「大覚醒」による回心運動に近いと見ている。これは「相転移」(物質が置かれた環境で氷・水・蒸気のように変化すること)であり、文革は毛沢東という「聖霊」から生まれ、紅衛兵の正統性は自分は革命に献身しているという信念であり、毛沢東の承認があるという事実だったと。…1月6日にエントリーした「アメリカの教会」の書評”橋爪大三郎の回心と洗礼考”を参照されたい。極めて面白い論議であると私は思っている。

これは両者の対話のまとめになるが、1949年に共産党が支配を確立したパターンは、易姓革命的ではあるが、共産党は唯物論だから(易姓革命的な)天に選ばれた故、とは決して言えない。つまりイスラム圏のようにうまくいっているから正しいのだ、としか言えない。正統性に問題はあるがゆえに、証明し続けなければならないので(政権は)不安定であるといえる。ただ、共産党は無謬ではないが、毛沢東は(鄧小平の言を借りれば70%の)無謬を維持している。

大澤氏は、ここでロールズの「正義論」を持ち出してくる。基本財(人間が生きる上で不可欠な財)には辞書的な順番がある、という命題。第1に自由、第2に最低限の生活に必要な経済的条件。金持ちの奴隷より、貧乏な自由人を選ぶというわけだが、中国には当てはまらない。西側諸国は、自分たちの方が優れているという自信を失いかけ、生き残るのは中国ではないか、という疑念をいだている気がすると主張する。

橋爪氏は、証明ができないロールズの「正義論」をひ弱な思想としたうえで、古代の奴隷制が一般的だったのは、安全を保障し食べ物をやるから奴隷になれと言われて人々は従わざるを得なかったからで、(歴史的な俯瞰からも)自由は決して1番重要ではないと返す。これに対し、ヘーゲルは、「命を賭けた闘争が、自由な2人の間で戦われて、命を惜しんだほうが奴隷になって、主人に服従する。これは社会の必然だと。でもその奴隷の側に、次の社会を生み出すバイタリティや、危機感や、真実の認識が宿るのである。こうして立場が逆転していくのが弁証法である。」と言っている。たしかに、西側は冷戦終了時には、福祉国家こそが理想的な社会システムだと思えたが、今は喪失している。だが、中国資本主義も、西側より優れていることを証明し続けなくてはならず悪戦苦闘しているといえるのではないか、と論じている。

…たしかに、西側の、特にアメリカの閉塞感が大きい。しかし、中国の資本主義もかなり危ういところにきている。不動産バブル、高齢化社会の中での高学歴失業率の増加、理不尽なコロナ政策で外資系工場の撤退や流通の停滞、海外からの受注量の激減など、共産党の不可解な権威主義的な政策のほころびが噴出しているのが現状だ。

…ところで、日本を代表する2人の社会学者の新書故か、マルクス・レーニン主義(と同時に毛沢東の農民主体の戦略との対比)、訴苦、大躍進政策、文化大革命、ロールズ、ヘーゲルなど、今回のエントリーも世界史や倫理などの学習内容が満載になった。結局のところ、こういう社会科学的な教養を身につけるために高校の学びがあり、それらを常に深化させていかないと大学以降はもたないと言える。新学期から、こういう指摘を常に心がけようと思う。

2023年3月24日金曜日

中国資本主義 論考(前)

http://blog.livedoor.jp/pacco303/archives/84924839.html
「おどろきのウクライナ」(大澤真幸&橋爪大三郎)の第2章は、「ウィグルと中国の特色ある資本主義」というタイトルである。(ウィグルの話はほとんど出て来ないのだが…。)中国の資本主義を解明するのはかなりの難題である。2人の社会学者は、これまでの学説を振り返りながら論考を進めていく。

資本主義と民主主義は車の両輪のように連動していいるというのが、社会科学の常識であるが、中国は違う。まず大澤氏は、中国の伝統的な論理に歴史の短い近代的な要素がブレンドされた、専制政治と資本主義が結びついた”権威主義的資本主義経済制度”と呼ぶにふさわしいと述べている。

橋爪氏は、専制政治こそが資本主義の揺り籠となったのか。西洋中世史や日本の近世初期のように、立法権を絶対王政が握り、軍隊維持のために金が必要であったことが背景にあると説明。中国でも2000年にわたって専制政治と経済的繁栄が共存してきたという歴史的経験値を確認。中国が新しい資本主義のオルタナティヴを示している意識など無いとした。

大澤氏は、「国家は何故衰退するのか」という先行研究を提示し、包摂的制度を持っている国家は繁栄するという経済制度の一般論から、政治制度の方が重要との結論を紹介。この成功する政治制度は、リベラルデモクラシー(権力の配分が社会的多元性を持つ)と、十分な中央集権化という2つの条件が必要だと述べている。さらに先行研究「世界システム論」にある、後発国が資本主義に参加したら隷属的な位置に陥るという社会科学的な一般論では、今の中国を説明できないとした。最後に「資本主義だけ残った 世界を制するシステムの未来」が説く、2種類の資本主義を紹介。メリトクラティック(能力主義的)でリベラルなアメリカ型資本主義とポリティカル(政治的)キャピタリズムで、大澤氏はポリティカルよりオーソリテリアン(権威主義的=中国の資本主義)の方がいいと思うと述べている。…資本主義は民主主義が成立しなければ成立しないというこれまでの常識は中国によって覆されたわけだ。

橋爪氏は、西洋史を俯瞰しながら、資本主義の発達のパターンを示す。まずイングランド型。英国国教会がカトリックを離れ、世俗権力が教会のトップについた。これで権力が絶対化し、資本主義の揺り籠となった。フランス型。カトリックもユグノーも廃し、絶対王権は哲学と組み合わさった。そしてアメリカ型。アメリカ植民地では、カトリックはアンチクライスト(反キリスト)であり、プロテスタントの各教会は神とつながっているものの普遍的ではない。さらにメイフラワー契約や合衆国憲法にあるように契約で法人(各コロニーや各教会)を構成した。この(普遍的でない)教会と(契約でできた)法人という組み合わせは、イギリスの(国教会でないと公務員になれないというような)硬直した英国国教会+立憲君主制より資本主義にとってはうまくいった。イギリスは国教会の硬直性を取り除きアメリカ型になり、フランスも哲学は(普遍的ではない)教会のことだと読み替えることでアメリカ型になった。3つのパターンに統一されていくわけだ。…前編はここまで。