2012年11月6日火曜日

聖墳墓教会の水道料金15年分

地味だが、これが聖墳墓教会の入り口
相変わらず毎日新聞は報道が遅いようで、今日の夕刊に載っていたのだが、エレサレムの聖墳墓教会がモメている。そもそも聖墳墓教会は、オスマン=トルコ時代から水道料金が免除されていたらしい。第三次中東戦争で、エレサレム旧市街がイスラエルの支配下に入った時、エレサレムの市当局もその伝統を踏襲していたようだ。ところが、1990年代に設立された水道会社が、最近になって、この伝統を認めず水道料金を請求。15年前からの分を合わせて、なんと900万シュケル(1億8500万円)。聖墳墓教会の銀行口座も凍結されてしまい、ギリシア正教の教会は司祭に支払う給料も停まってしまった。教会は、これに抗議し、閉鎖を検討中で、イスラエル観光省が仲裁に入っているという。

おばさんが祈っているところがゴルゴダの丘の十字架のあったところ
なるほど。イスラエルに行った際、観光客のほとんどはキリスト教徒だったように思う。ロシア正教の団体、韓国のプロテスタント教徒の団体、コロンビアのカトリックの団体も見たぞ。キリスト教徒にとっては、聖墳墓教会にあるイエスのお墓は最も重要な巡礼の場所だ。おそらく全てのキリスト教徒は、この聖墳墓教会に足を運ぶはず。そこが、水道料金未納で閉鎖とは、イスラエル観光局にとっては、大損害だ。黙って見ているわけにはいくまい。
これがその十字架の立てられた跡の穴
この水道会社が何故、急に水道料金を請求したのかは、今のところ日本に入ってくる報道ではよくわからない。息子にでも聞いてみようと思う。(笑)銀行口座の凍結という非常手段に出ているところから、イスラエル政府もいっちょかんでいる感じだが…。

それにしても、唐突な話である。まるで、日本の江青、文科相の大学不認可ようだ。権力を振り回すだけが、自己実現と考える輩にはうんざりだ。

2012年11月5日月曜日

アフリカのイブラヒム指数

IIAG概念図 http://www.moibrahimfoundation.org/downloads/2012-IIAG-structure.pdf
今朝の日経に、アメリカのクリントン国務長官がアフリカの国々を訪問し、中国の進出に歯止めをかけようとしているという記事が載っていた。あんまり目新しい内容でもないとメモすることはなかったのだが、ふと見たこともない語彙に目がいった。…「イブラヒム指数」

で、調べてみた。このイブラヒム指数(IIAG)、モーイブラヒム財団というところが策定したアフリカの国々のためだけの指数で、ガバナンスの質・進歩具合を測り、格付けするために開発されたのだという。指数測定のための観点は、次の4つ。①国の安全・治安・法治・政治の透明性、汚職②市民参加と人権③持続可能な経済発展④人間開発。…なるほど。

最近は、アフリカのガバナンスも良くなってきているらしい。アフリカ53カ国中、2004年以後悪化しているのは、わずか11カ国だという。中でもアンゴラの改善が素晴らしく9位にまで伸びているという情報もある。ある情報では、モーリシャスが1位、カーボベルテが2位、セイシェルが3位、4位ボツワナ、5位南ア、6位ナミビア、7位ガーナなどとなっている。HDIとあまり変わらないのは、あたりまえか。(笑)

2012年11月4日日曜日

ラグビーの試合に行ってきた6

万博公園東口の競技場で、ラグビー部の府予選の試合があったので応援に駆け付けた。相手は全国大会常連のT大G高校である。会場には、J学園や大阪T高校などのビッグネームが終結していた。いつもなら、紺とピンクの本校のラグビー部のジャージが強そうに見えるのだが、今日ばかりは軽く見えてしまうのだった。主顧問のM先生によると、大阪代表どころか、高校の日本代表に選ばれている選手もいるという。「胸にサクラ、つけてるんだ。」「ええ。」今日は相手校の取材でNHKも来ているらしい。うーん。

凄いとは思っていたが、まず体格が違った。突進を止めるのに1人では当然無理。2人、3人がかかってやっと止めれる。凄いパワーである。「何を食っているんやろう。」と思わず言ってしまった。でかいだけでなく、ムチャクチャ俊敏である。ボールの回しも、駆け抜ける走力も凄い。くやしいけれど「こりゃ、あかん。」

ノーホイッスル・トライを決められては、ペナルティキックも確実に決められていく。途中から点数を数えるのをやめた。勝敗はともかく、せめてワン・トライでもと思ってしまう。前半、後半1回ずつ、あわやというシーンもあったのだが、結局ボコボコに負けてしまった。だが、最後まで本校のラグビー部はあきらめず、汗まみれ土まみれで最後まで走り抜いてくれた。

3年生はこれが最後の試合であった。随分残酷な試合になってしまったが、全国常連校が相手である。その高く厚い壁にぶち当たっただけでも大きな経験になったと思う。私も、最後まであきらめず走りきった3年生の姿を忘れない。感動をありがとう。

2012年11月3日土曜日

ガーナの海水淡水化事業

ガーナのヤムイモ市場
WEBニュースによると、日本とスペインの企業が、ガーナの首都アクラで海水を淡水化するプラントを立ち上げることになった。昔、知人がオマーンで同様のプロジェクトに関わっていて長期出張していたこともある。海水を淡水に変え利用すると言う、地味だが重要なプロジェクトである。

このプロジェクト、アフリカ初らしい。アクラの水事情は都市化で逼迫しているという。こういうプロジェクト、そのうちダカールなど海岸部にある都市にも拡がるだろうと思う。安全な水が供給されていくことは喜ばしいことだし、日本の技術力が役にたっていくことも嬉しい。

さて、この記事を読んでいて気になったのが資金面の話である。「世銀グループの多国籍間保証機関(MIGA)の非常危険保険」を利用したとある。少し調べてみた。この多国籍間保証機関というのは、国連の機関でワシントンDCの世銀・IMFビル内に本部がある。国際復興開発銀行や国際開発協会、国際金融公社、国際紛争解決センターといった組織と共に世銀グループを形成しているという。なんか行革で指摘された特殊法人みたいな印象をもつが、なんと代々長官は、宮沢喜一氏の肝いりで日本人が勤めている。ガバナンスが悪かったり、内戦など治安の悪化によるリスクに対する保障を投資家やドナーに提供し、途上国への投資を促進するのがこの機関の役割だと言う。一方、途上国側からは投資のための情報(経営状況・財務状況・業績動向など)を提供(インベスター・リレーションズ)することを促進しているらしい。なるほど。

そのMIGAの非常危険保険を利用したというわけで、おそらくアクラやガーナ政府の資金繰りはかなり厳しいが、50万人分の飲料水を確保する淡水化施設は絶対必要だということなのだろう。アフリカでの重要な実験的な取り組みであることが推測される。

ところで、「ESDのための仮想世界ゲーム(高校生版)2012」では、先進国がODAや、緊急援助、投資などを行うと「持続可能な開発ポイント」というのを獲得する仕組みになっている。先進国はこのポイントでゲームの勝敗が決まるのであるが、今回私は、投資のポイントを最も高くした。途上国へのODA援助には、メリットだけでなくデメリットがあると批判が集まっている今の開発経済学の流れをゲームの構成に反映したつもりだ。

多少リスクがあっても投資を通じで途上国に国際支援することが重要だと思う。だからこそ、このプロジェクトの成功を祈りたいし、MIGAの活躍も期待したいところだ。
http://jp.ibtimes.com/articles/36837/20121101/1351773654.htm

離煙

昨日は、いつもなら日曜の朝が定番なのだが、夜の8時にH城鍼灸院に行ってきた。うーん、車の運転もおっくうで、妻の運転してもらった。これが正解。いつもどうり、脈診をしたH城先生がひきつったのだ。「?」「悪いすか?」と聞くと、「凄い疲労ですねえ。」いつもの右の人差し指に挟む血中酸素濃度測定器を出してきた。「ゲゲゲ。」と冷静なH城先生がびびったのだった。「(数値は)いくら?」「…見せれません。」なんと、89だったのだ。自己最低値である。(100が健康体。80台などと言うのは、高山病のレベルらしい。一瞬意識が飛んでしまう状態だという。)

その後、ふくらはぎの裏にまで吸い玉されたり、いつもとは違うところに深い鍼を何本も刺されたりして帰院時、96にまで上昇した。(うーん、さすが鍼の神様である。)糖尿病で言う血糖値も気になるが、最近はこの血中酸素濃度の方が気になる。ちょっと健康がやばいのである。疲労については、あんまり思い当たる節がない。このところ秋らしくなり気温も下がってきたので、ヒートテックのシャツを着ている。それで授業をすると汗びしょになり、サウナに入った感じ。空き時間は、ひたすら仮想世界ゲームのマニュアルやゲームカードの制作をしていた。クラスはいい雰囲気だし(小さなことはいろいろだが…)、生徒に激怒することもない。(笑)だが、とにかく濃度が低くなっていたわけだ。

ふっと気付いた。同じ担任団のO先生と今週の月曜から『離煙』しているのだ。O先生に12000円+税で、阪急百貨店で「離煙パイプ」なるものを買ってきてもらったのだ。このパイプ、番号がついていて、毎日変えていく。(ちなみに今日は6番。)すると、だんだんニコチン依存が3%ずつ減って行くらしい。一気に禁煙するのではなく、吸いながらやめれる、というわけだ。私は、マイルドセブンの6mmを吸っているので、31番まで行ったら、吸う煙草を1mmに代えて、もういちど21番くらいからやるといいらしい。まあ40日くらいの計画である。

このシステム、私のようなヘビースモーカーにはいいと思うので、愛用している。ところが、どうも煙草の燃え具合というか、減りが早い。「あれ?もうフィルターまできてる。」と一気に吸ってしまう感じ。だから2本一気に吸ったりしてしまうのだ。結局本数が増えているような気がする。

これも産みの苦しみ、乗り越えねばとせっせと「離煙」しているわけだ。さすがに今日は本数が増えない。

2012年11月2日金曜日

「鄧小平秘録」上巻を読む。

さて、昨日に続き、書評を書きたい。上巻はまず、第一章で天安門事件について書かれている。この中で最も印象に残ったのが胡耀邦死去をうけて追悼の献花を人民英雄記念碑にした最初の様子だ。「反革命扇動」の発端とされたことの理由のひとつが、花輪につるした『マオタイの小瓶』だったという話。「小瓶」は『小平』と同音で、鄧小平への侮辱、攻撃だというのだ。このあたりのいいがかりは、すこぶる中国らしい。中国では、こういう些細な上げ足をとり、「反革命」という一言で攻撃される。ある意味、恐ろしい世界である。

全編にわたって、様々な言質、記事、手紙等が詳細に記述されているが、本音を語ることが、いかに中国では難しいかということを痛感させられるのだ。それはこの大阪の地では決して他人事ではない。

第二章で、最も印象に残った話。東欧の無血革命が起こっている中、武力で独裁政権を守った中国は完全に孤立した中で、鄧小平は、タンザニア革命党のニエレレ議長と会談。国際情勢についてこう話す。「冷戦終結を願っているが、今は失望している。別の冷戦が始まっているからだ。西側諸国は、社会主義国に硝煙なき第三次戦争、つまり和平演変を行っている。東欧の変化は意外ではなく、遅かれ早かれ表面化したに違いない。」鄧小平は、中国もブルジョワ自由化の「動乱」が起こったが、断固として阻止したと言い、再発しても断固阻止すると強調した。武力鎮圧への確信は不変だった。とある。実は、鄧小平は、改革開放で中国を豊かにすることをライフワークとしていたが、どんなに毛沢東派に攻撃されても、毛沢東への尊敬・忠誠については人後におちなかった。もちろん、毛沢東の全ての言・指示が正しいと言う盲目的な追従ではない。しかしプロレタリア独裁という面では毛沢東の後継者であることは間違いない。毛沢東も、劉少奇には容赦ない攻撃を仕掛けたが、鄧小平にはそういう面で信頼を置いていたとあった。わかる気がする。

この「紅」と「専」の両輪をバランスよく推進できればいいのだが、莫大な人口をもつ中国と言う地で実験するには、その調合が極めて難しい。大躍進政策や文化大革命、天安門事件などは、化学実験に例えれば、間違って爆発が起こってしまったということだ。毛沢東も、鄧小平もそのスタンスは「紅」「専」と異なるが、バランスの良い調合を目指したという面では共通である。毛沢東も、鄧小平も、そういう面で違いがあるからこそ、補完しあえる仲というか、互いを認め合っていたのだろうと私は思うのだ。

第三章は文化大革命である。この章を通じて、むなくそが悪くなるのはやはり江青の存在だ。自己顕示と権力欲の権化のような、文革期のコトバで言えば、まさに「牛鬼蛇神」(妖怪変化を意味するらしい。)であり「毒草」である。今日のNHKニュースで、文科相が新設大学を突然不認可にしたことを知った。江青と同じような、自己の権力を誇示する姿勢に、教育に携わる者として、怒りが込み上げる。たしかに大学が増加しており問題がないなどと言うつもりはないが、省が認可の方向で進め、この時期なら、それぞれの大学に入学を決めている生徒や短大からの編入生もいるのは、教育関係者なら周知の事実だ。TVで流れた短大から新大学に編入する予定だった女子学生は、「いまさら就活もできません。」と困惑していた。真面目に学ぼうとしている学生を泣かせてよいのか。それが正しい教育行政なのか。自己顕示で権力を振り回して、被害をまき散らすようなことはゆるせない。まさに江青の日本版である。一刻も早い罷免を望みたい。センセーショナルな言動、行動が今の日本政界にあるれている。特に教育については、センセーショナルな政治家の空中戦はやめてもらいたい。地に足を付けて真面目に頑張る生徒や教師にとって、文革期のコトバで言えば「毒草」以外の何物でもない。「鬼畜」よりは、表現としてまだ品が良いかなと思う。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121102-00000105-mai-soci

2012年11月1日木曜日

「鄧小平秘録」を読む。

私が大学に行っていた頃は、中国でプロレタリア文化大革命が華やかなりし頃であった。日本では左翼的な学生運動も、下火になっていた頃で、私自身は関わったことはない。だが、社会思想全般に興味はあった。鬱勃たるパトスというか、青年らしく、この世界をいかにすべきかという理想を追い求めて様々な思想を学びたいと思っていたことは時期でもある。そういう時期は人生にとって絶対必要だと思う。何の力ももたない貧乏学生だったが、京都の下宿で隣人の学生と牛乳を片手に(二人とも酒は飲まない。)ロックンロールを聞きながら夜遅くまで世界情勢について語り合ったことを思い出す。あまりかみ合わなかったが、充実した時間であった。そういう時代だったのだ。

その延長線上で、教師になってから一時中国現代史にハマったことがある。アヘン戦争以降がテリトリーだが、かなり乱読したと思う。結局四人組裁判くらいまでは、かなり勉強した。それ以後は、他に興味が移り、それ以後の中国現代史については置き去りにしてきた。
中国現代史の、特に1949年の中華人民共和国成立以後の歴史は、「紅」という社会主義的を強調する路線と、「専」という実務的というか経済成長優先路線の権力闘争で、左右に振れながら動いていく。水滸伝よろしく様々な人物名が登場し、権力を握り、また失脚していく。しかし、周恩来が死に、朱徳が死に、そして毛沢東が死ぬに及んで、興味を失ってしまったのだ。極悪役の江青や張春橋らも死刑になってしまった。もうあんまり面白くはないと、中国ウォッチを止めたのだった。その後の主役は鄧小平である。

今、中国と日本がモメテいる。久しぶりに「その後」を勉強したくなった。で、文春文庫の新刊(本年9月10日第1刷)の『鄧小平秘録(上・下)』(伊藤正著)を手に入れて読んでみた。今朝、やっと上巻を読み終えたところである。

前置きが長くなりすぎた。かなり時間がかかったのは、産経新聞に連載された記事がもとになってているのにかなり専門的な内容だったことと、上巻は三章立てだが、時間が再構成されていることが大きい。上巻の最初は「天安門事件」の話なのだが、私にとって「天安門事件」はどうしても鄧小平が三度目の失脚に追い込まれた周恩来への追悼がきっかけとなったプロ文革時の第一次天安門事件になる。新しい方の「天安門事件」は、不勉強なので、人名も初めてのものが多い。ちょっと苦しんだ次第。第二章はさらに新しく南巡講話で同様にうーんと唸りながら読んでいた。第三章は文革の話で、これはスラスラ。と、いうわけで、それなりに中国現代史に精通していないと読み進むのは難しい。まあ、勉強というのはこういうものだ。久しぶりに、中国の濃い権力闘争の話に疲れたというのが実感。何度かに分けて、この本の話をエントリーしようと思う。