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うーん、今は父母という語は死語である。ジェンダーや欠損家庭の関係で「保護者」となる。この歌、まだそのまま歌われていたのだろうか、などと思う。
今はダンス全盛だが、6年生の時(1969年)、運動会で「リズム」という名のパフォーマンスを演じた。早朝から時間が進んでいくという流れで、当時でもなかなか斬新的だったようで、TV放送された。児童は運動場を囲み、体育座りをしている。音楽に合わせて、出席番号順に、運動場に歩いて出ていく。自転車のような2人組もいたと記憶している。その後皆が集まり輪を作っていったような記憶がある。我が担任のN先生は、新卒で新しい教育実践を導入しておられた。音楽の授業では、シンセサイザーによる電子音楽なども聞かされた記憶がある。当時では画期的だった。
私は運動が苦手っだったし、運動会や体育祭に出場するのは好きではない。中3の時など、足を怪我したのを幸いにずっと用具係のリーダーをやっていた。高校時代は、3年間ひたすら科の応援団をやっていて、競技にでた記憶がない。3年では副団長だった。俳優の時任三郎(木材工芸科の団長だった)と科(私は図案科)で互いの応援をした記憶は鮮明だが…。(笑)
ところで、2026年3月末日、我が小学校は、95年の幕を閉じた。少子化の波は、昭和の匂いがプンプンする運動会の歌をも消し去ってしまったのだった。



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