2026年6月28日日曜日

地図で読むアメリカ5

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「地図で読むアメリカ」(J・M・Vardaman著/森本豊富訳/朝日新書)の書評、続いてメトロポリタン・ニューヨーク地域のエントリー。NYCとニュージャージー州(NJ)とCTの一部を含んだ人口2000万人の地域である。

1664年、ニュー・ネーデルランド植民地が征服され、チャールズ2世が弟のヨーク公に土地を与えたのに始まるNYは、当初から多様性に富んでいた。この多様な異文化集団の中で影響力をもつエスニック・グループは1845年以降のジャガイモ飢饉からやってきたアイルランド系移民で、安定的な警察官や消防士を選んだ。1880年代にはイタリア系、19世紀後半ユダヤ人が移民してきた。1910年にはNYCの約25%がユダヤ人だった。貧しいユダヤ人はローワー・イーストサイド(画像参照)に住み、裕福なユダヤ人はアッパ-・イーストサイド、アッパー・ウエストサイドに住んだ。ここ数十年では、ポーランドやウクライナ出身のイディッシュ語(宗教儀式時はヘブライ語)を使う超正統派(ハシディック派)がブルックリンに定住した。ユダヤ人は、衣料、ダイヤモンド、エンターテイメント、金融業界などで成功者を出してきた。金融業界ではゴールドマン・サックスが最も有名である。

https://www.reddit.com/r/TheWayWeWere/comments/8rawga
/jazz_players_outside_cotton_club_harlem_new_york/?tl=ja
ハーレムは、もともと裕福な居住区であったが、アフリカ系が工場に近いハーレムに移り住むようになり、旧住民は他に移った。アフリカ系はハーレム以外に住むことが出来なかった。不動産業者が協定を結んでいたのである。その結果ほぼ100%のアフリカ系居住区が出来上がった。劣悪な環境で貧困、麻薬犯罪が横行する危険な地域であったが、1920~30年代にコットン・クラブ(画像参照)などの黒人文化が花開く。

…昔々、10日間ほどNYCを歩いたが、実に刺激の強い都市である。ハーレムに行くのには地下鉄あるのみ。タクシーはハーレムには行ってくれない。同じマンハッタンでも、道1つ違えば治安状況も大きく違う。実に面白い街だ。

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