2025年9月28日日曜日

旧約聖書のトリビア知識5

https://popehistory.com/marcion/
『月刊言語』の2003年12月号、旧約聖書の世界という特集から、印象に残った記述のエントリー第5回目。前述の加藤隆氏の『新約聖書にとっての旧約聖書』から。

キリスト教は、ユダヤ教を全面的に否定したのではなく、受け入るべきものは受け入れた。キリスト教の聖書の成立過程について段階的に述べられている。実に有為な解説であると思う。

1:律法を否定する段階 イエスは「神の支配」という原則を打ち出した。当時のユダヤ教は、「神殿と律法の支配」となっていた故に、イエスは基本的に律法を否定した。”律法に決められているから正しい。”という律法主義的な議論を基本的に認めなかった。律法に依拠した議論が新約にも見られるが、この姿勢を変えていないし、神の支配を語るために、”たとえ話”を多用している。また律法の規定や字句ではなく、その意味や精神について議論している。

2:ユダヤ教の聖書をそれなりに価値あるものとして用いる段階 しかしながら、イエスの死後、初期キリスト教では、伝導の主な対象はユダヤ教徒であるが故に律法の様々な箇所を利用された。ユダヤ教の主流との対立を避けるためであり、また実際的に有効だったからである。

3:キリスト教の側である程度以上のまとまった文書が作成されるようになった段階 最初の権威ある文書・マルコ福音書は、「書かれた律法」(前述のモーセ五書など)を重んじるユダヤ教のグループから生じたと考えられる。故に、マルコ福音書は書かれた律法の権威を認めるものであったし、当時キリスト教の主流であったイエスの教えや振る舞いについての口伝の情報に権威を認めてしまうと、「神の支配」の前に介入する「有力な指導者たちの支配」が生じる。ゆえに「書かれたもの」の権威が口伝に対置されたといえる。

4:ユダヤ教の聖書がキリスト教徒側でも、ユダヤ教においてと同様に権威あるものとして用いられ、またキリスト教独自の文書と同じように権威あるものとする態度が生じてくる段階 1世紀の末になるとギリシア語圏のキリスト教徒の間で、マルコ以外の福音書やパウロの書簡などが次第に権威をもつようになる。キリスト教の分離独立した際、ユダヤ教の律法を全面的に否定するかどうかという問題が生じた。ユダヤ教の口伝律法(25日付ブログ参照)など細部まで尊重する理由のないキリスト教徒は、「書かれた律法」だけが権威あるものとされるようになる。

5:マルキオンの聖書の成立 2世紀のキリスト教には、旧約聖書も含めて、ユダヤ教の律法の全体を否定しようとする流れも存在した。ルカ福音書とパウロ書簡だけをキリスト教の聖書としたマルキオン派はその代表的立場である。

6:旧約聖書・新約聖書がキリスト教の聖書として確定する段階 旧約聖書のすべてがキリスト教にとって有用ではなかったが、”有用な文書だけを抜粋した文書集”などにを権威あるものとはできず、故にすべてを権威あるものとして認めざるを得なかった。

…3のマルコ福音書については、イスラム教のクルアーンとの関係性が認められることを、24年6月24日付の「コーランの中のキリスト教」でエントリーした。律法を重視するキリスト教徒とムハンマドの関係性の話である。

…5のマルキオン(上記画像参照)について調べてみた。正典という概念を生み出した人で、異端とされたのだが、イエスをユダヤ教のメシア(=政治的指導者)ではなく、神によって派遣された存在で人間性や処女懐胎を否定した。さらに旧約の神とイエスの示した神は違うこと、よって旧約聖書は必要がないと主張した。実に興味深い人物である。

2025年9月27日土曜日

学院の文化祭 2025

https://www.osaka-shinai.ac.jp/blog/gakuin/detail/123
学院の文化祭に行ってきた。今年も3年生全クラスを教えているので、7つの模擬店を回ることになった。皆一応に喜んでくれたので嬉しい。今年は特に血糖値が上がるようなものが多くて、料金はそのままに、量を少なめにしてもらった。(笑)

軽音部や吹奏楽、美術部、華道部、茶道部にも寄らせてもらった。普段は大人しく授業を聞いてくれている生徒が皆活躍しているのを見ると嬉しくなる。理系の生徒が、昆虫標本を展示していて、小学生が標本づくりに興味津々だったのが印象に残ったのだった。

今春卒業したOB・OGにもたくさん会えた。これもまた嬉しいものだ。

今回も写真をたくさん撮ったのだが、個人情報の問題も有るので、学院のブログから2022年度文化祭のトップページを使わせてもらった。今年の風景はさらに人が多い感じである。

2025年9月26日金曜日

ドジャーズの地区優勝2025

https://www.jiji.com/jc/article?k=2025092600222&g=spo&p=20250926at09S&rel=pv
ドジャーズが長い坂道をやっと登りきって今朝(日本時間)地区優勝を決めた。ハムショー氏のライブにアクセスした瞬間、大谷選手の54号が飛び出した。山本投手は無得点ピッチングで6-0。その後もフリーマンの本日2本目のHRも飛び出したので、完勝を確信し、登校したのだった。学院の最寄り駅で確認したら8ー0で試合は終了していた。大いに溜飲を下げたのだった。

カブスとの東京シリーズで連勝して幸先の良いスタートを切ったドジャーズだったが、ベッツ選手の不振、フリーマン選手の怪我、マンシー選手やスミス捕手、エドマン選手の怪我、K・ヘルナンデス選手の離脱、さらにT・ヘルナンデス選手のライト守備やコンフォート選手の不調など様々な困難を乗り越えてきた。先発投手も後半は万全の体制となったが、カーショー選手やスネル投手、グラスノー投手は復帰したが故。最初から最後までローテーションを守ったのは山本選手のみ。ブルペンは、後半戦に大きく崩れ大問題化した。中でも、山本選手のあわやノーヒットノーランの試合や大谷選手の快投後に逆転負けをするなど、ロバーツ監督の采配批判にまで及んだ。まさに総力戦でやっと掴んだ地区優勝だった。

https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/photonews/photonews_nsInc_202509260000295-0.html
地区優勝は通過点に過ぎない。ワールドシリーズ連覇を目指すドジャーズにとって、ポストシーズンでは強敵が立ちはだかる。第1・第2シードを取れていない短期決戦をいかに乗り切るか。ずっと最前線で頑張ってきた大谷選手と山本選手の双肩にかかるプレッシャーは凄い。だが、不調を脱したベッツ選手やフリーマン選手を始め、多くの仲間がきっと支えてくれることを信じている。…野球は退屈ではない。

2025年9月25日木曜日

旧約聖書のトリビア知識4

https://newspicks.com/news/2439722/body/
『月刊言語』の2003年12月号、旧約聖書の世界という特集から、印象に残った記述のエントリー第4回。今回は、ユダヤ教の見識について、まだまだ不勉強であることを強烈に感じたことについて。

これは、私にとっておなじみの千葉大の加藤隆先生の「新約聖書にとっての旧約聖書」を読んでいて発見したことである。それは、口伝律法の存在である。モーセ五書のような文書になった律法=書かれた律法ではなく、ラビたちによって口伝で伝えられたもので、ユダヤ教では書かれた律法の意味を説明し明らかにするものとして権威があった。2世紀になって、民族の危機(ディアスポラ)に際してこれら口伝律法が書き記されることになった。それが「ミシュナ」である。加藤論文には、ミシュナについての記述があっただけなのだが、さらに口伝律法について調べてみた。

…すると、極めて重大なことが判明したのである。私は、これまで倫理の授業で、「タルムード」の存在について長く語ってきた。ユダヤ教について極めて重要な文書だからである。このタルムードのホンモノを見たのは、NYCのユダヤ博物館で、非常に感激した。新聞記事のように、その中心に記述があり、その周囲にさらに記述が犇めいている(上記画像参照)。ネットなどがなかった昔、タルムードはこういう構成になっていることは新鮮な驚きだったのだ。私は、律法の解説書(そういう記述を何かの書で学んだ。)としてタルムードを理解してきた。よって、この中心の記述は、モーセ五書の「書かれた律法」で、ラビたちがそれに様々な注釈を加えていると理解していたのだが、これは口伝律法の「ミシュナ」だったのである。教え子諸君に嘘を教えた訳では無いといえるのだが、口伝律法という概念は今の今まで認識していなかった。ちなみに、このミシュナの周囲の記述はゲマーラーというそうだ。いやあ、衝撃的な事実だったのである。加藤先生の論文については、後述するとして、衝撃の1日だったことを記しておきたい。

2025年9月24日水曜日

旧約聖書のトリビア知識3

https://app.fta.art/ja/artwork/9edfe64b24a660411733fa20d6f6aab50b8b5774
『月刊言語』の2003年12月号、旧約聖書の世界という特集から、印象に残った記述のエントリー第3回。旧約聖書のネビイーム(預言者:ナービーの複数形)について。

旧約聖書の預言書の部分をネビイームと称し、通常歴史書に分類されるヨシュア記、士師(しし)記、サムエル記、列王記が最初にある。これらを「前の預言者」(ネビイビーム・リショーニーム)といい、その後のイザヤ書、エレミヤ書、エゼキエル書の「3大預言書」さらに後に続く「十二小預言書」を合わせて「後の預言者」(ネビイビーム・アハロニーム)と呼ぶ。

これら預言者の特質について、エリヤ、エリシャといった「前の預言者」は、行動に中心があり、「後の預言者」では、言葉にその中心がある。さらに、「預言」は、あくまでも現実の歴史に関わるものであることで、「諸書」に分霊されるダニエル書の「黙示」(歴史にかかわらない幻が多く記されたもの)とは一線を画す。

M・ウェーバーは、『古代ユダヤ教』の中で、社会学的な視点から、古代イスラエルの預言者の活動について周辺のオリエント世界に見られる現象との共通点を認めつつも、独自性に着目している。すなわち、「契約共同体」に基づく国家批判の伝統こそが預言者たちの活動であると。士師時代、軍事的カリスマをもつ指導者が危機の時代に民を率いたが、王国制度が確立すると常備軍が組織されてくる。この変化が、非軍事化された士師的存在を古典預言者の社会的背景になったとするのである。彼らは軍事力ではなく「言葉の力」を用いて、王ないし王国がヤハウェとの契約に反する政策を取る時、これを厳しく批判することになったとしている。

最初の古典預言者とされる紀元前8世紀半ばの北王国のアモスであるが、その影響を最も大きく受けたのが8世紀後半の南王国・エルサレムで活躍したイザヤ(上記画像参照)である。イザヤ書は、第一イザヤ書、紀元前6世紀のバビロン捕囚末期に活躍した無名の預言者に関わる第二イザヤ書、帰還後の第三イザヤ書に別れる。第一イザヤ書のイザヤは、ウジヤ王の没後に活動を開始し、アッシリアの侵略危機に対し、シリアと共に軍事的に対抗しようとする王に「落ち着いて静かにしていなさい。」とヤハウェの言葉を告げ、ヤハウェではなく、軍事同盟という人間の力に頼ることを批判(イザヤ7)、後にエジプトの軍事力に頼ろうとした王にも、これを批判している。(イザヤ31)これらは、イザヤの未来確信である。イザヤ書には、「メシア預言」と言われるテキスト(イザヤ11)もあり、ドイツの有力な旧約学者W・H・シュミットは「預言者たちは今日から明日を見るのではなく、明日から今日を見ている。」と預言者の本質を語っている。

https://www.meisterdrucke.jp/fine-art-prints/Michelangelo-Buonarroti/84503/
エレミヤ(上記画像はミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天井画)の預言活動は、南王国でイザヤの1世紀後になる。当時の南王国はかなり力を回復していたので、新バビロニアの脅威を訴える彼の言葉は奇異に感じられ、迫害を受けた。上から下への預言活動ではなく、下から上に語る新しいカタチの預言活動であった。また、エレミヤの預言活動は、「契約」ということへの言及で、出エジプトにおけるシナイ契約を自ら破っている(エレミヤ2-23/11-4)という旧約の根本を揺るがす事態であったが、晩年、「新しい契約」という神の言葉を聞く。(エレミヤ31ー31)石の板ではなく、彼らの心のなかに記される律法である。ちょうどヨシヤの宗教改革で、「ヤハウェを知れ」と言う必要がかくなり、最後に神の赦しということが記される。このことが後の「旧約聖書」「新約聖書」という名称の典拠の1つになる。

エゼキエル(上記画像参照)の預言活動は、紀元前6世紀バビロン捕囚の中で行われた。苦難の中、彼の希望の言葉でイスラエルの民は耐えれたと言われている。彼は「召命」を説き神の言葉を熟読玩味すること、また「象徴行為」(れんがを1つ取って眼の前に置き、その上に都であるエルサレムを刻みなさい等)を説いた。(預言活動とはいかなるものか/大島力)

…これらの預言者の詳細について、高校の倫理等の授業で触れる機会は極めて少ないと思う。だが、今まで以上に預言者について語る時には、さらなる深みを持てるだろう。そう、100の見識を50くらいで教えるのが理想のような気がする。

2025年9月23日火曜日

旧約聖書のトリビア知識2

『月刊言語』の2003年12月号、旧約聖書の世界という特集から、印象に残った記述をエントリーしたい。まずはモーセ五書の四資料の話。(画像は本書から)J資料やP資料の話は、この長いブログの中で二度ほどエントリーしている。今回はその集大成的な話になる。

創世記において、「神(エロヒーム)」と「ヤハウェ」という異なる表現が用いられている。この二系統の区別と、その後、「ヤハウェ」を用いる部分でも申命記は用語的、思想的に他の部分から区別された独自のまとまりをなすことが認識され、他方創世記で「エロヒーム」を用いる部分でも、相互に全く異なる特色を持つ二つの系統に分けられること(ただし、両者ともモーセ時代以降については「ヤハウェ」をも用いる)、しかもそのうちの一方は内容的特徴から職業的な祭司の手によるものであることがわかった。以上のことから19世紀後半20世紀後半にかけてドイツの聖書学者たちによって、「四資料仮説」が確立した。

長い間口伝で伝えられてきた素材を元に最初から「ヤハウェ」を用いる文書資料(J資料)がダビデ・ソロモン治下に成立。これにやや遅れて、普通名詞の「エロヒーム」を用いる文書(E資料)が分裂王国時代の北王国(=イスラエル)で成立した。族長物語ではヤコブの内容と北部伝承が多い故である。

申命記は、法典を囲むカタチでモーセの説諭が組み込まれている。南王国末期のヨシヤ王の祭儀改革時に関連して成立したD資料(Dはギリシア語の申命記:Deuteronomiumから)が第三の資料。第四の資料は、祭司によるものとされるP資料(Pはドイツ語の祭司:Priester)で、捕囚時代から第二神殿時代に成立したと考えられている。安息日や割礼、過越祭等の祭儀的習慣の神学的意味づけに強い関心が寄せられている。

この「四資料仮説」は、ほぼ定説化したのだが、様々な批判も寄せられているようである。(モーセ五書の成立/山我哲雄)

…これまでの私の理解は、まだまだ浅かったと言わざるを得ない。こういうトリビアな知識は実に興味深いのだが、どうも竹田青嗣氏とニーチェの著作を呼んだ直後なので、しょせん「物語」ではないかという諦観がある。しかもこれらの無謬性を主張する向きには、ちょっと理解しがたいところがあるというのが感想である。

2025年9月22日月曜日

カトマンズの春

https://www.tokyo-np.co.jp/article_photo/list?article_id=435511&pid=2231197
ネパールで、SNS制限の政策に若者が猛反発し、暴動が起こり首相が辞任した。ネパールは3つの社会主義政党が国会を握っているのだが、この首相は毛沢東主義の政党だったようだ。汚職まみれの政治に若者の怒りが爆発し、無政府状態になったのだが、なんとその後2・3日で暫定首相が決定した。73歳の女性、シスラ・カルキ元最高裁長官(画像参照)である。汚職の疑いのある警察署長の任命を取り消したということで、失脚させられていた人である。

この選出過程が驚くべきもので、今回の暴動を主導したハミ・ネパール(ネパール大地震をきっかけに設立されたNGO)が、SNS上で、1万人が参加したオープンな会議を行い、この会議で投票が行われ、カルキ氏が選ばれたのだ、という。(アルジャジーラの報道による。)わずか数時間で決定したのだが、もちろん問題は多い。オープンな場で多数の外国人が参加していた可能性があること、インターネットにアクセスできる者しか参加できなかったことなどであるが、無政府状態の中で汚職まみれの政治家が密室で決めるよりは、はるかにマシであるという声も多そうである。

https://www.youtube.com/watch?v=WiCxHuOs2FI

…たしかに民主主義的ではない。ただ、チャーチルが言ったように、民主主義は絶対でも正義でもない。マシな政治形態であって、今回のような無政府状態では賢明な動きだったと言えるのではないかと思う。