我々高校の社会科の教師は、イスラエルはユダヤ人の国だと教えるわけだが、この「ユダヤ人」という定義が非常に難しい。ユダヤ教を信じる人々といっても、古代ローマ時代以来のディアスポラ(離散)によって、世界各地に散らばっていたわけで、その根本たるモーセ五書はともかくも、それに付随する律法や生活習慣などは長い年月によって各地域で大きな差異を生んでいる。上記の画像は、テルアビブ大学内にあるディアスポラ博物館で撮影した「イスラエルへ帰還した人口分布を各国別に示したもの」である。こうしてみると、ロシア(旧ソ連)系・ポーランド系ルーマニア系などの東欧系が多いことがわかる。それに西欧・中欧系がプラスされ総じて欧州系が55%ほど。一方、モロッコなどマグレブ諸国とエジプトにエチオピア等のアフリカ系が20強%ほど、これにインドからアフガン、イエメン、イラン、トルコなどの西アジア系が20弱%ほど。これに北米・南米・オセアニアなどからも来ていることがわかる。私はキリスト教圏のユダヤ人をアシュケナジ、イスラム教圏のユダヤ人をスファラディと教えているが、スファラディはスペインやオスマントルコ圏のユダヤ人を意味しているらしく、もっと詳しく言えばフランスやイギリス、オランダにも多く分布していたらしい。またイランやイエメンなどの中東地域や中央アジア出身の人々をミズラヒムというらしく、これらの概念も一定ではないらしい。要するに出身地域(空間的)で簡単には分類できないわけだ。
3人の超正統派と世俗派がバスを待っている |
エレサレム旧市街イスラム街 |
したがって、四国ほどの土地の中で多種多様な彼らの生き方がぶつかり合うのだ。『多文化共生』という国際理解教育のカテゴリーを越えたような世界が現出しているのがイスラエルなのである。アメリカのような「人種のサラダボウル」といった綺麗なコトバでは表せない。少なくともアメリカには、アメリカの「自由と民主主義・資本主義」と「明白な天命」という共通のアイデンティティがある。イスラエルには、それ以上に強烈なユダヤ教があるようだが、極めて多元的である。うーん。理解を越えた世界がそこにはあったのだった。『イスラエル人とは何か?』には、このような一節があった。
『(イスラエル人とは)まるで仲が良くないのに誰も出ていかないから、しかたなしに一つ家で家庭内別居している家族みたいに見える。』…なるほど、うまい表現だと思った次第。
今回の何回にわたるかわからないイスラエル紀行文のタイトルを、【イスラエル-(超)多文化共生(強制)の地を覗く-】としたのは、こういう意味を含んでいると理解されたい。
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