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2022年8月20日土曜日

F38のOB・OGと再会した日

マレーシアのPBT(当時はIBT)の最初の担任時の教え子と、昨日久しぶりに梅田で会った。OBの方はKG大学社会学部で観光を専攻したH君、OGは、九州の公立女子大学を超優秀な成績で卒業(4年間全額学費免除)し、某国立大学の大学院で研究生をしている文学少女のIさんである。両者とも、日本留学に際し大いに関わった学生である。

F38のクラスの友人たちの近況を聞いた。多くは日本に残り就職しているらしい。H君は、コロナ禍で観光関係の求人がなく苦労したようだ。今はとりあえず大阪の食品関係の会社に務めていた。かなり努力して痩せたので、往年の面影がない。街で会ってもわからない。(笑)Iさんもメガネをコントタクトに変えていたので、待ち合わせ場所で合った時わからなかった。(笑)

話は長時間に渡ったし、いろいろな方向に行ったのだが、個人情報にかかわることもあるので割愛する。その後、カラオケに行った。今回は、文学を志しているIさんに、井上陽水の「ワカンナイ」を贈った。さすがにIさんで、「雨にも風にも負けないでね」の冒頭で、宮沢賢治の詩をもとにした歌であることを見抜いていた。H君は、私のリクエストで中国語の歌を歌ってくれた。歌詞は全て繁体字だったが、本土の歌だそうで「父親」という歌だった。涙なしでは歌えないと言っていた。たしかに、来日して5年、2人共様々な苦労をしてきたことが偲ばれるのだった。

https://shushu172.com/kuaizixiongdi-fuqin/

2022年1月8日土曜日

PBTの教え子の卒論を読む

PBT・F38の教え子から、年賀状が来て、返信したら卒論が添付させれてきた。マレーシア時代から、日本語も私の社会科も超優秀な教え子で、日本文学大好き少女だったI君である。

椎名麟三の「永遠なる序章」についての論文であった。私は、小説をほとんど読まないので、当然ながら読んでいない。だが、引き込まれて長い論文を一読した。実に面白かったのである。最初、椎名の文体についての各所からの批判について記されている。椎名は、他の文学者と比して、インテリではない。インテリの文学者はあえて、概念的な語彙を避ける傾向にあるし、反復を悪文と規定している。評論家はその点から酷評しているのだが…。

また、椎名は貧困な労働者出身であり、一次左翼活動に入り、ドストエフスキーを読んで転向している。最終的にキリスト者となっているようだ。最も影響を受けたのはキルケゴールだという。ニーチェにも影響を受けているが、結局イエスの復活を信じることで死を超克しようとしているようだ。この小説でも、自由の問題、死の問題が大きなテーマとなっているようで、この辺が実に面白かった。

私は返信の中で、こんなことを書いた。「死を克服するという実に実存的な人生の課題は、私は椎名のようにイエスの復活にあるのではなく、仏教的な超克にあると思っています。だから、もし明日死んでも悔いはない、そんな人生を送っています。ただ、F40のL君という子が一浪してD大に入りながら、コロナ禍でまだマレーシアなので、それが心残り。今教えている三崎高校の教え子をまだ共通テストで勝利させていないのが心残り。こういう煩悩があります。(笑)だが、この煩悩を無くすのではなく、菩薩道の中で、煩悩即菩提させていくような人生を送っています。日常の中に死の克服があるわけです。」

I君の卒論は、想像以上にすばらしいものだった。とても日本語を学んで6年とは思えない、読解力と語彙力、そして文章力だった。彼女のこれからの進路希望も聞いた。是非再会したいと思う。

2021年3月7日日曜日

私のお勧め大学


YouTubeで、ある東京の個別指導塾の2人の番組があって、いろいろな大学の話をしていて面白かった。その中でお勧めの大学の話があった。もちろん、個人的主観なのだが、私にもある。本年最後のサクラが咲いたこともあるし、そんなエントリーもしておこうかなと思う。

大学は千差万別、旧帝大がもちろんいいのはわかっているが、ここでは省こうと思う。もちろん、私の経験に基づいた主観だし、文系ONLYの話である。

まず国公立大学編。北からいくと、北海道教育大学(ESD教育も盛んで僻地教育コースなどもある。PBTから1人行った。)国際教養大学(秋田にある、知る人ぞ知る、英語ONLYの講義の超実力派の大学。図書館は俊逸で大阪の教え子2人が行った。)秋田大学(国際資源学部がいい。経済学的な視点や文化人類学的な視点などなかなか多様で面白い。PBTからF36・38・42と送った。)筑波大学(元東京教育大学。最先端の学問が行われているイメージあり。PBTから2人行った。)一橋大学(文系の単科大学。ここの社会学は凄いと思う。PBTから1人行った。)横浜市立大学(ここに大阪の教え子2人が行った。かなりカリキュラムがいい。)都留文科大学(今年三崎から生徒が行く。公立の文系の単科大学。カリキュラムが面白い。)静岡県立大学(ここの国際関係はすばらしい。現在F40 のJ君在学中。)滋賀大学(経済・経営系の国立単科大学。近江商人の歴史がある。留学生への配慮が深い。PBTから2人行った。)神戸市立外国語大学(大阪外大が阪大外国語学部になってから、大阪の教え子多数とPBTからも行った。小さい大学なので、良きキャンパスライフは望めないが悪いことは聞かない。)奈良教育大学(関西でのESDの中心の教育大学。大阪から2人行った。)福岡女子大学(県立大学。PBTから2人送っている。留学生への対応は最高だと思う。)長崎大学(いろいろな面で他の国立大学と違う面白いコースがある。PBTから2人行った。)

私立大学では、関関同立はみんな教え子(大阪からもPBTからも)をたくさん送っているが、それぞれ良さがある。同志社のキャンパスも関学のキャンパスもいいし、教授陣も豊かである。同志社に入ったL君は、その自立した自由さに向いている。立命館はちょっと左派で、リベラルなF40のJ君好みか。H君の関学もKさんの関大もいい。総合大学の良さがある。関関同立の出身の先生もたくさん知っているが、微妙な差異があって面白い。ちなみに同志社女子大学もお勧め。もちろんESD絡みである。(大阪で1人送った。今は小学校の先生をしている。)

東京では、ICU(国際教養大学:リベラルアーツで語学が重視されている。早慶並みの難易度。PBTから1人行っている。)早稲田大学(私は福沢諭吉が嫌いなので、早稲田派。PBTから1人行っている。やはり人脈が凄いのが魅力。)MARCHでは、私は中央大学を推す。国際理解教育学会で行ったことがあるし、PBTに来てくれた中央大学のスタッフも懇意で、今回三崎から生徒が行くのが嬉しい。そして、昔大阪から送ったし、今A君が通う立命館アジア太平洋大学。学長が凄い人物なのと留学生が多く総合的に面白いカリキュラム。孔子学院があるのが気になるところだが…。

私の長年の進学指導で、教え子をお勧め大学に導いているのか、それとも偶然か?送りたい大学にかなり教え子が行っている。これもまた幸せなことである。

2019年9月6日金曜日

Special Thanks MY

あと数時間でマレーシアからの配信ができなくなる。私が住処で使っているTMのシステムを撤去することになっているからだ。日本の自宅に帰るまでは通信不可能になる。マレーシアにいる間に、お世話になった方々に最後に御礼をしておきたい。

まずはPBTの教職員である。K先生やS校長先生はじめ、多く方にお世話になった。すでにメールで各先生方に御礼を述べたが、2月に帰国されたM先生には特にお世話になった。Dマートでの野菜の買い方に始まり、下校時に何度同乗させていただいただろう。マレーシアでの観劇や、演奏会などはM先生郷夫婦に連れて行っていただいた。インドの奇祭タイプーサムもそうだ。感謝してもしきれない。是非日本で再会させていただきたいと思っている。
次に、PBTのある日本人会のワーカースタッフ。ほとんどがバングラディッシュの人だ。朝からずっと清掃作業に励んでいる。PBTの行事にも彼らにお世話になった。何度挨拶を交わしただろう。何度ありがとうと言っただろう。4月にセキュリティースタッフが替わった。こちらは、マレー系とネパール系。同様に、毎日挨拶を交わし、笑顔をいただいた。彼らの陰の働きにいつも感謝してきた。日本人会の旅行社のCさんにもパース旅行で大変お世話になった。日本人会、万歳。ますますのご健勝を祈りたい。
我が住処のセキュリティーとワーカースタッフ。我が住処のセキュリティーは特にフレンドリーだ。長年勤務されているので、住民を熟知してくれている。(KLでも珍しいらしい。)女性スタッフも常に清掃作業に勤しんでくれており、古いコンドだけれどいつも清潔で綺麗だ。我がB棟の担当の若い女性ははインドネシア人である。
我が住処のコーディネーターであるJ女史には、家賃やネット、水道などの支払いをずっとお願いしてきた。B棟内の引っ越しでもお世話になった。日本語のできる彼女がいなかったらどうなっていただろう。住処の中華系カフェのおじさんにもずいぶん世話になった。特に妻が来馬するまでの期間、カフェのおかげで生き延びたといっていい。

街の清掃作業をしてくれている人々にも感謝だ。スコールの後、町は落ち葉や枝が散乱しすぐ汚くなる。彼らがいなければ快適な暮らしはないと言っていい。彼らの中で1人、朝のバス停で会い、挨拶を交わす友人がいる。彼は自分の仕事に誇りを持っているようで、いつも背筋を伸ばして堂々と歩いてくる。私は彼らの所得が気になるのだが、言葉が通じないのでついぞ聞く機会はなかった。KLは彼ら外国人労働者に支えられているといっていい。

650番のバスの運転手とバス友にも感謝だ。私は朝7時過ぎに住処のバス停からバスに乗る。同じバス停で待つ、中華系のTさんコンビ。先に乗っていて挨拶をかわす中華系の女性。途中から乗ってくるナイスガイのインド人。(彼は昔日本人会で空手を学んでいた。今は腰を痛めていて心配だ。)一度バスで転倒した中華系のおじいさん…。MBMRに働く中華系の女性もいるし、挨拶をするバス友は、あげたらきりがない。彼らとのちょっとしたコミュニケーションがマレーシア生活が豊かなものにしたと思う。

こちらで縁を結んだ友人たちにも心から感謝を述べたい。現地で起業してたり、ローカルの人々を使っている半導体ビジネス関係の話は、現地の姿を浮き彫りにしてくれた。こういう情報が生きた社会科の授業の源となった。友人たちの益々のご健勝を祈るばかりである。
最後に、IBT・PBTの学生諸君である。F36A・B、F38A・B、F40A・B、そしてF42D・Eの学生諸君には様々なことを教えてもらった。日本の教育現場では味わえない経験もさせてもらった。特に最初のF36には関西弁まるだしで、しかも日本とあまり変わらない授業をしてずいぶん迷惑をかけた。(EJUの成績は抜群だったけれど…笑)担任だったF38 Aでは強くしかったこともある。その反省もあってF40Aはしからなかった。F42の諸君には途中で退職することになったが、厚情で接してもらった。全ての教え子諸君に感謝である。

改めてマレーシアで出会った全ての人々に心から感謝したい。
Special Thanks MY. ほんと、おおきに…。Katabiranotsuji

2018年9月3日月曜日

息子夫婦の来馬決定。

https://ddnavi.com/
news/403228/a/
現在、トルコにいる息子夫婦が、近々マレーシアに寄ることになった。(3度目の来馬になる。)現在彼らは、京都北区に開店するカフェのための買い付け旅をしている。中東関係の様々な雑貨も置くらしい。結局、息子は研究職につかず、自由な立場で研究をするようだ。当分は、そのカフェを拠点に、中東の楽器を教えたり、アラビア語やヘブライ語を教えたりするつもりらしい。

私はまだそのカフェを見たこともないし、妻にしか連絡がない(昔からそうである。極めてエディプス的な関係である。笑)ので、よく知らないのだが、息子が動物占いのユニコーン(ペガサス)であることだけは再確認した。(ちなみに私の動物占いはひつじ。笑)

自分のやりたいことをやっていく人生が、何よりの幸福であると私たち夫婦は考えている。大学の研究職の厳しさは、周囲に知人がいるのでよくわかっている。学内の人間関係や、資金の工面で大変そうだ。私が結局ところ、管理職(校長や教頭)に興味がなかったように、息子もそういう反体制的なDNAを持っているような気がする。

ところで、今日5時間目に、隣のBクラスで志望動機の作文を書く授業があって、K先生から手伝って欲しいとの要請があった。経営学をやりたい女子学生のA君が困っていた、家は建設業を営んでいるらしい。で、経営学を建設業から順々に説いていた。私は文学部出身で、経営学はど素人なのだが、若干関わりがある。

中学卒(もう少し詳しく言うと三菱神戸の職工学校卒で、すぐ海軍の航空整備兵となった)の私の父親が、中小企業診断士の資格を得た際、家に経営学の通信講座のテキストが並んでいたのだった。この中小企業診断士という資格は、学歴制限がない唯一の国家試験であったらしい。何年かかけて、父親はこの試験を突破した。それで、労務管理などという経営学用語を私は知っているわけだ。歳を取って、今では経営学のおよその概説ぐらいはできるようになった。

私も父とはエディプス的な関係をもっていたので、因果応報・DNAのスパイラルなのかもしれない。(笑)しかも、三代にわたって、通常のコースを忌避してきたような気がする。なんか、息子の来馬の知らせを妻から聞いて、そんなことを考えていたのだった。

2017年12月26日火曜日

IBTの話(154) 本年最後の出勤

本来なら今日から年末のスクールホリデーである。一時帰国されている先生方も多い。私はと言うと、3人の学生と合う約束をしていたので出勤した。K君のビザ申請の件、受験で渡日するにあたってのI君の相談、それと休学していたK君と久しぶりに会うためである。

その間、ずっと1月からの教材研究でパワーポイントを作っていた。理系の国費生に、いかに「日本が植民地にならなかった理由」を教えようと考えていた。文系の学生は、歴史が大好きな学生もいるので、幕末から明治維新にいたる道程も示したい。
私が考えるところ、明治新政府と旧幕府は、結局のところ、戊辰戦争で英仏の介入を封じるカタチになったが、列強にしてみたら、これほど教育程度が高く、資本主義も発達しており、何より命知らずな武士と戦うにはかなりの戦力が必要で、不平等条約を結び市場として利用するのが得策、ということになったと思われる。植民地化は回避できたが、領事裁判権や関税自主権の問題は、明治政府にとっては屈辱的な半植民地化であったと思われる。この打開が新政府のテーマと成る。その打開策は、富国強兵の一言に尽きる。そのために国民国家を急ぎ、廃藩置県という王政復古以上の大革命をやってのけるわけだ。殖産興業はそのための手段であり、日清・日露戦争の勝利でこのテーマを成就する。これが、植民地化という視点から見た日本の近現代史であると思う。
ところで、IBTという名称は、2018年よりPBTと変更になるそうだ。マレーシア教育省の管轄が変わることに伴う変更だと聞いた。よって、2018年からは「PBTの話」としてエントリーしたい。また( )の数字も大きくなってきたので、来年度の初回は(1)に戻したいと思う。

2017年12月25日月曜日

1tの本を読め! 2017改訂

本ブログの常設ページに「学生時代に1tの本を読め!」という卒業生に送る読書リストがある。前々任校は、大阪市立でも有数の進学校であったので、大学進学にあたり、こういう冊子を作ったのだった。学問においても人間形成においても、やはり読書量がものをいうと私は思う。

私は学生時代、同志社大の先輩に読書量が少なすぎると、こっぴどく怒られたことがある。週1冊のノルマを課せられたのだった。以来、読書の習慣が身についた。この先輩には今も感謝している。今教えているIBTの学生達にとって日本語での読書は、我々が洋書を読むような感覚なので、厳しいことはあまり言えないが、文系の学生は、読んで、書いての繰り返しで様々な教養が身につくものだと思っている。そういう意味で、このブログもまた私の「鍛錬」のためのものであるといってよい。

ともかくも、久しぶりに改訂した。もっと増やしたかったのだが、我がクラスの学生諸君の卒業式に間に合うようにつくったので、まだまだ不十分ではある。その代わりといってはなんだが、このブログのラベルの「書評」をクリックしてもらうと、私の読んだ本とその内容についてのエントリーだけを見ることができる。今日現在で496というエントリー数になっている。持続は力なり…かな。(笑)

2017年12月21日木曜日

IBTの話(153) 私費生卒業式’17

最後のHRで撮ったクラスTシャツでの写真 私はもの凄く気に入っている。
卒業式の日である。担任として迎えるのは7度目になる。いつもながら、寂しい思いと学生の好意とが錯綜するような1日であった。今回の卒業式から、着任順ではなく、担任は前の方に座るようになったので、和服姿のK先生の横、つまり2番目の席で式を見させていただいた。私より長く初級から世話して頂いた先生方を差し置いて前に座るのは私の趣味ではないのだが仕方がない。

今回も昨年にも増していい卒業式だった。ラザク先生のご子息も来ていただけて、我がクラスのI君にラザク奨学金を付与いただいた。そのI君が答辞をやってくれたのだが、文学的でしかも笑いや涙ありの素晴らしい答辞だった。保護者に対する感謝の言葉も、日本語、マレー語、中国語でそれぞれ語ってくれた。後で指導を担当していただいたK先生にお伺いしたのだが、マレー系の私費生もいるので、マレー語を加えたいという要望が本人から出て、友人にコーチしてもらったのだそうだ。凄いな、と思う。私の経験した三十回近い卒業式の答辞の中でも最も良かったのではないかと思う。
今年の歌はゆずの「栄光への架け橋」、我がクラスのH君とK君が中心になって頑張ってくれていた。昨日のリハではどうなるかと思っていたけれど、当然本番は成功するのである。素晴らしい歌を披露してくれた。涙腺が緩くなっているのでちょっと危なかった。(笑)

式の後、今年もいろいろな好意を学生から頂いた。俳句集。お母さんが焼いて頂いたバナナケーキ。絵はがき…。写真もいっぱい撮った。最後のHRをして、成績証明書を渡し、少しだけ話をした。彼らが入学した昨年4月、マレーシア最初の夜、中華系の青年に、ミッドバレーで吉野家の牛丼を頼んだはいいが、お金が足りなくてRM3払って貰った話。彼に担任として頑張ったこの8ヶ月を捧げたい。日本語が少し話せた彼のご恩に少しでも報いることが出来たような気がする。たった一人のインド系のL君もいるが、最初の友人になってくれたのはインド系のナイスガイである。彼のお陰で朝のバスが楽しくなった。彼にもこの8ヶ月を捧げたい。そんな話である。F38Aの諸君にも日本で、いい人に出会って欲しい。そんなことを話した後、「理想に生きることをやめたとき青春は終わる」という私の人生訓を今回も贈った。IBTで担任をもつとは思っても見なかったが、良い学生に囲まれて、本来なら定年の年に、こうしてまた「青春」の日々を送れたことに、深く感謝したい。F38Aの学生諸君、本当にありがとう。これからも長い付き合いをしていきたいと思う。

2017年12月20日水曜日

IBTの話(152) クラスTシャツ

卒業式の予行の日である。昨年経験しているので、少しは楽な気持ちで臨んだ。今回は私費生の担任団として、校長先生役をやることになった。修了証を全学生に手渡す役である。いやあ、なかなか大変だった。新校長であるS先生、大丈夫かなあと心配になった。かなり足がパンパンになったのだった。

予行修了後、我がクラスの学生からクラスTシャツを手渡された。明日はこれを着てみんなで記念撮影をしたいそうだ。最初、Tシャツの背に大きく「責任ある行動」と書く予定だったのだが、日本ではちょっと着れないと思ったので、「小さくした方がいいよ。」と助言したら、前に書かれることになった。(笑)で、背には大阪弁で「もういっぺんやったらええやん、がんばりや。」と書かれている。これは、何度も何度も再テストに苦しんだIBTの思い出なんだそうだ。大阪弁は私を表現しているとのこと。(笑)ちなみに「がんばりや。」という台詞は私からの助言である。がんばりやを入れた方が、なんか前向きだからというのがその理由。

思えば、前任校では団Tシャツがあったが、クラスでTシャツを作ることになったのは、前々任校でアメリカに研修旅行に行った時以来だと思う。4月から担任をさせてもらって、いろいろなことがあった。ホント濃厚な時間だったと思う。たった8ヶ月間だが、2年にも3年にも感じる。このTシャツ、学生みんなの気持ちが入っていて嬉しい。いよいよ明日は卒業式である。

2017年12月19日火曜日

IBTの話(151) サンタさん

以前エントリー(12月4日付ブログ参照)したが、同じ日本人会にある幼稚園からサンタさん役を仰せつかった。正直なところ、小さい子供たちは苦手なので最初は圧倒されたのだが、まあなんとかやりぬいたと思う。ちょうど、EJUの結果を受け取りに来た3人の学生もマネージャーとして参加することになった。後で知ったのだが、H君がビデオをとってすぐLINEで流したらしい。サンタさんをした後、学生からのメールには、全てサンタさんという語句が入っていた。

さて、サンタさんの入場の後、園児から質問を受けた。サンタさんはどこから入るのですか?「マレーシアは煙突がないので、クーラーから入ります。」と言ったら、うちのマネージャーたちには大いに受けた。園児らは「えー」と大騒ぎになったけど。ステージママとして参加したT先生は、ナイスなアドリブだと絶賛してくれたが、園児に受けたかどうかはわからない。

プレゼントを渡して、「あわてんぼうのサンタさん」という歌を園児が歌ってくれて、最後に、昔々、高校時代にキャンプファイヤーのエールマスターとして慣らした頃覚えた「ネコジャ」をやった。実は今は鉄工所をやっているO君の持ちネタなので、私は初めてやったのだが、これは十分に受けた。(笑)
「オヒゲ・もじゃもじゃ、ネコジャー、ネコジャー。お耳ぴんぴん、ネコジャー、ネコジャー。あ~ネコジャー、ネコジャー、ネコジャー、ネコジャ。」という短いものだが…。もうすぐ還暦だというのに、こんなことをしていいのか、と思う。来年は、途中写真を撮りに来て頂いたM先生にこの役をば、是非ともお譲りしたいと思った次第。

IBTの話(150) FedEx便への杞憂

https://media.bizj.us/view/img/10079537/2048px-fedexa310-200n420fearp*1024xx2048-1152-0-130.jpg
先日少しエントリーしたが、クロネコヤマト・マレーシアは極めて信用できない。アジアなら3日で着くと宣伝しながら、土日は休みで貨物を空港で紛失したので遅れたという報告を平気でする。少なくとも日系企業ではないし、学生の人生をかけた進路の書類をこんな会社に任すことは出来ない。それで、少し高いのだが、FedEx便を使うように、我がクラスの学生には指導している。

さて、KG大へのビザ申請をH君がFedExで送付した。ところが、検索してみると到着したようにあるが、UBAーJAPANという場所に着いているという連絡が来た。なるほど。不可解。彼が調べるとそれは山口県の宇部空港のコードだという。なんという見当違い。そこで、今日は朝から、KG大に確認した。するとまだ到着していないとのこと。それで宇部空港に電話して、ANA、さらにJALの貨物管理の事務所に電話した。マレーシアでは英語が主だが、日本語なら全く問題ない。(笑)で、結局行方不明のママだった。で、やっとWEBでFedExの神戸のカスタマセンターの連絡がわかった。事情を説明すると、すでに到着しているはずだ、受け取りのサインも報告されているとのこと。その旨をKG大に連絡し確認してもらうことになった。このUBAーJAPANは、個人情報保護のためあまり関係ないとのこと。

結局、KG大学には送った翌日に早々と到着しており、書類の確認も出来た次第。結局杞憂に終わったわけだ。クロネコヤマト・マレーシアが全く信用できないので、FedExにまで疑心暗鬼になってしまったわけだ。神戸のカスタマセンターにはご迷惑をおかけしたが、丁寧な対応をしていただいたし、これまた丁寧な対応をしていただいたKG大にもいらぬ心配をおかけしてしまった。私は、H君を責める気など毛頭無い。要するに、マレーシアから日本に進学書類を送ると言うことがどれだけ気をつかう事かということである。

FedExは十分信用できる。それを確認した、そんなこんなの1日だった。

2017年12月15日金曜日

IBTの話(149) 1月分の教材研究

我がクラスの進路指導も一息ついたので、パワーポイントを作成しながらコツコツと1月からの国費生のための授業準備をしている。昨年同様、文系だけでなく理系の学生にも教えることになっている。狭い校内だし、顔なじみなので楽しみである。もちろん、私費生の国立大学小論文対策の授業もあるのだが、まずは国費生から取りかかっている。

理系のクラス担任のS先生から、近現代史から日本を見るような授業をしてもらいたいとの要請があったので、今回は日本が何故植民地にならず、近代国家化に成功したか?というテーマでやろうと思っている。私の専門が倫理故、まずその背景となる日本の思想文化を語ることにした。日本の思想文化は多重構造である。記紀にある「清き明き心」が農耕民的多神教で培われ、その上に大乗仏教、さらに儒教(孔子・孟子・朱子学・陽明学)がある。これらの思想は集団主義と武士道を生んだというのが大筋だ。西洋的な個人主義は、その後に付け足されていると感じである。
ついつい詳しく論じてしまいがちだが、今回はそのエキスを語ろうと思っている。清き明き心は記紀を説くのもいいけれど、「舌切り雀」でいこうかなと思っている。武士道も、今年我がクラスから参加したI君にもらったリーダー塾で語られた国際日本文化センターの笠谷先生の武士道の講義レジメから、2013年7月のJRの南浦和駅での話や東日本震災をはじめとした被災した日本人は決して略奪や暴動に走らない忍耐強さををみせるという事例を引用させていただこうと思う。その他に、仏教や儒教もいろいろ事例を用意しているのだけれど、それは教育実践後に、その反応も含めてエントリーしようと思う。

2017年12月14日木曜日

IBTの話(148) 卒業文集のこと

先日の研究発表/中江兆民と平塚らいてうの研究発表の様子
国費生の修了試験の点数も出て、今日は我がクラスの何人かの学生の進路指導をしていた。その合間に、F38の学年(私費・国費生・全5クラス)の卒業文集の我がクラスの進展を見る機会があった。I君とZ君がクラスのみんなと担当の先生方の似顔絵を描いているのだった。これがなかなか上手い。どんな内容になるか実に楽しみである。

私も卒業文集に贈る言葉を考えた。昨年は川柳でという話だったので、引用だが「不可能を辞書に加えて卒業す。」と書いた。今年は、そういう制限が無く、スペースが大きい。昔、T商業高校時代に「私が教えたこと」というタイトルで書いていたことを思いだした。こんなイメージである。

私が教えたこと。神定法と人定法。ヨーロッパの社会類型(自由な個人と不自由な共同体)、近代国家論。アメリカの大統領制。日本国憲法と議員内閣制。ロックの抵抗権。G-W-G' G'-G。需供曲線。リカードの比較優位。ケインズの有効需要。市場の失敗。株式会社。信用創造。マネーストックから見た金融政策。アジア通貨危機。FRBの金塊。ISの構造。公民権運動。HDI。センの貧困。人間の安全保障。構造的暴力。持続可能な開発。
さらに、アリストテレスの中庸(ハンバーガーショップにて)。デカルトの神の存在証明。先天的認識方式。カニ先生と道徳法則。焼きなすびと弁証法。典子は今-対他存在。人間は自由の刑に処せられている。It's Pineapple in NY.
そして、「責任ある行動」という言葉とその「実践」かな…。

私の教え子諸氏には、十分意味が通じると思う。今年は公民と哲学講座に偏っているけれど、結局同じようにスベラナイ話シリーズをやったのがバレバレ…。(笑)

2017年12月9日土曜日

IBTの話(147) 日本語研究発表

優勝チームの発表風景
昨日一昨日と、我がクラスではK先生の日本語の授業で5チームの研究発表が行われた。行われた順に記しておくと、①高度経済成長時代の政治家/池田勇人・田中角栄チーム、②日本を代表する国際人/新渡戸稲造・杉原千畝チーム、③近世日本の礎を築いた武将/織田信長・豊臣秀吉・徳川家康チーム、④明治維新の中核/西郷隆盛・大久保利通・坂本龍馬チーム、⑤日本の人権運動の先駆者/中江兆民・平塚らいてうチームである。

みんなの投票結果から決まった優勝チームは、新渡戸稲造・杉原千畝チームだった。他のチームも良かったのだが、このチームは十分な資料集めをしたうえに、寸劇を入れたりして演出面もよかった。私も知らなかったのだが、新渡戸さんも千畝さんも、洗礼名がパウロらしい。だから、タイトルが「二人のパウロの物語」になっていることだ。私が一番褒めたいのは、こういう普段の学習成果を踏まえた上での、その「一歩先に進んだ部分」だ。

K先生と感想を話し合っていたのだが、その中心は各人の日本語能力の問題である。資料を調べ、これを自分の言葉に直して語るということは極めて難しい。日本語能力が不十分だと資料を棒読みするしかない。たとえ、内容が理解できていたとしても、自分の言葉にするための語彙力が必要である。昨年と違い、今年は学生一人ひとりのおよその日本語能力を私もわかっている。4月以来の日本語の先生方からの様々な授業での情報もあり、そんな目で発表を見ていると、学ぶ方・教える方、両面から見た日本語学習の大変さが理解できる。私と言えば、そういう日本語学習で言う聴解能力や読解能力、語彙能力などはあまり考えずに社会科の指導をしている。学習内容が高度(およそ日本語の上級レベルが中心になるだろうと思う。)故に仕方ないと言えばそれまでなのだが、3年目になる来期はそろそろそういう面でのさらなる工夫も必要かなと思った次第。

IBTの話(146) 最後の授業

この3日間、ブログを更新できなかった。進学指導上のとある大きなアクシデントがあって、帰宅がかなり遅くなり、初日はブログ更新できる状態ではなく、次の日はその解決の糸口が見つかりホッとして、さらに昨日は以前のものよりは大きくないが、新たなアクシデント発生して、という感じである。少しばかり私の体調も悪化している。そんなことより、これまでなにかと弱気だった学生本人が、解決に向けてすごく前向きに取り組んでくれているのが何より嬉しい。
ところで、この件はさておき、この3日間はなかなか濃い3日間だった。昨日で私費生(つまり我がクラスの学生は全員)の授業は終わりである。実は、K市外大に合格したK君は最終日、渡日し入学手続きに行くことになっていたので、一昨日にポスト構造主義のドゥルーズとデリダの哲学史講義をやり終えた後、残りの時間を使って、昨年同様、ウーリーシンキングを実践したのだった。B組にもマレー系を中心とした4人の私費生がいるので同様にした。これまで何度も実践してきたアクティビティだが、いつも盛り上がる。この毛糸を巻いた棒を日本からスーツケースで運んできたことを知った我がクラスの生徒が感動してくれていた。こういう純粋な学生達を教えていることの喜びもまた格別である。
昨日のK君抜きの我がクラスでは、ちょっとディベートをしてみた。JICAの高校セミナーなどでやった複数のチームで行うものだ。これからのアジアはどうあるべきか?日本・中国・マレーシア・アメリカチームで、それぞれ立論させてみた。日本は現状維持、中国はアメリカの影響排除・アジア諸国でまとまっていくこと、マレーシアはさらなるASEAN諸国の経済発展を先進国の協力のもと進めること、そしてアメリカは各国が福祉を増強してそれぞれ経済発展より国民の幸福を追求すべしという立論だった。

なかなか面白い。反駁はアメリカに集中した。(笑)

2017年12月4日月曜日

IBTの話(145) INFOデーの日に

INFOデーである。昨日・一昨日とKLCCで大学のインフォメーションをしていた日本の大学が、IBTを舞台に様々な紹介活動をする日である。1年生の私費・国費生も昼から授業も休講になって様々な大学の説明を聞いていた。もちろん外部の方もやってくる。我がクラスからも通訳を引き受けてくれた学生が数人いて、頑張って中国語や英語で担当の大学の説明を行っていた。

私はと言うと、秋田大学や中央大学の先生方と様々な話をさせていただいたが、毎度おなじみの駐車場係が主任務である。今日は曇天で助かったが…。そんな私に、突然日本人会併設の幼稚園の先生が駆け寄ってきた。後でわかったのだが、幼稚園の入り口から私が立っているのが見えて、「サンタクロース」にぴったりの人だと感じられたらしい。(きっと体型だ。笑)昨年のサンタさん役が今年は無理らしく代役を捜していたとのこと。そこで私の写真をこそっと撮って、IBTのS先生に画像を送り、私の名前を聞いて、さらにノリがいいかどうかまで尋ねられたのだという。と、いうわけで、なんとなく19日の日本人幼稚園のクリスマス会でサンタクロース役を引き受けることになった。ちょうど授業もなく、断りようがない。校長やK先生も大笑いで賛成頂いた。まあ、IBTと幼稚園は同じ屋根の下で教育活動をする仲なので宜に断れないわけで…。

そんなこんなのINFOデーであった。

2017年12月1日金曜日

IBTの話(144) 祝 K市外大合格

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朝から、嬉しいニュースが飛び込んできた。K市立外大にK君が合格したのだった。この大学は、前々任校で多くのOGを送り込んでいる。国公立の外国語大学では、およそ全国3番目の難関である。私費留学生の入試では、EJUの成績も全く関係なしで、独自の英語・小論文試験を課し、面接もある。K君は、6月のEJUで、日本語も総合科目も高得点をたたき出したのだが、結局独力で勝ち取ったわけだ。併願を考えていたD大学出願で、アクシデントがあった故に、喜びもひとしおである。

マレーシアからの私費留学の道は険しい。日本国内在住の留学生は、様々な手続きも比較的容易だが、マレーシアからは書類ひとつ送るのも日数がかかり大変である。入学検定料なども、クレジット決済で海外送金が可能な大学もまだまだ少ない。

この後、入学手続き・就学ビザ習得という壁が立ちはだかってくる。IBTは「自立」を教育目標のひとつに掲げている。こういう様々な問題をクリアーしていくために、学生には自立した精神が必要になるからだ。

2017年11月29日水曜日

新しい電子レンジ

日本に一時帰国する前に、我が住処の電子レンジが故障した。動いているのだが、ちっとも暖かくならないのである。電子レンジがないと、お米を炊いた後の残り(適当な分量にわけて冷凍しておくことになっている。)を暖めることが出来ないので、妻は非常に困っていた。大好きな桃太郎の天ぷらうどんを作ることも不如意である。日本から帰ってきて、コーディネーターのJさんに見て貰ったら、「これダメね。オーナーに連絡して新しいの買ってもらうね。」と少しばかり助詞の少ない日本語で答えてくれた。

で、今日、新しい電子レンジが入ったというわけだ。マレーシアのコンドミニアムは、家具や電化製品などオーナーの趣味で揃えられている。これまでは、中国だか台湾だかわからないが、中国語表記主体(一応英語表記も小さく書かれている)の電子レンジで、なんとなくチャチな感じがしたが、今回はシャープである。おお、日本製といいたいところだが、台湾資本になっているし、そもそも生産国はどこだか解らない。(笑)とはいえ、前よりはるかに電子レンジらしい。(画像参照/上にあるのはK先生よりいただいたフィリップスのオーブン・トースターである。)

せっかくなので、最近の生活の改善状況も記しておくことにする。一時帰国した際に、枚方のイズミヤで「のれん」を買ってきた。キッチンの入り口にかけてある。料亭みたいで私は気に入っている。(本日の画像参照)ダイニングテーブルにも、NSK(業務スーパー)で購入した「ランチョンマット」があって、これまた高級感がある。のれんもマットも高価なモノではないが、なんか心が豊かになる。

今日も忙しかった。始業前から国立のS大学の経済学部のための面接指導。面接を受ける本人も大変だが、担任の気苦労も人一倍である。まあ、こういう気苦労こそが担任の醍醐味であるわけだ。そして、様々な気苦労を回復してくれるのは、落ち着ける我が住処という生態系になっている。

2017年11月28日火曜日

IBTの話(143) 偶像崇拝

マスジット・ジャメ http://kuala-lumpur.seesaa.net/article/287197626.html
哲学講義は、A・B両クラスともアリストテレスまで終了した。次はヘブライズムなのだが、4月にすでに教えている。しかもマレー系ムスリムのB組では、釈迦に説法というか、そんな感じである。モーセの十戒のところで、ちょっと私から「偶像崇拝」について質問してみた。(シナイ山を下りてきたモーゼが偶像崇拝するユダヤ人に激怒する話からだ。)

たとえば、「キティちゃんのぬいぐるみは、偶像崇拝になるのか否か」?大多数の学生の回答は、「子どものおもちゃとしてならば問題はない。」…なるほど。ならば、「キティちゃんが大きく書かれたTシャツなどはどうか?」これも大多数の学生の意見は、「普段着としては問題ない。(ただし、彼らはそういう柄の服装はほとんどしない。)」ではと、私が質問した。「マスジット(=モスク)・ジャメ(KLで最古のモスク)の入り口に、人の顔や動物などが書かれた衣服での入場禁止と書かれていたが、偶像崇拝ではないのか?」これに対し、数人の学生の意見。「モスクにおいては礼拝の集中を妨げるが故に禁止されている。」…なるほど。では、「(礼拝中に最も視界に入る)背中にそのような柄があったり、おしりに書かれていたり、靴下の裏なども、そのような柄は禁止か?」「当然である。(笑)」

まるでシャフィーイ派法学のフィクフを聞いているような感覚である。この時ばかりは私と学生の立場が完全に逆転である。(笑)ソクラテスの無知の知を語った後だし、イスラム理解は、疑問点を学生に聞くのが最も早いのだった。

2017年11月27日月曜日

IBTの話(142) 大車輪

EJUが終わっての2週間のスクールホリデー明け初日である。今日は変則的な時間割で、1限目が我が担任の私費生のA組、3・4限目が国費生のB組。今年も哲学講座の開幕である。(以前からの学生の希望である。)センター試験対応ではないし、大学の教養で哲学をとっても差し支えないようにするという程度の基本ポリシーなので、一気に進めていく。哲学の命題は、自然・社会・自己自身という3つあるという話から始めて、1コマだったA組は、ソフィストのプロタゴラスまで、50分多い2コマのB組は、ソクラテスまで終わった。途中、ギリシア神話ではエディプス神話とエディプスコンプレックスを教えたりしたのだった。(心理学をやりたいという学生を減らすために、EJUが終わるまで教えなかったのだ。特に国費生は心理学希望者が多いが、もう既に志望先は決定している。)かなりのスピードの講義ではある。

これに5限目は、日本語の研究発表の準備で、会議のあるK先生に代わって私がA組に入った。入試で日本に行ってまだ帰国途上の学生もいるので、全員が揃っているわけではない。とにかくこれからの準備を進める上での計画を立てさせることを主題にした。特に西郷・大久保・龍馬組などは、かなり日本史を教えておかなくてはならない。少しばかり講義した。かなり大変だと思う。一方、スクールホリデー中の2週間、よく調べてきている班も多々あったりして、なかなか期待大である。特に、新渡戸・杉原千畝班などは、日本語大好きのI君が、私が貸してあげた新渡戸稲造の名著「武士道」(岩波文庫)を読破してくれていたりする。

と、いうわけで、今日は4/5コマの授業だったわけだ。大車輪というタイトルは、そういう状況を表現してみた。

ところで、今日は休み明け故にクラスの学生から様々な報告を受けた。予想外に早く私大の合格通知がきたという嬉しい報告や、一方で書類が間に合わなかったのでD大の受験が不可能になったという心臓に悪い報告もあったし、合格した私大への申請書類の質問もあった。就職活動の報告もあったし、明後日に渡日する国立のS大学に、11月のEJUの結果を成績登録する旨の連絡(国際電話とメール)も送って話をつけた。さらに別の国立のS大学の特別入試が今日から始まり、その指導にも追われた。と、いうわけでゆっくり休憩する暇もなかったわけだ。追い打ちのように、卒業文集や私費生の卒業式の歌の係も決めなくてはならなかったし、日本から妻が送った荷物も届いたりと、いやあもう大変。(笑)

身体は大いに疲れたけれど、楽しい一日だった。妻の手料理に舌鼓を打ちながら、そんな風に振りかえれること自体が幸福なような気がする。