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2025年1月13日月曜日

大学ラグビー決勝

https://www.instagram.com/patrick_yu810/p/DEwF4AoSqCw/?img_index=1
ラグビーの大学選手権は、帝京大が早稲田大を33-15で勝ち、4連覇した。実は大学選手権の決勝を見たのは、私がマレーシアに行った2016年以来である。なぜ明瞭な記憶があるかと言うと、この時、帝京が優勝し、その圧倒的強さに驚いたのであるが、まさかその帝京大学系列のPBT(帝京マレーシア日本語学院)に4月から行くことになるとは思いも寄らなかった。まさに奇遇だっただからである。

実はPBTで勤務している間に、帝京大学の総長に授業見学していただいたし、歓迎会で直接お話もさせていただいた。当然話題はラグビー部の話である。そういう関係もあって、やはり帝京大学を応援してしまう。マレーシアから教え子もかなり送った大学でもあり、当然と言えば当然なのだが…。

一方、早稲田大学との関わりの1つは、商業高校時代に先輩の先生方から、ラグビーのジャージを皆で注文しようという話が出て、私は迷わず早稲田のジャージにした。この早稲田カラーは一時期、私の代名詞だったのだ。まあ、帝京よりは遥かに薄い関係性である。(笑)ただ、学園から応援団に入った教え子もいるし、スポーツ推薦で送り出した教え子も早稲田にいる。今日の映像は、TVのない我が家としては、おそらく個人撮影であろうYouTubeで見たので、応援団が出動していたのかどうかはわからないのだが…。

とまあ、言うわけで両方(8:2で帝京かな)応援していたのだった。高校ラグビーより迫力があるのは言うまでもない。最後になったけれど、帝京大学、4連覇を称えたい。。

2021年3月25日木曜日

F36の教え子の大学卒業

初心和するるべからず F36国費生が日本に向かった時 KLIAにて
私がPBT(当時はIBT)に入った頃の学生(F36)が留学していた日本の大学を卒業した。今回、私の誕生日を知らせるFacebookで、たくさんの教え子諸君からメッセージをくれた。実に懐かしくまた嬉しい。F36Aは、中華系の私費学生とマレーの国費生が混ざったクラスで、優秀だった。F36Cはほぼマレーの国費生で、これまた優秀だった。私の知る限り、最も勉強熱心だったと思う。今から思うと、私のEJU(日本留学試験)対策の社会科は、経験を増すごとにわかりやすくなっていった。日本ではベテランでも、マレーシアでは新人だったからだ。

今、四国にあって、関西弁のパーセンテージは、大阪にいる頃(完全100%)よりだいぶ少なくなっている。30%くらいではないだろうか。(もちろん妻と話すときは100%だが)これは、PBTで矯正されたものであると思う。日本語学習を始めて1年くらいの学生に、関西弁は難しい。授業では、かなり意識していたつもりなので、そのくせがついてしまった。(笑)

とはいえ、初期のF36では、関西弁がほぼ100%で、ずいぶんと聴解するのに苦労させたと思う。最初の授業など、関西弁でアジア通貨危機について大阪の高校生相手同様にバンバン話していたのだから…。ほんと、F36の学生諸君が優秀で良かったと思う。後の学生より難しく教えたのにF36Cの国費生は、EJUの社会で歴代最高平均点をたたきだしてくれたのだった。私は実に恵まれたスタートを切ったのだった。

そんな彼らがもう、大学を卒業する。一番日本語が苦手で心配したB君も無事T大学を卒業したという。彼は優しく、ムスリムとしても優秀だった。ラマダン明けの食事会の時、まずデーツ(なつめやし)から食べてくださいと教えてくれた。私がマレー人と同様、手で食べているのを満面の笑みで喜んでくれたのだった。ただ、日本語は苦手で、EJUと修了試験を経て日本留学が決定した時は感激して号泣していたのを思い出す。夏休みに日本人の友人と共にPBTに来てくれた。成長した日本語に実に驚かされもした。

彼らの本当の出発はここからだ。日本に残る者、マレーシアに帰る者、それぞれだが自分の進むべき道を歩んで欲しい。

2021年3月7日日曜日

私のお勧め大学


YouTubeで、ある東京の個別指導塾の2人の番組があって、いろいろな大学の話をしていて面白かった。その中でお勧めの大学の話があった。もちろん、個人的主観なのだが、私にもある。本年最後のサクラが咲いたこともあるし、そんなエントリーもしておこうかなと思う。

大学は千差万別、旧帝大がもちろんいいのはわかっているが、ここでは省こうと思う。もちろん、私の経験に基づいた主観だし、文系ONLYの話である。

まず国公立大学編。北からいくと、北海道教育大学(ESD教育も盛んで僻地教育コースなどもある。PBTから1人行った。)国際教養大学(秋田にある、知る人ぞ知る、英語ONLYの講義の超実力派の大学。図書館は俊逸で大阪の教え子2人が行った。)秋田大学(国際資源学部がいい。経済学的な視点や文化人類学的な視点などなかなか多様で面白い。PBTからF36・38・42と送った。)筑波大学(元東京教育大学。最先端の学問が行われているイメージあり。PBTから2人行った。)一橋大学(文系の単科大学。ここの社会学は凄いと思う。PBTから1人行った。)横浜市立大学(ここに大阪の教え子2人が行った。かなりカリキュラムがいい。)都留文科大学(今年三崎から生徒が行く。公立の文系の単科大学。カリキュラムが面白い。)静岡県立大学(ここの国際関係はすばらしい。現在F40 のJ君在学中。)滋賀大学(経済・経営系の国立単科大学。近江商人の歴史がある。留学生への配慮が深い。PBTから2人行った。)神戸市立外国語大学(大阪外大が阪大外国語学部になってから、大阪の教え子多数とPBTからも行った。小さい大学なので、良きキャンパスライフは望めないが悪いことは聞かない。)奈良教育大学(関西でのESDの中心の教育大学。大阪から2人行った。)福岡女子大学(県立大学。PBTから2人送っている。留学生への対応は最高だと思う。)長崎大学(いろいろな面で他の国立大学と違う面白いコースがある。PBTから2人行った。)

私立大学では、関関同立はみんな教え子(大阪からもPBTからも)をたくさん送っているが、それぞれ良さがある。同志社のキャンパスも関学のキャンパスもいいし、教授陣も豊かである。同志社に入ったL君は、その自立した自由さに向いている。立命館はちょっと左派で、リベラルなF40のJ君好みか。H君の関学もKさんの関大もいい。総合大学の良さがある。関関同立の出身の先生もたくさん知っているが、微妙な差異があって面白い。ちなみに同志社女子大学もお勧め。もちろんESD絡みである。(大阪で1人送った。今は小学校の先生をしている。)

東京では、ICU(国際教養大学:リベラルアーツで語学が重視されている。早慶並みの難易度。PBTから1人行っている。)早稲田大学(私は福沢諭吉が嫌いなので、早稲田派。PBTから1人行っている。やはり人脈が凄いのが魅力。)MARCHでは、私は中央大学を推す。国際理解教育学会で行ったことがあるし、PBTに来てくれた中央大学のスタッフも懇意で、今回三崎から生徒が行くのが嬉しい。そして、昔大阪から送ったし、今A君が通う立命館アジア太平洋大学。学長が凄い人物なのと留学生が多く総合的に面白いカリキュラム。孔子学院があるのが気になるところだが…。

私の長年の進学指導で、教え子をお勧め大学に導いているのか、それとも偶然か?送りたい大学にかなり教え子が行っている。これもまた幸せなことである。

2019年9月6日金曜日

Special Thanks MY

あと数時間でマレーシアからの配信ができなくなる。私が住処で使っているTMのシステムを撤去することになっているからだ。日本の自宅に帰るまでは通信不可能になる。マレーシアにいる間に、お世話になった方々に最後に御礼をしておきたい。

まずはPBTの教職員である。K先生やS校長先生はじめ、多く方にお世話になった。すでにメールで各先生方に御礼を述べたが、2月に帰国されたM先生には特にお世話になった。Dマートでの野菜の買い方に始まり、下校時に何度同乗させていただいただろう。マレーシアでの観劇や、演奏会などはM先生郷夫婦に連れて行っていただいた。インドの奇祭タイプーサムもそうだ。感謝してもしきれない。是非日本で再会させていただきたいと思っている。
次に、PBTのある日本人会のワーカースタッフ。ほとんどがバングラディッシュの人だ。朝からずっと清掃作業に励んでいる。PBTの行事にも彼らにお世話になった。何度挨拶を交わしただろう。何度ありがとうと言っただろう。4月にセキュリティースタッフが替わった。こちらは、マレー系とネパール系。同様に、毎日挨拶を交わし、笑顔をいただいた。彼らの陰の働きにいつも感謝してきた。日本人会の旅行社のCさんにもパース旅行で大変お世話になった。日本人会、万歳。ますますのご健勝を祈りたい。
我が住処のセキュリティーとワーカースタッフ。我が住処のセキュリティーは特にフレンドリーだ。長年勤務されているので、住民を熟知してくれている。(KLでも珍しいらしい。)女性スタッフも常に清掃作業に勤しんでくれており、古いコンドだけれどいつも清潔で綺麗だ。我がB棟の担当の若い女性ははインドネシア人である。
我が住処のコーディネーターであるJ女史には、家賃やネット、水道などの支払いをずっとお願いしてきた。B棟内の引っ越しでもお世話になった。日本語のできる彼女がいなかったらどうなっていただろう。住処の中華系カフェのおじさんにもずいぶん世話になった。特に妻が来馬するまでの期間、カフェのおかげで生き延びたといっていい。

街の清掃作業をしてくれている人々にも感謝だ。スコールの後、町は落ち葉や枝が散乱しすぐ汚くなる。彼らがいなければ快適な暮らしはないと言っていい。彼らの中で1人、朝のバス停で会い、挨拶を交わす友人がいる。彼は自分の仕事に誇りを持っているようで、いつも背筋を伸ばして堂々と歩いてくる。私は彼らの所得が気になるのだが、言葉が通じないのでついぞ聞く機会はなかった。KLは彼ら外国人労働者に支えられているといっていい。

650番のバスの運転手とバス友にも感謝だ。私は朝7時過ぎに住処のバス停からバスに乗る。同じバス停で待つ、中華系のTさんコンビ。先に乗っていて挨拶をかわす中華系の女性。途中から乗ってくるナイスガイのインド人。(彼は昔日本人会で空手を学んでいた。今は腰を痛めていて心配だ。)一度バスで転倒した中華系のおじいさん…。MBMRに働く中華系の女性もいるし、挨拶をするバス友は、あげたらきりがない。彼らとのちょっとしたコミュニケーションがマレーシア生活が豊かなものにしたと思う。

こちらで縁を結んだ友人たちにも心から感謝を述べたい。現地で起業してたり、ローカルの人々を使っている半導体ビジネス関係の話は、現地の姿を浮き彫りにしてくれた。こういう情報が生きた社会科の授業の源となった。友人たちの益々のご健勝を祈るばかりである。
最後に、IBT・PBTの学生諸君である。F36A・B、F38A・B、F40A・B、そしてF42D・Eの学生諸君には様々なことを教えてもらった。日本の教育現場では味わえない経験もさせてもらった。特に最初のF36には関西弁まるだしで、しかも日本とあまり変わらない授業をしてずいぶん迷惑をかけた。(EJUの成績は抜群だったけれど…笑)担任だったF38 Aでは強くしかったこともある。その反省もあってF40Aはしからなかった。F42の諸君には途中で退職することになったが、厚情で接してもらった。全ての教え子諸君に感謝である。

改めてマレーシアで出会った全ての人々に心から感謝したい。
Special Thanks MY. ほんと、おおきに…。Katabiranotsuji

2017年1月4日水曜日

日本人会会館のスタッフに捧ぐ

クアラルンプール日本人会館 正面玄関側 HPより
我がIBTは、クアラルンプールの日本人会の会館内にある。ここには、事務局を始め、セキュリティや、清掃・メンテナンスのスタッフ、テナントのスタッフなど多くの人が常時働いている。

ところで、マレーシアには、マレー系、中国系、インド系の三大エスニックグループの人々の他にも様々な国の人々が働いている。正直なところ、私には、なかなか見分けがつかない。

いつも挨拶をする管理のスタッフのボスがいる。、「センセイ、オハヨウゴザイマス。ゲンキデスカ?」と言う感じで話しかけてくれる愉快な人だ。新年になって、掃除の女性スタッフが変わったようだ。マレー系の女性だったのだが、トウドゥン(スカーフ)を被っていない。で、ボスにサバイバル・イングリッシュで聞いてみた。すると「彼女はインドネシア人ですね。」「なるほど。セキュリティのスタッフには、ネパールの人もいるよね。」(これは、セキュリティスタッフが先日教えてくれた。)「いますね。私はバングラディシュ人。」「ええ~!?マレー人だと思っていたよ。」ボスは、金曜日には、いつもイスラムの礼拝服を着ているので、マレー系だと私は信じていたのだった。もちろん、バングラディシュ人もムスリムであるが…。見た目では、全く判別がつかないのだ。多民族共生のマレーシアの一面を覗かせてもらったのだった。

ちなみに、セキュリティや清掃管理スタッフの人々と私は、すこぶる仲がいい。いつも笑顔で挨拶し合う。おそらくは、上から目線で彼らと接していないからだと思う。一日中、セキュリティは入り口で見守ってくれているし、清掃スタッフはなにかしら会館内を清掃してくれている。おかげで、会館内はいつも安全、かつ清潔に保たれている。感謝するのは当たり前だと私は思っている。そういう気持ちが、彼らに言葉を超えて伝わっているのだと思う。同時に、彼らの賃金はどれくらいなんだろうと、経済格差の問題をついつい思慮してしまうのだった。

ESDだ、地球市民だなどと、偉そうに言っても、そういうところから始めなければ、何も変わらないと私は信じている。

2016年12月31日土曜日

IBTの話(66) 私費生用PP完成

昨日は午後半休をとった。とはいえ、自宅で私費生の国立大受験対策の3回目の講義用のパワーポイントを完成させたのだった。(笑)第1回目の講義は、工学を志す生徒に、世界の問題を知らしむることを主眼として、持続可能な開発目標について語る。第2回目の講義は、その目標が定められた原因を近代国家論とグローバリゼーションから見てみる。第3回の講義は、世界の現状を語ることにした。POST TRUTH をまずキーワードに、イギリスのEU離脱、アメリカ大統領選挙のトランプ氏の勝利を説明し、さらにロシア・中国の動きから「近代の逆走」という現象を明らかにする、という内容である。
アニメーションを駆使して、かなり凝った内容になってしまった。社会科学を久しぶりにやる生徒にとっては、難解かもしれないが、90分3コマという時間的制限の中では、これが誠意一杯というところ。
当然ながら、教材研究のために、だいぶ私自身もいろいろな事を調べた。こういう挑戦的な教材研究、なかなか楽しい。続いて、マレーシアハンドブックを熟読しながら、理系の国費生への教材研究に邁進する。

2016年12月28日水曜日

IBTの話(65) 1月の私費生用PP

このところ、1日中ずっとパワーポイントとニラメッコしている。(笑)1月に行う理系の私費生国立大学受験者用の教材作りである。3回あるので、パワーポイントも3展開、プリントもそれに合わせて作成中である。今日、やっと2講義目が完成し、3講義目に突入した。

1講義目は、理系の学生が社会科学を学ぶ意義を、ノーベルの”贖罪”から、科学技術の罠の話へと持っていた後で、理系だからこそ現在の世界の問題に目を向けて欲しいと説いて、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」へと進んでいく。これを紹介するのだが、日本の外務省のつくった和訳は極めて難解である。簡単に説明し直してから、マレーシアの現状とSDGsを比較、何が充足していて、何が足りないかという論点で、残った時間に討論をさせたいと思う。先日見た日本語の授業での発表の感じなら、なんとか議論が成立するような気がする。

2講義目は、持続可能な開発目標が作られた理由というか原因を探っていく。まずは人口の増加グラフを見せる。(意外にこういうグラフを元にした小論文試験が多いらしい。)なぜ人口が増加したのか?これは社会科学的にも面白い問題だ。人口支持力がUPしたわけで、様々な角度から論じる。で、結局近現代の歴史は、近代国家の形成の歴史だということになる。その国家が今は密接に自由貿易体制、経済で結びついていることを論じ、グローバリゼーションの説明になる。このグローバリゼーションこそ格差を生んでいる最大の原因であるといえる。最後に持続可能な開発目標にもどり、それぞれのゴールを整理してみる、といった構成である。

今日の画像は、2講義目の最後の方、持続可能な開発目標の整理である。アニメーションをつけてあるので、17のゴールはひとつづつ整理されていくようになっている。莫大な時間と労力がかかったけれど、ちょっと達成感がある。(笑)

2016年12月27日火曜日

漫画 ポーランド・ボール

左からマレーシア、シンガポール、オーストラリア、パプアニューギニア
今週はスクール・ホリデーでなのだが、学校で教材研究をしていた。例の私費の国立大学受験者向けの講義のために、ひたすらパワーポイントをつくっていたのである。私は、パワーポイントについてはひどく凝り性である。高校時代のデザイン科の血がどうしても騒ぐのである。

グローバリゼーションの「周縁化」をイメージするために、円形の国旗を検索していたら、変な画像を見つけてしまった。様々な国の国旗なのだが、どうもイラストというより漫画っぽい。これは、ポーランド・ボールという漫画。なかなか可愛いし、日本語訳がついていて、面白い。つい見入ってしまった次第。

「ポーランド・ボール」というタイトルなので、ポーランドが主人公なのだと思い込んでいたが、以下にに紹介する回は、赤白の国旗君はインドネシアであった。うーん、たしかに調べてみるとポーランドとは、白と赤が逆さまである。(笑)東ティモールとインドネシアの会話から始まり、マレーシアも出てきて、なかなか楽しい展開の漫画になっている。ついつい、お気に入りに入れてしまった。

読者の方も是非一度覗いてみてください。

http://blog.livedoor.jp/pacco303/archives/68253565.html

2016年12月22日木曜日

IBTの話(64) 私費生卒業式 '16

ラザク先生のお孫さんのスピーチ
F36の私費生の卒業式である。4月から私はAクラスを教えてきた。比較的おとなしい、よくできる華人の生徒たちをまず送り出すことになった。すでに私大合格をした生徒もいるが、これから国立に挑戦する生徒もいる。一昨日EJUの結果が意外に早く来て、悲喜こもごもではあったが、かなり高い点数を取ってくれた生徒が多い。私は大いに生徒に恵まれたわけだ。

今日の卒業式で特に印象に残ったこと。
その1は、来賓である日本大使館の一等書記官の方のスピーチである。先日エントリーした「POST TRUTH」の話が出た。イギリスのEU離脱とアメリカ大統領選で、今世界のマスコミも含めたエリートの発想・常識をひっくり返すような事が起こったと説き、IBTの留学生には、日本の大学では単にエリート的な学識だけでなく、世界をひっくり返した人々の意志をくんだ学びを期待したいという趣旨だった。式後、少しお話を伺った。「おそらく文系の生徒はその意味を多少なりとも理解したと思います。」と申し上げると、喜んでいただけた。在校中のF36の国費生にも、この内容は改めて1月に講じたいと思う。

その2は、ラザク先生のお孫さんが、IBTに奨学金を授与しに来られたことである。ラザク先生とは、11月6日付ブログで紹介した、WWⅡ中に日本占領下のマラヤから、日本に留学し、東京大空襲、ヒロシマの原爆を経験したマレーシアの日本語教育の先駆者である。ラザク先生の意志を継いで、日本への留学生に奨学金を送っていただいているのだった。なんと、ありがたいお話であろうか。お孫さんのお話は英語だったので、よく理解できなかったが、おそらくラザク先生の箴言を語られたのだと思う。生徒も真剣な面持ちで静聴していた。
卒業生のコーラス
その3は、生徒のコーラスである。日本の新しい歌のようだが、誰の何という歌かわからないけれど、卒業式に見事にマッチしたものだった。ピアノ、ギター、パーカッションも、そして準備にかかった時間の早さもなかなかたいしたものだったと思う。

記念撮影の後、会食会があり多くの生徒と歓談した。その際に、Aクラスからコメントの書かれた冊子というかマレー系の布でできたアルバムをもらった。栞には私の似顔絵が描かれてあり、授業でよく使ったコトバが書かれていた。ありがたいことだ。これまでにも、卒業式でこういう記念品を生徒にもらうことが度々あったが、今回もまた格別な思いがある。

遠くマレーシア後に来て、妻にも大いに苦労をかけながら、今日という日を迎えられたと思うのである。改めて感謝したい。

2016年12月21日水曜日

マレー・ジレンマ (1)

先日、現代アジアの肖像14「ラーマンとマハティール」(岩波書店/藤原宜之著/1996年2月5日発行)を読み終えた。日本に帰国した際にアマゾンで手に入れた中古本である。せっかくマレーシアに来たのだから、マレーシアの地理も歴史も文化も出来るだけ理解を深めたいと考えたわけである。

この本は、マレーシアのイギリス植民地時代から、マハティール第4代首相の治世までを概観したものである。すでに20年前の本だが、マレーシアの歴史に関しては、全くの白紙状態に近い私には絶好のテキストとなった。

4月当初、マレーシアの政治経済の現状については、在馬日本大使館の資料で急いで調べた。この時の学びは、その後の授業でも大いに役立った。マレーシアのことに無知な教員が、上から目線で日本の経済や政治を講じることの傲慢さを排することに役立ったと思う。この本では、その現状の前提となる歴史を掘り起こして学んだといっていい。この本についても何回かにわけて、備忘録的にエントリーするつもりである。

何より印象に残ったのは、タイトルが示す通り、「マレー・ジレンマ」という語彙である。これは、民族融和を優先した初代首相のラーマンに対して、次世代のリーダーとして頭角を現し、後に第4代首相となるマハティールが書いた本の題名である。1965年の「5月13日事件」(民族対立が表面化した事件。詳細は後述したい。)の原因について、何が間違っていたのかを問うたもので、マレー人の貧困の解消と経済構造の変革を目指すプ三プトラ政策の基盤となったものである。

この本の、いや現在のマレーシア理解にとっても核心といって過言ではない語彙である。書評をエントリーするに際して、じっくりと重要部分を読み返しながら再読していこうと考えている。

ところで、1月から理系の国費生の授業も入ってくる。私費生の国立大学対策とは異なり、時間数は8時間いただいた。彼らも社会科の授業はかなり久しぶりらしい。日本の大学で学ぶにあたって、教えたいことは多々あるが、マレーシアと比較しながら教えてみてはどうか、というアイデアが浮かんだのである。この本を読みながら、植民地化されたマレーシアと植民地化を免れた日本、州のスルタンから国王を選んでもらい5年ごとに国家元首としながら議会制民主主義を行うマレーシアと、象徴天皇制のもと議会制民主主義を行う日本。イスラムを国教としつつ多文化共生を実現しているマレーシアと、良きにつけ悪きにつけ単一民族国家たる日本…。共通点と相違点を洗いながら、授業を展開しようかと考えたわけだ。年末にかけてスクールホリデーもあるし、教材研究の時間的余裕もある。

この土曜日、念願のマレーシア国立博物館の日本語ツアーに、妻と2人で参加申し込みをした。これも、1月からの教材研究の一環である。貪欲に吸収していきたいと思っている。

2016年12月15日木曜日

IBTの話(63) 多忙の極み

私は、かなりの「段取りマン」だと自負している。仕事も決して遅くないし、なにより仕事の優先順位を間違うことはほとんどないのだが、IBT1年目の試練であろうか。
国費生の修了試験の採点を重視しすぎた故に、私費生の提携校のT大学の進路書類の提出が今日の2時だったことをすっかり忘れていた。担任のK先生にご迷惑をおかけしながら、なんとか2人分、間に合ったのだが、反省することが多かった。失敗の蓄積が経験値となる。今年の進路指導は、わからないことだらけで大いに振り回された。進路書類は手間のかかる仕事だが、生徒の人生がかかった大事な仕事である。これからのためにも次年度どうすると効率的で間違いが少なくなるか、ゆっくり考えをめぐらそうと思う。

ところで、今日の5時間目は、昨日に続き今度は国費生中心の文系クラスの社会科初授業に参加したのだった。日本語については、私費生より1か月遅いのでやはりまだ力の差が見えるが、国費生らしくまたマレー系らしくいたって素直な生徒たちであった。国費生を教えるのも楽しみだ。私の授業が始まるまでに日本語の力を上げておいて欲しいと指導しておいた。

さて、今日の画像は、暇を見つけてはコツコツと取り組んでいる1月から始まるF36の理系の私費生(実は1月には卒業しているのだが…。)のための授業のパワーポイントのタイトル画面である。こちらで買った気にいってるTシャツのイラストを使ってみた。

…12月中の授業は一気に無くなったのだけれど、今日はホント信じられないくらい忙しかったのだった。ふう~。

2016年12月14日水曜日

IBTの話(62) F38の授業を覗く。

貸し出した地図帳
先日帰国時に激励した浪人生のA君から、滑り止めで受けた私立のK大学に合格したとメールがあった。着実に力がついてきたことの表れである。人気の高い大学で、決して簡単に合格できる私大ではない。センター試験・その後の前期試験までアルファー波で頑張ってもらいたいと思う。

さて、IBTである。今週は国費生の修了試験があって、地歴・公民の試験は昨日今日で終了した。詳細についてはブログでエントリーできないほど、重みのある試験である。

採点をしていたら、隣のT先生が、5限目にF38(今私が教えている生徒の下の学年にあたる)の文系の私費生クラスで初授業を行うとのこと。地図帳を貸し出したり、プロジェクターを用意したりと一人では大変なので、私も覗きに行くことにした。いずれ、彼らに私も公民を中心に教えることになるし、どんな生徒がいるのか知りたかったというのもある。(日本語能力がまだまだ政治・経済を学ぶには厳しいので、まずT先生に地理を中心にやってもらうことになっている。)

なかなか元気なクラスであった。F36の私費生のAクラスは、極めて真面目で静かなクラスだったので、少しばかり雰囲気は違う。T先生の醸し出す、社会科を共に楽しく学んでいこうという雰囲気もあると思う。一人ひとり自己紹介をして、その都度地図帳を貸し出していく。1年間使うものだ。

やはりと言えばやはりなのだが、自己紹介を聞いていると、ほとんどの生徒が日本語を学ぶきっかけは、日本の漫画やアニメ、そしてTVドラマなどであった。これは、F36の生徒にも共通しているし、前々任校のアメリカの姉妹校の生徒とも共通している。(笑)彼らの読んでいる漫画やアニメの名前は私の知らないものばかりだった。(笑)

私も少し自己紹介した。来年のEJUで160点を取らせたい、とちょっと風呂敷を拡げてみた。その時の彼らの真剣な顔は、やはりIBTの生徒の顔だった。来年度も大いにロマンをもってやれそうだ。

2016年12月10日土曜日

IBTの話(61) 理系生徒の発表

https://www.flickr.com/photos
/caoto/8107830184
IBTで、私は文系の生徒を教えている。理系の生徒と授業で接する機会はほとんどない。しかし、1月から国立大学をめざす私費生に週1コマの「社会事情」、国費生に週3コマの授業(これにはまだ名前がついていない。笑)を教えることになっている。そんな状況下、理系Dクラスの私費生にとっては最後の授業の日だった昨日、日本語の授業で、研究発表が行われた。理系の彼らは、IBTに入ってから、いや高校の2年間(マレーシアの高校の就学年数は2年間。)も歴史や地理、政治経済などの授業を受けていない可能性が高い。だから、はっきり言えば文系の生徒より、社会科の基礎知識のレベルは低いらしい。とはいえ、どれくらいなのか、知りたかったので、金曜日は授業がないのを幸いに2時間分、見に行ったのだった。

お題はそれぞれ「ノーベル賞」と「アメリカ大統領選挙」である。指定されたお題をくじ引きで担当しているらしい。他のお題もあるのだが、私が見たのは、この2つである。日本語の能力も、文系に比べて少しばかり厳しいかもしれない。理系生徒は、数学・物理・化学もやるので、カリキュラム的にもいっぱいいっぱいなのだ。社会は、日本語の能力が大きく影響するが、数学や理科は、日本語以上に理系的な頭脳を鍛える必要があるので、単位数も多いわけだ。

さて、研究発表である。パワーポイントも使っての発表である。「ノーベル賞」については、残念ながら、その存在理由が明かされていなかった。ノーベルの遺言。ここが重要なのだけれど。理系の生徒が知っておくべきことだ。理系の罠とでもいえばいいのだろうか。ダイナマイトの発明者で巨大な利益を得たノーベルは、「死の商人」などと呼ばれていた。そこで財産を後世の科学振興のために拠出したこと、つまりは贖罪である。今やノーベル賞の価値は、たしかに高いし、どうしてもそちらに目が行くけれど、日本で工学を学ぶ理系の生徒には何よりここは抑えてほしかったところだ。自然科学は、人の暮らしを良い方にも悪い方にも進歩させる。自然科学をやる人間こそ哲学が必要なのだ。

「アメリカ大統領選挙」の方は、かなり調べていたけれど、やはり様々な情報が玉石混交していて、どうしてもまとまりに欠けた。先日のトランプ勝利の話が中心になったけれど、憶測的な、社会科学的には看破できない発言内容もあった。まあ、当然であると思う。そんなに簡単に地政学的な話をされると私も困るわけだ。(笑)でも、彼らはかなり興味を持っていることがわかった。これが最大の今回の授業見学の成果かもしれない。

彼らの多くは、日本の国立大学の工学部を目指している。研究者や技術者として、マレーシアの今後を支える貴重な人材である。心して教材づくりをしようと思う。私費生の「社会事情」の導入は、「ノーベル賞」の存在理由から、と決めた。

2016年12月9日金曜日

IBTの話(60) POST TRUTH

http://y98.cbslocal.com/2016/11/16/the-word-of-the-year-for-2016/
昨日の放課後、物理のM先生から「”Post truth”についてどう思われていますか?」と唐突に質問を受けた。「何ですか?それ?」と私。およそ説明していただいて、それなりに私の思うところを述べたのだが、帰宅後、調べてみると、オックスフォード英語辞典の2016年を象徴する今年の単語であった。M先生は、マレーシアの英字新聞をよく読んでおられるので、ご存じだったようだ。なかなか知的な会話である。職員室という空間はこうでなくてはならない。(笑)

この”Post truth”の意味は、朝日新聞のデジタル版によると、「世論形成において客観的事実が感情や個人的信念に訴えるものより影響力を持たない状況」という、極めて難解な直訳になっていた。私は、”Post”を「後ろの」という意味で受け止めていたが、「重要でない」という意味らしい。要するに、「真実が重要でない」という状況という形容詞であるわけだ。
http://answersafrica.com/oxford-dictionary-crowns-post-truth.html
ちょうど、ポスト構造主義をIBTの生徒に教えた直後なので、ドゥルーズ=ガタリの哲学をもとに考察すればわかりやすい。昨日、M先生に私の意見を述べたが、それはこれらの哲学的考察から導かれたものである。日本の論壇では、この”Post truth”、内田樹先生風に言えば、”反知性的な”という語に置き換えることが可能か、と思う。ポピュリズム批判に使われる語でもある。ウクライナ問題、南沙諸島問題、EUの反シリア移民的政策、英国のEU離脱、トランプ現象、韓国の朝鮮戦争停戦中にもかかわらずの朴大統領弾劾…。これまでの常識的な社会コードが、次々と崩壊し、リゾーム化しているわけだ。

…30年前に浅田彰の(ドゥルーズの哲学を紹介した)「逃走論」などを読みながらも、「スキゾ」という概念が、もうひとつピンとこなかった。それが、今は、スマホを持ったヒトがそこら中にいる。それぞれが、SNSや音楽やゲームに浸っている。昔は考えられなかったまさにスキゾな光景である。哲学は、やはり学問の王だ。その時代のコンフリクトを映し出す。改めてそんな感想をもった次第。
http://www.asahi.com/articles/ASJCJ6F2CJCJUHBI03S.html

2016年12月8日木曜日

IBTの話(59) ウーリーシンキング

A・Cクラスとも、私費生最後の授業の日であった。最後の授業は、予定どおりウーリーシンキングを行った。日本では、やり慣れたアクティビティだが、華人の生徒やマレー系の生徒がどういう反応を示すかという点で大いに興味があったのだが、日本人の生徒以上に熱心に取り組んでくれた。今回の命題は生徒の人数の関係で、Aクラスは9個の命題、Cクラスは10個の命題で行った。命題は次のとおり。日本の場合と少し変えてみた。

1.エネルギー 2.教育 3.環境 4.平和 5.経済 
6.領域国民国家 7.グローバリゼーション 8.リベラル・デモクラシー
9.日本のアニメ 10.マレーシア

最後の総合科目の授業であるし、総まとめとしてちょっと難しい命題も入れてみた。また、「日本のアニメ」については、多くの生徒が大好きなので、盛り上げるために設定してみた次第。

ゲーム中に交わされた対話は、かなり高度なものになった。特にAクラスでは、国費生の男子がよく頑張ってくれて、たとえば、環境と日本のアニメの関連性などについても、具体例を述べるように要請していた。このアクティビティの最も面白い部分を見せてくれたと思う。このアクティビティは、極めて知的なものなのだ。こういうことは、ずいぶん久しぶりである。ちなみに、日本のアニメと環境の関連性について、両クラスで質問してみた。宮崎駿のアニメには、環境関連が多いことを確認したのだった。私が第一に浮かんだのは「平成狸合戦ポンポコ」だが、「もののけ姫」や「となりのトトロ」、そして「風の谷のナウシカ」など、実に環境をテーマにしたものが多い。日本のアニメは、そのほかにも様々な命題に取り組んでいることを再発見したのだった。

マレーシアならでは、というゲームの進め方についても記録しておこうと思う。マレー系の生徒は男女の接触を禁止されている故に、毛糸を結びつけたりする際接触する可能性の低いスタンドプレーヤー(交渉を受け付ける側)に男子を置いた。毛糸を持って結びつけるのは専ら女子にしたし、男子に毛糸を巻き付ける際は、男子自らが行うように指導した。この辺は、気をつかうところである。(本当なら、南北貿易ゲームとともに国際理解教育学会の研究発表大会で発表したい内容である。)

蜘蛛の巣のような命題の関係性の輪が出来て、真ん中にはどんな命題があるだろうか?という質問に、様々な答えが返ってきた。答えはないのだが、私としては、「持続可能な開発かな。」と言うと、皆が納得した。これが、私の総合科目の最終講義でもあったわけだ。

2016年12月7日水曜日

IBTの話(58) 断水の余波

http://blogs.yahoo.co.jp/
kubo8181/33016598.html
昨日からIBTが入っている日本人会館が断水していて、1限目終了後、Cクラスで西洋哲学史講義を終えて職員室に帰ってくると、トイレが使えないということで、臨時休校が取りざたされるという事態になっていた。ゲゲゲ…。結局、トイレが使えないという非人間的な環境では、授業は不可能と言うことで、2限目終了段階で臨時休校になったのだった。私はAクラスで90分授業の時間を担任のK先生に工面していただいて、なんとか西洋哲学史の最終講義(ポスト構造主義)を終えることができたのだった。

それにしても、工事か何かの関係らしいが、日本では考えられない事態である。長い教員生活で、トイレが使えず休講というのは、初めての経験である。(笑)明日は、いよいよCクラスでも最終講義、そして両クラスとも2つめのアクティビティ、ウーリー・シンキングで私の総合科目の授業を終える予定である。予定通り授業が行えますように。合掌。

2016年12月6日火曜日

IBTの話(57) 西洋哲学史講義

EJUが終わって、西洋哲学史の講義をしている。生徒のリクエストによるものである。EJUの範囲を教えていて、何度か西洋哲学史に関わるような話が出てきて、かなり興味を覚えたらしい。特に、ムスリムのマレー系の生徒は、自分たちの精神的基盤とは全く異なる次元の話なので、興味津々でありながら、その差異を強く感じているようだ。

今回の講義は、日本の大学に行って、一般教養で「哲学」や「倫理学」を受講する際に、知っておいたほうがよい知識というコンセプトで行っている。だから、殊更にワープした部分もある。たとえば、ベーコンの4つのイドラ論とか、経済で話したマルクス主義とか、ヘーゲルの弁証法もその時、唯物史観の基礎として教えたので割愛。ただし、デカルトの、方法的懐疑(第一証明)から神の存在証明(第二証明)、物体の存在証明(第三証明)は、一応抑えた。またカントの先天的認識形式、道徳形而上学などもきっちり抑えた。でないと、西洋哲学の幹にあたる部分がよくわからないからだ。

恐ろしく難解な日本語が登場する講義になるが、いつもどおり、楽しく笑わせながらやったので、理解するというより、「ああ、それ聞いたことがある。」程度には講じれたと思っている。

最も苦心したのが、華人の生徒はともかく、ムスリムの生徒に西洋哲学史を理解させることである。なぜ、近代哲学でロゴスと理性(コギト)の構築がなされたのか、という事の理解が、シャりーアによって、神の理想とする世界が明確に示されているムスリムには理解しがたいと私は思うからだ。これを説明するには、キリスト教の理解が絶対必要である。

ムスリムの彼らは当然、キリスト教を学んだことがない。よって、神の律法がイエスによって否定され、ムスリムのように神の理想とする世界の設計図が失われていることを理解させる必要がある。だから、神定法と人定法の概念は不可欠であると思う。こんな話をしたうえで、デカルトの二元論(コギトと物体しか存在しない近代的な世界)を教えると、なるほど、と膝を打ってもらえるのだ。

ところで、現代哲学では、「神は死んだ」のニーチェには、かなりの違和感を感じたらしい。しかし、キルケゴールやヤスパースには親近感が生まれたようである。なかなか面白い。考えてみれば、ムスリムの生徒に、哲学史を日本語で講ずるという経験は、かなり希有なものだと思う。やはりマレーシアに来てよかったと思うのだ。

2016年12月5日月曜日

IBTの話(56) 1月の私費生講義

20か月コースの私費生は、今週で授業は終わりになる。12月22日に卒業式を行う予定になっている。その後、希望者限定で、国立大学の入試対策が1月から始まる。私は、理系の生徒に、社会事情という名の小論文のための講義を3回行うことになっている。今日は、授業の合間に、そのコンセプトを練っていた。工学部に進む生徒に国立大学は何を問いかけるのだろうか?これまで、産業革命以後の発展や人口、環境などの問題を問いかけてきたようだ。

私が大学側なら、「持続可能な開発」とは何か?を問いかける。これは、グローバリゼーションとも、領域国民国家とも大きく関わってくる。環境問題も、エネルギー問題も、貧困の問題、格差の問題とも関わってくる。

これらをチャートにしつつ、およその構想を練っていたのだった。その内容を3回の講義で整理することにした。校長先生に、その旨を伝えると、大変喜んでいただいた。

まあ、あわてることはない。じっくりと時間をかけて整理しようと思っている。時間数が少ないという事は、それだけ学習内容の精選が必要だという事である。相手は、社会科学から長く離れている理系の生徒である。大いに悩みながら指導計画を練るつもりだ。こういう新しい取り組み、実はワクワクするのだった。

2016年11月29日火曜日

IBTの話(55) 南北貿易ゲーム

本日のCクラスの実践よりゲームのスタート時
EJUが終わって、私費生は卒業まであと2週間となった。かねてより、EJUが終わったら、国際理解教育のアクティビティを行う予定をしていた。今年は、まずは定番の南北貿易ゲームをやることにした。私費生・華人中心ののA・B合同クラス、国費生・マレー系中心のCクラスで昨日今日と2日間にわたって行った。マレーシアの生徒の反応はどうだろうか。本来なら、国際理解教育学会の研究発表大会で発表してもいいくらいの教育実践である。

今回の実践にあたって、紙がA4しかないので、商品の「円形」も「三角形」も「長方形」もそれぞれ小さめのサイズにした。ハサミや定規などの数は、基本的に日本と同じにした。実践の前に、ルール説明、チーム分けと国の抽選を行い、打ち合わせに十分時間をとった。高校生の授業形式では、この戦略を練る時間こそが、ゲームの醍醐味であると私は思う。実際、A・C両クラスとも、かなり真剣に戦略を練り、交渉にも熱が入っていた。この辺は、日本と同じかそれ以上である。Aクラスでは、社会科のT先生、Cクラスでは担任のS先生の協力をいただき、それぞれ銀行業務をお任せした。コーディネーターは、当然私である。

私費生クラスでの実践:華人の生徒が多いからだと思うが、かなり効率性を重視していた。一気に商品を生産し、商品の価格変動に敏感に反応した。途上国など条件の悪いチームも、かなりのリスクを背負っても勝負に出る場面も多かった。やはり、華人の生徒は商売に対するバイタリティーがあると実感した。T先生の報告によれば、事前の折衝時に、契約書(たとえば、紙をいくらで売愛するとか、ハサミを借りる時間設定とかの細かな契約である。)を交わしていたとのこと。日本ではあまり例がない。実に面白い特徴である。生産性が高く、最終的には銀行側で小切手を発行する羽目になったほどである。

ゲーム中 みんな黙々と作業をしている
国費生のクラスでの実践:マレー系の生徒も、戦略・交渉に真剣に取り組んでくれた。しかしながら、生産性は低かった。特に円形の不良品が多かった。ことさらS先生が厳しかったわけではない。コンパスの使い方にあまり慣れていないのかもしれないとS先生。みんな真面目に黙々と作業をしていて、ゲーム中に交渉に走る生徒は少ない。この辺も国民性の表れかもしれない。

両クラスとも、日本語は上級だが、分度器という日本語は初めてらしかった。それで、事前に見せて使い方も講習した。もちろん周知の生徒もいたが、これは意外だった。こういうアクティビティは、マレーシアではほとんど行われていないようで、かなり新鮮な体験だったようだ。もちろん、両クラスとも、「ふりかえり」で大いに盛り上がったのだった。これは日本と同じ。

ともかくも、マレーシアでの南北貿易ゲーム、まずは好評のうちに終わったわけだ。先日の帰国の際にウーリー・シンキングのセットも持ってきた。哲学史の講義の進み具合にもよるけれど、最後の授業でやってみたいなと思っている。

2016年11月25日金曜日

池上彰 東工大講義を読む。

池上彰氏の「池上彰教授の東工大講義-この社会で戦う君に知の世界地図をあげよう」(文春文庫/15年3月10日発行)を読んだ。前にもエントリーした通り、理系の国費生に対して1月から行う講義のための通読である。

本の中身に関しては、わざわざエントリーするような専門的な発見はなかったけれど、理系の学生に教養としての社会科を教えるうえで、どういう視点が必要か,それと様々な細かな示唆は十分得ることができたと思う。目次は以下の通り。およその感覚がつかめる。

1.科学と国家 実は原爆を開発していた日本
2.国際情勢  世界地図から見える領土の本音
3.憲法     日本国憲法は改正すべきか?
4.金融     紙切れを「お金」に変える力とは
5.企業     悪い会社、優れた経営者の見分け方
6.経済学   経済学は人を幸せにできるか
7.世界経済  リーマンショックとは何だったのか?
8.社会保障  君は年金に入るべきか
9.メディア   視聴者が変える21世紀のテレビ
10.宗教    オウム真理教に理系大学生がはまったわけ
11.社会革命 「アラブの春」は本当に来たのか?
12.アメリカ  大統領選でわかる合衆国の成り立ち
13.中国    なぜ「反日」運動が起きるのか
14.北朝鮮  ”金王朝”独裁三代目はどこへゆく
15.白熱討論 君が日本の技術者ならサムスンに移籍しますか?


日本の東京工業大学の学生より、はるかに日本語能力も社会科の基礎知識(マレーシアでは、高校から完全に理系カリュキュラムになっている故)もないので、当然そのまま使うわけにはいかない。国費生は、マレー系でムスリムであることも、十分検討したうえで、講義内容をしぼっていかなくてはならないと思う。

やはり、近代国家論と多民族社会のマレーシアを基軸に、日本で学際的な教養を身に着けるために何を学ぶか、その基礎となるような講義ということになるかなあ、と思う。ある意味、4月から私がずっと考えていることをぶつけることが理に適っているのではないだろうか。もちろん、自身で思考せざるをえないような講義にしたい、と考えている。