2016年12月10日土曜日

IBTの話(61) 理系生徒の発表

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IBTで、私は文系の生徒を教えている。理系の生徒と授業で接する機会はほとんどない。しかし、1月から国立大学をめざす私費生に週1コマの「社会事情」、国費生に週3コマの授業(これにはまだ名前がついていない。笑)を教えることになっている。そんな状況下、理系Dクラスの私費生にとっては最後の授業の日だった昨日、日本語の授業で、研究発表が行われた。理系の彼らは、IBTに入ってから、いや高校の2年間(マレーシアの高校の就学年数は2年間。)も歴史や地理、政治経済などの授業を受けていない可能性が高い。だから、はっきり言えば文系の生徒より、社会科の基礎知識のレベルは低いらしい。とはいえ、どれくらいなのか、知りたかったので、金曜日は授業がないのを幸いに2時間分、見に行ったのだった。

お題はそれぞれ「ノーベル賞」と「アメリカ大統領選挙」である。指定されたお題をくじ引きで担当しているらしい。他のお題もあるのだが、私が見たのは、この2つである。日本語の能力も、文系に比べて少しばかり厳しいかもしれない。理系生徒は、数学・物理・化学もやるので、カリキュラム的にもいっぱいいっぱいなのだ。社会は、日本語の能力が大きく影響するが、数学や理科は、日本語以上に理系的な頭脳を鍛える必要があるので、単位数も多いわけだ。

さて、研究発表である。パワーポイントも使っての発表である。「ノーベル賞」については、残念ながら、その存在理由が明かされていなかった。ノーベルの遺言。ここが重要なのだけれど。理系の生徒が知っておくべきことだ。理系の罠とでもいえばいいのだろうか。ダイナマイトの発明者で巨大な利益を得たノーベルは、「死の商人」などと呼ばれていた。そこで財産を後世の科学振興のために拠出したこと、つまりは贖罪である。今やノーベル賞の価値は、たしかに高いし、どうしてもそちらに目が行くけれど、日本で工学を学ぶ理系の生徒には何よりここは抑えてほしかったところだ。自然科学は、人の暮らしを良い方にも悪い方にも進歩させる。自然科学をやる人間こそ哲学が必要なのだ。

「アメリカ大統領選挙」の方は、かなり調べていたけれど、やはり様々な情報が玉石混交していて、どうしてもまとまりに欠けた。先日のトランプ勝利の話が中心になったけれど、憶測的な、社会科学的には看破できない発言内容もあった。まあ、当然であると思う。そんなに簡単に地政学的な話をされると私も困るわけだ。(笑)でも、彼らはかなり興味を持っていることがわかった。これが最大の今回の授業見学の成果かもしれない。

彼らの多くは、日本の国立大学の工学部を目指している。研究者や技術者として、マレーシアの今後を支える貴重な人材である。心して教材づくりをしようと思う。私費生の「社会事情」の導入は、「ノーベル賞」の存在理由から、と決めた。

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