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2026年10月29日木曜日

ちばてつや氏の訃報と「夢」

https://www.pixiv.net/artworks/101198673
10月22日に漫画家のちばてつや氏が鬼籍にはいられたそうだ。今朝YouTubeで知った。不思議な夢を見た直後だったので驚いた。

不思議な夢とは、ちばてつや氏が矢吹丈のリングネームで、アマチュアのボクシング大会に出る夢で、タトゥーをした強そうな選手と1ラウンドだけ戦い、結局1発もパンチを受けなかったという夢である。

ちばてつや氏の漫画は、我々の世代にとって大きな存在だった。小学生のころの私は「ハリスの旋風」が大好きだった。屋台のラーメン屋の息子で、ガリスポ(ガリ勉ではなく、運動部を掛け持ちする)石田国松は、ある意味私のあこがれであった。野球、剣道、ボクシング(ここでは拳闘とされていたのに時代を感じる)、そしてサッカー。

「あしたのジョー」は、ちば漫画の中で最も強烈な印象を残している。工業高校時代、この漫画を元にクラスでビデオを制作した。実際にボクシングジムに通う生徒が2人いたからだ。最後に主人公は真っ白に燃え尽きるのだが、小麦粉を頭から被された。(笑)すぐに、風呂に行けと風呂代を渡したのをよく覚えている。当時は誰でも知っているラストシーンであった。

「紫電改のタカ」という作品も俊逸である。松山出身の滝という少年飛行兵の話なのだが、最終的には、教師になる夢を捨てて神風攻撃で散る。戦闘シーンも多いのだが、米兵との友情や平和を深く訴える作品であった。

「のたり松太郎」も大好きだった。相棒の田中が優勝、結婚というハッピーエンドで終わるのだが、最終回は、京都の漫画博物館で読んだ記憶がある。

ちば氏の漫画は、顔、特に鼻の書き方に大きな特徴があった。ちかいの魔球以来変わっていない。ハリスの旋風のおちゃら(上記画像参照)も、あしたののジョーの白木葉子も鼻はそっくりだ。でもそこがいい。

ちばてつや氏の逝去に際し、深く哀悼の意をささげます。名作の数々を執筆していただき、ありがとうございました。

2026年10月9日金曜日

同志社国際高校の事件考21

https://www.youtube.com/watch?v=XFX_hoPYMkU
同志社国際高校の10月1日の保護者会で、解任された西田校長が事故被害者の保障窓口になっているということが判明した。かの保身の塊で刑事告訴されている人間が、まだ学校内に残っていて、被害生徒の補償に関わっているというのは信じられない。保護者会はブチギレたらしい。当然である。法人としての同志社はもう少しマシな組織かと思っていたが、大いに失望した。愚鈍の集団である。

さらに、京都府知事が、本日、同志社国際高校への私学助成金を2025年度(事故は2025年度内)は50%カット、2026年度は25%カットとすると発表した。これまで他府県での事例の最高は25%であるらしく、50%はかなり重い措置だという演出がされている。また危機管理に関する報告書を鑑みて、2026年度は25%としたという。極めて官僚的な対応だといえる。京都府を飛び越して、文部省が直接乗り出した事件である。これだけでいいのか、もっと削減すべきであるという意見が出てくるのは当然だと思われる。

2026年9月9日水曜日

同志社国際高校の事件考16

https://www.youtube.com/watch?v=6t569cXfbdM
「先生のこと」という同志社国際高校の遺族からの、先日の事故死について書かれたコメントが出た。https://note.com/beloved_tomoka/n/n78bd305dbc24

極めて理性的、崇高な文章である。まず冥福を祈ると述べられた後、この件について発信するかどうか悩み続けたと書かれている。生命の問題であることから、覚悟をもって書き残すこととされたとのこと。通夜のご焼香の後、誰よりも深く、長く、頭を下げてくださった方が、この先生であり、コトバ以上のものを伝えてくれたと書かれている。

亡くなった先生は、沖縄研修旅行に深く関わった方で、研修旅行の文集を読み返すと、次のような文言があるとのこと。先生は沖縄の現状ととの「溝」を沖縄の側から深く心を寄せてきた方だとわかる。一方で生徒たちが「退いて」しまうこともあり、それを責める気にはなれない、と両方の立場の間に立って悩んでいる言葉が記されていた。親としては、講師やガイドの生徒が退くほどの政治批判が行われてきたことについては複雑だが、その流れに1人で抗うとことはできないままだった姿が見える。先生にとっての「平和を作り出す人」とは、他者と沖縄の溝、社会にひろくある溝を埋める側に立つ人である。だが、自分の強いこだわりが生徒や教員に一方的に物事を進めてしまったように思っているという記述もあった。

これらを踏まえて上で、3つだけ書かせてくださいと、謙虚に書かれている。1つ目は、この事故は誰か一人の判断で起きたわけではなく、本来みんなで分かち合うべき事が、誰が1人の肩に乗ることはあってはならないと思うこと。2つ目は先生が亡くなられたことが検証を終える理由になってならない。終えてしまうことは先生に対しても礼を失することになる。3つ目は、生徒の皆さんに対して。「この事故を巡って、大人たちが責任とそう向き合うかを見ていくことになります。だから、これだけは覚えていてください。責任は生命で取るものではありません。生きて、事実を語り、間違いを認め、変えていくことでしか、果たせないのです。命ある限り、今日を生きてください。」(原文のママ)

学校の中には、今も思い詰めている先生がいると聞いている。もしかすると学校の外の関係者にもいるかもしれない。「もし墓前に手を合わせることで、少しでも心の荷が降りると感じる方がいたら、いつでも来てください。」(原文のママ)さらに、すべての先生、生徒、関係者の命が守れることを切に切に願っており、つらい気持ちを抱えている方は、どうか1人で抱ないで欲しいと、二度目の哀悼の意と共にコメントを結ばれている。

…なんという理性的な文章であることか。なんと崇高な文章であることか。私が当事者であれば絶対に書くことは出来ない。この16回目となる事件考では、毎回教育関係者として私は記している。昭和の教師としては、聖職という意識がどうしても離れない。だから、あえて、ここに書かれている「先生」を報告書のa7氏に戻す。

…a7氏の「溝」を埋めるという考えは悪くないと思う。私も様々な問題で「溝」を埋めるようなこともしてきた。だが、彼が信じて託した沖縄の左翼運動家は、この溝を埋めるためではなく、生徒諸君を自分たちが信じる正義にオルグしようとしただけではなかったか。左翼的なスターリニズムには、思想的な正義とそれに反対する悪の二元論が支配している。人間という視点が欠けている。人間としてゆるせない行為が多々この事件にはある。危険な防波堤からの乗船、波浪注意報での出港、事故の後「船長死んじゃったよ」と発言したもう1人の、今は行方をくらましている船長の存在。傲慢な腕組みをした左翼の運動家。不誠実な学校の姿勢。a7氏は病院や遺体の空輸に立ち会ったのか。そして保身だけの元学校長。a7氏は、おそらく学校をも信じられなくなり、彼の言う「溝」が大きく広がり、彼の正義の土台は崩れ落ちたと私は推測する。

…保護者の方の理性的で崇高な文章の後に、私の所感をはさんで申し訳なく思うが、あらためて、このコメントの最も重要な部分は、「この事故を巡って、大人たちが責任とそう向き合うかを見ていくことになります。だから、これだけは覚えていてください。責任は生命で取るものではありません。生きて、事実を語り、間違いを認め、変えていくことでしか、果たせないのです。命ある限り、今日を生きてください。」であると思う。さて、保身の塊である同志社国際高校は、どう大人の責任を向き合うのだろう。この保護者の方の言は重い。

2026年9月4日金曜日

同志社国際高校の事件考15

https://www.sankei.com/article/2026041
8-3CCCF6DMDZMC5CDX3CT6BN3YWQ/
先日事故死したa7氏が休職願いを提出していたことがわかった。前校長(画像参照)がそれを握りつぶしていたこともわかった。また事故の付き添い教員も教科をそのまま(おそらく事故にあった生徒たちの教科担当)にしており、2学期からは、その担当が変えられたこともわかった。要するに、前校長は、現場の教員をそのまま放置していたことになる。

学校関係者としては、実に信じられないことである。事故にあった生徒たちからすれば、不信感の塊のような教員の授業を受けざるを得なかったことになる。危機管理もくそもない。本当に最低の学校運営である。生徒のストレスはもちろん担当教員のストレスもいかほどだったであろう。a7氏の休職願いは当然の行為であると思う。もしかしたら付き添い教員の2名も同様の思いであったのではないか。

彼らを学校から離したら、何を語りだすかわからないという前校長の保身から出たことだと十分推測できる。最低の人間だと思うのは私だけではないだろう。

2026年9月3日木曜日

元大阪市立高校 残酷物語

https://www.nikkei.com/article/DGX
ZQOUF277S10X20C26A8000000/
先日、淀商業高校、鶴見商業高校、住吉商業高校の統合計画が府教委から発表された。以前から定められていた3年間の定員に満たない場合廃校となる故で少子化故に仕方がないとはいえ、勤務した高校も含まれており複雑である。

元大阪市立の商業高校は、天王寺商業高校を頂として、東商業高校・扇町商業高校・市岡商業高校等が二番手校だった。このうち、東商業高校と市岡商業高校は天王寺商業高校に吸収合併され、ビジネスフロンティア高校という名になった。扇町商業高校は、扇町総合高校に改変され、ここに南高校と西高校が合併して桜和高校になった。今回の商業高校三校は、三番手というか大阪市の環状線の外にあるのが特徴で、三校とも特色のある取り組みを進めてきたが、ついに合併となったわけである。現在の府を握っている政党のことである。合併し校舎が残る高校は、おそらく最も地価の安い場所になるのではと思う。

さらに、東高校・いちりつ高校も2028年度には改変される。二校は、元大阪市立の英語科・理数科を併設する普通科高校である。東高校は、国際文化科、総合科学科に、いちりつ高校は普通科のみになる。これは、人気がある理数科や英語科を東高校に移転し、いちりつ高校の安楽死を府教委が進めているように見える。いちりつ高校は、大阪市立だったが枚方市にある。近隣の府立の普通科高校を活かすためとしか、元大阪市立高校の教員としては思えない。後輩の先生方は、これをどう受け止めているのだろうか。

2026年9月1日火曜日

同志社国際高校の事件考14

去る8月23日午前9時半頃、京田辺市の近鉄京都線・新田辺ー興戸間の踏切で、同志社国際高校の引率に関わっていたベテランの男性教諭(第三者委員会ではa7という仮名が付けられている。)が、はねられ死亡したという報道が流れた。この事故で上下66本が運休、約15000人に影響が出たという。

https://agora-web.jp/archives/260830014740.html

このa7氏は、(教員同士の説明に食い違いがあるが)乗船に際し、1人が乗れないのであれば自分が変わりに乗ろうと思っていたと説明している。乗れないと主張した教員は、おそらくではあるが、被害者生徒とともに救急車に乗ったとされる女性教員のはずである。(結局誰も引率教員は乗船していない。)教育現場を知る私としては、あくまで推測だが、研修旅行の団長たる管理職か学年主任の立場の人物だと思う。

8月23日まで、極度のストレスと精神的圧迫に苛まれていたことは容易に想像できる。鉄道自殺の場合、多くの人々に迷惑をかけ、しかもかなりの額の損害賠償も生じる。もはや、そのような憂慮もできないくらい追い詰められていた可能性が高い。教師としては、今回の事件は万死に値する事例であると私は思う。だから、私はお悔やみを述べる術をもたないのだが、校長をはじめとした学校側の保身がさらなる被害者を生んだといえることは間違いない。

また、同志社の理事長が退任、国際高校の校長が8月31日付けで解任という報道も流れている。校長は、保護者対応云々と言い逃れして、国会からも捜査からも逃げていたが、解任されたが故に、そういう言い訳はもう通用しない。

ところが、先日開かれた保護者会では、任期最後の校長は陳謝し30秒ほど頭を下げてすぐ退席したという。何だそれは…。しかも会自体は質疑応答を避けていたが、保護者からの強い要請でしぶしぶ行われたようだが、またまた学校側の保身と無責任さが露呈し、保護者の皆さんは激怒したという。最低である。こういう学校は失くしたほうが良い。来年度の募集を停止し、在校生が卒業したら廃校にするべきだと思う。次の校長には、それくらいの英断ができる地位にある。

元校長を始めとした関係者は、刑事告発されている以上、被害者生徒・保護者、心的被害を受けた生徒諸君、そしてこのa7氏のためにも、速やかに真実を明らかにするべきである。

2026年8月2日日曜日

同志社国際高校の事件考13

https://www.sankei.com/article/20260731-2L67IRGQYBKWNCVFTMATPD2ITE/
31日に、同志社国際高校の事件についての第三者委員会からの報告書がまとまったという報道が流れた。この第三者委員会は設置は学校法人同志社だが、外部の弁護士などの専門家で構成されている。

事前準備や対応に明らかな安全配慮義務違反があったと認定した。今更に当たり前の話なのだが、この第三者委員会で明らかになったのが、被害者はコース変更を希望していたという事実で、保護者の方も初めて知ったようである。そもそも、コース名は「辺野古ボートコース」という不可解な名称である。抗議船に乗船することが、学校側の正義ならなぜその旨を明記しなかったのかと私は思う。ご両親は、「個人の責任の重さについてもう一歩踏み込んで欲しかった。」と述べられている。

ちなみに、文科省が指摘した政治的中立性の問題については、委員会の審議外の話だったらしい。報告書は膨大でも問題の核心をついていない。これが第三者委員会の限界だったのではないか。

ところで、辺野古では知事支持の集会が行われたらしい。さすが当の協議会は参加していないようだが…。また共産党が、熊本地震への義援金を党で集めているそうで、ネット上で炎上しているとか。党員の被災者や事務所、あるいは他の選挙に使った前歴があるだけに当然の炎上騒動であると思う。懲りてない。

左翼の人間は、妙にスターリン的な亡霊が取り付いている。自己のドクマのために、何をしても許されるという人間としてどうかと思われる思い違いである。もうそろそろ気づいても良いのではないか。

2026年8月1日土曜日

同志社国際高校の事件考12

https://www.youtube.com/watch?v=OQqQ_pUDIVc
北海道にいた間に、熊本地震報道が中心のTVを見ていたら、同志社国際高校の辺野古事件の保護者が告訴に踏み切ったとの短いニュースを目にした。

保護者が1時間半にも及ぶ会見に臨み、11名を業務上過失致死で第11管区海上保安本部に刑事告訴し、受理された。11名とは、同志社国際高校の校長・学年主任・2名の引率教員・ヘリ基地反対協議会の幹部7名。

https://www.youtube.com/watch?v=OQqQ_pUDIVc

会見は、最初熊本地震の被災者への哀悼の意から始まった。ご尊父の知性の深さを感じずにはおれない。正直、これ以上見れなかった。被害家族が会見を開き刑事告訴しなければならない状況は無茶苦茶おかしい。

全く反省も謝罪も責任を取らない同志社国際高校は、消え去るべきだ。私が校長ならとうに自刃している。以下の産経の画像では、付き添い教員は救出された生徒に話しかけようともしていない。最低以下である。(以下のURL参照)私がもし付き添い教員なら、とてもその後に学校に残り授業など出来ない。彼らの厚顔は教育現場ではあるまじき恥辱としか言いようがない。

https://www.youtube.com/watch?v=elj0uqxWbvs

新島襄の同志社の精神のかけらもない。彼らには会衆派的な回心のかけらもない。あるのは保身のみ。消え去るべきだ。

2026年7月30日木曜日

北海道から帰阪

先ほど北海道から帰阪した。猛暑が続く大阪と違い、Tシャツ1枚では震えるような日々であった。所用のために行ったのだが、少しだけ観光もしてきた。到着初日に、息子夫婦の希望で、かの有名な羊ヶ丘展望台に寄ってからホテルへと向かった。

クラーク博士の立像がある羊ケ丘展望台は、札幌の時計台と並ぶ「残念観光地」だと思っていたが、広く続く地平線と羊たちのコントラストが意外に好印象だった。ファイターズに見捨てられた札幌ドームも、後方に映っているがこれこそ「残念」かもしれない。(笑)

ホテルには三連泊したのだが、中国本土からの観光客は少なくなっているはずだが、韓国や台湾、香港などの観光客が実に多かった。ひと目見てわかるわけではなく、コトバを発した瞬間にわかる。あまり愉快なことではないのだが、大きな声のハングルを耳にすることが多かった。H高校の修学旅行以来の北海道だが、あまりの外国人観光客のの増大に驚かされたのだった。新千歳空港への国際線の路線図を見てみると、アジア地域からの直行便がかなり多い。…さもありなんである。

二日目は、これも息子夫婦の希望で、厚別区の北海道開拓村と北海道博物館に行った。ふと気づいたのだが、開拓村にある国旗や道旗が半旗になっていた。この日(28日)は、戦争中に犠牲になった約11万人の戦没者への「道戦没者追悼式」が札幌で行われていたのだった。近隣の北海道博物館でも同様の半旗であった。この博物館の展示はなかなか素晴らしかった。

アイヌとの関係史の展示(画像は、アイヌの人々と内地の藩との物品の交換ジオラマ)や蟹工船の詳細な模型、大正時代に描かれた鳥瞰図などは実に見応えがあった。大満足であった。

ところで、この日は、ホテルに戻ると、携帯に地震情報が流れ、TVから熊本の地震のニュースが流れてきた。M7の10年越しの大地震である。このニュースがずっと流れていた。

第三日目は、所用で石狩市に向かった。所用の後、樋口季一郎記念館による予定だったのだが、閉館日で諦めることになった。これは残念。樋口喜一郎は、ナチスから逃れてきたユダヤ人に便宜を図った陸軍軍人である。人道の港敦賀ムゼウムに繋がる記念館である。https://higuchi-museum.jp/about/about.html ホテルに戻ると、熊本イオンモールの爆発などさらに多くの惨劇が明らかになっていた。

最終日は、どこにも寄らずレンタカーを返却した。今回は所用が目的であったので、ブログにエントリーできるのはこれくらいかと思う。

最後に、熊本地震で、犠牲になられた方々には心からお悔やみを申しあげます。また多くの被災している方々のご苦労は、多少なりとも阪神大震災を経験した私にも実感できます。数多くの余震とこの猛暑の中、くれぐれもご健康を維持されんことを祈っています。私たち日本人の心のなかに半旗がずっと翻っています。

2026年7月23日木曜日

イランの最終戦争論 考

YouTubeで、非常に興味深いイランからの亡命者である在米政治学者・バリ・ナスル氏のインタヴューを見つけた。https://www.youtube.com/watch?v=ezi8vIgseD0

ヨルダンの基地に攻撃を受け米軍兵士が2人死亡。アメリカが業を煮やして、この10日間ほど攻撃を続けているが、イランは絶対に折れないという論旨である。バリ・ナスル氏は、イラン革命前にシャーの側近だった聖職者の父親とともに亡命してきた人物であり、その立場はアンチ・イスラム共和国であるといえる。しかし、彼の洞察はイランという国の本質を率直に伝えている。

イスラエルとアメリカが民衆蜂起を好機と見て、イランを攻撃したわけだが、イランは決して『ルサンチマン』ではない。今や、蜂起していた市民も、その多くが革命防衛軍を支持している。長期戦に向けて決して折れないだろうと氏は言う。

イラン革命後の49年間、イランはアメリカの経済制裁を受けてきた。この恨みは、隣国の『恨』(ハン)のようなルサンチマン的なものではない。欧米の影響力を排除した革命後のイランは、十二イマーム派に導かれている強者であるという強い自負がある。よって、最後まで戦おうとしている。ここには合理性も打算もない。

このインタヴューの中で、私が最も興味深かったのは、「ハメネイ師は、イスラム教において核兵器は禁止されている。」というファトワを出していた。(2003年/AIで作成した画像参照)ただシーア派では死んだアヤトラのファトワは無効になる。後継のモジタバ師と聖地コムの聖職者しか更新することはできない。イランは安全保障上の理由から核保有を必要としているのだが、この20年間の戦略は過ちだったと認めている。IAEAの査察を受け核を持つ意思がないと証明しようとしたことが間違いで、インドやパキスタンのようにすべきだったと考えているという話。

アメリカは早期決着を図りたいところだが、イランは最終戦争を決意している。イランを屈服させるためには、トラ氏が言うように全国の発電所への攻撃を行い、一気に一般国民を疲弊させることくらいしかなさそうだ。だが、これは”殺す側の論理”による無差別な一般市民を巻き込む”コロシ”に他ならない。国内外の世論を納得させることが出来るかどうかだと思う。

2026年7月17日金曜日

吉村昭 『戦艦武蔵』

またまた吉村昭を学院の図書館で借りてきた。初期の『戦艦武蔵』(新潮文庫)という作品である。これは歴史小説と言うより記録文学というジャンルである。造船という極めて複雑な工学的過程を自ら学び、膨大な資料や関係者へのインタヴューをもとに描かれた作品で、その読後感は独特なものがあった。

冒頭は、有明海沿岸の海苔養殖に必要な棕櫚(シュロ)が、手に入らないという話から始まる。九州から四国、和歌山にいたるまで、密かに買い占められていたのだ。この謎解きは、二号艦(武蔵という艦名はなかなか明かされない。)を、長崎の民間企業である三菱造船所で建造するにあたって、地形的に山がちで造船所が見渡せる故の、防諜装置(棕櫚を編んだ綱を垂らしで簾化し船台を隠す)として必要だったのである。風や火花などの影響を鑑み、様々な試行錯誤とテストの後、最善と判断された。

一号艦(=戦艦大和)は呉の海軍工廠で建造された故に、そのような必要はなかったのだが、二号艦は、様々な施策が必要だった。まずは、建造するに当たって山を切り崩したりして船台を前後左右とも拡大する必要があったし、防諜のために、警察や憲兵隊を大動員する必要もあった。造船所を望めるかのグラバー邸も子孫から購入したし、英・米の公使館の前に県が倉庫を建てて見えなくしたりとありとあらゆる方途で防諜活動を防いだ。

進水にあたっても、世界最大級の戦艦であるし、計算上、艦尾が船台の対面にある山にぶつかってしまうので、進水速度を緩める事が必要だった。昭和世代としては、電卓やコンピュータではなく計算尺を使い計算したであろう技術者の凄さを感じてしまう。結局、鎖を用いて浸水時の速度を緩めるという策が取られた。また進水した直後の防諜にも神経をすり減らすことになる。

この二号艦建造で、最もスリリングな展開だと私が思ったのは、呉から送られてきた設計図がたった1枚だけ紛失した際の話である。当然ながら、極めて厳重な管理体制がひかれていた。しかし、いくら探しても見つからない。多くの関係者が特高に拷問される事態となった。結局、三菱の工業学校を出たが設計部に回され、大した仕事を任されず不満を持っていた19歳の少年が、部署転換を望んでわざと失敗をしたのである。他の書類とともにボイラーで焼却したことが判明する。…その稚拙さとあまりに大きな影響を与えたことに、なんとも言えない気分になった。ちなみに、私の父親は神戸の三菱の職工学校出身である。海軍機の整備をしていた。

二号艦の防御システムは凄い。左舷に魚雷が命中して艦が傾いても、右弦に注排水して戻せる。たとえ、魚雷攻撃を受けても減速しない。また舵は、同時に損傷する可能性を鑑み、平行に設置するのではなく、前後にある。もちろん、世界最大級の鋼鉄で防御しており、実際爆弾を跳ね返す力があった。

主砲は46センチである。主砲を発射すると、その威力は凄まじく、甲板に乗員がいると吹き飛ばされる。ゆえに、主砲発射時は甲板には出れないようになっていた。この主砲のテストは伊予灘で行われたという。…佐田岬半島に住んでいた私としては感無量である。

https://www.asahi.com/articles/photo/AS20240708001571.html?iref=sp_photo_gallery_3
武蔵という名が明かされ、大和と共にトラック島(現ミクロネシア連邦)の環礁を拠点にしていた。(画像参照:手前が武蔵であるらしい。)この時の旗艦は武蔵であった。その後ブルネイに移動し、レイテ沖海戦で、実戦に臨み撃沈されることになるが、攻撃を受けての乗員の悲惨さは言うまでもない。陸上戦以上に悲惨である。…私は読んでいて、司馬遼の『坂の上の雲』で、日清戦争での秋山真之が負傷者を見てあまりの悲惨さに戦慄した光景を想起した。本書では、おそらく生存者へのインタヴューを元にした記述だと思うが、生々しすぎる描写に満ちている。さらに生存者たちは、武蔵が沈んだことを秘匿するため、様々な場所に軟禁されている。この事実も凄い。

磯田光一(文芸評論家)の解説では、本書を「1つの巨大な軍艦をめぐる日本人の”盲目的な集団自殺”の物語」(趣意)としている。武蔵の建造は、論理はどうあれ至上命題であり、効用や役割に不思議に第二次的な意味しかもたず神話的な象徴であり、不可能を可能に転化することを要求される。作者は、機密保持のための過酷な措置に対して不合理を告発する左翼作家の発想とほとんど関係のない地点で書いている。しかし”愚行”と見える武蔵の建造を、そういう批判眼をもって書いており、むしろ”愚行”に専念しうる人間の奇怪さ、それこそが人間の本質であるという認識を持っている。(趣意)また、作者は戦死者の内面を決して美化して描こうとしていない。叙述は即物的で、夢と現実の不一致、動機と結果の不一致を冷酷な客観性を持って描いている、としている。

…この解説に疑問の余地はない。現在も世界中で戦争は続いている。その事実に想いを馳せながら、いかに戦争が無益かを再認識させてくれる一冊であった。

2026年6月28日日曜日

同志社国際高校の事件考10

https://kakuyomu.jp/works/2912051602840456101/episodes/2912051602840548106
同志社国際高校の事件を風化させてはいけないと私は思う。今回紹介するのは、同級生の匿名の投稿である。画像にあるように、同志社国際高校の教育のあり方について書かれている。YouTubeで紹介されていたものだが、投稿の本文を読むほうが意味があると思う。

社会科の教師として、私は常に左右ド真ん中の立場を標榜してきた。社会科学の世界には、様々な視点が存在し、自然科学のような一つの正解があるわけではない。完全に、ド真ん中とはいかないかもしれないが、この意識は極めて重要である。

例えば、移民問題について、様々な視点がある。これは、2学期の中間試験までの範囲で触れようと思っているのだが、この投稿の最初に、ヨーロッパと日本の移民受け入れの差を挙げ、執拗に日本批判をする地理の教師のことが書かれている。全くデメリットの話が出てこないという投稿者の批判はもっともである。現に、スウェーデンを始め多くの問題が出ており、日本では特に日本語学習の困難さなども語らねばならない。移民増加による住宅不足からくる住宅価格の高騰なども多くの国で問題化している。これらを様々な視点から語り、生徒諸君に自分なりの答えを探させるのが社会科の使命であると思うのだが…。

また論理国語の授業で、教員が、左翼には、共産党が入らないと断固とした主張をした件も書かれていた。この教員は、間違いなく六全協以降の新左翼だといえるだろう。高校生に授業で語るべき内容だとは全く思えない。

最後に最近の政治・経済の授業のことが書かれている。

こういう授業をしているのか。同志社国際高校は、生徒を殺しても何も変わっていないのか。文部科学省も、京都府教育委員会も、この投稿を読むべきであると思うし、校長を国会に呼び出して欲しいと思う次第。

2026年6月18日木曜日

教え子を再び戦場に送るな?

https://derorin.com/an-introduction-to-the-jtu-for-young-teachers-a-quick-look-at-its-history-and-current-status/
立憲民主党の女性参議院議員の決算委員会の発言について、私の感想を述べたいと思う。この議員は日教組の出身である。

「自衛隊に入るのは貧しい家庭の子供である。」という発言は、自衛隊の方々への冒涜的な差別発言であるのは間違いない。私の経験でも、母子家庭でその母親が逝去された故に陸自に行った生徒いがたことも事実であるが、父親が自衛隊幹部であり尊敬していたが故に防大を受けた生徒もいるし、ガンマニアで半ば趣味的に陸自を選んだ生徒もいた。この女性議員の発言は、事実とかけ離れている。与野党の政治家が厳しく批判するのは当然である。

昔々、私が教師になった頃(80年代初頭)、職員室に組合のコーナーがあって、「教え子を再び戦場に送るな」というスローガンが書かれたポスターが貼ってあったと記憶している。(組合が強い学校であったからかもしれない。)この「ドグマ」は強烈であって、当時ちょっと左翼的でもあった私にも、自衛隊へのなんとも言えない違和感を植え付けた。

北海道に行った際、「自衛隊さんありがとう」という看板が各地にあり、意外な感じがした。まだ東西冷戦の感覚が残っており、対ソ・対ロシアが仮想敵国だった故に北海道が最前線に位置していたからだと思われる。この違和感が完全に払拭されたのは、かの東北大震災の後の自衛隊の活躍である。(阪神大震災の時は首相も知事も自衛隊の出動を拒否した。)その後の東アジアの情勢もあって、今の私には自衛隊は日本の安全保障において、極めて重要な存在であり、長く冷遇されてきたことを払拭すべき時だと感じている。

この女性議員の頭の中は、まだ「教え子を再び戦場に送るな」のままなのだろう。左翼の凋落が叫ばれて久しいが、例の辺野古の犯罪的事故にしても、今回の発言にしても、ドグマで固められた左翼の正義がいよいよ排除されていく機会になるような気がする。日教組の組織率は年々低下傾向にある。私の後輩世代は、こういうドグマに侵されていない。ど真ん中の私からしても、左翼の妄想もそろそろ幕を下ろすべきだろうと思うのであった。

2026年5月17日日曜日

儒教国家 台湾の危機

https://population-pyramid.net/ja/pp/%E5%8F%B0%E6%B9%BE
台湾は、TSMCを筆頭とした半導体やAI部品で莫大な貿易黒字を挙げている。しかし、共同体の存立が物理的に崩れ落ちている。2025年の台湾の合計特殊出生率は、0.695人。戦争や飢饉のない平時において0.7の壁が破られたのは、人口統計が生まれて以後世界史上で初めてである。これは、国が滅びるほどの数値である。

https://www.youtube.com/watch?v=zU1RKxa5Z_0

台湾の若者にとって住宅価格の上昇が大きな足かせになっている。台北では、所得の66%を住居費として支払っている。貯金どころではない。このような状況では子供を生むというのは贅沢にすぎる状況になる。親の元へ逃げるしかない。25歳から40歳のうち50%が親と同居せざるをえない。カンガルー族と呼ばれている若者の結婚へのハードルは高い。しかも労働時間は世界トップクラスで、サービス残業は当然視されている。若者のアンケートでは、出産を諦める理由の第一位は子供を育てる物理的な時間の不足である。

この巨大な構造的暴力が、若者たちを沈黙の抵抗へと追い込んでいる。国が豊かになるほど庶民の生活は貧しくなるという矛盾。この裏側には、19世紀さながらの家父長的な儒教文化が根強く残っているのが原因である。

女性は特に、夫より3時間多く働き金を稼ぎ、家では儒教的な重圧にさらされながら、家事や育児という2つ目の職場に出勤している。台湾の未婚女性の57%が絶対に子供を産まないと宣言した。これは単なる拒絶ではなく、自分を削除するシステムに対する凄絶な生存闘争である。経済的な不平等と古い慣習が結びつき、致命的な結果で、国家は、この不合理に目を背けている。女性は、妊娠を歓迎されないし、健康診断で職場を離れた際も代行してくれた人に賃金を支払う(=母親への罰金)と言った残酷さも指摘されている。妊娠したら約45000円賃金カットされ、退職圧力がかかる。育児休暇は無給、家族介護休暇も7日のみ、保育インフラも悲惨で、幼稚園や学校は昼まで、公的な保育サービスも午後4時まで。これでは、子供を産めない。

この影響は国防にも及んでおり、徴兵年齢の18歳人口は10万人を割った。志願兵の充足率は79.2%。いくらアメリカから先端兵器を購入してもそれを運用する若い力がない。

2028年、生産年齢人口が全体の2/3を下回る「人口の崖」が現実のものとなる。現在2340万人の対話案の人口は2070年に1500万人に減少し、1.2人の若者が1人の高齢者を支えることになる。これは、現在の合計特殊出生率1.20の日本にとって他人事ではない。

…1学期後半の地理総合の授業では、また世界価値観調査のグラフをもとに授業を進める予定だが、多くの国のカテゴリーの中に、Confucian(=儒教圏)というのがあって、日本・中国・韓国・台湾が含まれる。日本については、このブログでも何度か書いているが、朱子学的な「義」が強調される。(仁は、日本古来から存在し、あえて儒教的である、とはいえない。)中国や韓国は、仁も義も薄れ「礼」しか残っていないように感じる。台湾は、最も儒教の「仁」「義」「礼」が揃っている国かもしれない。しかしながら、日本が、西洋思想の波の中で、縮小させた部分(人権>礼)が、台湾には強く生き残っていて、この女性蔑視・人口問題に直結しているように感じたのだが…。

2026年5月14日木曜日

同志社国際高校の事件考9

https://www.youtube.com/watch?v=ajbfOiLDqCg
同志社国際高校の事件続報である。被害生徒の手紙からわかった信じられない情報である。https://www.youtube.com/watch?v=ajbfOiLDqCg

生々しい事実が書かれている。安全確認もクソもないし、生徒に船を一時操縦させていた事実、スピードが以上に出された様子、波が来た様子、付き添い教員のI・M両名の怠慢・無策。

そして、事故後港での待機中に、『平和丸の船員(こいつは、事故直後にダンプの前に寝転ぶ抗議活動をしている。)が、「船長の特製コーヒーいる?(笑)」「世界で一つだけのコーヒー、飲んだらきっと元気出るよ。」と話しかけてきている。生徒の感想では、飲酒していたか薬物を服用していたかなどはわかりませんが、間違いなく様子がおかしかったです。平和丸の船長も同様で、生徒用のテントに近づき「(不屈の)船長死んじゃった(笑)」と笑いながら話しかけてきました。』とある。

これは、業務上過失致死どころの話ではない。ちなみに、同じチャンネルで明かされているが、沖縄県の弁護士会の会長はこいつらの顧問弁護士らしい。沖縄は、知事も法曹会も狂っている。

是非、このYouTubeチャンネルを御覧いただきたいと思う。

2026年5月6日水曜日

チェックメイト:日本語学校

https://school.sugawara4976.com/japanese-languageschool-before/
以前からあった日本語教育機関認定法が、現内閣で厳格化されるようだ。文部科学大臣は、この法律を施行し、現在国内にある日本語学校の認可を(裁判によらず行政命令として)取り消すことができる。これによって近い将来、国内の日本語学校は激減する可能性が高い。

現在日本には、留学ビザで入国し、不法労働を行うのが主目的の幽霊日本語学校もあり、のべつ幕無しの不法移民の増加を防ぐ意味合いがあるようである。特にこれからの日本語学校には、生徒の管理(留学ビザ制限内の労働時間を守らせること)も業務面で必要不可欠とされている。またN1・N2(日本語検定試験1級・2級)修得といった教務面、日本の社会に適応できるようにといった面も含まれていく。

先日後輩のM君が、退職後日本語教師の資格を取り、近隣の日本語学校に勤めているという報告があった。第二の人生のスタートである。実に良い知らせで喜んでいたのだが、彼の務める日本語学校は大丈夫なのだろうか、と不安になった。

マレーシアのPBTで日本語教育を横目でみていた私としては、たしかに今回の厳格化は正当なものだと思う。ただ、留学生といっても、地域・学力・経済力の差が大きい。文部科学省の認定を受けることができるのは、おそらく日本のそこそこの大学に合格するくらいの日本語能力と経済力が必要不可欠な留学生のみを対象としているように思う。学力面においては、もう少し余裕をもたせてもいいのではないかと思う。

2026年5月3日日曜日

憲法記念日に 武器輸出解禁の件

憲法記念日である。4月21日に閣議決定と国家安全保障会議にて、防衛装備移転三原則の運用指針の改定が行われた。要するに武器輸出の解禁である。以下のYouTubeでその内容が上手く解説されている。https://www.youtube.com/watch?v=rMLFd_jfd5k

そもそも、日本は戦後、朝鮮戦争時から武器輸出を行ってきたし、その後も東南アジア諸国にも武器輸出を行ってきた。1967年に佐藤内閣が武器輸出三原則を表明した。この時も完全に輸出禁止としたわけではなく、共産圏や紛争当事国などへの輸出はNGということだった。1976年に三木内閣が、共産圏や紛争当事国以外にも輸出を「慎む」との政府見解を表明した。ただしアメリカとの技術協力は例外であった。これでわかるように、武器輸出に関しては、閣議決定による政府方針であって、立法化された法律ではないわけである。

よって、国会軽視という批判はあたらない。2度民主党が政権をとった時代にも法制化による制限はされていない。(武器輸出を完全禁止する法律を作るチャンスがあった。)と、いうわけで、憲法違反だとか左翼が叫んでも、無知を晒すだけのことになる。

ところで、何故今なのか。防衛産業の基盤教化と安全保障環境の悪化を上記YouTubeの主・オオカミ少佐(元海自幹部:画像参照)が述べている。

以前読んだ本の知識だが、防衛産業は、需要が防衛省(それも予算の範囲内)のみであり、供給コストは必然的に高くなる。単価は高いものの、決して儲からない。輸出可能になり、需要が増えれば供給コストも抑えられる。防衛装備を100%輸入に頼るのは、安全保障上の問題がある。だいぶ以前に、某電子メーカーの研究員をやっている人物と話していて、「超長波」の研究をしていることがわかった。「アクティブソナーとか魚雷の技術だね。」というと返答に困っていた。こういう技術者を囲い込んでおかないと、日本の安全保障は守られない。防衛産業は、市場の原理で潰してはならないのである。

安全保障の基本は勢力均衡にある。今世界は、ロシアのウクライナ侵攻、中国の軍拡、アメリカの国際法無視など、かつてない緊張が走っている。(軍事的)中小国の勢力均衡を図る必要性がある。同じ価値観を有する国々に、日本が武器輸出を行うのはこのためである。たしかに憲法第9条には戦争放棄が謳われているが、前文では世界平和を希求することも謳われている。実際、アメリカを始め、イギリス・イタリア(次期戦闘機共同開発国)、オーストラリア・フィリピン・インド(対中抑止のため)、フランス、ドイツ(アメリカの暴走を止める同じ価値観をもつ国として)などが支持を表明している。

…憲法記念日である。この武器輸出解禁の話は、憲法に坑がう話ではないことを確認しておきたい。戦争反対、9条を守れと声高に叫んでも日本の安全保障は守れない。社会科教師としては、あくまで中立。平和教育は、このような事実の積み重ねから導かれるものである。時節柄非常に重要なスタンスであると私は思う。

2026年5月2日土曜日

同志社国際高校の事件考8

https://www.youtube.com/watch?v=-_GnmTW7AG4
かの事件を起こした組織が、今更(5月1日)に謝罪文を出したらしい。https://www.youtube.com/watch?v=-_GnmTW7AG4

沖縄知事選の不利を見据えての、姑息な動きである。自分たちの後ろ盾を失うことからの防御、もしくは、平和学習と言う名の小遣い稼ぎが出来なくなくなるという多分に利己的なものだとしか見えない。

URL同じ
沖縄のまともな人々は、現知事のスタンスにかなりの違和感を抱いているらしい。当然である。しかしながら、沖縄新報の読者の声欄に、左翼が書いたであろう文章が出た。(左の画像参照)亡くなった女子高校生がサンゴ礁を見たいという思いで参加したことは、保護者のNOTEで明らかである。このような自分勝手な捏造を書く左翼も、それを載せる左翼マスゴミの神経も信じられない。

…以前書いたが、全ては国の責任である、自分たちは正義であるという信念が、彼らを反省させたり謝罪させたりすることを拒んでいるのだろう。上記のYouTubeも同様の感想をもっていた。

…全くどこまで自己中心なのだろう。ついでに批判しておくと、共産党の幹部らは、この事件の責任追求に逃げ回っている。実は、これはおかしい。共産党の組織は党中央に絶対服従で、下部組織は「細胞」と呼ばれているはずだ。そのスターリニズムの組織体制はいつ変わったのか?変わってないなら謝罪し責任を取るべきである。違うかな?

2026年4月23日木曜日

同志社国際高校の事件考6

https://news.yahoo.co.jp/articles/12a6b894ddf5d84905100d9416e27ab789fc3d26/images/000
同志社国際高校の事件考の第6回目である。第5回目は、4月18日付けの『新島襄の自責の杖を知らぬのか』になる。

辺野古の抗議団体オール沖縄には、ジブリの宮崎駿氏らから、活動資金として8億円も集めていたらしい。(この宮崎駿氏の関わりからオールドメディアの忖度=報道しない自由が指摘されている。)事件後、その決算書はHPから削除され、被害者への保障はできないとしているという。違法な活動をしながら、また資金がありながら保証できないというのはどういうことなのだろうか。彼らの活動が利権と繋がっているという疑惑は拭えない。これは犯罪ではないか。

抗議船は不法な場所(防波堤)から乗船していたこともわかってきた。ちゃんとした漁港からフツーに乗船していたとばかり思っていた。安全に何の配慮もない。修学(研修)旅行において、このような危険な場所からの乗船など考えられない。学校側(付き添い教員)・旅行社側(添乗員)は、なぜこれを許したのか。教育の現場では、全くありえない話である。文部省はこの点を厳しく調べて欲しい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/12a6b894ddf5d84905100d9416e27ab789fc3d26/images/000

さらに、海上保安庁が警告をしているのに無視して事故を起こしており、近隣漁民が危険だとする海域へ侵入している。危機管理もクソもない。しかもSOS通報は、船長ではなく参加生徒から送られたという。これも信じられない話である。

学校も問題を起こした組織も現場での献花はされていない。選挙を控えた知事が今になって選挙パフォーマンスで献花したという。遺族からしたらふざけるなと言う話である。どうやら、船に乗っていた組織の人間が船長以外に1人おり、その人間は現在も座り込みに参加しているという。組織内でも抗議行動に対して、自粛派と継続派に分かれているらしいが、たとえ喪章をつけても、人間として事故に深く関わった人間が、遺族に謝罪もせぬまま活動を継続するのは、ゆるされるものではないだろう、と私は思う。

県は、文部省や海上保安庁などが動いており、出来ることと出来ないことがあるなどと言っているようだ。沖縄の警察は知事の指揮下にあり左派に甘く、マスコミ(沖縄タイムス・琉球新報)も左派勢力であり、この事件についても報道は抑えられているという。沖縄県政は、まさに暗黒の状況である。

たしかに、沖縄に米軍基地が集中し、それに反対する気持ちもわからぬではない。だが、反対組織を支持しようと思っても、その人間性の欠如は、あまりに酷すぎる。今回の犯罪的な事件で、多くの人々はそう考えるのではないか。支持の集まらない政治運動は自己満足でしか無い。

2026年4月20日月曜日

沢木『天空の旅人』断片10

沢木耕太郎の『天空の旅人』の断片、いよいよ最終回である。西川はネパールに入った。ある集落のそばで、米を炊き上げたところでで驟雨になった。貧しそうなネパール人が家に招き入れてくれた。「狭い家だが今夜はここで休みなさい。」と言ってくれ、冷たくなった飯を食べようとすると、羊の臓物を丼にして持って来てくれた。「少ないけれど。」カマドには妻と3人の子供が臓物が煮るのをじっと待っていた。それをまず西川に持ってきてくれたのだ。西川の目から涙が流れてきた。ああ、仏だ。初めて本当の仏の姿を見た。翌朝、わずかな金を置こうとしたが主人は受け取らなかった。

カトマンズでは、顔見知りの先輩ラマ僧の面倒を見ていたが、かなり回復してきたのでチベットに近いインドのカリンボンまで連れて行くことになった。1年ぶりに火葬場の老修行僧と再会した。 ビルマ潜入を考えたが、ビザが必要ということがわかった。ところがグルカ兵には移民の門が開かれており、彼らはカルカッタとアッサムを結ぶ鉄道工事の人夫をしながら入国許可を待っているらしい。ところで西川は、英蔵辞典は持っていたが、蔵英辞典を欲していた。チベット語をさらに深めるためだった。結局、ダージリンに70ルピーで5冊残っていることがわかった。工事現場では、1日2.5ルピーになるという。この費用を稼げてしかもビルマに行けそうで絵ある。…採用された西川はなんと恵まれているのだろうと思った。

(蒙古からの)駝夫の日々、物乞いたちとの日々、デブン寺の初年坊主の日々、新聞社での見習い職工の日々、そして工事現場での人夫と、全て人から見れば最下層の生活であったかも知れないが、自由に自分で選んだ生活である。やめたければいつでもやめることが出来たし、この低い生活を受け入れれば、失うことを恐れたり、階段を踏み外したり、坂を転げ落ちることを心配することもない。

…しかも西川は、ラマ僧として、巡礼の旅は托鉢や御詠歌で食を得てきた。西川にとっては幸せな日々だったと私は思う。自らの体力で数々の困難を乗り越え、それに喜びを感じる日々だったに違いない。

しかし、この旅が急に終わる時が来る。工事の休日に、現場監督とインド人警察官が来て、「君はニシカワだね。」と尋問されたのだった。この背景は、木村がラサから中国人ともども国外追放になり、カルカッタで密航しようとして拒否され、日本人がいることがバレると危ないと自ら自首し、西川のことも白状していたのである。

プレジデンシーという刑務所に二人は収監される。運動場から監房に戻る共産党の青年たちは隊列を作り「インターナショナル」を歌っていた。チャンドラ・ボースの甥やネルー狙撃犯もいた。西川を喜ばせたのは、蔵英辞典が送られてきたことである。取り調べの時になんとかしてあげようと言われ、代金を渡してあったが、約束をきちんと果たしてくれたのだった。西川と木村は、カルカッタから日本へ向かう英国船籍の貨客船で帰国する。ラングーン、ペナン島、シンガポール、香港を経由して…。大隅半島が見えた時、目が潤んだのは当然であろう。ただ、同時に8年に及ぶ長い旅が本当に終わってしまう物悲しさがあった。

…すでに、山本の帰国後のことは記しておいた。(4月15日付ブログ参照)西川とは全く違う。たしかに山本は大学教授にまで出世したのだが、私は西川の「美学」にこそ惹かれる。おそらく著者の沢木耕太郎もそうだろうと思う。西川は、この旅の記録を残そうと原稿を書き続けたが、その後は、365日地道に働き続けた。二人ともすでに鬼籍に入っている。沢木が西川の本棚整理を家族に頼まれて。山本の書いた『チベット潜行十年』を発見したのが、西川が読んだ形跡はなかった。またインタヴューで「(最後の帰国のきかっけとなった自首に際して)あなたが木村さんの立場ならどうされていたか?」「木村くんの意思を確かめてます。」と述べている。西川の『秘境西域八年の潜行』には「(木村に)密告された。」とある。かなり強い表現である。よほど悔しかったのだろう。

…西川にとっては、まだまだ旅を続けたかったのである。またその自信があったに違いない。西川の「美学」、これは、今の日本で忘れさられた「心象」のような気がしてならない。だからこそ、本書が胸をうつのではないだろうか。