ラベル 2021三崎高校・未咲輝塾 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 2021三崎高校・未咲輝塾 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年7月30日火曜日

愛媛県立三崎高校の頑張り

https://www.youtube.com/watch?v=i-5SNnCnYA8&t=245s
先日、愛媛県の県立高校の再編についての動画を見た。県教育委員会のデータをもとに紹介されているもので、ちょっとドキドキして見た。もちろんマレーシアから帰国後、2年半を捧げた三崎高校の行く末についてである。幸い、三崎高校は、このまま存続できそうである。全国募集によって生徒を集めて、進学の成果を出している。これには未咲輝塾の存在も大きいようだ。後継の講師陣もかなり頑張ってくれているようで嬉しい。もちろん、伊方町の支援による寮(寮費はかなり低額に抑えられており、全国募集の際の大きな武器になっている。)や、OB・OG、近隣住民の方々の支援あってのことだ。そして、なによりも先生方の頑張りである。

https://www.facebook.com/misakijyuku/
Facebookによると、大阪で全国募集のイベントがあり、三崎高校も参加していたようだ。ありゃー。事前に知っていれば、応援に行ったのに、と悔やまれる。頑張れ三崎高校。頑張れ未咲輝塾。

2024年3月4日月曜日

三崎高校の卒業式 感無量

Facebookで三崎高校の卒業式の様子を見ることができた。最後の退場シーンだけだったけれど、感無量である。卒業生は、私が塾長をしていた時の1年生で、塾での指導のみだったけれど、大切な教え子たちである。今年も小規模校故のアットホームな卒業式だったようだ。おそらくこの2年間で先生方の顔ぶれも少し変わったのだと思う。地域創生の様々な取組についてますます発展的に頑張っているようだ。これからの三崎高校の益々の発展を祈りたい。

2023年3月8日水曜日

サクラサク 嬉しいメール

https://twitter.com/chiikishakai
三崎高校のE君から、昨夜嬉しい卒業報告メールが届いた。甲信越の公立大学に合格したとのこと。彼は、神奈川県の出身で地域留学(三崎高校から見れば全国募集)で来た生徒だ。優秀でしかも温厚なオトナの性格。塾長の時は、これまでのこと、これからのことをかなり話し込んだ。それだけに、無事大学に合格できて本当によかったと思う。PBTの教え子・D大のL君同様、私は社会学を勧め、非常に興味を持ってくれ、その道を選んでくれた。これからは、社会学という広めのフィールドから社会科学を俯瞰する必要があると私は思っている。金融界や法曹界を目指さないのならば社会学が最も自由に集合知を組み立てることができると思っている。E君も新しい天地で新しい学びに精進っしてほしいと思っている。

2023年3月1日水曜日

卒業式LIVEを見る。

https://www.facebook.com/%E6%84%9B%E5%AA%9B%E7%9C%8C%E7%AB%8
B%E4%B8%89%E5%B4%8E%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1-1088148851361061/?modal=admin_todo_tour
三崎高校の卒業式のLIVEを初めから終わりまで見せてもらった。三崎も晴天だったようで良かった。全校で6クラス体制、しかも在校生も全員参加して、という分校化とコロナ禍を乗り越えての意義深い卒業式だった。卒業生の入退場も間隔が広く、一人ひとりゆっくりと顔を見ることが出来た。ありがたい。何より嬉しかったのは、昨年度地理Bを教えた理系の3人が全員表彰されたことである。学業で、生徒会や地域貢献で、部活で頑張ってくれた証である。全ての3年生に…卒業おめでとう。…これ以上は何も書くまい。

2022年9月3日土曜日

愛媛新聞に未咲輝塾の記事


久しぶりに未咲輝塾の話題。愛媛新聞にその取り組みが紹介された。塾長を始め、講師陣が頑張ってくれているなあと感慨もひとしおである。半年残して塾長を辞したのは大正解。若い講師陣のアイデアが活かされていると思う。体育祭も無事挙行されたようで、きっと受験生も改めて再スタートを切るだろうと思う。

ちなみに、私が塾長だった2年間は、様々な行政機関の訪問は多かったけれど、新聞の取材はついぞなかった。正直な処、こういうのは大の苦手である。今更ながらちょっとホッとしている。

2022年4月13日水曜日

PBT・三崎高・S学園の絆

https://leaderjuku.jp/
昨日、授業が終わった後に、ある男子生徒がやってきて、「先生、三崎高校のNさんをご存知ですか?」という驚くような質問をしてきた。「知ってるけど、どうして?」「次世代リーダー塾で、一緒でした。」「では、手伝いに来ていたマレーシアのA君も知ってる?」「はい。今も繋がっています。」…実に驚いた。

この次世代リーダー塾というのは、日本の高校生を集めて夏に合宿をし、各界から講師を招き、成長を促すプログラムである。私は、PBT(帝京マレーシア日本語学院)にいた時に知った。毎年PBTから4名を送り出してきた。担任を2回したが、優秀な教え子を送り出してきた。当時首相に復帰したマハティール氏も最終日に参加するという、日馬合同のイベントであった。

三崎高校で、今は大学2回生のKさんが、このリーダー塾に参加していたことを知った時、びっくりした。ちょうどF42が参加した年で、A君をよく知っていた。全国の高校は何校あるのか知らないが、この巡り合せは極めて低い確率だろう。昨年、未咲輝塾生でもあったNさんが参加したのは知っていたし、報告も受けた。凄く優秀な子がグループのリーダーで、その副として頑張って支えたと言っていたはずだ。そのリーダーが、昨日挨拶をしてくれたS学園の彼だったのだ。「Nさんから先生のことは聞いていました。よろしくお願いします。」

私がマレーシア、四国、関西と移り変わりながらも、この次世代リーダー塾繋がりが続いていたわけで、これは奇跡的な確率だろうと思う。S学園に文字どうり私を待っていてくれた生徒がいたわけだ。それが授業2日目に早くも判明した。
…嬉しい。使命があるのだろうと思う。そして、心からありがたいと思うのである。

2022年3月29日火曜日

三崎高校離任式’21

25日の予定だった三崎高校の離任式が、今日29日に延期になって、FacebookでLIVE中継された。三崎高校は、なんといっても準僻地校なので、人事においてはいろいろと難しいところがあるのだろうと思われる。

愛媛県は、教頭先生は2年間、新任教員は3年間という慣例があるようで、ある程度は予期していた人事だった。コロナ禍で、残念ながら生徒も卒業生も各教室からLIVEを見ていたようだが、大阪にいる私も拝聴できたのは不幸中の幸いであった。

退職・転勤される先生方のご多幸とご健勝を祈りつつ。

2022年3月24日木曜日

祝 サッカーW杯出場

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211012/k10013304041000.html
日本代表がW杯出場を決めた。2-0でオーストラリアを「破ったようである」。というのは、この6年間TVなしの生活が続いているので、WEBで刻々変わる状況を調べて知った次第。

昔は、LIVEで一生懸命応援していた。後輩のI先生とメールで「〇〇の動きが悪い」とか「GOOLーーー!」とか、やり取りしながらTVで見ていたのだが…。野球もいいし、ラグビーもいいし、サッカーもいい。自分自身ではうまくできないけれど、熱くさせる力をスポーツは持っている。

三崎を出る際、早めに挨拶をしに来てくれたY君は、卓球の全国選抜大会に出場して、3人組の予選で一勝一敗で2位、決勝進出はならなかったらしい。とはいえ、全国大会での1勝。…凄いな。直前に足を痛めて心配したが、よく頑張ってくれたと思う。

卓球も、サッカーも、紙一重の差が勝敗に結びつく。それはメンタルであったり、フィジカルであったり、テクニックであったり。ともかくも、日本はW杯に今回も出場できた。バンザイである。

…やっぱりTV欲しいな。(笑)

2022年3月21日月曜日

SPECIAL THANKS 三崎

明日、インターネットが使えなくなる。今日のうちにマレーシアの時同様、”SPECIAL THANKS三崎版”を記しておこうと思う。実は、「広報いかた」という町の情報誌にも同じタイトルで書いたのだが、おそらく5月に町内に配布されるはずである。

まずは、町長・教育長をはじめとした町役場の皆さん。町教委事務局長はKさんからAさんに代わった。Kさんには、いろいろとお世話になった。今は地域振興課長になっておられる。いつも体調を気遣っていただいた。Aさんは三崎の八幡神社の宮司でもあり、三崎高校OBで、よく学校に来ていただいた。Facebookもよく見ていただいていた。三崎支所の皆さんにも年末年始開塾でお世話になった。町見郷土館のTさんには、最初からお世話になった。地域おこし協力隊の各位にもお世話になった。…町の関係者に深く感謝申し上げたい。

三崎高校の教職員の皆さんは昭和の薫りがする教職員集団である。若手教員を管理職、ベテラン、中堅の先生が育てていくという空気が素晴らしい。小規模校で教材研究が大変だし、校務分掌も1人3つという激務で、これに月2回ほどの寮担当で泊まることもあり、私の住む教職員住宅にも22時15分に点呼に来なければならない。もちろん、全国レベルとなっている地域創生の仕事もあるわけだ。少人数で若手が多いからなんとかなっているのだろうと思う。地域創生の中心者T先生と、地域創生をやりたくて三崎に来たというK先生は、今や藤子不二雄で、どちらが担当しているのかわからないくらい仕事をこなしている。このお二人は私が知る教師の中でも、スーパーマン型である。さらにスーパーな音楽のO先生がいる。彼女の演出力はかなりのもので、文化祭の民俗芸能や吹奏楽を見事に動かしている。広報ではH先生。私が来た時の3クラスから今春の6クラスにした大功労者である。その他にもいい先生がいっぱいいる。事務長先生もこれまでの経験から見ても三指に入る熱心な方だったし、管理作業員さんも寸暇を惜しんで広い校内を管理されていた。…そして、昨年度の学校長K先生は、私の知る限り最高の学校長だったと思っている。生徒と共に持久走を走る学校長を初めて見たし、理と情両方に長けておられた人格者であった。 …三崎高校の教職員の皆さんの益々のご健勝を祈りたい。

先日もお世話になった同窓会長が、昨年の文化祭で校歌の合唱コンクール後、OBOGの保護者の皆さんを舞台にあげられ、校歌を歌うよう指示された。(画像参照)三崎高校で感動したことは多いのだが、この時が一番であった。PTA会長は、寮の食事を引き受けられている。並大抵のことではない。お二人共、影に日向に三崎高校のために頑張っていただいている。心から感謝申し上げたい。さらに、三崎高校を支えていただいているNPOの方々、塾のために遅いバス運行をしていただていたAさん、Sさんにも大変お世話になった。三崎高校の関係者の皆さんにも心から感謝したい。

出前塾でお世話になった伊方町内の三中学の先生方、私が講師をさせていただいた2度の研修会に来ていただいた小中学校の先生方、特に研修会に深く関わっていただいたA教頭、N先生、M先生。ありがとうございました。

私と妻の体調を守っていただいたK医院の皆さん。K先生には本当にお世話になった。愛車の健康を回復してくれたMモータースの皆さん、住宅前の畑をされているご夫婦には、野菜や枇杷もたくさんいただいた。近隣の皆さんにも気軽に挨拶をしていただき感謝している。三崎のローソンの店長には、来て間もない頃、三崎高校のポスターを張っていただいたし、閉塾後、牛乳を買いに寄ると棚になくてもすぐ対応してくれたスタッフにも御礼を述べたい。また伊方町地域おこし協力隊・公営塾のFacebookにイイネを毎回送っていただいた地元の方・保護者の方にも感謝申し上げたい。

そして最後に、我が未咲輝塾の優秀な三講師と、三崎高校の生徒諸君に、SPECIAL THANKS!である。

…伊方町三崎は、生粋の大阪人である私の故郷になった。

2022年3月20日日曜日

真空管で聴く親愛なるQに捧ぐ

https://jp.mercari.com/item/m88358895527
同窓会長のN氏宅に昨夜行ってきた。私の惜別の会である。以前から何度かお誘いを受けていたのだが、初めて訪問させていただいた。

驚いたことに、N氏は同学年(昭和32年5月生まれ/私は33年3月)であった。三崎高校時代はブラックリストに載っていたそうだ。それは、ギターをやっていたからだという。国道197号線などなく、八幡浜から船でPAを運んでコンサートをやっていたらしい。凄い。広島の大学に行ったのは、表向き家業を継ぐためだが、実は「広島フォーク村」に出入りするためで、専門の電気関係の資格は一切取らず、普通免許だけだったとか。そんなN氏から出た名前が、加川良。真空管のアンプに年代物のスピーカーで、「親愛なるQに捧ぐ」のLPをかけていただいた。偶成。こがらしえれじい。夕焼けトンボ。靴紐むすんで。鎮静剤。こもりうた。そして下宿屋…。

さすがに大阪ではギターを弾いていてブラックリストにのることはなかったが、同世代故に音楽の趣味は完全に一致である。何年経とうとも歌詞を覚えている自分に驚いた。

三崎の最後に素晴らしい時間を過ごさせていただいた。心から感謝である。ちょっとエビスビールを飲みすぎた。

2022年3月18日金曜日

三崎高校公営塾 最後の日

いよいよ、公営塾塾長として最後の日を迎えた。朝から終業式前に「離任式」をしていただいた。学校長から是非とのお誘いをいただき、お受けしたのだが、コロナ禍のためにオンラインでのスピーチになった。その後に入試の合格発表もあるので、できるだけ簡素にさせていただいた。これで、私が三田学園にお世話になることも公になったわけだ。

ずっと気になっていたことは、みさこうDAY以来、事情があってNさんへの倫理の講義が中断したままになっていたことである。あと中国思想と西田哲学だけはやっておきたかったのだが、残念である。

とはいえ、卒業生のO君Uさんも雨の中わざわざ来てくれ、昨年度の卒業生のKさんも来てくれた。それぞれ長く話した。ありがたいことである。そうこうしていると、2年生の生徒、バス通学の生徒から色紙をもらった。いろんな惜別の品もいただいた。

塾の講師という存在は、正教員とは明らかに違うと私は思っている。サポート役に徹してきた。学校との連携上、一歩引いて要望に全て答えてきたが、こちらから要望は出さなかった。この微妙な立場故に、このような良き思いをするとは夢にも思わなかった。まるで担任である。ありがたいことであある。

最後のサプライズは、我が講師陣からの記念品贈呈だった。年齢の格差から、うまく行っているのかどうかわからないときも正直あった。しかし、そのような杞憂は最後に消えた。家に戻り、その品は私が欲しかった「みきゃんのネクタイ」であった。嬉しいなあ。松山の高島屋まで行って買ってきてくれたようだ。

もちろん、先生方や事務所にご挨拶にいった。全員とご挨拶できなかったのは残念だが、仕方がない。管理作業員さん(愛媛では用務員さんというらしい)にご挨拶できなかったことが悔やまれる。陰の仕事をされている人を大切にするのが私の心情なのだが、今日は雨で強風なので姿が見えなかったのである。

最後に下校のバスを見送った。ボーイスカウトの三本指の敬礼を1年生男子が返してくれるのも最後である。旅館の女将稼業もこれで終わりである。雨の日も風の日も2年間毎日見送ってきた。しんどいなあと思うこともあったが、やりきれたことに満足である。

そんな最終日。お世話になった方々にひたすらメールもさせていただいた。感謝の1日であった。

2022年3月17日木曜日

三崎を去る直前の朗報

四国最西端・三崎高校での勤務も、いよいよ残すところ明日1日となった。今日は、明日の終業式に参加せず、栃木県に向かう卓球部の顧問・T先生がわざわざ惜別に来ていただいた。これからの三崎高校の展望などを教えていただいた。ご健勝を祈りたい。その後、全国大会に出場する選手である2年生のY君と、其の練習相手として同行する1年生のK君も挨拶に来てくれた。ありがたいことである。栃木で、ひと暴れしてきて欲しい。

さて、今日最大に嬉しかったことは、コロナ禍で、D大学に入学しながら、ずっと2年間マレーシアに閉じ込められていたL君が、ようやく来日の目処がたったことである。うまくいけば、4月上旬に来日とのこと。状況次第だが、できるだけ早く会いたいと思っている。

長かった。本人が一番苦しんだだろうが、私もずっと心配していた。彼は大学院にまで進むつもりだろうから、この2年間を是非払拭して欲しいと思っている。

…いやあ、朗報、である。三崎を去る直前に舞い込んだ朗報。

2022年3月15日火曜日

Final event アフリカに学ぶ

三崎高校は小規模校なので、融通無碍なところがあって、急遽今日がみさこうDAY(部活なし・私服登校・チャイム無しの日)に変更になった。以前から、予定されていた木曜日に最後のイベントをすつつもりで用意していたのだが、昨夜あわてて校内に貼ったポスターを修正し、クラスマッチ(校内球技大会)後の表彰式後も呼びかけた。

最後の私のイベントは、ライフワークである「アフリカに学ぶ」である。このイベントに合わせて、キットカットを買ってあった。1・2年生の受験前にもう渡す機会はないが、この機会を通じて渡すつもりであった。やはりファイナルであるし、思い入れもある。幸い、1年生を中心に9人が集まってくれた。

本当の豊かさとは何か。私は、ストレスのない、自殺者ゼロのアフリカの話をした。特にブルキナファソで涙ながらに見た、あの重い荷物を積んだっ坂道を汗だくで登る人々の行列を「i't natre.」と言ったガイドのオマーンの言葉は私のアフリカ考に大きな影響を与えた。私はこの英語を「あたりまえのこと」と訳した。彼は、続けた。「私もああいう仕事をかつてしてきた。驚くことではない。」このアフリカに宿る精神を生徒に伝えたい。アフリカの人々のために私にできることは、これしかない。

2022年3月13日日曜日

地域おこし協力隊の収録

14日の月曜日は、地域おこし協力隊の最後の仕事をする予定である。昨年度は伊方町の協力隊員が本庁で、地元の皆さんを呼び報告会を開いた。しかし今年度は、コロナ禍の関係で開催できていない。そこで、八西テレビに隊員ごとに録画してもらい、ケーブルテレビで流そうではないかという結論になった。その収録が行われるのである。各隊員10分のスパンである。未咲輝塾の講師は私を入れて4名だが、1人5分で計20分にしてもらった。

この2年半、地域おこし協力隊の一員であったのだが、正直なところ違和感を禁じえない。まず、地域おこし協力隊員は、赴任地で起業・永住することを想定している。しかし公営塾の講師は、私塾が成り立たないような地域ゆえに赴任している。よって、そこで起業せよと言われても困る。(この状況を打破した人物を1人だけ私は知っている。ただ、彼は大阪で私塾を経営していた経歴があり、地域の信頼も厚く、小中学生を対象とした塾を開業した。)任期が終わったら去るしかないのが普通だ。

これまで、コロナ禍が言われ出すまでは、町内のイベントにも参加、協力してきた。しかし、今年度は昨年度15回も実施した出前塾も1回だけで、三崎高校の存続・発展ために頑張っているが、地域おこしに多大な成果を上げているとまではいえない。(昨年度は、小中学校の研修の講師を2回務めたが、今回それを収録時に言うつもりはない。)また、正直なところ、毎月の集まりでも、語られている内容の次元が異なるので違和感があり、沈黙していることが多い。もうひとつの違和感は、他の隊員は個人で動いているが、我々はチームである。比較的勤務時間の自由度がある他の隊員とは状況が違うし、全く同じように扱われると、違和感が膨張する。

今回の収録に対しても私は全体で10分くらいで良いと思っている。でも20分というスパンなので、私は一切自分のことは語らず、三崎高校と塾のことを統括的に話すことになった。チームの役割としては妥当だと思う。他の3講師には来年度のこともあるので、各自のやっていることを紹介してもらおうと考えている。

2022年3月12日土曜日

K前校長との最後の邂逅。

昨日、三崎高校では文科省の地域協働推進校のコンソーシアムが行われた。3年間の総まとめの会合なのだが、コロナによる設定日時の遅れや自営業の方にとっては年度末であり、伊方町議会も開催中の関係で、NPOの代表の方々や役場関係にも欠席者がおられ、少しさみしい会合となった。いままで一言も発しなかった私だが、今回は意見を求められ、発言の機会もいただいた。昨年の文化祭で行われた郷土芸能を、町内各地で是非披露願いたいという趣旨である。地元生がリードし、県内外の生徒も協力して素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた。きっと、地域の方々も喜んでいただけると思う。問題はコロナ禍であるが…。
私にとっては、正直なところ、コンソーシアムには県教委に行かれた前校長K先生が来られるので、4月からの報告ができることが最大の楽しみであった。これまで、数多くの校長に仕えてきたが、K先生はその中でも突出した素晴らしい校長であった。生徒への話でも切り口が違う。塾のことも連携に心を砕いていただいたし、生徒とともに持久走大会で走られたり、また情にもあつい方であった。

開会前、さっそくご挨拶申し上げたら、惜別の意を込めて、記念品を渡された。まさに想定外のことで驚き、また感激した。閉塾後、開封したら愛南町の真珠をあしらったネクタイピンであった。すぐさま、御礼のメールを送らせていただいた次第。ほんと人情の機微に長けた方である。K校長の1年間、まあ私も色々と苦労したし、相談にも乗っていただいた。また三崎高校をユネスコスクールにする構想を打ち明けたが、現状では担当者が忙しすぎて無理であることを告げられ、大いに落ち込んだが、そういう全てを含んでの今回のことなのであろうと思う。

K先生との邂逅はおそらく、昨日が最後と思うが、私の長い教員生活の中でも、指おりの「人物」であることは間違いがない。K先生は、いずれ愛媛県の高校教育を背負って立たれるだろうと思う。益々のご健勝をお祈りしたい。

2022年3月1日火曜日

卒業式の日に

3月1日は、今年も卒業式である。今年の3年生には共に過ごした時間も長く、思い入れもある。コロナ禍のため、昨年は遠慮してFacebookのLIVEを見たが、今年は最後だし、会場で参加させていただいた。

来賓席には、町長、教育長、同窓会長、PTA会長。三崎に来て2年半。それぞれ懇意にさせていただいている。石の上にも3年とはよく言ったもんだと思う。

今回の卒業式はかなりオーソドックスだった。思い出の詰まったビデオの上映もなく、在校生は昨年同様、FacebookのLIVEで参加。昨年は、卒業生は退場する時、ZOOMを使って在校生が拍手を送っていたが、今年はなし。と、思っていたらサプライズ。3年生の教室は3階なのだが、1年生の教室のある1階廊下には1年生がズラリ。見ると3階の渡り廊下には2年生が並んでいた。しかも、吹奏楽部の生演奏で校歌が流れている。その中を3年生が感涙しながら歩み、階段を上がり、渡り廊下でも歩んでいく。来賓も校長室へ下がる足を止めて、この様子をじっと見ておられた。いい学校だと…。

最後の最後に在校生の温かいサプライズ。卒業式で泣けるのは教師の醍醐味である。

今年も卒業生の塾生たちが挨拶に来てくれた。卒業アルバムに、今年もまた「理想に生きることをやめた時青春は終わる」と書き込んだのだった。

*三崎高校のFacebookの最後の最後、1:58:00くらいからその様子が見れます。

https://www.facebook.com/%E6%84%9B%E5%AA%9B%E7%9C%8C%E7%AB%8B%E4%B8%89%E5%B4%8E%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1-1088148851361061/?modal=admin_todo_tour

2022年2月28日月曜日

同窓会入会式の日に

ウクライナ情勢は、かなり情報が入り乱れていて、ヤバそうな展開になっている。そんな中、全くかけ離れたエントリーをしたい。

三崎高校には、八幡浜方面との間に通学バスが2台あって、1台は昨年町によって追加された青いバス、もう一台は、三崎高校の名前が横に書かれている同窓会が購入してくれた白いバスである。私は、毎晩のように塾生を見送りに行っていて、旅館の女将になっているのだが、それは後者である。この白いバス、それなりに故障も多い。エンジンはまだまだ行けると思うが、ライトとか、細かな修理が必要なこともしばしばである。

さて、この白いバス、今回リタイアして、新しいバスがやってきた。今日、始めて生徒を乗せて運行されたのである。この新車のバスがどうしてやってきたかは、私の情報網から得た凄い情報があるのだが、まだ公にされていないのでここでは書けない。だが、素晴らしい話であると、だけ言っておきたい。

ところで、今日卒業する3年生の同窓会入会式であった。同窓会は、来年度の入学生が2クラスになるのを見込んで、Y旅館をリフォームして、10名男子を受け入れるとの発表があった。実に頼もしい同窓会であり、地元が三崎高校をどれだけ大事にしているかがわかる話だ。そう、バスの次は寮なのである。なんでも食事の世話も寮母さんを置いて、同窓会がしてくれるらしい。

これで、三崎高校の寮は、愛媛県・伊方町・同窓会が運営する連合寮体制になるわけだ。ほんと、ありがたい話である。…明日は卒業式である。

2022年2月23日水曜日

帰国子女対策 1年間の総仕上げ

拡大可能です
久しぶりに、塾での帰国子女対策の話をエントリーしようと思う。3学期に入って、日本語学習(漢字学習の初級・中級)のテキストを終えた。テストをつくること51回。だいぶ、「この漢字は知っています。」という言葉も出てくるようになった。先日、最後の全校漢字テスト(朝のSHRでやるらしい。)があった。漢検4級レベルの全23字の熟語入りの文章が2問ずつ、合計46文のうち、読み10文、書き10文のテストである。これまで、1学期は目も当てられず、2学期は少しずつ対策もしても正解は半分以下だった。最後のテストだし、テキストも終わったので、頑張ろうか、ということになった。何より、最初から本人が熟語の意味を翻訳して理解しようとしていたのだ。で、結局読み・書きの準備テストを私がつくってあげることになった。もちろん、文章は全て英訳しておいた。(英訳と言っても、最近のGoogle翻訳は進歩していて、サバイバル・イングリッシュの私でもなんとかなるのだった。)

そして最後の試験で、なんと19/20点を獲得してくれた。クラス中で大拍手が起こったと担任の先生に聞いた。さて、学年末考査である。日本語の日常会話のリスニングはだいぶOKになってきたが、文章の読解力はやはりまだまだ厳しい。世界史Aなら私も教えられるので、漢字テスト同様頑張ることになった。ありがたいのは、世界史Aの試験日は学年末考査の最終日なのでたっぷり準備期間がある。世界史Aでは問題プリントが4枚配布され、そこからかなりの量が出ると聞いている。今回は、全ての問題を私が英訳した。これが意外に時間がかかる。よくある文章の空欄を埋める問題でも、まず空欄の箇所の正解を入れて英訳し、さらにその空欄の部分を消して(1)とかに直すのである。今日は陛下のお誕生日で休日だが、結局2枚分を作成するのにかなりの時間を費やしたのだった。(すでに2枚分は作成して渡してある。)このサポートで、世界史の点数が伸びれば、彼の自信になるだろうし、2年生からの勉強ののためのスキル、あるいはヒントになるかもしれない。そう思うと、たいした苦ではないのだった。頑張れW君。

2022年2月19日土曜日

がんばれ 三瓶分校と公営塾

https://mikame-h.esnet.ed.jp/blogs/blog_entries/index/limit:20/page:3?frame_id=122&page_id=76
昨日、県立高校の入試の出願状況が発表になった。我が三崎高校は、定員60人にたいして、45人出願になっていた。倍率は0.75%。先の推薦入試ですでに15人内定しているので、3月3・4日の入試には、30人が出願した計算になる。分校化の危機は去り、安定状態に入っているわけだ。三崎高校の広報活動については、全国に向けては、地域みらい留学、県内に向けては進学説明会で高校をまわっている。オープンスクールも1年生を中心に盛大にやれた。(コロナ禍の隙間をぬって大成功だった。)中学生と保護者・先生の学校訪問も随時行われている。なにより、YouTubeやFacebookによる広報活動も熱心だ。学生時代、営業のバイトをしていた時、運動量が営業成績と比例していると教えてもらったが。まさにその通りである。

現在の三崎高校は、寮生が増え、過半数を超えている。伊方町のご厚意で寮も新設され、さらに八幡浜方面と学校を結ぶバスも2台運行している。(今春からは古いバスが新しいバスになると聞いている。)極めて恵まれている。志願者45人というのは、この2年間より減少しているが、寮もバスもなんとか対応できると思われるので、ちょうとよい人数かもしれない。

ところで、愛媛県には公営塾が三崎高校以外に、2校ある。上島町にある弓削高校と、西予市にある三瓶分校(宇和高校の分校)である。そのうち、三瓶は今年14人という出願数で、このままだと閉校が決定的であると新聞報道にあった。頑張っていないのかというと、そうではなく様々な取り組みをしていて実に頑張っている。公営塾の講師も知っているが、頑張っている。八幡浜市の南部にあり、三崎高校と近く、ライバル関係にあるけれど、この現実は厳しい。

愛媛県立高校の「異文化理解」(大阪では考えられない)の最大のものとして、来週から志願者は志望校を変更できるシステムがある。倍率を見て若干志望者が動くのだが、少しでも三瓶分校は志願者を集めて欲しいと思う。がんばれ 三瓶分校と公営塾。

https://www.pref.ehime.jp/h12200/ehimenettv/4ch/030526_9.html

2022年2月12日土曜日

今年もサクラサク

共通テストを受験していた3年生の塾生が、今年も桜を咲かせてくれました。年末年始も近くの三崎支所で開塾し、ずっと頑張ってくれました。未咲輝塾の使命は、この細長い佐田岬半島の伊方町にある唯一の県立高校を存続させるために進学実績を上げる事にあります。

半島の付け根にある八幡浜市には、県内でも進学校として認知されているY高校があり、また工業高校や総合学科の県立高校があり、それらの高校に町内の中学生が流れていっていたのです。交通の便が良くないので、八幡浜市に住所を移すご家庭も多く、過疎化を防ぐ意味もありました。中学3年生の保護者と言えば、まさに生産年齢人口。高齢社会・限界集落化を防ぐ意味もあるのです。

よって、三崎高校の進学実績が高まれば、地元の中学生を集めることが出来ます。正直なところ、三崎高校の偏差値は、そんなに高くありません。しかし優秀な地元生が中心になって進学実績を上げてきました。今年もなんとか…という話です。来年の3年生は、どっと県外の生徒が増えた学年で、今年以上の成果をあげてくれると信じています。

最低限の仕事を成し遂げて、私もホッとしています。(今日の画像は、昨年の三崎高校前の桜並木です。)久しぶりの未咲輝塾のエントリーでした。