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本日は、日本ではあまり報道されないアフリカ・サヘル地方の現状について訴えるYouTubeがあったので、そちらのエントリー。https://www.youtube.com/watch?v=TvNQQg8sLUU
私がブルキナファソの北部サヘルの地に足を踏み入れたのは、かなり過去の話になってしまった。すでにブルキナファソの治安状況は、外務省の情報では、サヘル地方はレベル4・退避勧告になっている。首都ワガドゥグもレベル3・渡航中止勧告が出ている。あんなに平和で、治安など心配する必要がなかったのが嘘のようである。(画像参照)
YouTubeによると、ブルキナファソだけでなく、ニジェール・マリ・チャドといった旧フランス領の地域は、極度の貧困、天然資源の搾取(ニジェールはウランで有名。ブルキナファソも金の算出が増えている。)が要因となって、軍部によるクーデターで、反仏意識が向上し、フランス軍も撤退。そのあおりを受けてアルジャジーラやISIS系のイスラム武装組織が暗躍しているようだ。軍は、テロ組織を十分に抑えきれていないらしい。
ブルキナファソ事情を少しばかり知っている私は、当時の民主政府(といってもデモクレイジー的であった)は、やはりかなり腐敗しているように映った。もちろん、専門家としてJICAで日本に派遣された教育省のエリート官僚や、経済学を学んでいた学生さんなどは、真剣に国の将来を考えていたのだが、SONYという名の電化製品&ゲームの店に入ると、むちゃくちゃ高価な製品も並んでいた。(汚職で手に入れた金で得た)高級官僚などの家族向けの店とのこと。大統領が作ったという私的動物園の横を車で通過したこともある。一方で、日々の食を得るのに苦労している人々も、数多く見てきた。
一方で、青年たちは、反訪米的で”ラスタ”思想が強かった。ネスカフェ(現地ではコーヒーをみんなこう呼んでいた。)の空き缶を加工して土産物を作り、欧米人に売っていたのだが、「お前らの売りつけたもののゴミを持って帰れ。」というコンセプトだった。こういう国民感情があったのだ。一方、貧困家庭から口減らしで、首都に出てきた半分ホームレスの子供たちの多くは、コーラン学校の生徒だった。と、いっても仏教で言う乞食行(こつじきぎょう)のようなことをしてわずかな食を得ていた。極度の貧困の中、彼らがアルカイダやISISの組織に、飲み込まれても全く不思議ではない。ただ、ブルキナファソのイスラム教徒は穏健で、キリスト教徒徒と対立しているわけではなく、両者の混在した墓場を見て大いに驚いたこともある。わりとゆるいのである。
ちなみに、軍隊も警察もブルキナファソでは、教育を受けたエリートである。HDIでも世界最下層のブルキナファソでは、軍人になるのはそう簡単ではない。彼らが、国を憂う気持ちも理解できる。よって、軍事クーデターを批判する気は私にはないし、反欧米感情やラスタ思想にも理解できるところが大きい。これからも”アフリカ”留魂録としては注目していきたいところだ。








