![]() |
| https://seinansky.com/qinghai/qh0103.html |
ラサに着く前から、日本と中国の講和成立の噂が流れており、日本敗戦に変わっており、「アトムボムボ」という物凄い爆弾によって破壊されたという。ラサに住む漢人が提灯行列をしたのだが、チベット人に石を投げられた。同じアジアの小さな国が負けたというのに、それを喜ぶのは許せないということだった。チベットは吐蕃として恐れられていたが、仏教教化で戦闘力が衰え、康煕帝の遠征で属領化された歴史を持つチベットは中国への積年の恨みを晴らしてくれた日本に好意的たらざるを得ないのだった。
せっかくたどり着いたラサだったが、この日本敗戦を確かめるべく、インドに向かうことを決意する。チベット第二の都市・シガツェ(画像参照)へ巡礼の旅に出る。同行していたバルタンはミカンを知らなかったので皮ごと食べて苦くてまずいと嫌ったのだが、西川が皮を剥くのだと教えると逆に大好きになった。(笑)この街は農産物が豊富で、主食のツァンパ(下記画像参照)が安く、バターミルクもたっぷりと口にできた、とある。
![]() |
| https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/352321/061200030/?P=3 |
インドの最初の都市・カリンボンで、西川はチベット服を着た木村肥佐夫(同じ塾出身の密偵)と偶然会えた。彼らは蒙古語で日本の状況について語り合うこともできた。日本語が思うように出てこなかった、という。西川にとって天皇が無事だということが唯一の慰めだった。













