2026年7月21日火曜日

『ようこそアフリカ世界へ』

https://tower.jp/item/item/5497231?srsltid=AfmBOor7Yf1p
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学院の図書館で、先日『シリーズ地域研究のすすめ② ようこそアフリカ世界へ』(遠藤貢・坂本拓人著)を借りてきた。13に章分けされた、専門ごとの研究者の記述が集められている。入門書とあるが、その内容は深そうである。2学期の教材研究に使えそうなので借りてきた。執筆している専門家は東京の方が多いので新鮮でもある。ぼちぼち書評と言うか、教材研究メモを綴っていこうかと思う。

2026年7月20日月曜日

対ヤンキース・ダブルヘッダー

https://www.youtube.com/watch?v=79trTPrj9Mo
ヤンキースとのダブルヘッダー第1試合。山本由伸投手が完投勝利した。(ポストシーズンでは昨年2試合完投しているが、レギュラーシーズンでは初完投。)先日のササミローキ投手に続いて、見事な投球だった。大谷選手は2本タイムリーヒットを打って山本投手を援護した。エドマンやパヘスを始めとして打線も奮起、結局8対2で快勝した。私自身は4時頃からハムショー氏の実況を見ていた。ちょうと大谷選手が2本めのタイムリーを打つところだった。でもその時点で6万人以上の視聴者がいたのだった。(笑)W杯よりヤンキースとの伝統の一戦、大谷選手と山本投手の出るドジャーズである。
とはいえ、第3試合まで時間がある。W杯の結果だけ何度か見ていると、延長戦に突入後、スペインが1ー0で勝利したことがわかった。試合の内容より、私が興味をもったのは、準決勝でアルゼンチンがイングランド戦の勝利の後、「マルビナス(英名はフォークランド)諸島は我らのものだ。」という横断幕を複数の選手が掲げたことにFIFAがどう対応するかということだった。W杯決勝までにはペナルティを検討中で課さなかったようだが、スペインが勝利したことで、ホッとしているのではないかと思う。明確なW杯での政治利用だからである。いろいろな論評がなされており、アルゼンチン政府にもこのイングランド戦を利用しようとした意図があったような気配も指摘されている。このフォークランド紛争は、1982年、アルゼンチンのペロン大統領が内政の混乱やインフレから国民の目をそらせるために行われた紛争である。結局、イギリス海軍がこの紛争に勝利した。何故今、こんな横断幕が登場し、FIFAの政治利用禁止の絶対的タブーをアルゼンチンは破ったのか、よくわからない。天は、結局スペインに味方したのかも知れない。
https://www.youtube.com/watch?v=8H1YnehHn_k
さて、ダブルヘッダー第2試合である。両チームともブルペン陣の投げ合いとなった。ヤンキースが1回に1点を入れて、その後膠着。8回、エドマン選手が値千金の代打ソロHRで同点。その後もチャンスがあったのだが…。8回裏に逆転のHRを打たれてスイープはならなかったのだった。なんとも惜しい試合となった。

2026年7月19日日曜日

雨で明日ダブルヘッダー

https://www.instagram.com/p/DUyoS4AkkU8/
NYが雷雨であるとかで、ドジャーズ対ヤンキースの試合が、翌日のダブルヘッダーに変更された。第3戦に先発予定の山本由伸選手が第2戦に先発するという。ダブルヘッダーになることで、様々な予定外の事態が起こる可能性がある。ブルペンの使い方も変わるし、野手の疲労も溜まる。両チームの選手の層の厚さが大きく影響しそうだ。

ところで、ラッシングの問題が大きく取り上げられている。私個人の意見としては、なんとかロートベットを取り戻すことである。それが一番良さそうだ。

2026年7月18日土曜日

ヤンキース第1戦に痺れた

https://www.youtube.com/watch?v=aB0LnXKqvtQ
ササミローキ投手が、最速164.8kmの速球を投げて、ヤンキースを自責点0に抑えた。実際は1点入ったのだけれど、パヘスのエラーとラッシングのエラーによるもの。覚醒したササミローキ投手に大拍手である。試合は、ベッツ選手が四球を選んだ後、マンシー選手が逆転2ランを放って、僅差で初戦をものにした。ところで、最大のピンチで、パヘス選手が上手くさばいで、ベッツ選手に送り、彼の好返球でラッシング捕手が本塁を守りきったシーン。エラーした2人がベッツ選手のファインプレーで帳消しにしたのもいい。いやー、痺れる試合だった。ちなみに、大谷選手は無安打だったけれど、いい当たりを飛ばしていたのでちょっと安心した。

2026年7月17日金曜日

吉村昭 『戦艦武蔵』

またまた吉村昭を学院の図書館で借りてきた。初期の『戦艦武蔵』(新潮文庫)という作品である。これは歴史小説と言うより記録文学というジャンルである。造船という極めて複雑な工学的過程を自ら学び、膨大な資料や関係者へのインタヴューをもとに描かれた作品で、その読後感は独特なものがあった。

冒頭は、有明海沿岸の海苔養殖に必要な棕櫚(シュロ)が、手に入らないという話から始まる。九州から四国、和歌山にいたるまで、密かに買い占められていたのだ。この謎解きは、二号艦(武蔵という艦名はなかなか明かされない。)を、長崎の民間企業である三菱造船所で建造するにあたって、地形的に山がちで造船所が見渡せる故の、防諜装置(棕櫚を編んだ綱を垂らしで簾化し船台を隠す)として必要だったのである。風や火花などの影響を鑑み、様々な試行錯誤とテストの後、最善と判断された。

一号艦(=戦艦大和)は呉の海軍工廠で建造された故に、そのような必要はなかったのだが、二号艦は、様々な施策が必要だった。まずは、建造するに当たって山を切り崩したりして船台を前後左右とも拡大する必要があったし、防諜のために、警察や憲兵隊を大動員する必要もあった。造船所を望めるかのグラバー邸も子孫から購入したし、英・米の公使館の前に県が倉庫を建てて見えなくしたりとありとあらゆる方途で防諜活動を防いだ。

進水にあたっても、世界最大級の戦艦であるし、計算上、艦尾が船台の対面にある山にぶつかってしまうので、進水速度を緩める事が必要だった。昭和世代としては、電卓やコンピュータではなく計算尺を使い計算したであろう技術者の凄さを感じてしまう。結局、鎖を用いて浸水時の速度を緩めるという策が取られた。また進水した直後の防諜にも神経をすり減らすことになる。

この二号艦建造で、最もスリリングな展開だと私が思ったのは、呉から送られてきた設計図がたった1枚だけ紛失した際の話である。当然ながら、極めて厳重な管理体制がひかれていた。しかし、いくら探しても見つからない。多くの関係者が特高に拷問される事態となった。結局、三菱の工業学校を出たが設計部に回され、大した仕事を任されず不満を持っていた19歳の少年が、部署転換を望んでわざと失敗をしたのである。他の書類とともにボイラーで焼却したことが判明する。…その稚拙さとあまりに大きな影響を与えたことに、なんとも言えない気分になった。ちなみに、私の父親は神戸の三菱の職工学校出身である。海軍機の整備をしていた。

二号艦の防御システムは凄い。左舷に魚雷が命中して艦が傾いても、右弦に注排水して戻せる。たとえ、魚雷攻撃を受けても減速しない。また舵は、同時に損傷する可能性を鑑み、平行に設置するのではなく、前後にある。もちろん、世界最大級の鋼鉄で防御しており、実際爆弾を跳ね返す力があった。

主砲は46センチである。主砲を発射すると、その威力は凄まじく、甲板に乗員がいると吹き飛ばされる。ゆえに、主砲発射時は甲板には出れないようになっていた。この主砲のテストは伊予灘で行われたという。…佐田岬半島に住んでいた私としては感無量である。

https://www.asahi.com/articles/photo/AS20240708001571.html?iref=sp_photo_gallery_3
武蔵という名が明かされ、大和と共にトラック島(現ミクロネシア連邦)の環礁を拠点にしていた。(画像参照:手前が武蔵であるらしい。)この時の旗艦は武蔵であった。その後ブルネイに移動し、レイテ沖海戦で、実戦に臨み撃沈されることになるが、攻撃を受けての乗員の悲惨さは言うまでもない。陸上戦以上に悲惨である。…私は読んでいて、司馬遼の『坂の上の雲』で、日清戦争での秋山真之が負傷者を見てあまりの悲惨さに戦慄した光景を想起した。本書では、おそらく生存者へのインタヴューを元にした記述だと思うが、生々しすぎる描写に満ちている。さらに生存者たちは、武蔵が沈んだことを秘匿するため、様々な場所に軟禁されている。この事実も凄い。

磯田光一(文芸評論家)の解説では、本書を「1つの巨大な軍艦をめぐる日本人の”盲目的な集団自殺”の物語」(趣意)としている。武蔵の建造は、論理はどうあれ至上命題であり、効用や役割に不思議に第二次的な意味しかもたず神話的な象徴であり、不可能を可能に転化することを要求される。作者は、機密保持のための過酷な措置に対して不合理を告発する左翼作家の発想とほとんど関係のない地点で書いている。しかし”愚行”と見える武蔵の建造を、そういう批判眼をもって書いており、むしろ”愚行”に専念しうる人間の奇怪さ、それこそが人間の本質であるという認識を持っている。(趣意)また、作者は戦死者の内面を決して美化して描こうとしていない。叙述は即物的で、夢と現実の不一致、動機と結果の不一致を冷酷な客観性を持って描いている、としている。

…この解説に疑問の余地はない。現在も世界中で戦争は続いている。その事実に想いを馳せながら、いかに戦争が無益かを再認識させてくれる一冊であった。

2026年7月16日木曜日

キケとパヘスのボブルヘッド

https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2026
/07/16/gazo/20260716s10001007130000p.html
昨年のワールドシリーズ最終戦、キケと激突した奇跡的なパヘスの捕球が、ボブルヘッド人形として数量限定で配布されるそうだ。すでにファンの間で盛り上がっているらしい。当然である。よく見ると2人とも頭が動くようだ。いいなあ。私も欲しい。

地図で読むアメリカ15

「地図で読むアメリカ」(J・M・Vardaman著/森本豊富訳/朝日新書)の書評、第15回目。コリン・ウッダード氏の「11のアメリカ史」との比較検討をしておきたい。上記画像の左が「地図で読むアメリカ」10のアメリカ(以後⑩)、右が「11のアメリカ史」11のアメリカ(以後⑪)の地域区分である。国際系学部の学生になった気分で、できるだけ簡潔に整理したいと思う。

まずは、ほぼ同じ地域区分になっているのが、ヤンキー発祥の地である⑩ニューイングランドと⑪ヤンキーダム(⑪はそれが西に拡大しているが…)。大都市NYの⑩メトロポリタン・ニューヨークとニューネザーランド、サンフランシスコからシアトルへ続く太平洋沿岸の⑩パシフィック・ノースウェストと、ロスから始まるヒスパニックの多い⑪レフト・コースト、⑩サウスウェストと⑪エル・ノルテというところである。

反対に、両者で地域区分に独自に入れているのは、⑩ハワイと⑪ニューフランス(ニューオリンズとカナダのケベックなど)である。アラスカについては⑩ではアウトウェストに入れており、⑪ではファーストネイションとして独立させている。

両者の重要な相違は、まず南部地域の分類である。⑩ではサウスと一括りにしつつ、アップランド・サウスとディープサウスに分けて紹介している。⑪では、タイドウォーター(歴史的にイギリスの貴族的植民地の色が濃い、VAやNCなど)とディープサウスに分けられている。どちらかといえば、⑪のタイドウォーターを分離したほうが良いように思われる。さらに、アパラチア地域に関して、⑩の区分より、⑪の方が圧倒的に西に拡大している。これは、⑪が歴史的な特にアイリッシュなどのアパラチアからの移民の移動を重視しているからだろうと思われる。

西部に関して、⑩では農業地帯のハートランドとロッキー山脈と乾燥した牧畜が主のアウトウェストに分割しているが、⑪ではロッキー山脈の地帯をファーウェストとして1つにまとめられている。

北部と中部の区分も大きな相違が見られる。⑩では、五大湖周辺をインダストリアル・ノース地域とし、⑪では、ニューイングランドに繋がるヤンキーダムと宗教的寛容性のPAから繋がるミッドランドとに区分している。このミッドランドは、⑩のハートランドの農業地帯へも拡がっている。これは、⑪が歴史的な文脈から作成されたものであることを物語っているといえる。

さて、両者とも区分に入れず空白の地域がある。フロリダ半島の先、マイアミ周辺である。⑩ではNYやシカゴなどの大都市に近く、キューバ移民の話も若干でてくるのだが…。

社会科学の答えは1つではない。視点によってその法則性(結論)は変化する。まさにそれを感じる地域区分である。⑩は前述のように、様々な問題意識(住民の指向性、特に宗教的な側面、連邦政府への姿勢、環境問題への対応など)を重視した社会問題的な地域区分になっている。⑩の著者は明らかにリベラルな立場から区分していると見える。一方、⑪の方は、歴史的な側面、特に住民のエスニック・グループ的状況を重視している。どちらが正しいということはあるまい。

私にとっての問題は、教材としてどちらを主に使うべきかということである。なかなか難しい問題である。