現兵庫県の姫路と神戸の間に生まれた彦太郎は、父を亡くし、後妻となった若い母も病死する。13歳で継父の船に乗り込み、水主見習いとなり、父の友人の船(永力丸)に移ったのだが、暴風雨のために難破する。この後の対応が詳細に描かれている。舵がやられるともうどうしようもない。帆柱を切るしかなくなる。チョンマゲも切り、神仏に祈るしかなくなる。幸い、米を積んでいたので、餓死することもなくアメリカ船に救助される。物語は、彼らのその後と、関わった日本人漂流者の詳細にわたる。
まず感じたのは、最も年少の彦太郎(彦蔵)をはじめとした詳細な資料をもとに書かれていることである。彦蔵は英語で自伝を残しているのは幸いだったが、膨大な資料を探し起こし、地方の歴史家に会い、この本書は出来上がっている。吉村昭氏の凄さは、筆力とともにこの点にあると思う。
サンフランシスコに上陸した永力丸の一行は、アメリカ市民の様々な援助を受けた後、香港へ向かう。ペリーの艦隊によって帰国を目指すのだが、ここで当時の鎖国日本の外国船打ち払い令で帰国できなかった(モリソン号事件)、香港の日本人漂流者に出会う。帰国を諦めイギリス商社と関わり成功していた力松は、その困難さを挙げ、中国船で長崎へ行くのが良いと述べ多くの水主がこれに従う。彦蔵は、親切なアメリカ人・トマスにサンフランシスコに戻るよう説得される。水主の2人(後に函館に1人、さらに幕府のアメリカ視察船で江戸にもう1人が帰国)が彦蔵とともにUターンする。
上海経由の中国船でも仲間の長崎からの帰国がなり、中には外国船の操船ができるとして士分に引き立てられた者もいた。
サンフランシスコで、税関長サンダースの支援を受け、後にボルチモアで学校にも行かせてもらえた彦蔵は、英語をかなりマスターできた。この有力者は父のようにその後の彼を支えてくれる。それも、彦蔵の日本人的な勤勉性と性格の良さのおかげだったと推測出来る。この辺は紆余曲折があるのだが、この地で奥さんの勧めでカトリックの洗礼を受ける。さらに驚くことに、サンダースによりピアース大統領、上院議員によりブキャナン大統領に日本人として初めて会っている。日本が開国した際、帰国の実現のためサンダースはアメリカ国籍を取らせる。(キリシタン禁令がまだあったため)アメリカに帰化した日本人も彼が最初であろう。在神奈川のアメリカ領事の通訳として帰国がかなう。彼は公使ハリス、領事ドールには好印象を持っている。横浜村の外国人居留地に住んだ彦蔵は貴重な通訳として重宝されることになる。
しかし、攘夷派のテロが頻発する。香港で1人失踪した岩吉は伝吉、さらにダンと呼ばれイギリス大使オールコックの通訳となって帰国した。大威張りで馬に乗り日本人を見下していた彼は攘夷派に暗殺される。さらにハリスの通訳であったヒュースケン暗殺が影を落とす。このような攘夷派のテロは続き、彦蔵はアメリカへの再渡航を考えざるを得なくなってしまう。
アメリカで、領事の正式な通訳官の任を得、リンカーン大統領とも会うことになるのだが、南北戦争の影響で、日本との交易は激減していた。日本帰国後、横浜村で、英字新聞を翻訳することで大いに重宝され、日本初の新聞を創刊。だがこの間に、ハリスもドールも帰国し、新しい領事とも上手く行かなくなり、通訳官を退任して長崎へ移る。
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なんとも波乱万丈の人生である。激動の幕末維新、その時期、その次期の日米両国の国情に翻弄されつつも、アメリカ人に愛された人物像が浮かび上がる。すばらしい歴史小説だった。












