先ほど北海道から帰阪した。猛暑が続く大阪と違い、Tシャツ1枚では震えるような日々であった。所用のために行ったのだが、少しだけ観光もしてきた。到着初日に、息子夫婦の希望で、かの有名な羊ヶ丘展望台に寄ってからホテルへと向かった。
クラーク博士の立像がある羊ケ丘展望台は、札幌の時計台と並ぶ「残念観光地」だと思っていたが、広く続く地平線と羊たちのコントラストが意外に好印象だった。ファイターズに見捨てられた札幌ドームも、後方に映っているがこれこそ「残念」かもしれない。(笑)
ホテルには三連泊したのだが、中国本土からの観光客は少なくなっているはずだが、韓国や台湾、香港などの観光客が実に多かった。ひと目見てわかるわけではなく、コトバを発した瞬間にわかる。あまり愉快なことではないのだが、大きな声のハングルを耳にすることが多かった。H高校の修学旅行以来の北海道だが、あまりの外国人観光客のの増大に驚かされたのだった。新千歳空港への国際線の路線図を見てみると、アジア地域からの直行便がかなり多い。…さもありなんである。
二日目は、これも息子夫婦の希望で、厚別区の北海道開拓村と北海道博物館に行った。ふと気づいたのだが、開拓村にある国旗や道旗が半旗になっていた。この日(28日)は、戦争中に犠牲になった約11万人の戦没者への「道戦没者追悼式」が札幌で行われていたのだった。近隣の北海道博物館でも同様の半旗であった。この博物館の展示はなかなか素晴らしかった。
アイヌとの関係史の展示(画像は、アイヌの人々と内地の藩との物品の交換ジオラマ)や蟹工船の詳細な模型、大正時代に描かれた鳥瞰図などは実に見応えがあった。大満足であった。
ところで、この日は、ホテルに戻ると、携帯に地震情報が流れ、TVから熊本の地震のニュースが流れてきた。M7の10年越しの大地震である。このニュースがずっと流れていた。
第三日目は、所用で石狩市に向かった。所用の後、樋口季一郎記念館による予定だったのだが、閉館日で諦めることになった。これは残念。樋口喜一郎は、ナチスから逃れてきたユダヤ人に便宜を図った陸軍軍人である。人道の港敦賀ムゼウムに繋がる記念館である。https://higuchi-museum.jp/about/about.html ホテルに戻ると、熊本イオンモールの爆発などさらに多くの惨劇が明らかになっていた。
最終日は、どこにも寄らずレンタカーを返却した。今回は所用が目的であったので、ブログにエントリーできるのはこれくらいかと思う。
最後に、熊本地震で、犠牲になられた方々には心からお悔やみを申しあげます。また多くの被災している方々のご苦労は、多少なりとも阪神大震災を経験した私にも実感できます。数多くの余震とこの猛暑の中、くれぐれもご健康を維持されんことを祈っています。私たち日本人の心のなかに半旗がずっと翻っています。