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| https://tower.jp/item/item/5497231?srsltid=AfmBOor7Yf1p 6gi5zRLCarWjXFtRPu1WXaC8RqfPEAWbPsl82fQNvRd6 |
2026年7月21日火曜日
『ようこそアフリカ世界へ』
2026年7月20日月曜日
対ヤンキース・ダブルヘッダー
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| https://www.youtube.com/watch?v=79trTPrj9Mo |
2026年7月19日日曜日
雨で明日ダブルヘッダー
2026年7月18日土曜日
ヤンキース第1戦に痺れた
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| https://www.youtube.com/watch?v=aB0LnXKqvtQ |
2026年7月17日金曜日
吉村昭 『戦艦武蔵』
冒頭は、有明海沿岸の海苔養殖に必要な棕櫚(シュロ)が、手に入らないという話から始まる。九州から四国、和歌山にいたるまで、密かに買い占められていたのだ。この謎解きは、二号艦(武蔵という艦名はなかなか明かされない。)を、長崎の民間企業である三菱造船所で建造するにあたって、地形的に山がちで造船所が見渡せる故の、防諜装置(棕櫚を編んだ綱を垂らしで簾化し船台を隠す)として必要だったのである。風や火花などの影響を鑑み、様々な試行錯誤とテストの後、最善と判断された。
一号艦(=戦艦大和)は呉の海軍工廠で建造された故に、そのような必要はなかったのだが、二号艦は、様々な施策が必要だった。まずは、建造するに当たって山を切り崩したりして船台を前後左右とも拡大する必要があったし、防諜のために、警察や憲兵隊を大動員する必要もあった。造船所を望めるかのグラバー邸も子孫から購入したし、英・米の公使館の前に県が倉庫を建てて見えなくしたりとありとあらゆる方途で防諜活動を防いだ。
進水にあたっても、世界最大級の戦艦であるし、計算上、艦尾が船台の対面にある山にぶつかってしまうので、進水速度を緩める事が必要だった。昭和世代としては、電卓やコンピュータではなく計算尺を使い計算したであろう技術者の凄さを感じてしまう。結局、鎖を用いて浸水時の速度を緩めるという策が取られた。また進水した直後の防諜にも神経をすり減らすことになる。
この二号艦建造で、最もスリリングな展開だと私が思ったのは、呉から送られてきた設計図がたった1枚だけ紛失した際の話である。当然ながら、極めて厳重な管理体制がひかれていた。しかし、いくら探しても見つからない。多くの関係者が特高に拷問される事態となった。結局、三菱の工業学校を出たが設計部に回され、大した仕事を任されず不満を持っていた19歳の少年が、部署転換を望んでわざと失敗をしたのである。他の書類とともにボイラーで焼却したことが判明する。…その稚拙さとあまりに大きな影響を与えたことに、なんとも言えない気分になった。ちなみに、私の父親は神戸の三菱の職工学校出身である。海軍機の整備をしていた。
二号艦の防御システムは凄い。左舷に魚雷が命中して艦が傾いても、右弦に注排水して戻せる。たとえ、魚雷攻撃を受けても減速しない。また舵は、同時に損傷する可能性を鑑み、平行に設置するのではなく、前後にある。もちろん、世界最大級の鋼鉄で防御しており、実際爆弾を跳ね返す力があった。
主砲は46センチである。主砲を発射すると、その威力は凄まじく、甲板に乗員がいると吹き飛ばされる。ゆえに、主砲発射時は甲板には出れないようになっていた。この主砲のテストは伊予灘で行われたという。…佐田岬半島に住んでいた私としては感無量である。
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| https://www.asahi.com/articles/photo/AS20240708001571.html?iref=sp_photo_gallery_3 |
磯田光一(文芸評論家)の解説では、本書を「1つの巨大な軍艦をめぐる日本人の”盲目的な集団自殺”の物語」(趣意)としている。武蔵の建造は、論理はどうあれ至上命題であり、効用や役割に不思議に第二次的な意味しかもたず神話的な象徴であり、不可能を可能に転化することを要求される。作者は、機密保持のための過酷な措置に対して不合理を告発する左翼作家の発想とほとんど関係のない地点で書いている。しかし”愚行”と見える武蔵の建造を、そういう批判眼をもって書いており、むしろ”愚行”に専念しうる人間の奇怪さ、それこそが人間の本質であるという認識を持っている。(趣意)また、作者は戦死者の内面を決して美化して描こうとしていない。叙述は即物的で、夢と現実の不一致、動機と結果の不一致を冷酷な客観性を持って描いている、としている。
…この解説に疑問の余地はない。現在も世界中で戦争は続いている。その事実に想いを馳せながら、いかに戦争が無益かを再認識させてくれる一冊であった。
2026年7月16日木曜日
キケとパヘスのボブルヘッド
地図で読むアメリカ15
まずは、ほぼ同じ地域区分になっているのが、ヤンキー発祥の地である⑩ニューイングランドと⑪ヤンキーダム(⑪はそれが西に拡大しているが…)。大都市NYの⑩メトロポリタン・ニューヨークとニューネザーランド、サンフランシスコからシアトルへ続く太平洋沿岸の⑩パシフィック・ノースウェストと、ロスから始まるヒスパニックの多い⑪レフト・コースト、⑩サウスウェストと⑪エル・ノルテというところである。
反対に、両者で地域区分に独自に入れているのは、⑩ハワイと⑪ニューフランス(ニューオリンズとカナダのケベックなど)である。アラスカについては⑩ではアウトウェストに入れており、⑪ではファーストネイションとして独立させている。
両者の重要な相違は、まず南部地域の分類である。⑩ではサウスと一括りにしつつ、アップランド・サウスとディープサウスに分けて紹介している。⑪では、タイドウォーター(歴史的にイギリスの貴族的植民地の色が濃い、VAやNCなど)とディープサウスに分けられている。どちらかといえば、⑪のタイドウォーターを分離したほうが良いように思われる。さらに、アパラチア地域に関して、⑩の区分より、⑪の方が圧倒的に西に拡大している。これは、⑪が歴史的な特にアイリッシュなどのアパラチアからの移民の移動を重視しているからだろうと思われる。
西部に関して、⑩では農業地帯のハートランドとロッキー山脈と乾燥した牧畜が主のアウトウェストに分割しているが、⑪ではロッキー山脈の地帯をファーウェストとして1つにまとめられている。
北部と中部の区分も大きな相違が見られる。⑩では、五大湖周辺をインダストリアル・ノース地域とし、⑪では、ニューイングランドに繋がるヤンキーダムと宗教的寛容性のPAから繋がるミッドランドとに区分している。このミッドランドは、⑩のハートランドの農業地帯へも拡がっている。これは、⑪が歴史的な文脈から作成されたものであることを物語っているといえる。
さて、両者とも区分に入れず空白の地域がある。フロリダ半島の先、マイアミ周辺である。⑩ではNYやシカゴなどの大都市に近く、キューバ移民の話も若干でてくるのだが…。
社会科学の答えは1つではない。視点によってその法則性(結論)は変化する。まさにそれを感じる地域区分である。⑩は前述のように、様々な問題意識(住民の指向性、特に宗教的な側面、連邦政府への姿勢、環境問題への対応など)を重視した社会問題的な地域区分になっている。⑩の著者は明らかにリベラルな立場から区分していると見える。一方、⑪の方は、歴史的な側面、特に住民のエスニック・グループ的状況を重視している。どちらが正しいということはあるまい。
私にとっての問題は、教材としてどちらを主に使うべきかということである。なかなか難しい問題である。











