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| http://www.asahi.com/special/kotoba/archive2015/mukashino/2014060800001.html |
圧死や焼死、さらに溺死の死体処理の話や、バラック街の悲惨さ、不衛生さなど、その後の犯罪の多発なども、詳細に書かれているが、とても書き留めておけない。
少し興味がわき、書き留めておきたいと思ったのは、アメリカやイギリスなど全世界が、食糧、木材、燃料等を支援してくれた事実の中で、日本政府が対応に苦慮したのが、ソ連がウラジオストクから送り込んだ「レーニン号」であったことである。医師や看護婦67名と共に食糧や医薬品を積んでいた。ただし、彼らの目的は日本の労働者が対象で共産主義思想を喧伝すること(この大震災をきっかけに革命へ前進すべき)であった。結局、退去命令が出され、帰港した。(画像はこの事件を伝える大阪朝日新聞の記事)
さてさて最終章は、冒頭の東大地震教室の話である。大森教授は、震災時は、汎太平洋学術会議の地震学分科会の座長を務めており、その時間、シドニーの天文台の地震観測所を視察していた。地震計の針がふれ異様な縁を描くのを見て、入念に計測した結果それが日本であることを知った。やがてオーストラリアにも大震災の電報が届いた。例の大正4年の地震騒動で、民心の不安を抑えるために大地震はないと主張していた彼にとっては大打撃であった。その後、彼は帰国便の船内で発病し重態となったが、帰国後、内相の後藤新平や首相の山本権兵衛に、震災後の復興を他の学者を通じて伝言を伝えた。その熱情を受け、首相は見舞いに駆けつけたが、11月8日死去した。
…歴史に学ぶことは極めて重要である。もし現在の日本で、直下型地震や南海トラス地震が起こった場合、どのような被害が起こり、どのような対策が必要か、国や各自治体が熟慮し準備をしているが、本書は、まさに一石を投じるものだと思う。









