2026年10月29日木曜日

ちばてつや氏の訃報と「夢」

https://www.pixiv.net/artworks/101198673
10月22日に漫画家のちばてつや氏が鬼籍にはいられたそうだ。今朝YouTubeで知った。不思議な夢を見た直後だったので驚いた。

不思議な夢とは、ちばてつや氏が矢吹丈のリングネームで、アマチュアのボクシング大会に出る夢で、タトゥーをした強そうな選手と1ラウンドだけ戦い、結局1発もパンチを受けなかったという夢である。

ちばてつや氏の漫画は、我々の世代にとって大きな存在だった。小学生のころの私は「ハリスの旋風」が大好きだった。屋台のラーメン屋の息子で、ガリスポ(ガリ勉ではなく、運動部を掛け持ちする)石田国松は、ある意味私のあこがれであった。野球、剣道、ボクシング(ここでは拳闘とされていたのに時代を感じる)、そしてサッカー。

「あしたのジョー」は、ちば漫画の中で最も強烈な印象を残している。工業高校時代、この漫画を元にクラスでビデオを制作した。実際にボクシングジムに通う生徒が2人いたからだ。最後に主人公は真っ白に燃え尽きるのだが、小麦粉を頭から被された。(笑)すぐに、風呂に行けと風呂代を渡したのをよく覚えている。当時は誰でも知っているラストシーンであった。

「紫電改のタカ」という作品も俊逸である。松山出身の滝という少年飛行兵の話なのだが、最終的には、教師になる夢を捨てて神風攻撃で散る。戦闘シーンも多いのだが、米兵との友情や平和を深く訴える作品であった。

「のたり松太郎」も大好きだった。相棒の田中が優勝、結婚というハッピーエンドで終わるのだが、最終回は、京都の漫画博物館で読んだ記憶がある。

ちば氏の漫画は、顔、特に鼻の書き方に大きな特徴があった。ちかいの魔球以来変わっていない。ハリスの旋風のおちゃら(上記画像参照)も、あしたののジョーの白木葉子も鼻はそっくりだ。でもそこがいい。

ちばてつや氏の逝去に際し、深く哀悼の意をささげます。名作の数々を執筆していただき、ありがとうございました。

2026年10月28日水曜日

秋空高く日はうらら

https://swa.city-osaka.ed.jp/e671483/weblog/116435370
特進クラスの模擬テストの監督をしていたら、隣の小学校から、なにやら太鼓の連打や歓声が起こっていた。どうやら、近々運動会があるようだ。昭和の30年代から40年代にかけて、私の通っていた小学校でも運動会があった。必ず秋である。なぜなら、「運動会の歌」に♪秋空高く日はうらら、心も軽く身も軽く、とあるからである。不思議だったのは、運動会の歌はあっても、校歌が出来たのが私が高学年になってからであったことだ。だから、校歌よりこの運動会の歌の方が記憶に残っている。歌は続く。♪H(学校の名称)健児らの日頃鍛えたこの腕を父母観衆のその中で現す今日の楽しさよ~。

うーん、今は父母という語は死語である。ジェンダーや欠損家庭の関係で「保護者」となる。この歌、まだそのまま歌われていたのだろうか、などと思う。

今はダンス全盛だが、6年生の時(1969年)、運動会で「リズム」という名のパフォーマンスを演じた。早朝から時間が進んでいくという流れで、当時でもなかなか斬新的だったようで、TV放送された。児童は運動場を囲み、体育座りをしている。音楽に合わせて、出席番号順に、運動場に歩いて出ていく。自転車のような2人組もいたと記憶している。その後皆が集まり輪を作っていったような記憶がある。我が担任のN先生は、新卒で新しい教育実践を導入しておられた。音楽の授業では、シンセサイザーによる電子音楽なども聞かされた記憶がある。当時では画期的だった。

私は運動が苦手っだったし、運動会や体育祭に出場するのは好きではない。中3の時など、足を怪我したのを幸いにずっと用具係のリーダーをやっていた。高校時代は、3年間ひたすら科の応援団をやっていて、競技にでた記憶がない。3年では副団長だった。俳優の時任三郎(木材工芸科の団長だった)と科(私は図案科)で互いの応援をした記憶は鮮明だが…。(笑)

ところで、2026年3月末日、我が小学校は、95年の幕を閉じた。少子化の波は、昭和の匂いがプンプンする運動会の歌をも消し去ってしまったのだった。

2026年10月27日火曜日

吉村昭「関東大震災」を読む1

学院の図書館で、吉村昭の「関東大震災」というノンフィクションで菊池寛受賞作の文庫本(文春文庫)も借りていた。途中で、震災時のあまりの悲惨な描写に読むのを中断したくらいの内容である。本書の書評も書いていこうと思う。

本書は、いきなり大正4年の即位の大礼から始まる。「ミカドの肖像」で有名な八瀬童子が御羽車(おはぐるま:神鏡を運ぶ箱型の輿)を担ぎ、東京を立たれるシーンが描かれる。天皇は御召列車で、名古屋泊を経て京都へ。11月10日、即位式が行われたその夜に、東京の町が強い地震に襲われる。…続く。

2026年10月25日日曜日

PHPの脆弱性の件

何日か前に、学院の連絡システムであるClassiで、法人事務局から「PHPの脆弱性性対策で、WEBシステムの緊急メンテナンスを実施している云々」という内容が送られてきた。ITに疎い私にとって、PHPといえば、松下幸之助氏ののPHP研究所の雑誌である。(画像参照)ナンノコッチャと思っていたが、YouTubeでわかりやすく解説されていた。

https://www.youtube.com/watch?v=gtuPvLCVqfA

PHPというのは、ウェブサイトの裏側で以後いている「画面を作る係」であるらしい。サイトを開く度にサイトを置いてあるサーバーの中で動いて、データを取っってきて、画面を組み立てて返してくれる。サーバーの約7割がPHPを使っているらしい。

このチャンネルでは、その脆弱性や、今回の問題について私にもわかるように説明してくれている。騒ぎが大きくなり、いろいろ言われているけれど、PHPのプログラミング集団やセキュリティーの専門家集団が常に更新してくれているようである。

2026年10月24日土曜日

揺れるフランス 考Ⅱ

https://www.youtube.com/watch?v=rPzSH5x61Fg
いろいろなフランスの暴動に関するYouTubeが出ているが、これだというチャンネルを見つけた。高校生にはまだ少し難しいが、それでもきちんとした経済学的な知識に裏付けされたわかりやすい解説になっている。https://www.youtube.com/watch?v=rPzSH5x61Fg 

第2章の、ユーロ圏を1つの身体と見て、フランスは、その心臓であり、国債はその全身を巡る血液、銀行は血液を運ぶ血管、スプレッド(債券の金利の利回りや信用)はその異変を知らせる体温計というたとえは、実に参考になる。私は政治・経済の授業では、インフレ・デフレを身体と血の量でよく説明するのだが…。

50年かけてフランスは財政赤字をじわじわと重ねてきた。その原点は80年前の約束(連帯:ソリダリテ)にある。19世紀末の政治思想で、レオン・ブルジョワは、「社会から恩恵を受けて行きている以上、互いに義務を負う、個人の自由を重んじつ共和国が、同時に支え合いの仕組みを持つ。」としたのである。WWⅡ直後、現在の社会福祉制度は、レジスタンス組織、官僚、労働大臣らの協力で成立したもので、年金は日本と同じ賦課方式。フランスでは、アキ・ソシオ(闘争や交渉によって勝ち取った権利は、社会契約の一部であり、簡単に手放すべきではない)という意識が強い。よって、縮小されることは非常に難しい。このチャンネルの制作者は、このソリダリテは、戦争の傷から生まれた国家の物語そのものなので、故にその権利の一部を削る議論は、共和国とはなにかという根源的な話になってくるとしている。

石油危機の1973年まではフランスも高度経済成長期で、財政は黒字だった。以後は財政改革の試みと街頭の抵抗(ストライキ等)が交互に起こり、政治状況の混迷もあって、うまく進んでいない。

今回の高校生の抗議は、未来への投資を求めたものだが、未来への投資と過去への約束(教育予算の1/4が退職した教員の年金にあてられている)が同じ財布の中で競い合っている構図が浮かび上がってくる。このチャンネルの制作者は、これを「獲得された権利の罠」の正体としている。1つ1つの権利はその次代に正当な理由を持って勝ち取られたものであるしかし、権利は積み上がる一方で、経済の成長は昔ほど速くない。その差を埋めてきたのが50年分の借金であった。前に進めても後ろには戻りにくい歯車のようなものであると。

第5章は、ユーロ圏から見ると、フランスが「大きすぎて救えない:ギリシャとの決定的な違い」というタイトルがつく。フランスの財政赤字は、€3兆5955。ギリシアの11倍もある。ギリシア危機の歳、EUがつくった加盟国向けの緊急融資の基金・ESMの、融資限度は€5000億(実際は、すでに約束済みの分があり€4330億)だし、ドイツに次いでESMを支えているフランスが支えてもらう側に回れるのか、と言うと大きな疑問である。ESMやIMFに頼ったりすれば、信用が解けてしまうだろう。このチャンネルの制作者は、「フランスの危うさは、借金の大きさそのものより、大きすぎて誰も肩代わりできないのに、自分では通貨を刷れないという組み合わせにある。」としている。

第6章のタイトルは、ソブリン・バンク・ワープ(ソブリンとは国家の意)破滅の連鎖のメカニズムで、国債と銀行と政府の悪循環の関連である。これは実にわかりやすく解説されていて有為である。国の信頼が揺らぐと、銀行が持つ自国の国債の価値が下がり、自己資本が削られる。銀行が弱れば、国家による救済が行われる。その救済の負担が予想されて、国の信用がさらに揺らぐ。(画像の左の輪)さらに実体経済の輪(右の輪)、体力を失った銀行は、企業や家系への貸し出しを絞る。すると景気が悪化し税収も減る。これによって財政が悪化し、国債の信用が揺らぐというわけである。

欧州中央銀行の話が続く。条約と規律と物価に正統性を与える立場の欧州中央銀行は、買い支える力はあっても、この3つ(条約・規律・物価)のどれかの鎖を引きちぎることになる。よって最後は政治に決済を求めるだろうと。

最後に、今回の危機は、前述のフランス国内の「連帯」と欧州の「連帯」のぶつかり合いでもあり、またこの2つの連帯はこれまで互いを支えてきた。(共通通貨のお陰でフランスは低い金利で借金を続けることが出来たし、フランスの社会保障は欧州のモデルとして語られてきた)だが、それぞれが互いの重荷になってしまったという逆説こそが、今回の危機の一番深い層にあると結ばれている。

2026年10月23日金曜日

LIVE FREE OR DIE

https://www.nhpr.org/politics/2016-01-28/house-rejects
-bill-to-give-n-h-motorists-a-choice-on-live-free-or-die-motto
アメリカの国是といえるものの1つは、VAのパトリック・ヘンリーによる演説で語られた”Live Free or Die”(自由をしからずんば死を)だといえる。イギリスのアメリカ植民地への茶税など独立戦争に関わるコトバである。

授業では、アメリカが銃を保持できることの意義について語った。これは、最初のアメリカ行で、デトロイトのコーディネーター・サム氏が語った言「もし、私の自由や権利を、州政府や連邦政府が犯そうとした時、銃がなければ戦えないではないですか。」に由来している。

多くの日本人は、自衛のために銃を保持していると思っているが、もっと深い理由によるものだ。自由は、暴力によって勝ち取られたものだということは、フランス革命を始めとした歴史が教えてくれる。日本には、そういう経験がない。WWⅡ以後、もうひとつのアメリカの国是「明白なる天命」によって、自由と民主主義は与えられたという稀有な歴史を持っているからである。

フランスの現在の状況、国民の抗議する自由を認めつつ、各自の権利も認めつつ、悪化する国家財政やユーロとの兼ね合いの中で苦しんでいる姿の原点も、ここにあると思うのである。

2026年10月22日木曜日

スクーバル投手の出身地

https://news.ntv.co.jp/category/sports/525969fe25a641b5b60719059b006094
ドジャーズの来季は、スクーバル投手の契約如何にかかっていると言われている。そのために多くの選手の年帽をを調整する必要があるようだ。

たまたまスクーバルのこれまでのYouTubeチャンネルがあって見ていたら、驚いた事があった。彼は、アリゾナ州・キングマンの出身だということを知った。キングマン…。懐かしい名前だ。R66の旅で立ち寄った町である、目的地は、NHKで紹介されていた理髪店のあるセリグマンだったが、キングマンももたR66の重要な地点で、ここで貨物列車の長時間の通過を経験した思い出の街でもある。

https://www.youtube.com/watch?v=af-OFi3J6XU

https://www.expedia.co.jp/Kingman.dx1572?gallery-dialog=gallery-open
はっきり言って、田舎である。スクーバル投手はここから這い上がっていったのだ。奥さんも高校の同級生で、会計士の資格を持ったしっかり者であるそうだ。おそらく、山本由伸投手を超える額の契約になるだろう。これからの進展を楽しみにしたい。それだけの投手であることは間違いない。