2026年3月25日水曜日

カーグ島に陸軍空挺部隊も

イランの最大の石油輸出基地であるカーグ島の占領をアメリカは志向していのが確実のようだ。すでに強襲揚陸艦トリポリに、沖縄の海兵隊が乗り込んで出発した模様。一方、陸軍の精鋭部隊である空挺部隊も、輸送機で周辺基地に集結しているようだ。合計5000の兵力であるらしい。

おそらくイランの革命防衛隊も黙って見ていないように思うので、今回の戦いで、これまでのアメリカの死傷者が極めて少ない状況が大きく変化する可能性が高い。

この威圧にイランが屈すれば良いのだが…。革命防衛隊の士気はどれほどなのだろう。すでにこれまで私腹を肥やしてきた上層部の多くは攻撃でやられている。最高指導者もいない中、ジハード(聖戦)の宣言もなされていない。シーア派の法源には、クルアーンやスンナ、イジュマーと共に「理性」(アクル)があるはずである。無駄に死傷者が増えないことを祈るばかりである。

今回もAI画像で、革命防衛隊の現場の逡巡というタイトルで作ってみた。

2026年3月23日月曜日

幕末史をメタに見る

鍵屋での市民講座を受けて、久しぶりに幕末史についてメタに考えたいと思う。その結論は、薩摩藩の動向が極めて重要だということである。

薩摩藩は、島津斉彬の時代、篤姫(斉彬の養女)を第13代将軍家定の正室にすえ、一橋慶喜に禅譲をさせようとしていた。一橋派(水戸藩出身故に優秀でも将軍にはなれない慶喜を、御三卿の一橋家の養子にして、次期将軍の座を狙う派閥:越前の松平春嶽と橋本左内・水戸の徳川斉昭・老中阿部正弘)の1人であった。しかし、斉彬は病死する。彼の尊王攘夷の思想(アジア主義と言った方がいいかも知れない)の影響は、その後の薩摩藩に浸透する。最大の後継者は西郷であると言ってよいが、同じ尊王攘夷と言っても長州とは一線を画す幕府内の改革派であった。しかし、南紀派の井伊直弼に権力闘争で破れ、安政の大獄で一気に暗転してしまう。

以降、薩摩は生麦事件をきっかけに薩英戦争を戦い、攘夷の限界を知ったのだが、蛤御門の変では、会津と幕府側で共に長州と戦った。

薩摩の転機となったのは、第一次長州征伐で、西郷の斡旋で無血の戦いに終わらせた。その後の長州もまた四国連合艦隊との戦いで攘夷の限界を知り、薩長同盟=倒幕へ向かうことになる。第二次長州征伐でも結局薩摩は動かず、14代将軍家茂の急逝で幕府側は兵を引く。

大政奉還という第15代将軍慶喜の策を薩摩は蹴り、軍事的な倒幕へ舵を切る。鳥羽伏見の戦いから、戊辰戦争へと進むわけである。薩摩藩の幕府内改革から、倒幕への方向転換が、全てを決めたと言えるだろう。

さて、先日学院の社会科のM先生と、幕末史で最も好きな人物を訪ねたのだが、大久保利通(当時は一蔵)の名が出た。たしかに、下士から久光に囲碁で取り入り、親友の西郷に並ぶ出世をした傑物であり、鳥羽伏見の戦いで岩倉具視と錦の御旗を捏造(本日のAI画像参照)し、水戸出身(藩是は家康の遺訓であり、同時に隆盛した水戸学は、朝廷への忠義を謳っている)の慶喜を朝敵扱いし、江戸帰還へと貶めた。私も最強の人物だと思っている。私は?と問われ、勝海舟と山岡鉄舟、さらに松平容保ら幕府側の逸材を挙げた。これはまあ、判官贔屓である。

幕末史の面白さは、膨大な数の魅力に溢れた人物像にあると思う。しかしメタに見た場合は、この薩摩の背信にこそあるといえる。

2026年3月22日日曜日

枚方宿鍵屋の市民歴史講座

枚方宿 鍵屋資料館
枚方は、京と大坂を結ぶ水路であり街道であったという歴史がある。今日は、その歴史的な枚方宿の「鍵屋」で「幕末政治と枚方」というテーマの市民歴史講座に参加してきた。

歴史学というものは、様々な文献で明らかになった事実を元に語られる。枚方を往来した幕末時代の人物は多いだろうが、文献に残っているとなると、数は多くない。本日の講師は、京都女子大・大谷大学講師の中村武生先生である。基本的に京から大坂へは淀川の流れに沿って水路、反対に大坂から京へは陸路で枚方宿を通過することが多いとのこと、である。

まず最初に講じられた人物は、15代将軍徳川慶喜である。枚方北部の陣屋の代官の日記により、真夜中に徳川慶喜が通ったことが記されている。鳥羽伏見の戦いで朝敵扱いされ、松平容保らと大坂へ逃げた時のことらしい。当然ながら、間道や抜け道を5・60人の武士が事前に探索し、篝火をたいての逃避行だったようで、住民たちがかなり驚いたと記録されている。

続いて、土佐の山内容堂の側近が残した日誌によると、文久3年1月に江戸を立ち、海路で大坂に入り、23日に枚方宿に宿泊していることが明らかである。当時の京では、安政の大獄で多くの公家やその家臣らも処分の対象となった。吉田松陰や橋本左内の方が有名だが、よくよく調べてみると多くの公家関係の名が認められる。すなわち、京からすれば、開国後の幕府が強権的に天皇・朝廷を蔑ろにした事件であった。ところが攘夷を唱える天皇への指示が急激に高まり、14代将軍徳川家茂を京に呼び寄せ協議することに成功した。それまで、将軍や大名が京を訪れることはほぼなかったのだが、この将軍の上京にあわせ、200万石以上の有力大名にも京にのぼることを命じた。これに応じたのが薩摩・長州・土佐であったわけだ。日記の原文を見ると、容堂は21日に大坂に着き、土佐藩邸に泊まっている。22日には薩摩の小松帯刀、大久保一蔵(後の利通)が御目道りしている。長州からの使者も来ている。

同年5月には、老中格の小笠原長行(ながみち)が、軍艦と1000の兵を率いて、徳川家茂の江戸帰還を促す行動も起きた。これは京を第二次の安政の大獄かとパニックにさせた。家茂側近の若年寄が枚方宿にやってきて押し留めようとしたが、小笠原は淀まで進んだ。この騒動は、結局老中水野忠精が、家茂の親書を持ってきて思いとどまらせた。この処罰のために家茂は江戸に戻ることを許された。結果的には、平和裏に家茂は江戸に戻れたわけである。枚方宿や淀はその歴史的舞台となったわけである。

その他、中山忠光や真木和泉、新選組と称される以前の壬生浪士だった芹沢鴨、近藤勇、土方歳三らの名も挙がっていた。先生は、時間制限がなかったら、もっと話したかっただろうと思う次第。

…この市民講座に向かうのに、枚方市駅から鍵屋資料館まで、京街道を妻と歩いた。東海道の延長線である。陣屋跡なども残されていて、かなりヒストリックな町並みであった。枚方に住んで長いのだが、こんな観光地っぽい雰囲気の場所もあったのかと驚いた。近隣の方にとっては当然ながら普段の道であるわけだが…。

カーグ島に海兵隊を送る可能性

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN183UK0Y6A310C2000000/
イランは、本当に”いらん”事を言ったと思う。人民元で石油取引をするタンカーのみを、ホルムズ海峡を通過させるという声明である。アメリカのイラン攻撃の目的がペトロダラーシステムの堅持であるならば、最も刺激的な声明であるといえる。

イランの石油関連施設は、カーグ島であるが、ここの石油関連施設をアメリカがあえて破壊しないのは、国際原油価格の暴騰を避けるためであることは明白だ。ホルムズ海峡封鎖で、石油価格が上がっているが、これ以上の上昇は、中間選挙を控えたトランプとしては、マイナス(コスト・プッシュ・インフレで全ての商品に及ぶ故)にしか働かない。イランの財政の心臓部であるカーグ島を叩けばイランの息の根をとめることができるが、諸刃の剣であるわけである。

そこで、カーグ島を占領してしまおうというプランが以前から動いていたようだ。制空権・制海権(機雷以外)を抑えてあるのでに、島の占領は比較的容易そうだ。イラン本土への地上勢力派遣は、地形(山脈や砂漠)の関係でNGだが、島だけなら約5000名の海兵隊で十分可能という計算が成り立っているようである。この可能性は極めて高い。戦争終結を早める作戦になるだろうと思われる。平和と経済面での安定を望むばかりである。

2026年3月21日土曜日

今回の日米首脳会談 考

今回の日米首脳会談は、十分な成果を挙げたのではないかと思っている。関西のおばちゃん風の首相は、トランプとうまくコミュニケーションをとっていたようだ。息子の誕生日の話などは、佐藤優の外務省時代の本を参考に考えるならば、外務省の事前準備が功を奏したと思われるし、安倍元首相時代の通訳を同行させたのも、トランプを喜ばせたようだし、ファーストネーム(ドナルド)を呼べる関係であるのも、ハグできる関係であるのも、うまくいっている証である。祖国のために死んだ軍人の墓地であるアーリントンに行ったのも良かったと思う。(アーリントンといえば、昔々、私も訪問したことがある。JFKの墓の前の永遠の火も視察させてもらった。ちなみにJFKはWWⅡで海軍士官だった。)

さて、劇薬のようなトランプとの友好的雰囲気を作りつつ、イランへの自衛隊派遣については、法的に無理があることをきちんと述べたようだ。一方で、中間選挙を控える故にお土産もちゃんと用意していて、外相と産業相を伴い、アメリカへの投資を行うことを約束した。いくつかあるのだが、アラスカの石油開発と備蓄といったエネルギー戦略、日本領海内のレアアースの共同開発など、軍事的な協力はできなくとも経済的な分野での協力など、全く無能だった前任者とは、まさに格の違いを見せつけた。

さて、テレビ朝日の記者が、イラン攻撃の際の同盟国への事前通告がなかったについて質問し、トランプは、「奇襲したのだ。奇襲については日本もよく知っているはず。」と、真珠湾攻撃のことを念頭にブラックジョークを飛ばした。アメリカのメディアでは、これが最も話題になっているようだが、私は首相の努力を台無しにするような、国益を考えない馬鹿な質問だと感じている。さすがは朝日。と同時に、この真珠湾については、アメリカに行くたびに訪れた数々の航空博物館に、フツーに常設展示されている”リメンバー・パールハーバー”コーナーの存在を改めて想起した。アメリカにおける真珠湾攻撃は、日本におけるヒロシマ・ナガサキのような感覚としてあると私は思う。だからといって、相手を責めるという感覚はかなり薄れているのだが…。ちなみに、F・ルーズベルトはこの奇襲を知っていたはずで、ハワイの基地だけが知らされていなかったというのが現代史の常識になっている。

さて、フェイクの可能性もあるが、イラン外相が日本の船だけはホルムズ海峡を通過許可するという話が出ている。このホルムズ海峡封鎖がいつ終わるのか、わからない中で少し考えてみた。現在アメリカとNATOの関係は極めて良くない。イランも、ロシアや中国には裏切られた感が強い。サウジやUAEなど同じムスリムの国にも攻撃して完全に敵に回してしまった。戦争を休戦もしくは停止に持っていくために、仲介役を考えた際に、日本という線がでてくるのではないか、と思うのである。過去には、イランと日本の関係は石油開発などで実に親密であった。アメリカの子分ではあるけれど、平和国家として、また技術大国として、あるいは文化的にも世界の尊敬を集めている。イスラエルにとっても、日本は杉原千畝氏を始めとする多くの反ユダヤ主義と戦った人々の国であり、イスラエル12部族の末裔と考えられているフシもある。アメリカ・イスラエルとイランの戦争終結の仲介者として適任であるように思うのだが…。

本日の画像もAIで作成。もっと日本的背景と座席の位置も変えたかったがこれ以上はムリとされてしまった。(笑)

2026年3月20日金曜日

海自の掃海技術が凄い

https://www.mod.go.jp/msdf/equipment/ships/mso/awaji/
日米首脳会談で話題となっているのは、ホルムズ海峡への海自の出動要請であるようだ。特に「掃海挺」(機雷を除去する作業船)が必要らしい。この話を聞いて、私がイメージしたのは非金属で出来た木造船であった。これはかなり古いイメージであり、機雷もトゲトゲした金属製の球体を思い浮かべたのだが、今の機雷は、音(船のエンジン音の周波数)や水圧(航行による水圧の変化)、磁場(金属の船体が生み出す磁場)を同時に捉え、どんな船か判断する能力を持っているに反応するらしい。海底で待ち続けるプログラム兵器であり、通過回数やを数える機能(例えば3隻目に作動する)もあるという。浅く狭いホルムズ海峡は機雷にとってうってつけの条件を持っているわけだ。

海自は(まだ自衛隊が生まれる前の)朝鮮戦争以来の掃海経験、さらに1991年の湾岸戦争後のペルシャ湾での掃海経験をもっている。この時は他の国が手を付けられなかった機雷を見事に処分している。

現在では、FRP(=繊維強化プラスチック/磁場を発生させない)で造られた世界最大級の「あわじ型」(画像参照)をもち、機雷関連の戦闘艦20隻と掃海ヘリを10機保有している。(世界最強のアメリカ海軍は8隻だから、倍以上である。)「あわじ型」は、水面近くの機雷は専用のレーダーで探知可能だし、深い海底でも無人潜水機で機雷を探知すると自走式処分爆薬という装置が機雷に近づき爆破できるという凄い艦である。ヘリは掃海装備を空中から引きながら広い海域を探知できるそうだ。地味ながら70年積み上げてきた技術のまさに集積と言える。

安倍政権時代、安全保障関連法を整備した際、このホルムズ海峡の機雷封鎖を代表的事例として挙げ、集団的自衛権を使って可能としてきた。それが現実になった今、たしかに難しいところである。国家存立危機にたるか否か?戦闘行為中の機雷除去は戦闘への参加とも見なされ、憲法との兼ね合いで、法的には今すぐ動くことは難しいというのも事実…。

https://www.youtube.com/watch?v=6f1XOL1LXiw

2026年3月18日水曜日

WBC 祭りのあと

https://embar.howetic.info/item-ip4ehel4g6.html
今回のWBCは大方の予想を裏切る展開であった。決勝戦は接戦の末にベネズエラがアメリカに3-2で勝った。

勝った方は問題ないが、負けたらいろいろと批判が出てくる。敗北の責任を追求し、戦犯を探し出す。「組織」というもののもつ宿命的な「祭りのあと」が吹き出す。侍ジャパンもその例に漏れず、様々な批判が飛び出している。その多くは井端監督に向かっているようだが、連覇というプレッシャーの中、誰も引き受けなかったのをU-12の監督をしていたがために、ドタバタ劇の中で就任したという経緯があるようだ。NPBでの監督経験もなく、スター選手をまとめるだけのカリスマ性もないままに苦しんだと思う。すくなくとも他者に責任を押し付けず、全責任は私にあると言った井端監督に対し、(専門的な野球評論家はそれが仕事ゆえに仕方ないとしても)心無い批判は慎むべきだと私は思う。それが美学というものだ。