学院の図書館で下川裕治の「世界最悪の鉄道旅行」(朝日文庫)を借りてきた。下川裕治氏は貧乏旅行作家と呼ばれ、バックパッカー志向の強かった私の大好きな作家の1人である。ユーラシア大陸の東の端から西の端まで鉄道で旅するという無茶苦茶しんどい旅の記録である。実は、この文庫、2011年11月2日のブログでエントリーしている。この時は新潮文庫版で、表紙も違う。以前読んだことを完全に失念して借りてきたのであった。過去のブログを見たが、今回読んで印象の強かった部分とはかなり相違がある。というわけで、私の読後感の変化を含めてエントリーしようかと思った次第。
サハリンのフェリーで、英語を喋るロシア人との会話。「中国製はとんでもないものが多いからな。北海道で聞いたんだけど、日本人は中国人が嫌いなんだって?」「…。君はどうなの?」「嫌いさ。サハリンにもよくやってくるけどな。やっぱり日本がいいよ。だいたいサハリンじゃ、日本車以外は怖くて乗れないんだよ。冬もし故障したら、命取りだからね。とにかくトヨタ車さ。」…この中古車を仕入れる仕事をしていたロシア人の感覚は、かなり世界共通の感覚になっているように思う。
ロシアの夜行列車の車掌のおばさんの話が面白い。途中停車で、キオスクにおばさん推薦のオレンジジュースが置いていたが、寒さで手が出なかった。これを見て、おばさんが紅茶をもってきた。「1杯20ルーブルね。」おばさん車掌は飲み屋のママの顔をつくった。…この前にも車掌室の棚に置いていた缶ビールを100ルーブルで売っている。なかなか商売熱心なロシア人女性である。
ハルビンに着いて切符売場に並んだ際、割り込みを防止用の回転バーがついていたことに、下川氏は頬が緩む。とにかく中国人は列をつくることが苦手だ。人が並んでいるのに、次々と体を入れてくる。小さな窓口に手を突っ込んでくる。大声で行き先を叫ぶ。切符を買うのは戦場なのである。…人口圧と言われるこの中国人の民度の低さは、このところ日本への観光客が減って皆が喜んでいるところである。他の国でも中国人観光客お断りが増えている。これは、国際理解という範疇を越えているからであろう。
ハルピンの南郊にある731部隊の跡を下川氏は訪れている。…このことを2011年に書いていないことが不思議だ。本多勝一の『中国の旅』を読んだ私が見逃していたことが意外である。
ウルムチで、ケバブを焼いていたウィグル人のおじさんと出会う。漢人の店の前で商売をしているのだが、漢人の店員はTVを見ていて動かない。ウェイターの仕事を彼がサービス(?)でやっていた。下川氏は2009年のウルムチの暴動の時、このおじさんはどうしていたのだろうと思索する。…ウィグル問題を強く示唆する記述だったが、これも前回は見逃している。
ジョージア(当時グルジア)の首都トビリシは、反ロシアの風潮が強く、パリやロンドン、ミュンヘンがにLCCが飛んでおり、国交のないモスクワ便はなかった。西側諸国に一歩も二歩も入り込んでいた。ネイティブかと思うような英語が若い女性の口から流れてくる。正教会の国なので、豚肉もワインもテーブルに並んだ。…アゼルバイジャン、アルメニア、そしてジョージアといったコーカサス三国の相違はなかなかのもので、なかでもジョージアの状況は興味深かった。
ジョージアからトルコはユーラシアの鉄道の大きな境界であった。それまで一両ずつに1人の車掌がついていたが、一気に乗客と車掌の距離は薄くなった。どこか「放り出された」感がある。列車が特別な乗り物でなくなった。下川氏は心のなかに秋風が吹きこむような感覚を覚える。ルーマニアのソフィアでは、正教会に入り、その重苦しい空気を下川氏は感じる。ここで正教会について記述が続く。かつて訪れたエルサレムでイエスの墓で咽び泣く信徒の姿を見たことも出てくる。深く入り込む姿に(日本人である)下川氏は驚きを隠せないのであった。…こういう宗教学的な記述があったことも、前回は無視している。私もエルサレムで、聖墳墓教会の内部にある十字架の跡に顔を埋めて祈り続ける婦人を見たことがある。確かに、その深く入り込む姿には驚かされたのである。
…こうして見ると、再読も悪くないと思うのである。