2025年3月5日水曜日

神なき時代の終末論 第3章(3)

「神なき時代の終末論」(佐伯啓思著:PHP新書)の書評、第6回目である。前回描ききれなかった第3章の後編、特に「文明の根源感情」についてのエントリー。

20世紀の初頭、オスヴァルト・シュペングラー は、「西洋の没落」の中で、あらゆる文明の根底に、文明を支える「根源感情」があると語った。(著者の言い方でいえば、風土的な基層をもとに深層における歴史・文化・宗教から生まれる感情)これは、文明の機動力となるもので、象徴的にあらわす表象がある。シュペングラー は、ギリシア文明ではアポロン、西欧文明ではファウスト的なるものだとしている。

ファウストの精神とは、ありとあらゆるものへの好奇心や冒険心に富み、万物を知り尽くし、かつ自らのものにしたいという貪欲な感情である。この精神が西欧に特有の壮大な建築や芸術や実験的な科学を生み出した。しかし、ファウスト的精神は悪魔・メフィストフェレスに魅入られたかのように膨張し、西欧文化はWWⅠに帰着して崩壊した。忘れてはならないのは、ファウストの背後には神がいたことである。

著者は、西欧が海に面していたことも、好奇心や冒険心に影響を与えたのではと記している。それに対して、ロシアはあくまでも大地的で、大地に閉じ込められていると見える。ロシア正教会は、西欧のプロテスタントの合理主義に対し、個人主義的で内面の信仰を重視するのだが、大地に根ざす神にたいして深い祈りとある種の神秘主義をもつ。ドストエフスキーの作品には大地にひれ伏して神に祈る姿がたびたび描かれる。大地的なものと神の結びつきがロシアの根源感情であるとしている。

ところで、西欧文明が、抽象的な宇宙的思考物性の本質論を持ったギリシア文明を基盤としているが、それを乗り越え、無限に広がる抽象的な空間のイメージを持った。数学においても、ギリシアの人間の経験や視覚に基づく幾何学から、代数学を発展させた。この西欧の無限への拡大は、天上の神や悪魔とも垂直的につながった存在として了解し、その立体構造こそが、西欧の根源感情の底にある。

アメリカは、特異で海の精神と大地の精神の両方を兼ね備えた多民族国家で、リベラルの理念(自由と民主主義)を国是としているが、これは表層価値である。著者は、その深層に狂信的な宗教運動(建国時の回心や大覚醒運動)、政治的熱狂、メシアニズム的なユートピア主義、ファンタジーを根底に持っていると考えており、この冒険精神と夢想が絶えざるイノベーションを引き起こしてきた。これがアメリカの根源感情だとしている。

…今回のエントリーで、特に興味深いのは、西欧のファウスト的な根源感情、さらにはギリシアの有限性を超え、無限への拡大・立体構造という著者の視点である。

…ここで、少し記しておきたいことがある。著者は学界の重鎮であるが、その文章は少し晦渋である。これを要約するだけで、私自身の学びと文章力の強化につながると思っている。最近はAIなどで要約することが耳目を集めているが、私は決していい傾向だとは思っていない。特に児童・生徒・学生の立場でAIを多用するのは、いかがなものかと思うのである。

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