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https://tini18.hatenadiary.com/entry/2022/12/13/005849 |
ギリシアは、穀物を自給できない(自給率は30%くらい)故に、オリーブ油やワインを生産し、オリエントの穀倉地帯と交易して補っていた。物資の交易を円滑に進めるために、アナトリア地方のリディア王国で世界初の鋳造貨幣(エレクトロン:金銀合金で琥珀のような色をしていた故)が登場し、オリエント・エーゲ海・ギリシアに鋳造貨幣圏が生まれた。交易も飛躍的に増大する。アケメネス朝ペルシャは、この伝統を受け継ぎ、ダレイオス1世が良質な金貨と銀貨を鋳造した。GSR(gold silver ratio:金と銀の交換比率)は1:13であった。インドのGSRは、1:8なので、「金安=銀高」故にインド商人は銀貨をインドに持ち帰り、金貨がペルシャに大量に流入した。金の準備高が増大し、ペルシャの国家の信用度は増した。一方、ギリシアのGSRは1:14の「金高=銀安」であった。
さて、重要なことはアテネ近郊でレイオン銀山の組織的採掘が始まり、事実上の貨幣供給都市となり、これが他の都市国家・スパルタやテーベより優位に立った理由である。銀貨の大量生産により、銀価格が下がり急激な銀安が進んだので、ペルシアの商人は、金と交換して稼いだのだが、金の流出は事実上金本位制をとるペルシャにとって看過できない深刻な問題であった。
これがマラトンの戦い(前490年)の原因の一つである。さらにギリシアで銀山開発が進み、さらなる金流出が起こり、ペルシア戦争(前480年)となる。テミストクレスは、この銀で木材を輸入、海軍力増強を進める。またペルシアから得た金を物資の調達を有利に進めた。新たな産銀で貧困層を軍船の漕ぎ手に雇い、失業率の低下、内需の拡大という景気対策にもなった。サラミスの海戦の勝利には、こういう経済的背景があったのである。
…アテネが中心的なポリスであったことは世界史で当然学ぶのだが、その背景に銀山開発があり、アケメネス朝ペルシアとのGSRとの差異が、結局ペルシア戦争に繋がっているという繋がり、目からウロコであった。こういう話を、本年度は地理の地中海性気候(穀物生産が厳しい)のところで、政経&世界史的授業(GSRの問題は幕末にもあるので日本史にまで絡んでいく。)として取り入れていこうと思うのであった。
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