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マケドニアが台頭したのは、前4世紀。民主主義が軍事優先政策で形骸化して、ペロポネソス戦争を起こした都市国家群とは異なり中央集権国家であった。当初マケドニアは、南部の都市国家へ軍船用の木材を輸出し経済発展を遂げたが、本格的に台頭したのは、都市国家群が経済発展し人口増加となり、土地を持たない無産市民が新天地を求めてマケドニアに移住してきたことが大きい。前4世紀なかば、フィリッポス2世時にドナウ川流域の肥沃な地帯を得て、小麦生産が著しく増加したが、流入した豊富な労働力を木材や食料生産にあて、さらに余剰分を奴隷として輸出していた。(古代は奴隷経済とされる一例である。)やがて、常備軍を組織できるだけの財政力を得て、ギリシア全土を統一するのである。
一方、アケメネス朝ペルシアでは権力闘争が激しく、エジプトやシリアで内乱が相次ぎ財政難に陥り衰退していく。財政難のためギリシア人傭兵を安価に雇い入れたが、彼らの情報により、国王一族が宦官により毒殺される事件を知ったフィリッポス2世はペルシア侵攻の準備をしていたが暗殺され、息子のアレクサンドロスの大遠征となるのである。
ところで、「ヘレニズム」という語彙は、アレキサンドロスに心酔していた19世紀・ドイツの歴史家ドロイゼンによってつくられた。語源は、ギリシア人が自らをヘレナ神の子・ヘラネスと称していたところからである。
…マケドニアの台頭・ギリシアの統一については、人口移動とそれを可能にした食料生産が存在したわけである。また宦官は中国史の専売特許だと思っていたが、すでにアケメネス朝でもあったわけで、少しばかり驚いた。
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