2013年3月18日月曜日

違和感 新潮新書「世界史入門」

「日本人のための世界史入門」(小谷野 敦著/新潮新書 本年2月20日発行)を読み終えた。4月から、また世界史Bを最初からやるので、帯を見て参考になるかなと思って購入したのだが…。

この小谷野氏は、比較文学・比較文化の徒である。しかも、かなり強烈な個性をもった人物らしい。私は、大きな違和感をもって、この本を読み終えた。この本の筆者のスタンスとしては、「歴史は全くの偶然の連続である」「歴史に法則などない」というものだった。いかにも比較文学・比較文化の「人文畑」らしいスタンスだ。私のスタンスは、人文と社会科学の二股だと思っているが、著者のスタンスはさすがに酷いと思う。歴史の法則を探るのが私は歴史の面白さのひとつだと思っている。これを全面否定するのは、ドグマである。と、いうわけで第1章で投げ出しそうになったのだが…。

この本のマイナス面は上記のとおりだが、一方で比較文学・比較文化の徒だからこそ、言語学的に読みとれる面白い話も多かった。たとえば、ローマの元老院はセナトウスといい、今でも西洋諸国では上院をセネート(英語)のように呼ぶ。上院議員はセネターで、野球チームになると、セネターズになる。(アメリカで実在し、日本にも以前あった。上院議員軍?)また、MBLのパドレスは神父を意味する。ロシアでは、中国の事を「キタイ」と呼んでいる。これは契丹に由来するらしい。(香港の)「キャセイ・パシフィック航空」の「キャセイ」はキタイの英語読みである。

こういう話が山ほど書かれていた。これは教材研究の上では有為だった。しかし、裏帯にある「苦手克服のための世界史入門」というのは全く当たらない。これは消費者団体に訴えてももいいほどのウソだ。生徒にこの本を勧める気はさらさら起こらない。

あとがきに「エリート」の歴史離れが進んでいると述べたうえで、著者は、『知的ではあるがエリートではない人たち、明治大学とか女子大学とかそういう層が、文学や歴史に関心を持つようになってきているのだろう。』という一文がある。その上で、『知識人や学者が専門的な議論をする時は「だいたい」では困る。しかし、一般読書人の歴史は、だいたいでいいのである。』と結んでいる。

私は、この本に関しては、絶対生徒に勧めないことを改めて決意した次第。

2 件のコメント:

  1.  こんばんは。元3年1組のAです。
     ちょうどこの前、京橋の紀伊国屋でこの本を買おうかどうか迷いました。受験のためではなく教養として世界史を学ぼうかと思ったのですが、結局、新書一冊でギリシア・ローマから3000年を扱うという胡散臭さが気になって買いませんでした。この選択は正解だったようです(笑)
     世界史の本は予備校の行き返りに読んだウィリアム・H・マクニールの「世界史」がよかったです。受験では何ら直接的な効果を持ちませんでしたが……(笑)

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  2. A君、コメントありがとう。興味を広げたり、狭めたりしながら、読書サーフィンをしていくことやね。読書生活には当たり外れがある。今回は腹立たしい違和感と妙に細かい人文的なコトバ遊びの面白さが共存していたので、完全にはずれではなかったというところかな。
    常設ページに、「学生時代に1tの本を読め」という、少し古いけど読書案内あり。あまり参考にはならないと思うが、みてごらん。

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