2人は、このWWⅠは、ドイツとイギリス双方が、周辺にあるアメリカと日本をいかに味方につけようとしていたか、プロパガンダを展開した事実を確認している。すでに、時代はイギリス帝国も斜陽化しており、太平洋を挟んだ海軍国の日米の覇権争いの時代に入っていたのである。
あまり話題に上らないシベリア出兵について、この本では注目している。ロシア革命後の国際協調として日本もシベリア出兵するのだが、サハリンの石油欲しさに他国が撤兵する中、居残る。これがアメリカの逆鱗に触れるのである。これがやがてWWⅡへと繋がっていく。
この章の最後に、実に重要な指摘が佐藤氏から出されている。WWⅠ後のヨーロッパでは、大殺戮と大量破壊を目の当たりにして、人間の理性の帰結、科学技術の進歩の結果がこれか、という大変な衝撃を受ける。啓蒙の限界、理性への不信が表立ってくる。これまでの常識を見直そうという理論が様々な分野で行われる。カール・バルトやハイデガー、ヴィトゲンシュタイン…。数学でもゲーデルの不完全性定理、量子力学ハイゼンベルグの不確定性原理などであるが、アメリカと日本はその外側にあって、戦勝国であり自国の上で血を流さなかった。だからアメリカは、WWⅠは物量と新技術の勝利という次元で捉えられた。アメリカだけ啓蒙と合理化の時代が続いてしまった。この先送りのツケが様々な形で噴き出している現代のアメリカでないか、といわけだ。…納得である。グローバリズム・アメリカナイズは、かなり金属疲労を起こしていると私も思う次第。
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