ガリア戦記 |
この話をあるクラスの世界史Bの授業でしたが、生徒に受けない。おいおい、君らにはこの面白さがわかるはずだぞ。この前、期末試験に出したばっかりやぞ。「来た・見た・負けた」というのは、ガリア戦記でのカエサルの言葉を最後だけ変えたもんやろが…。
何人かが微笑んだが、うーん。きびしい。教養を身につけると言うのは、知識を消化するということだと私は思う。そこまでいっていなかったか。
ESDとアフリカの開発経済学をライフワークにしている元大阪市立高校教諭のブログです。ケニア、南ア・ジンバブエ、ブルキナファソに足を運びました。58歳で、マレーシアの日本語学校に3年半勤務、その後四国最西端の三崎高校公営塾塾長となり、64歳で大阪に戻り、兵庫県の私立高校の2年間を経て、4月から大阪市の私立高校にお世話になっています。 メールアドレス:bfa.katabiranotsuji@gmail.com
ガリア戦記 |
http://blog.goo.ne.jp/gyp-vision/e/52 415d4f7d36c385343f6a399df601f1 昔々、私がまだ中学生だった頃、春休みを利用して東京の親戚の家に遊びに行ったことがある。当時、私はクラシック音楽に凝っていたのだが、早稲...
元H高校のAです。
返信削除「来た・見た・勝った」といえば、大学に合格したとき先生にお送りしたメールの件名をそれとなく「Veni vidi vici」にしたことを思い出します(笑)
いま四苦八苦しながらラテン語をやっているので、近々ガリア戦記かウルガータを読んでみようと思っています。
コメントありがとう。この話をしたのは文Ⅱのクラスだったけど、A君のように血肉として教養にしてくれる生徒は少ないねえ。(笑)ラテン語、頑張ってな。グラマーピープルの素質あると思うから。
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