2014年12月2日火曜日

突然にアルメニア

アルメニアの風景 ノアの箱舟の着地点と言われるアララト山
http://www.telegraph.co.uk/travel/destinations/europe/georgia/10623968/Georgia-and-Armenia-a-spiritual-journey.html
職員室で、急に国語の先生から、「アルメニアってどこにありますか?」と聞かれた。「カスピ海と黒海の間です。コーカサス地方ですね。」と答えた。「教材に出てくるもので…」なるほど。

と、いうわけで突然アルメニアの話である。私がアルメニアという国を初めて意識したのは、実はニューヨークである。移民の玄関口であったエリス島に、アルメニア人移民のことが展示されており、アメリカにはアルメニア系の人々が多いことを知ったのだ。第二のユダヤ人のような印象だった。帰国後調べてみたら、東ローマ帝国の崩壊後商工業の担い手として各地に離散、独自のネットワークをもち、アイデンティティを守ったのだ。彼らの信仰するアルメニア正教(かなり古いキリスト教の一派で、三位一体説を採らない。)は、カトリックやプロテスタントとはかなり教義も雰囲気も違うのだ。なるほど、ユダヤ人のディアスポラと似ている。

アルメニア正教は、エレサレムの聖墳墓教会をカトリックと二分して管理している。実際、エレサレムではアルメニア正教の教会に旧市街で最初に行った。息子のお気に入りだというその教会は、観光色のない教会で、礼拝時間にしか入れない、完全に聖なる信仰の場であった。しかし正教徒のロシア人観光客がバシバシ写真を取っていて、異教徒の我々はびっくりしたのだった。正教は、かなりオドロオドロした雰囲気だし、香を思い切り焚くし、ロシア人には日常的でも、我々には極めて非日常的な空間だった。

アルメニア人と直接話す機会もあった。JICA大阪に来ておられた研修員の大学教授で、博物館の展示方法を日本に学びに来ておられたのだ。高校生セミナーでの交流の機会であったが、前任校の生徒たちはアルメニアは、完全に未知の国だったので、私がもっぱらお相手した。通訳は生徒だったが…。(笑)

たしかに、日本とアルメニアは関係が薄いし、世界史でもこの辺はあまり教えない。地理でもそうだ。でも、行ってみたいな、と私は思っているのだ。

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