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ちょうど、今読んでいる前述の「ユダヤ人の歴史」(河出文庫)もアシュケナジの章に入ったので、今日のエントリーはアシュケナジにまつわるエピソードをいくつか…。
実は、息子はアシュケナジ特有の言語である、イディッシュ語が出来る。ドイツ語が母体で、ヘブライ語の要素が混じり、ポーランドなどの東欧に来てからはスラブ語の要素だ加わった言語で、ヘブライ語のアルファベットで綴られる。ポーランドでのタクシー運転手が、英語を解さなかったので、息子がイディッシュ語で話して事なきを得たこともある。
ルターは宗教改革初期、教会批判の理由の一つにユダヤ教への迫害を挙げていた。これは教皇の権威の否定と聖書以外の権威を認めないという彼の主張がユダヤ教徒の改宗につながると目論んでいたらしい。しかし改宗は進まず、一転してユダヤ人を”不愉快な害虫”と呼び、ドイツにおける反ユダヤ主義を強めた。ドイツ農民戦争でもそうだが、どうもルターは状況が変われば手のひらを返す人物に見える。
1555年、教皇パウロ4世が、教皇領のユダヤ人をゲットー内に隔離することを命令した。これに先立つ1516年にベネチアで最初のゲットーが作られた。ゲットーという名称は、この地方の方言で鋳造所を意味する。最初の地がたまたま鋳造所跡地だったところから来ている。
まだ途中だが、相変わらずユダヤ人虐殺の記事が、次々と出てくる。これまでの歴史の中で、ユダヤ人はどれくらい虐殺されてきたのだろうと思うと、今回のハマスとの争いなど歴史のほんの一瞬の一コマのように感じてしまうのだった。
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