いよいよ、安全保障関連法案の審議が始まった。先日もNHKで防衛相が出席した生討論を見たが、どうみても政府側の分が悪かった。これまでの法案の説明や横田基地へのオスプレイの配備などを見てみると、中国の覇権に対抗する米国の安全保障戦略を日本がはっきりと法制化して補完する、というものとしか私には見えない。(よく例に挙げられているホルムズ海峡の機雷の話など全く現実的なコトではない。)
米国の一極支配に陰りが見えて、日本の力を必要としているのだろう。ワシントンでの演説から逆のベクトルで国会審議しているのも、ISの日本人人質事件でトルコに対策本部を置かず、あえてヨルダンに置いたのも、沖縄の民意を全く無視するのも、そういった法制化への戦略上にあるのだと思う。
佐藤優の「世界史の極意」(NHK出版新書)に、「新帝国主義」の話が出てくる。旧帝国主義は植民地獲得を求めたが、新帝国主義は求めない。それは植民地経営は維持にコストがかかりすぎる故である。また新帝国主義は全面戦争を避ける方向性をもっている。共倒れを避けるためである。この2つが、新帝国主義の特徴。新帝国主義も、相手国の立場をわきまえず最大限の要求を突きつける。相手が怯み、国際社会も沈黙するならば、強引に自国の権益を拡大するが、その反対なら国際協調に転ずる。それは、自国の損をまねくと計算するからでしかない。
一方、佐藤優は、(新旧共々)帝国主義の時、国家機能が強化されると主張する。冷戦後グローバル化が進み、国家の介入は薄まった。しかし、国家の生存本能が、それをゆるさない。(多国籍企業などに対する)徴税機能の弱体化を危ぶみ、また格差が拡大し社会不安が増大する故に国家機能を強化するというわけだ。
2008年のグルジア(現ジョージア)とロシアの戦争で、ロシアが南オセチアとアブハジアを独立させたこと、2011年にアメリカが南スーダンを独立させたこと、中国の生命線と言われたミャンマーをアメリカが親米国としたこと、そしてクリミア問題と、新帝国主義の例は多い。
東シナ海の尖閣諸島・南シナ海の南沙諸島…。アジアでは中国の新帝国主義のジャブ攻撃が続いている。これに対抗する米国と日本の新帝国主義。全面戦争はたしかにないと私は思う。佐藤優のグローバル世界経済の中での打算的な指摘は正しいと思うからだ。だからといって、米国の補完をしても大丈夫、リスクはないとはいえないと私は思うのだ。
同時に、この安保法案は国家機能の強化であると思っている。安保法制のニュースばかりであまり騒がれていないが、いよいよマイナンバー制が導入されるそうだ。先ほどのニュースで担当相が歌で紹介していた。こういうパフォーマンスをする時こそ危うさを隠す戦略かも知れない、などと勘ぐるってしまうのだ。
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