2014年3月26日水曜日

木村政彦の評伝を読む 上巻

久しぶりにノンフィクションが読みたくなった。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(増田俊也/新潮文庫・3月1日発行)の上巻を先日読み終えた。受賞作だけあって、極めて精緻に調べ上げている。私は格闘技ファンというほどではないが、新日本プロレス全盛期世代なので、ある程度の知識と興味はある。木村政彦氏のことはよく知らなかったのだが、とにかく凄い柔道家なのだ。

上巻は、牛島辰熊という、これまた凄い人物との師弟物語が中心である。牛島氏は、天覧試合で敗北を帰し、その雪辱をこの木村政彦という弟子に託す。稽古内容が凄い。人間とは思えない凄い稽古量である。しかも、当時の柔道界の様子が克明に記されている。講道館の嘉納治五郎氏は当身(要するにパンチあり)を重要視していたのだった。柔道部の顧問、W先生に聞いたら、「そのとおりです。」との返事。やがて立ち技主体、スポーツ性重視の講道館柔道が日本柔道を席巻していくのだが、この頃は、寝技重視の高専(旧制高校+専門学校)柔道もあったり、帝大の柔道もまた講道館とは違うルールで行われていたりと、意外な歴史が語られていた。牛島・木村師弟は、展覧試合制覇のために立ち技だけでなく、寝技もおそろしいほどの稽古で磨きに磨いていくのである。たしかに最強の柔道家だと思う。

木村が夜も稽古している間、師である牛島は水垢離(みずごり:冷水を浴びる修行)をしていたという。この辺の師弟関係に私はかなり感動した。もちろん、恐ろしく怖い師匠なのだが…。ちなみに、この牛島辰熊は、かなり武士然とした人物で、思想的に石原莞爾とつながりがあったらしい。東条英機暗殺計画にも関与したという。木村政彦はあわやそのテロの道具として使われる可能性もあったらしい。

戦後、この師弟は、プロ柔道を立ち上げるのだが、この頃になると、思想的にも武士道を貫く師と、柔道には真摯でも、思想に関しては奔放な弟子との齟齬が見られるようになる。ここで、坂口安吾の「堕落論」がでてきたりと、ほんとワクワクしながら読み進んだのだった。

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