2024年3月19日火曜日

軍務局長 武藤章を読む 3

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さて、新書のタイトルにもある軍務局長とはいかなる地位か。陸軍省のトップは、陸軍大臣、さらに次官、その次に軍務局長がくる。いわばナンバー3である。陸軍には、内局として、大臣官房、軍馬局、整備局、平気局、経理局、医務局、法務局などがあったが、軍務局がその中心で、国防政策、軍の編成、動員計画、予算など陸軍に関する行政(=軍政)を司り、帝国議会との折衝も行った。いわば心臓部である。

昭和14年9月、武藤章は軍務局長に就任している。最初の仕事は、陸軍出身の阿部信行首相の意を受け、内閣強化のために、立憲民政党の町田忠次の入閣要請に出向いている。政治との関わりの最初である。武藤は留学以来、国際情勢に通じており、様々な論文も発表している。少し意外だが、政党党首の入閣については、超然内閣(政党との関係がない内閣)では、積極政策が実行できない故に必要だと認識していた。しかしこれはそれまでの陸軍と政党間の遺恨のため拒否された。武藤以前から陸軍の政治介入が行われており、元老の西園寺公望らは快く思っていなかったようだ。まずは政界の洗礼を受けたわけだ。

武藤は、WWⅠが総力戦であったことを何より憂慮しており、国力の増強を必要不可欠と考えていた。政党と議会が中心的な役割を果たす一国一党に近い、大政翼賛会の構想を持っていた。これは第二次近衛内閣で発足したが、「幕府的存在」という曖昧なカタチであった。とはいえ、第二次近衛内閣成立への武藤の存在は大きかったようである。ところが肝心の大政翼賛会は武藤の思いどおりには行かず、軍部の政治介入と言うには物足りない。

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