2022年7月10日日曜日

ロールズ&フロムの思想から


ロールズの正義に関する哲学用語に「無知のヴェール」というのがある。公正な配分を目指す場合における自己の情報がすべて遮断されている状況を指っしている。

私はこのところ、自己の損得とかいった問題ではなく、違う意味で私も含めた多くの人間が「無知のヴェール」に覆われている状況ではないかという疑念を抱いている。

この肥大したグローバリゼーションの中で、ネット上で情報が入り乱れている。今回の西大寺の事件についても、マスコミが流さない映像なども流失していて、様々な不可解な部分が多い。(詳細はあえて書かないが…。)

「無知のヴェール」に覆われているままでいることは、フロムの「自由からの逃走」に当てはまるような気がする。フロムは、自由であることから逃れようとする依存や従属のメカニズムを分析している。ナチスの独裁を許したのは、こういう大衆心理だと。

有名なフリーアナウンサーが、事件後緊急でYou Tubeを上げていた。自らの安心のために、陰謀論を信じるのは危険だという趣旨である。たしかにレトリックは整っているが、マスコミの中にいた彼の言もまた私は信じることができない。

何が真実で、何が正義なのか。私にはそれを知るすべを持たない。ならば、ウィトゲンシュタインの如く、「語り得ないものには沈黙せよ」と結論付けたいところだが、ここで言われる「語り得ないもの」とは写像理論で捉えられない形而上学的な問題であるので、ぴったりとはまらない。

…「無知のヴェール」を払いつつ語らないと、「自由からの逃走」に加担してしまう。この矛盾こそが今の私の状況である。

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