2018年1月16日火曜日

「島」の規則

先日、日本人会の無人古本コーナーで、「ゾウの時間ネズミの時間」(本川達雄著/中公新書)を見つけた。前々から読みたいと思っていた新書だったのが、授業の教材研究には「不急」故に、これまで手に取ることはなかったのだった。ところが、読んでみるとなかなか面白い。

体重が増えると1/4乗で時間が長くなるという話、体重の1/4乗に反比例して酸素消費量は減り、小さい動物ほど細胞の中で酸素をATP(アデノシン三リン酸:エネルギーを蓄える物質)を作り出すミトコンドリアが多いという話も面白い。しかし、私が最も面白いと思ったのは、「島」の規則という古生物学の法則だ。

島に隔離されて住んでいる動物は、大きなゾウではサイズが小さくなり、小さなネズミやウサギは大きくなるのだという。これが、「島」の法則である。島というのは捕食者が少ない環境である。1匹の肉食獣を養うためにはそのエサとして100匹の草食獣が必要になる。ところが、島は狭いので草の量が10匹分しかなければ肉食獣は生存できないわけで、草食獣だけが生き残ることになる。ゾウが大きくなった理由が捕食者に食われにくいからであり、ネズミが小さいのは物陰に隠れるためである。
ゾウは、大きくなるために骨格的にもかなり無理をしている。だから島では大きくなる必要はないのである。そのゾウは同時に1世代の時間が長い。その結果突然変異により新しい種を生み出す可能性を犠牲にしている。進化の袋小路に入っているといってよい。(事実、ゾウはアフリカ象とインド象の2種類になってしまった。)ネズミも小さい故にしょっちゅうエサを食べねばならず、心臓もいつも早く動いているので、血管に大きな負担をかけている、だから両者とも「普通の動物」に戻りたい、よって捕食者がいないなら、ゾウは小さくなり、ネズミは大きくなる。これが「島」の法則の一つの解釈であるそうな。
http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0912/25/news046.html
これだけの話ではない。筆者はアメリカで研究生活を送っていて、ふと人間界に於ける「島」の法則に気づくのである。知り合いの学者は、極めてスケールが大きい。偉大な学者が多かったそうだ。しかし、大学の一歩外に出ると、感じが違う。スーパーのレジにしても、車の修理にしてもあきれるほど対応がのろく不適切であったりする。これに対し、日本人の有能さに気づかされる。その時に、著者は「あっ、これは島の法則だ。」と気づくのである。島国という環境で、エリートのサイズは小さくなり、ずばぬけた巨人は出てきにくいけれど、逆に小さい方=庶民のスケールは大きくなり、知的レベルは極めて高い、というわけだ。大陸に住んでいれば、とてつもないことを考えたり、常識外れのことをやることも可能だ。周りから白い目で見られてもよそに逃げていける。しかし島ではそうはいかない。出る釘は打たれる。だから大陸ではとんでもない思想が生まれ、またそれに負けない強靱な思想が生まれる。しかし、これはゾウの思想である。動物に無理のないサイズがあるように、思想にも人類に似合いのサイズがあるのではないか?地球がだんだん狭くなり、大陸時代から島の時代へと映っているように感じる中で、日本人が培ってきた島で生活していくうえでの知恵は、これからの人類に役立つのではないか?こんなことを著者は考えていたというのだ。

もちろん論理的な繋がりはないけれどとあるが、生物学の社会学とのコラボのような話であった。完全文系の私には、生物学は縁遠いのだが、実に示唆に富んだ話だったと思う。

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