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中央上部に怒れるキリスト、左に天国に召される人々、右側に地獄に落とされる人々が描かれているのだが、1541年の除幕式では、あまりの迫力に参列者の悲鳴が堂内を満たし、法王は思わず膝まずき「神よ赦し給え」と祈りをつぶやいたらしい。映画もTVもカラー写真もなく、絵画さえ一般人が家庭で見ることはなかった当時、この巨大な壁画のインパクトは、我々の想像をはるかに超えるものっだたようだ。
圧巻なのは、400人近い筋肉美の裸体。完成後、教会の決定で裸体に腰布が40箇所、ミケランジェロの弟子によって加筆されたが、近年の修復で取り去られている。また30年後に法王は取り壊しを考慮したが、当時の画家組合の反対で守られた。
この大壁画は、反宗教改革のビジュアル戦略の切り札として最高の名声を誇っていたミケランジェロに依頼したわけだが、伝統的な教会の権威を補強するどころか、羽を持たない天使、後光のない聖人などが、地獄に落ちる罪人と区別できない混沌が渦巻いている。
法王庁の儀典長は、地獄の王ミノスの顔に描かれ、法王に描き治すよう直訴したが、「いかに私でも、地獄のことは請け負いかねる。」と笑って相手にしなかったという。ミケランジェロ自身も、生皮を剥がれて殉教した聖バルトマイ、さらに目からウロコで有名なサウロ(=パウロ)の改心に自画像をしたためている。ミケランジェロ自身は、卑下するような歪んだ自画像が多いのだが、実際ダビンチとのような美貌には恵まれず、かなりのコンプレックスがあったようだ。このコンプレックスが、肉体美を理想美としたようである。
このミケランジェロの「最後の審判」は、怒りに満ちており、ルター派への反宗教改革の怒りにしては長深すぎると著者は記している。本来の信仰を見失っているという点でカトリック教会に向けられたものではなかったか。彼らの「最後の審判」に対する無理解と反感はミケランジェロの真意に対する無意識な理解だったかもしれない、とも。
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