2020年4月3日金曜日

無制限に信頼できるという事

今日のエントリーとは無関係ながら、懐かしのKLタマンデサの青空
今、未咲輝塾で新チームづくりをしている。先日私は62歳になったわけだが、ふとこんなことが浮かんだ。昔々、私が高校生の時にある大人の人と話をする機会があった。その人がこんなことを言った。「私には、無制限に信頼できる友がいる。彼に何かあったらその妻子の面倒をみる覚悟があるんだ。」

今思えば、凄い言葉であると思う。さすがに私にはそんな財力はついぞ得ることはなかったが、無制限に信頼できる友人は私も持っている。先輩、同輩、後輩…。具体的に書くとややこしいことになるだろうから仮名でも名をあげることはしないが、無制限に信頼でき、この人の為だったらなんでもやれる、苦労を共にできるという人間関係をつくってきたと思う。

人生とは、そういう関係を構築する歴史でもある。無制限に信頼できるということは、心底その人を信じれると言うことだ。”人間は不完全なるもの”というのはデカルトの第二証明にも登場するが、それは当然である。長所も短所もある。だが、短所を補うだけの長所があり、人情の機微で結ばれていれば可能である。何人もの先輩が、私をそう導いてくれたし、同輩とはまさに「君が憂いに我は泣き、我が喜びに君は舞う」の契りを結んできた。そこには方程式はない。あくまでパトスである。真偽でも善悪でもない。美学だけがそこにある。そういう関係を結んだ後輩をも私は持っている。実にありがたいことだと思う。彼らのおかげで、私の人生は良いものになったと確信している。

新チームつくりをしていて、三崎高校の先生方を含めてそういう無制限に信頼できる関係をつくりたいと思っている。そう簡単なことではないが、新クラスを担任した時も、毎回ゼロからの挑戦だった。体力的にも知力的にもだいぶ落ちてきたが、やはり挑戦していきたいと思う。

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