2011年8月31日水曜日

男の嫉妬は見苦しい 2

特別活動部の仕事が多忙になってきた。体育祭と文化祭同時運営は初めてなので戸惑うことも多い。ともあれ、今日のエントリーは昨日の続編としたい。今朝、モーニングで日本経済新聞を読んでいたら、前原前外相が民主党の政調会長となり、彼は党内で多くの議員が政策決定に参加できるようにしたいと考えているらしいことがわかった。

私は政治経済の授業を長らく教えているが、教科書にはあまり出てこない新聞政治蘭を読む知識が必要だと考えてきた。政策は、どこで決まるか?ということである。自民党の長期政権時代は、”政高党低”とかいう言葉があったりして、もう少し解り易かった。政府(=各省庁の官僚)と党政務調査会の各部会(各省庁に対応した組織された議員の部会)が、意見をすり合わせていたのだ。省庁から提案された法案は部会でもまれ、そこで決定されると、党政調会長や総務会での決済後、衆参の委員会に提出され、本会議へと進むわけだ。この政調部会、そして族議員ということがわからないと、昔の自民党時代の政治システムがサッパリわからない。

たとえば、ある新人議員がいたとしよう。彼は大蔵省の出身の元官僚だったとすると、すでに大蔵省のことはかなりわかっている。選挙区が地方で農業が盛んだったら、農林水産の部会に入り、勉強を始める。先輩議員について様々な政策を学ぶのである。農林省の官僚が政策をレクチャーにくる。省内に人脈をつくり、農業関係の圧力団体とも人脈を構築する。やがて、当選回数が増えると、政務次官(現在の副大臣)になる。これはその分野が得意だからなるのではない。所属する派閥の力関係も作用する。たまたま文部省の政務次官になったとしたら、政務次官の間は、文部行政について学ぶ。人脈も広げることになる。さらに、当選回数を増やすと、部会の理事になったり、衆参議員の常任委員会の委員長などを経験して、さらに専門的な知識や情報、人脈を得ることになる。関係団体の政治献金も受けやすくなる。(族議員になる利点はそういう面も強いので、政治献金が集まりやすい建設族とか金融族とか商工族、郵政族など関係する部会が人気だった。)ともあれ、複数の部会に属しながら専門的な知識と経験を深めていき、実際の政策決定に影響力を持つようになると族議員と呼ばれるのである。力をもつようになったら、当選6回(衆議院の場合)くらいから大臣候補となる。なんども大臣を経験した実力者こそが、派閥の長となり総理総裁を目指す、これが自民党の構造だった。

自民党政治の根幹となる政調部会と族議員。なかでも金権政治の根源だという批判が強い族議員だが、彼らは官僚と二人三脚で省が押す政策を実現したり、時には完全に官僚を抑えたりしながら、日本の政治を動かしてきたのだ。私は、このシステムが諸悪の根源だ、と思わない。少なくとも、今の民主党政権の知識も経験も不足している政治家よりは、”悪だったとしても力がある”と思うのだ。間違っても国連総会で日本の二酸化炭素削減で25%などという思いつき発言はしないし、沖縄の基地問題で無責任な公約を言って日米関係を危機に陥れたりはしない。まさにプロとアマほどの違いがある。昔いた山中某という議員など、税に関しては大蔵省の官僚よりも周知していた。まあ、ここまでいくと問題だと思うが、政治家といえど、一人の人間が極めれる知識も経験も限りがある。それぞれが専門性を持って勉強していくことは重要であろうと思う。勉強して力をもってこそ、官僚を使いこなせるし、政治主導も可能なのではないか。族議員となって「私」に走る不徳の輩は困るが、アマチュアの戯言は、もううんざりである。

小沢前幹事長が、党の政調会を破壊した理由はわからない。官僚と新人議員を分離し、美しき政治主導という御旗を立てたかったのか。専門性を学び、自らを脅かすような存在が育つことを良しとしなかったのか。ともかくも、前原前外相は、党の政調部会を再生しようとしているようである。

さてさて…。

2011年8月30日火曜日

男の嫉妬は見苦しい

民主党政権が、今日三度目の首相を出した。反小沢がどうのこうの、派閥の権力争いがどうのこうのとマスコミが騒いでいる。まあ、その通りなのだが、政治が権力闘争であるのは古代ギリシア・ローマ以来の人間の業(ごう)というものだと私は思うのである。
権力を得る栄光があれば、権力から遠ざかり嫉妬を深めることを人類は繰り返してきたわけで、ガソリンスタンドCMの『男の嫉妬は見苦しい。』というコピーは、まさに『時』を得ている。嫉妬は、次の権力争いの源になり、また嫉妬を生む。民主主義における権力闘争とはそういう見苦しさが露わになってしまう。それは政治家と政治家だけでなく権力にかかわる官僚も、国民全体にもおよぶものだと私は思っている。

と、ここで今日の主題。民主党の三代の首相の”ベクトル”の変化について考えたい。その”ベクトル”とは、官僚に対する姿勢である。初代は、まさに反官僚というか、『政治主導』という美麗美句で大衆の人気を集めた。これは、多くの国民が、東大出を中心とするエリート官僚への反感、彼らの天下りやそのために作られた法人の無駄使いに怒ったことを利用している。たしかに、無駄ではあるが、私は必要悪のように考えている。
たとえば、財務省のエリート中のエリート、主計局の主計官(予算作成にあたる中枢の官僚である。)の仕事時間は半端ではない。無茶苦茶だといってもいい。徹夜の連続、一週間以上家に帰れないこともある。莫大な予算書を査定するのである。さすが、日本の超優秀な人間だと私は思っている。長時間にわたる外科手術をする医者が高収入を得ていることに我々は不満を抱かない。私は同様の畏敬の念を感じている。彼らが組織上の問題として、同期の中で1人を残して出世レースから、脱落していかねばならないことを止揚するために生まれた天下りと言うシステムは、私は賛成とは言わないまでも、(医者の高収入に不満を抱かないと同様に)許容されてもいいと思うのだ。これは、国民の嫉妬ではないだろうか。東大出という勝ち組に対する嫉妬。彼らの優秀さを認めない、悪だと断じる嫉妬。うーん、私はそんな風に感じるのだが…。

初代は、そういう嫉妬をうまく利用した。『仕分け』というショーで、悪代官をやっつける姿を演じたが、「(科学技術で)2番じゃいけないでしょうか」などという幼稚な政治家のスタンスが見え、基地問題や国連での二酸化炭素25%削減発言など、世界で大国だといわれる国の首相とは思えないアホさを露呈、しかも大金持ちの坊ちゃんが脱税していたことまでバレて自爆した。政治家とはそれほどアホなのかということを証明したのである。
もちろん、官僚も黙って「政治主導」を許したわけではない。それが、当時の小沢幹事長への国策捜査である。佐藤優氏が指摘しているように、この事件、かなりおかしい。私は、小沢的な強引な手法は好かない。しかし、彼こそが政治主導の総本山だとして、総力を挙げて官僚組織は反撃に出たのだと思う。どっちもどっちだが、これはうまくいった。小沢への国民のなんとなく嫌いという感情が、権力者への嫉妬となった。で、党員資格を失うまでに追い込まれていったのだ。初代首相の税金問題も、おそらく全官僚組織がうまくリークしたのだろうと思う。初代と幹事長は、「政治主導」と言ったために、官僚の反撃を受けたのではないかと私は思っている。

第二代首相は、「反小沢」を錦の御旗にした。しかし「政治主導」の旗も下ろさなかった。しかし到底、官僚に立ち向かえるような力はない。大震災の時に完全に破たんした。官僚としては、肉を切らせて骨を断ったというところだろうか。あまりにみじめな政治主導の姿を現出させた。こう書くと、官僚が国を滅ぼしたようだが、事務次官等会議(毎週行われてきた各省庁の官僚のトップ会議、事実上の閣議だった。)をつぶしてしまったのは、民主党政権である。あの国難において各省庁のスムーズな連携は、きわめて難しくなったはずだ。何もわかっていない政治家の小田原評定では何も前に進まない。

ところが、第三代首相は、ちょっと違うようである。財務省の意見をよく聞くようである。「政治主導」の旗を下ろしたとは聞かないが、少なくとも初代・二代とはベクトルが違うようである。幹事長に小沢グループの番頭を置いたらしいが、うーん、このベクトル、どうなることやら。

この話、族議員という政治家のあり方にも関わってくる。それは選挙区にも関わってくる。とりあえず、今日は、政治主導と官僚の反撃という視点から考えてみた。だから、なんだ?と言われたら、こう結論付けようかな。…やっぱり「男の嫉妬は見苦しい」

2011年8月29日月曜日

アフリカ連合の逡巡

リビア情勢が、カダフィ政権の敗北、国民評議会が新政権樹立を行うようである。私が注目するのは、少しずつ報道されているアフリカ連合諸国のの動きだ。以下8月28日付の共同通信の報道である。

【ベンガジ共同】事実上崩壊したリビアのカダフィ政権と関係の深かったアフリカ各国が、リビア反体制派への対応をめぐり割れている。アフリカ連合(AU)には反体制派承認を見送り、カダフィ大佐側への支持を続ける国も。一方で反体制派支持に回る国も続出している。 「アフリカの盟主」を自任したカダフィ大佐はAU創設を主導。同政権は石油マネーを背景に毎年、AU予算の15%を拠出し、一部貧困国の負担金も肩代わりしてきた。アフリカ統一を目指す大佐が掲げた「アフリカ合衆国」構想への支持取り付けのため、各国への資金援助も推進してきた。AUはリビア内戦開始後、大佐側と反体制派の対話を通じた政治的解決の必要性を主張。AUの調停役を務めた南アフリカは、カダフィ政権時代に凍結された資産の解除に関し、国連安全保障理事会の場で「国連やAUは反体制派を承認していない」として一時、反対を表明した。AUの姿勢の背景には、リビアへの空爆を続けた欧米諸国に対する反発と警戒心がある。植民地時代の記憶が強く残るアフリカでは、欧米の軍事介入には反対論が圧倒的。支持を表明したアフリカの首脳は、国際社会の傍観が批判された1994年のルワンダ大虐殺を経験した同国のカガメ大統領ぐらいだった。反欧米でカダフィ政権と一致してきたジンバブエのムガベ政権は、反体制派にくら替えした同国駐在のリビア大使の追放を検討しているという。 一方でAU当局者によると、これまでに反体制派「国民評議会」をリビアの正統な代表として承認したアフリカの国は、エチオピアなど20カ国に上る。カダフィ政権の経済協力を受けてきたブルキナファソは同評議会を承認した上で、大佐の亡命を受け入れることが可能と申し出た。


AU諸国のリビア観、なかなか微妙なのである。リビアはAUの中で大きな位置を占めており、経済的にも大きな影響力をもっていたこと、それに恩を感じている国もある。またリビア同様の独裁政権と五十歩百歩の国(たとえばジンバブエ)もある。アフリカ諸国の多くが持つ、NATOが介入したことへの違和感。(ルワンダのカガメ大統領がそれを支持した事は、先進国の無関心こそがアフリカを悪化させるという信念だというのも、十分理解できる。)ブルキナの微妙な発言も面白いと感じる。ブルキナは台湾承認国である。わざと他の国との微妙な差異をつくりだすというスタンスをとっているのかな、と思う。
私は、今回の英仏伊を中心とした反政府勢力への軍事支援については懐疑的だ。カダフィが中東の狂犬と忌み嫌われてきた歴史は厳然としてある。しかし最近はそういう過激なスタンスも消えて、豊かな石油産出国に変化しつつあったのだ。石油利権をめぐる再編成を目指したものと邪推されても仕方がないのではないか。中国やロシアは出遅れ、投資の回収が危ぶまれている。そういう側面については、AU諸国は敏感だ。このリビア情勢、カダフィが拘束されないかぎり、まだまだどう転ぶかわからないと思っているのではないか。もっといえば、憲法さえない、他部族のこの国をどうやってまとめていくのか。また内乱になるのではないか。AU諸国はそういう事例を幾度となく身近に見ている。態度を決めかねるのも大いに頷けるのである。さてさて、どうなりますことやら。私はイラクのような混乱の予感がするのだが…。

2011年8月28日日曜日

人は石垣、人は城である。

『武田節』の武田信玄
大阪府の教育長が会見を行い、知事の私党の条例案について批判しました。教育関係者以外にはわかりにくいところもありますので、解説しておくことにしました。但し、この解説はあくまで私見です。新聞記事は、WEBの産経ニュースを借用しました。

 大阪府教委の中西正人教育長は26日の記者会見で、橋下徹知事率いる「大阪維新の会」(維新)が府議会と大阪、堺両市議会に提出を検討している教育基本条例案について「これまでも知事から教育についての問題提起はたくさんあった。政治が教育から過度に遠ざけられているという認識は心外だ」と反発した。
 中西教育長は会見で「この3年間、知事とは活発な議論をやってきた。大阪ほど知事と教育委員会が議論をしている地域はない」としたうえで、「条例がなくても教育環境を整えることはできる」「府立高校の学区の撤廃や、①画一的な統廃合などをすぐに実施したら、大阪の教育は大混乱する」と述べた。
 同条例案の教育委員の罷免や首長が学校目標を定める規定については「(適法性について)疑問がある」と指摘。府教委として教育基本法など関係する法律との整合性を検討していく考えを示し、②校長の公募についても「極めて困難だ」と話した。

①の画一的な統廃合などを実施すれば大阪の教育は大混乱するとは、どういうことか解説したいと思います。
統廃合と簡単にいいますが、現場では、生徒も教師も大変なことになります。市立の高校でも、商業科が時代の変化の中、進路が保障されなくなって統廃合されたりしましたので、私は経験がありませんが、多くの先生方から様々な苦労話を聞いています。
廃校が決まると、どんどん教員が転勤していきます。学校には、教務(出席や時間割、成績、日程などを司ります)、生活指導(風紀や特別指導、クラブや生徒会などの特別活動、遅刻、奨学金などを司ります)、進路指導、図書、もちろん担任など様々な分掌に分かれ学校を運営しています。生徒数が減って(たとえ1学年だけになっても)も、そういう仕事はなくなりません。したがって分掌の仕事が、転勤による人員削減で一人二役、三役となります。教科指導も、教員数が減って、担当科目もたくさん持たざるを得ない(たとえば、5つの異なる授業を担当するような)ことになるようです。(私の経験では、教材研究の関係で4教科が限界でした。)職員室には、統合する学校へ運ぶ物品を選び、リストを作り、まるで差し押さえの札の中にいるようになるそうです。こんな環境で、生徒に満足な教育活動ができるのでしょうか。教員も大変ですが、生徒がかわいそうです。クラブもどんどん指導者が去り廃部となり、本来なら楽しいはずの行事も、縮小していかざるを得ません。

一方、統合に向けての話し合いが何度も行われます。同じ市立の商業高校でも、細かな違いはそれこそ星の数ほどあります。制服も違うし、その風紀指導も違います。それらをどう止揚するのか。話し合っている教員がそのまま統合される学校に残るという保障もありません。結局、統合してから止揚するしかなく、混乱するのは自明の理です。もちろん教科の履修も若干差がありますし、一から進路用の書類も作成し直しすることになるでしょう。教師が、そういう統廃合さえなければしなくていい余計な仕事に忙殺されるのです。生徒にもっと向き合う時間が欲しいと思うに違いありません。
生徒も教員も大混乱するというのはそういうことです。

これが、大阪府の高校で常態化した場合、どうなるか、教育長には十分見えているのでしょう。こんな大阪府内の高校に奉職するよりは、他府県へと教員志望者も減少すると思います。私も教え子には大阪府の高校教員になることを勧められません。もちろん現場の先生方も嫌気がさし、士気が若干衰えるだろうと思います。人は石垣、人は城です。

*『人は石垣、人は城』は三橋美智也の『武田節』の一説です。(2番の歌詞に出てきます)

②について、校長の公募が困難な理由を、解説したいと思います。
そもそも、私立高校は、独自の教育目標をもっています。公立高校は、教員が定期的に転勤し、そのアイデンティティとなるような特色を守ることはかなり難しいと思います。地域に根差して、税金をもとに、出来ることを精一杯行うのが公立高校です。この両者を競争させるということ自体がおかしいと私は思います。結局、私が何度も主張する『教育は数値では計れない』からです。民間企業の経営者の優秀さは私も理解しているつもりですが、優秀な民間の方が学校長になられても、おそらくソコがすぐわかるはずです。もし、若手の教員で学校長になりたいと思う人がいればやって見ればいいと思いますが、よほどの人物でないと挫折すると思います。教育長は、そのことを『極めて困難』という言葉で表しておわられると私は推察するのです。人は石垣、人は城なのです。

『武田節』の、その続きは、情けは味方、**は敵となります。教育長の異例の批判会見、私は、大阪の教育を背負った人が、非常事態である私学からの転入試験を前にしての、やむにやまれぬ『想い』の発露だと感じました。

世界柔道 杉本選手にあっぱれ!

web版スポーツ報知より借用(右が杉本選手
本校には、様々なクラブの活躍(祝全国大会出場とか近畿大会出場とか)を掲示する垂れ幕が常設されていて、学校の外から見えるようになっている。中でも最も目立つところにあるのは、『祝世界柔道選手権金メダル』の杉本美香(武道科8期生)さんである。校内には、杉本選手の顕彰碑や新聞切り抜きの掲示が随所にあって、本校出身のスポーツ選手として最大のビッグネームである。

昨夜、その試合があったが、2連覇はならなかった。銅メダルであった。中国の選手に寝技で負けてしまったのだ。まことに残念である。月曜日には、垂れ幕が銅メダルに修正されると思う。(ちなみに、その横には、『祝なぎなた部のインターハイ優勝』がすでに飾られている。)

ところで、この杉本選手、近々本校に里帰りしてくる予定だ。記念講演をしてくれることになっている。どんな話をしてくれるか、今から楽しみだ。もちろん勝負は時の運。連覇はならなかったけど、ロンドンオリンピック出場と活躍に期待したい。

とはいえアスリートは大変だなあと思うのである。アスリートは大きな力を持っている。多くの一般ピープルに希望も与えるし、失望も与える。一般ピープルは基本的にわがままだ。勝てはチヤホヤ、負ければ批判。杉本選手にとって、本校は、常に熱い想いで応援してくれる場所だ。私もそういう場所にいる。これからも温かく応援していきたいと思う。銅メダル、あっぱれである。

2011年8月27日土曜日

キャシャーン型と美空びばり型

「ナガオカ」のHPより
昨夜、NHKでヒューマンドキュメンタリーを見ていた。「ナガオカ」という企業の就職内定までの密着ルポであった。私が驚いたのは、この大阪の中小企業が、浅い地下水を石油精製の技術を利用してくみ出すプラントや海水浄化プラントなどで、「水資源」の分野で国際協力の大きな技術力をもっていること、そして社長の国際協力とビジネスへの熱い思いであった。私は今、持続可能な開発のために、BOPが果たすだろう役割に大きな興味を持っている。水資源はこれからの世界にとって大きな問題である。そういう意味もあってこの組み合わせ、実に面白かった。ビジネスとして成立するBOPをどんどんやっていくべきだという社長の言に膝を打ったのだった。

ここに、就職希望の学生が面接にやってくる。ODAへの論争をもちかけたり、海外で実際に現地の水資源改良に動いていたり、なかなか面白い人材が集まっていた。彼らの面接での言にも、私は膝を打った。日本の未来も明るいな、と思ったのだ。

しかし大震災で、大企業の内定決定が遅れることになった。この企業では、あえて日程を崩さなかった。大企業も受験している希望者もいるだろうが、自社の実績に自信をもっていること、反応が良かったことなどである。だが、結局8人の内定予定者が5人になって、しまったのだった。これには、正直、大いに失望した。

私は、自分自身、教員になること以外考えたこともなかった。極めて単純な思考故に、当然この”就職活動”をやったことがない。いくつもの会社を回り、第一志望だと言って面接を受けていくのだろう。収入や安定を念頭にいれるのは、極めて常識的である。自分の人生をかける企業を選ぶのだから、『想い』だけで完結できないのだろう。大企業と天秤にかけた時、いくら優秀な企業で国際的評価も高いといっても、「ナガオカ」は中小企業である。いい大学を出ていると、そういうプライドもあるだろうなあ、と理解しようと努めてみた。しかし、彼らの多くは、水資源や国際協力に学生時代かんできた、私が膝を叩いた学生たちだった。うーん。『君らがやらねば誰がやる』と人造人間キャシャーンみたいに叫んでしまったのだった。
*キャシャーンを御存じない方は、こちらを参照下さい。(笑)
http://www.youtube.com/watch?v=kaT04uHXzGQ

以前、Yゼミナールという予備校の入試分析講習会に行ったことがある。前年度の入試方法(数学Ⅲまで範囲だったのが数学ⅡBまでになったとか、センターの点数配分が変わったとか)の変化が、微妙に入試に影響したことが、主な論点だった。「というわけで、A大の法学志望者がB大の経済に流れたと、我々は見ています。」などというレクチャーを受けたのだった。実は、私はこの時、大きなショックを受けた。法学と経済って、やる内容がかなり違う。入りやすさでコロコロ変えていいのか。そう思ったのだ。だが、現実に浪人の生徒と話していると、現実問題としてはどうしようもない。『それもまた人生』と今度は美空ひばりみたいに納得したりもした。

今日のブログの結論は特にない。キャシャーン型の私が、美空ひばり型の内定取り消し者を簡単に批判できないと思うからだ。とはいえ、残念やなあ。

2011年8月26日金曜日

レソト王国の義援金

レソトの人々
ガーナの11歳の少年が、ソマリアの飢饉のニュースを見て、募金活動を始め、$4000(約30万円)の義援金を集めたというニュースが流れた。彼の言葉。「ぼくの呼びかけが若い人にもお年寄りにも、そして、お金持ちにも貧しいひとにも届いてとても嬉しい。」なかなかやるではないか、ガーナの地球市民。

AU(アフリカ連合)全体では、各国と民間企業から270億円ほどが拠出されるという。最近のアフリカの経済成長率が高くなっていることが垣間見える。ちなみに、南アフリカ共和国に周囲を囲まれた”南アフリカのスイス”といわれる、のどかな山国・レソト王国の拠出金は、ガーナの少年の集めた義捐金の1/2だそうだ。

レソトの人口は200万人。1日$1以下で生活する人口比率は36.4%。5歳未満の幼児の栄養失調率は16.6%。成人のエイズ感染率が23.2%と、かなり厳しい後発開発途上国(LDC)である。

義援金は、金額が多いから良いというものではない。わざわざ面白おかしく書くジャーナリズムの品位を問いたい。ちなみに発信元はAFP通信社である。

ところで、今日、本校の生徒会が自転車にアルミ缶を積んで業者に売りに行ってきた。本校内で生徒が飲んだ飲料水のアルミ缶を集め、(そういうシステムが構築されている)彼らが小さく押しつぶし、ときどき売りに行くのである。今回は2000円強になったと報告をうけた。月曜日に私が郵便局に行って赤十字社経由で東北へ送ることになっている。ほんとわずかな金額かもしれないが、この暑い中、アルミ缶を集め、押しつぶし、自転車で運ぶ彼らの労に、心から敬意を表したい。うちの生徒会も、なかなかやるのである。

2011年8月25日木曜日

ヘルメノフの言葉 3

昨日から授業が始まっていたのだが私の授業はなかったので、今日が私の2学期初授業になった。元気な5組は私のお気に入りのクラスだ。しかし1学期末には授業が全くなかった。新鮮な気持ちで、ギリシア・ローマをやる。最初の授業は、クレタ文明とミケーネ文明である。受験だけを考えて、さらっと流せば5分で終わりだが、私はここで生徒の属性を掘り起こしていきたいと考えている。

クレタ文明では、ミノタウロス伝説が有名だ。ちょっと授業としてはHな話なので、やりにくいけど、RPGゲームのファンもいるのでふれておく。クレタ島の王、ミノスは、ポセイドンの力をかりて王位に就く。この時、牡牛を捧げる約束をするのだが、惜しくなって約束を守らなかった。怒ったポセイドンは、王妃に呪いをかける。牡牛に惚れてしまうという呪いだ。おかしくなった王妃は牝牛の模型をつくって中に入り、牡牛と交わるわけだ。(元気な5組では、男子も女子もゲゲゲ!とうけた。)そして生まれたのがミノタウロス。絵を書くと、おおっ!と声が上がり、「武器は?」と聞くと、「斧です!」という声がかかる。もろ刃の斧。「見たことある!」などという声があがる。こうして属性を確認させるのである。

ミケーネ文明では、トロイ戦争の話が面白い。まずは、何故トロイ戦争が起こったか?ギリシアの王様とテティスという女神が結婚し、披露宴が行われる。神々とギリシアの主だった王様が集まって披露宴は大賑わい。だが、呼ばれなかった女神がいた。嫉妬と争いの神エリス。(嫉妬と争いはおよびじゃない)彼女は怒って、黄金のリンゴを会場に投げ込む。そこにはこう書いてあった。『最も美しい女神へ』それは私のことだと3人の女神が大喧嘩を始める。ゼウスの妻で、支配を司るヘラ。戦いの女神アテナ。そして美の女神、アフロディーテ。ゼウスは、びびって、その裁定をパリスという羊飼いに命ずる。(この辺がギリシア神話の人間臭さである。)3人の女神は、パリスを買収しょうとする。ヘラは、「世界の支配者にしてあげる。」アテナは「あらゆる戦いで勝てるようにしてあげる。」アフロディーテは「世界で最も美しい妻をあげる。」…権力か、強さか、美か。(ギリシアの人生観が見えて面白い。)結局、パリスは美をとる。このパリス、実はトロイの王子。アフロディーテが与えたというより奪わせた最高の美女はスパルタ王の妃ヘレネー。怒ったスパルタ王はギリシア全軍とともに攻め込むことになる。これがトロイ戦争のはじまり。5組の生徒には、なかなかうけた。男子に聞くと、「俺やったら権力やなあ。」などと意見が出るのが楽しい。こういう授業が私は好きだ。そこに属性が生まれる。余談で、アキレス腱の話もする。不死の泉に赤子の時つけられたアキレウス。しかし足首を握られていたので、そこだけは弱点だったという話。これもなかなかうけた。そしてトロイの木馬の話に…。ほとんど、1時間こんな話で終わったが、ギリシア・ローマの枕話としてはなかなかいい。

阿部次郎の『三太郎の日記』の冒頭、ヘルメノフの言葉の3に、次のようにある。『自分にとって興味ある対話の題目はただ自己と自己に属するものとである。しかしこの題目は他人にとって死ぬほど退屈なものであろう。』
…生徒の属性と授業を結び付けること。生徒の属性を掘り起こすこと。そして生徒の属性を広げること。『属性』は、社会科の授業にとって最も重要なコトだと私は考えている。

2011年8月24日水曜日

暑い始業式の日に考えたコト

今日の内容と全く関係のない
いつものモーニング前で寝るワン君
始業式である。大阪は34℃を超える猛暑であった。始業式では、全国制覇のなぎなた部をはじめ多くの表彰もあって盛り上がった。金メダルをかけたなぎなた部はなかなかカッコ良かった。一方、生徒の席には空席が目立つ。ダンス部が全国大会のため東京にいっているのだった。運動部だけでなく、美術部も音楽部(という名前だが、軽音楽部といったほうがわかりやすい。)も全国大会に進出している。本校の生徒たちは、クラブにガンガン頑張っている。

高校時代に何を学ぶのか。それは個々の生徒によって異なる。私はこれまで商業高校、工業高校にお世話になった。そして前任校は進学校の普通科高校だった。そして今体育系普通科高校にいる。学力も様々だったし、家庭環境も卒業後の進路も様々だった。

今、大阪では政治が教育に大きく介入しようとしている。文理科を持つ府立の伝統のある進学校に優秀な生徒を集め、府立高校の進学実績(数値)をあげるつもりらしい。一方で、私学無償化をはかり、入試を混乱させ、この春の入試では数多くの定員割れを起こす学校を作った。その多くは偏差値で言うところの中位より下の学校である。定員割れを起こしたら、それらの学校は統廃合するという。これが、教育改革なのか。京大や阪大に進学させることだけが公立高校の教育の使命なのか。ちなみに、私も阪大生を何人か送り出したが、ほんと良く自分で勉強する。反対に言えば、そんなに手をかける必要はない。手をかけるべきは、その次に控える生徒たちだった。激励し、補習をし、模擬問題を作り…。そういう生徒たちはクレバーであるから、文化祭や体育祭でもほおっておけばいい。自分たちの力だけでやり遂げる力を持っている。人間関係でも教師が介入なくても、うまくやっていける。文理科に優秀な教師を集める必要は全くないと私は思っている。受験のスキルなんて、赤本(各大学別の問題集)を研究すれば手に入る。文理科にいるような優秀な生徒は、それさえ自分でやってしまうはずだ。

むしろ優秀な(ここでは一般的な意味で、熱意、教科と人間的指導力が優秀と定義しよう。)教師を必要としているのは、指導が難しい学校なのだ。勉強への熱意がなく、クラブや特別活動などにも参加しようとしない生徒もたくさん見てきた。複雑な家庭環境の生徒もたくさん見てきた。私は、そういった中で、共に泣いて来た経験もある。だから、今があると思っている。優秀な大学を出たからといって、その教師が優秀だとはいえない。教育の世界はそういう世界なのだ。民間企業からどんな優秀な人材を校長にもってきても、本当に優秀な人ならば、この理屈がすぐわかるはずだ。

勉強が得意な生徒も、不得意な生徒もいる。クラブに頑張る生徒もいれば、バイトに走る生徒もいる。生徒が多彩であるならば、教師も多彩な人材が必要なのだ。生徒が多彩であるならば、学校も多彩であるべきだ。重ねて主張したい。数値で教育は計れない。財政面から不必要に思われる(定員割れした)学校でも、そこで頑張っている優秀な教師が絶対いる。懸命に小学校からの算数をやり直したり、アルファベットを一から教えたり、クラブで自信をもたせようと、休日もとらず頑張っている教師がたくさんいる。生徒に何度裏切られても、生徒を信じ続ける教師がいるのだ。

教育は、どんな学校であれ、どんな生徒であれ、幸せになるために必要なコトを育む場だ。生徒が多彩な分、その指導方法も環境も多彩である。

幸い私は今、生徒が充実した高校生活を送れる学校にいる。だから楽しているというわけではない。本校の生徒も多彩だ。だから問題もある。希望もある。そう、多彩だからこそ良いのだ。

2011年8月23日火曜日

膨大な情報の波に立ち向かう

先日の日曜日の朝、いつものように「喝!」「あっぱれ!」で知られたニュース番組を見ていた。私はこの番組の司会者の応答が真実味がなくて大嫌いだ。(スポーツのコーナーまで、じっと我慢して見ている。)さて、東アフリカの飢饉の事がようやくTVでも流れるようになって、その話題にコメンテーターが司会者とやりとりする。日本が国際協力した食糧がソマリアの市場で売られているという画像が流れた。この日は、毎日新聞の岸井氏がお休みとのことで、フリージャーナリストの某氏が代理で出演していた。彼は、ソマリアのアルシャバブのことを詳しく知っているのだろう。他のコメンテーターとは一味違った反応を示した。…妙に口ごもったのである。

私は、こういう物資の横流しという事実には、全く驚かない。難民キャンプでコレラが発生するのと同じだ。ガバナンスの悪さ故に起こりうることである。日本の税金で送った食料で、金儲けする輩がいる。そんな国際協力はやめろ!と怒ることは簡単だ。しかし、私は、どんな形であろうと、食糧が流通しさえすればいいと思っている。そもそも東アフリカでは、北アフリカの民主化のあおり(政府が民主化革命をなだめる為に食糧を大量放出した)をうけて穀物価格が高騰していた。そこにタダの食糧が大量に流れ込むと価格は下がる。もちろん着の身着のままの難民には無料で配る必要がある。だが、それが市場に流通することでケニアやウガンダ、エチオピアなどの周辺国の食糧価格も下がる。それでいいのだ。なによりアマルティア=センのいう「市場を飼いならす」ことが最重要なのである。

ところで、ジャーナリスト氏が口ごもったのは、以前コメントをいただいたトルコ在住の尾崎さんがブログで書かれているコトを知っていたのではないか、と私は推察している。長くなるが、尾崎さんのブログから引用したい。

『西欧諸国からの救援物資が避難民に届かない―――その原因は欧米からテロ組織と指定されている「アル・シャバブ」の妨害によるものだという。
アル・シャバブはイスラム過激派組織の一つに数えられているが、アルカイダのようなアメリカ製のインチキ組織とは異なり、ソマリアというイスラム社会の内部から興ったものである。ではその敬虔なイスラム教徒のアル・シャハブがなぜ苦しむ同胞たちに差し伸べられた手を払いのけるような真似をするのか?
以前から、WFP(国連世界食糧計画)によってソマリア国民に対して食料の援助が行われていた。2006年、あろうことかWFPはソマリアの農民がその年の穀物を市場に出荷するのと時を同じくして一年分の穀類を援助し配布した。当然市場は凍りつき農民は大打撃を受けた。激しく抗議する農民に対しWFPはその非を認め、必要な調査を行い二度と同じ事態を招かぬことを約束した。だが2007年の出荷時、WFPは前の年と同様に一年分の穀類の分配を行った。ただ、エチオピアの軍隊を護衛に配備していたことが唯一の違いだった。アル・シャバブはこの時点で彼らの活動拠点であるソマリア南部からWFPを追い出し一切の援助を拒否する方針を固めた。が、食糧難が深刻化した二年前からふたたび救援を受け入れるようにはなっていた。しかしその後、WFPから配布された食料から健康障害を引き起こす物質が検出されたという理由から、非イスラム国家および団体からの救援を強硬手段を用いて遮断するようになった。(中略)

国連をはじめユネスコなどの団体は飢餓写真を公表し飢餓救済キャンペーンを催してはパタリとやめてしまう。そしてそれを何年かごとに定期的に繰り返す。なぜか?自ら「飢え」を加速させ、自ら「救世主」を名乗り手を差し伸べる。その手をはたくイスラム教徒を「告発」し、西欧の理念をより崇高なものと世界に見せ付ける。
我々といえば、今にも折れそうな子供たちの脚を見てももはや驚かなくなっている。戦争映画の虐殺場面と同じ頻度でそれを見慣れて(見慣れさせられて)いるからだ。ソマリアが、あるいは他の国が飢えに苦しむ事実は理解できても心が動かない。人を愚鈍にさせる術はよく研究されている。』



つまり、WFPが「市場を飼いならす」どころか「市場を混乱せしめた」のである。この過去の事実がある故にアルシャバブは容易に国際的支援を拒否したというのである。(ちなみに、(中略)の部分は、ソマリアの海賊のことが書かれている。)ロイターやCNNなど欧米のマスコミには、こういう反イスラム的なところがある。私は尾崎さんの指摘に強い理解を示したい。
リビア情勢は最終段階に入ったようだ。カダフィは絶対悪なのだろうか。これは、MIYAさんの「アフリカのニュースと解説」2月25日付記事『リビア関連のニュースを鵜呑みにするな』を読んで以来、見方がかわった。
http://let-us-know-africa.blogspot.com/2011/02/blog-post_25.html
膨大な情報があふれる今、何が真実であるか、様々な角度から分析できるよう勉強していかなくてはならないと、改めて自省したのであった。

2011年8月22日月曜日

「獅黄愛」は何と読む?

一週間ぶりに登校した。やはり学校はいい。もうすぐ2学期が始まる。授業の準備は万全なので、今日は特別活動部の仕事に取り掛かった。本校では体育祭と文化祭を続けて行うので、仕事が錯綜している。前から気になっていた体育祭の放送原稿をチェックする。これは私の仕事だ。本校には、筋ジストロフィーで介助が必要な生徒がいる。「彼にも何らかの形で体育祭に参加して欲しい。」チーム・ブーフーウーのフー先生が担任なので、私に「放送原稿を読むという形はどうだろうか。」という相談が、夏休み前にあったのだ。特別活動部でも承認を得たので、何処を読んでもらうか、2学期に入ったら早急に検討しようと思ってのことだ。

教育というのは、こういう数値に表せない世界である。競争原理だけで完結できるような世界ではないのである。今日報道された某私党の条例案には、あまりにばかばかしくて、反論をエントリー化する気さえ起こらないが、ちょっとだけ書いておく。(怒)

さて、昨年度の原稿を書き変えていく。本校は各学年1クラス、計3クラスが組んで団が8つ編成されている。体育祭も文化祭もこの団単位で参加する。(4月13日付ブログ参照)体育祭の原稿では、入場行進時に、団の名前を読み上げていく。これがなかなか面白い名前なのだ。3年生が考えるのだそうだが、ちょっと紹介したい。

緑団:G・G Green (ジージーグリーン)
橙団:Oh☆RENGER (オレンジャー)
紫団:Purple people (パーポーピーポー)
この3団は英語を使っている。なんとなくわかる。かわいい。(笑)

青団:SUPER海人 (スーパーマン)
英語と日本語の合体。”海人”とは、なかなか粋ではないか。

漢字ばかりの団は4つ。
黒団:黒豚隊。桃団:愛桜舞。赤団:紅龍魂。黄団:獅黄愛。
くろぶたたい?あいおうまい?こうりゅうだましい?ししきあい?
正解は以下の通り。

アグーブタイ。ラブ・ストラック。ドラゴンソウル。ライオンハート。

なかなか面白いと私は思う。こういう生徒のセンスを活かしていくのも、教育の大切な使命の一つだと思う。思わぬ生徒の力の発揮に、教師は感動し、生徒から学んでいく。それが教育だと私は思うのだが…。こういうことに関心を持たない政治家に、本当に教育改革などとエエカッコして政治介入する資格があるのだろうか。私立高校無償化のあおりを受けて定員割れを起こした公立学校ても、そこで生徒の力を信じて、必死に頑張っている先生方がたくさんいることを知って欲しい。(怒)

2011年8月21日日曜日

『アフリカビジネス入門』を読む

先日、ウガンダの”こども兵”の講演を聞きに中央図書館に行った時、せっかくなので一冊本を借りてきた。(近くの同じ枚方市の図書館別館に返却してもOKなので便利である。)新刊書コーナーにあった『アフリカビジネス入門』(芝陽一郎/東洋経済新報社・2011年8月9日発行)である。このブログを書き始めたころ(2010年1月)、週刊東洋経済がアフリカ特集をしたことがあって、その内容について書いたこともある。(2010年1月5日付ブログ参照)
この本は、そういう日本人ビジネスマンから見るというスタンスのアフリカ経済の情報本である。『アフリカ 動き出す-9億人の市場』(2009年12月18日付ブログ参照)の日本版といった印象を受けた。とはいえ、なかなか面白い情報が満載で困った。困ったというのは、図書館の本なので、重要なトコロに線を引いたり、ページを折ったりできないからである。(お行儀が悪いが、私は常にそういう読み方をしている。)仕方ないので、手帳にメモしながら読んだのだ。昨日は、午前中、妻の所用があったので、待機中にずいぶん読んではメモしていたのだった。ちょっと疲れた。(笑)
というわけで、私が面白いと思った情報メモを公開したいと思う。

1.ナイロビの若手のエリートビジネスマンを『チーター世代』と呼ぶ。スワヒリ語と英語をミックスした「シェーン」という独特の若者コトバ(日本の若者と同様、語彙を短縮させる)を話す。もちろんフェイスブックやツイッターを駆使して情報をやり取りするそうだ。
2.モロッコは近年クリーンエネルギー関係に注力著しい。アブダビに拠点を置く企業がバックアップしている。
3.南アの2009年実質GDPは、21兆円で日本の1/25だが、1人あたりでは中国の1.6倍になる。しかも南アのヨハネスブルグの株式市場の上場企業(410社)の資本合計は、日本の1/4の規模になっている。アフリカ全土では、29の証券取引所があり1500近くの上場銘柄がある。ヨハネスブルグはその65%を占めている。
4.アフリカの携帯電話市場の発展は著しく、ケニアのサファリコムの送金サービスSMSは、2005年10月から始まった。所定の手続きをすれば、送金番号が指定される。町中いたるところにあるM-PESAカウンターで送金者はデジポットを購入する。これをSMSで送金すると、照会メールが送られる。受取人はM-PESAカウンターで現金を受けとる。もちろん確認メールも送られるというしくみ。公共料金や銀行口座のない社員の給料支払いにも利用されている。なお、アフリカではフェイスブックやツイッターで主要メディアはニュースの見出しを配信していて、日本以上に利用されている。
5.携帯電話市場の再編も進んでいる。最大のMTNは南アの企業で1億4000万人の利用者。第二位のエアテルは、スーダンのモ・イブラヒム(あのアフリカの開発に貢献した良きガバナンスを構築した為政者を顕彰している財団で有名だ。)のザインをインド企業が買収したもの。利用者4200万人。2010年現在アフリカ全土の携帯電話契約者数は推定4億4800万人。人口の約45%である。なお、ハードの方は、ノキアが80%で、韓国系(LGやサムソン)が20%。最近アップルやグーグルなどスマートフォンも進出してきている。
6.アフリカの家電輸出状況は、中国製品が圧倒的なシェアを誇っている。エアコン(91%)冷蔵庫(73%)カラーTV(84%)。これに対抗するのは、旧宗主国のEU諸国で、冷蔵庫(11%)カラーTV(10%)。韓国も頑張っている。エアコン(2%)冷蔵庫(3%)カラーTV(3%)。日本は、エアコン(0.01%)冷蔵庫(0%)カラーTV(0.04%)である。
7.(著者の言)アフリカは最後のフロンティアではなく弱肉強食の資本主義において食物連鎖の末端かもしれない。
8.(著者の言)ケニアがインドの発展を見て自国の産業の柱の1つとしてITを強化しようとしているのを見ると、アフリカ諸国では第1次産業の次に雇用を大きく生み出す第2次産業が発展するのではなく、資源もしくは農業や観光で外貨を獲得して、そのまま第3次産業に発展につながると見てとれる。その意味ではポスト中国工場として労働力の開拓という意味でのフロンティア性はうすい。
9.(著者の言)アフリカは未開の市場としてのフロンティアではなく、未整備であるがうえにビジネスの可能性が豊富という意味でのフロンティアというのが正しい。
10.(著者の言)貧困への処方箋は雇用しかなく、これは起業家精神が発揮されることを通じてのみ達成できる。
11.(著者の言)日本企業にとってアフリカは遠いが、アフリカ市場からすればMade in Japanは親しみのあるブランドだ。アフリカ市場は価格に厳しいが日本製商品は信用されている。
12.(著者の言)「友人の中国人、配偶者の日本人」というアフリカの言葉がある。JICAを始めとした長い間の日本の国際協力の成果である。
13.2010年12月にJICAは、民間企業と連携したプロジェクト協力準備調査というBOPビジネス連携促進を開始した。BOP市場開拓のためのプランを公募し、NPOやNGO124法人から92件の応募があり20件が採択された。JICAの内外で賛否両論あるが、著者は大きく評価している。
14.C・K・プラハードが提唱した言葉 「ネクスト40億」

あくまでメモの一部である。これらの考察は後日に譲りたいが、なかなか有用な本であった。特に、10の貧困と雇用の問題は、ケインズ以来の理論であるが、民間資本の投資やBOPビジネスによる持続可能な開発の問題を考えている私には、心に残る一文だった。ビジネスとして成立させながら、いかに現地雇用を増やしていくのか。BOPの起業家に大いに期待したいところだ。

教訓:勉強のための本は自費で求めるべきである。もうメモ書きしながらの読書はコリゴリである。(笑)

2011年8月20日土曜日

なぎなた部の全国制覇を祝す

全国制覇の瞬間(毎日新聞より)
朝刊を読んで、万歳三唱した。本校のなぎなた部が、インターハイで団体優勝したのである。詳しく書くと、まず、演技の部でH君姉妹が優勝し、続く競技の部の個人戦では、H君姉(3年生)が、熊本の春山選手(2年生)に決勝で敗れたものの準優勝。そして団体では、個人戦で敗れた春山選手を擁する熊本西高校と決勝で対戦。両校とも譲らず、1-1(3引き分け)となり代表者戦でH君姉と春山選手が再び相まみえることとなった。3分間で決着がつかず、2分間の延長戦がさらに2回続いたが、まだ決着つかず。3回目の延長戦で、一瞬相手が下がったところを面が決まり、個人戦の雪辱を果たしたということらしい。なぎなた部、初の全国制覇である。いやあ、ほんと、凄いよなあ。

特に、決勝戦の様子は、まるでTVドラマのようなストーリー性を感じてしまう。個人戦で3年生として、年下の選手に負けたH君姉の悔しさはいかばかりか。団体戦では、H君の妹が先鋒で勝ちリードしたが、春山選手に次鋒が敗れ、大将戦でH君姉は引き分けてしまう。この時も、責任感に押しつぶされそうになったのではないか。しかし、そこから最後の最後まであきらめず、集中力を切らさなかった故の勝利であったろう。

今回の高校野球でも熱戦が続いていた。高校生の最後まであきらめない姿に感動の輪が拡がった。本校のなぎなた部も東北の地で、勝るとも劣らない名勝負。あっぱれである。

2011年8月19日金曜日

JICAとゲイツ財団の債務転換

MISAさんのブログから
毎日新聞の「金言」で、西川恵専門編集委員の『変容する途上国支援』というコラムが載っていた。なかなか興味深い内容だったので、ブログで紹介したいと思う。以下私なりの要約である。

パキスタンのポリオ撲滅のため、JICAの緒方理事長と、ビル・ゲイツ財団が、18日協力関係を結んだ。JICAがパキスタン政府に対して、ポリオ撲滅対策のため、49億9300万円の円借款供与しているものを、2013年までに成果(ワクチン接種率)を達成すれば、債務金額(上記の金額)をパキスタン政府に代わってゲイツ財団が出そうというものである。ローン・コンバージョン(債務転換)という方法で同財団が特定の国とこの種の協定を結ぶのは初めてだという。パキスタン政府としては、是非とも2013年までに達成し、何としても49億円を浮かせたいところだ。やる気を出さざるを得ない。
世界のポリオは99%撲滅されているが、パキスタンはまだ撲滅できていない4カ国の1つである。ゲイツ氏は「最後の1%はパキスタンがカギで、隣国アフガニスタンもパキスタンにかかっている。」「日本は自身が困難なのに、途上国に支援の手を差し伸べる。貴重なことだ。」と述べたという。
今回のJICAとゲイツ財団の協力の意義について、西川氏は『アクター(行動主体)の多様化は、アイデア次第で支援をよりダイナミックなものにする。』『援助する国とされる国という上下関係が「助け、助けられる」というフラットな関係に支援の概念は移行していくのではないか。』と述べている。

私の感想である。この債務転換というアイデア、素晴らしいと思う。何より、パキスタン政府がやる気を倍増させるだろうというところが素晴らしい。ガバナンスにとって良い影響があるだろう。JICAはそういうスキル面で、さらに協力してほしい。(おそらく間違いなく協力すると思うが…。)今、アメリカもEUも日本も、経済的にも政治的にもガタガタしている。そんな中で”民間”の力をこういうカタチで活かすというゲイツ財団の知恵もたいしたものだ。
一方、西川氏の主張の後半部で使われている「援助」や「支援」というコトバ自体がすでに古くなっている。「協力」と記すべきである。対等な立場で協力し合うという”パートナーシップ”は国際協力の世界では、すでに普通の概念になっていると私は思っている。その辺、不満が残るのだが、西川氏の最後の文章を読むと、”日本こそ、パートナーシップの先駆けたれ”と結んでいる。全くその通りだと思う。引用しておきたい。
『日本は震災で援助されることのありがたさを身をもって知った。他の先進国に先駆けて日本は援助の相互性を概念化していく優位性を保持している、と私は考える。』

今日の画像は、ニジェールでJOCVをされていた理学療法士MISAさんのブログから借用しました。私もブルキナで、ポリオの後遺症のため、同じような手漕ぎの自転車に乗っている方を見た経験があります。胸がつまりました。パキスタンをはじめとした残り1%の撲滅を心より祈ります。

2011年8月18日木曜日

ウガンダの”こども兵”の話を聞く

枚方市中央図書館で開かれた『ぼくは13歳、職業、兵士-あなたが戦争のある村で生まれたら』という講演会に行ってきた。講師は、京都のNPO 「テラ・ルネッサンス」の栗田佳典さんという青年だった。彼は13歳の時、心臓病の手術をしたという。この時「いのち」の大切さと「支えられることのありがたみ」を知り、その後「誰かをささえる仕事がしたい」と立命館大学で福祉を学び、在学中からこのNPOにインターンシップ生として参加、そのまま職員になったということである。カンボジアとウガンダに4回ずつ行っているそうだ。<画像は枚方市中央図書館>

講演は、まずカンボジアの地雷撤去の話だった。私もよく平和学の話題としてカンボジアの地雷の話をする。実際の画像や地雷撤去の映像なども紹介してくれたので、インパクトがある。これからは、もっとパワーポイントを使わないと…と思った次第。

さて、いよいよウガンダの”こども兵”の話である。ウガンダ北部のの忘れられた紛争については8月3日付のブログを参照されたい。ここで、”こども兵”という言葉について説明があった。”少年兵”ではない。すなわち、”少女兵”も含まれるのである。栗田さんのNPOは、北部のアチョリ人の街グルを中心に、こども兵の社会復帰の支援(主に職業訓練)をしている。様々な元こども兵(女性も多い。)の3年間(職業訓練学校の年数である)の変化を見せてもらった。顔つきが、ここまで変化するのかというくらい穏やかになっている。彼らのインタヴューは感動的であった。ついつい、少年兵や少女兵の話は暗くなる。誘拐や村に帰れないようにするための残虐な行為の話がどうしても陰惨である。(昔、朝日新聞の記者のリベリアの少年兵についての講演会に行った事があるが、衝撃的な話ばっかりだった。)もちろん、栗田さんは、そういう話も紹介してくれたが、今日の聴衆には親子連れの小学生もたくさんいたので、うまく流されたように感じた。様々な場所で講演されているようなので、その辺をうまく調整できるのだろう。栗田さんは、訥々とした話し方である。私も経験があるが、こういう現場で見てきた話題は、つい感情が高ぶるものである。そのあたりもうまくコントロールされていた。いい講演会だった。

講演会の後、図書館のレストランで、ウガンダの給食試食会(無料!)があった。私の予想どおり、豆の煮ものにウガリを添えたものだった。(笑)栗田さんと少し話をした。やはり、アフリカに学ぶという姿勢を強く持った好青年だった。地球市民、またひとり見つけたり。それが嬉しい。

テラ・ルネサンスのHP:http://www.terra-r.jp/
栗田さんのブログ:http://blog.canpan.info/terra-kurita/

2011年8月17日水曜日

テミストクレスの陶片追放

テミストクレスと書かれた陶片
2学期の中間考査までの世界史B(2年生は2単位である。)の範囲は、ギリシア・ローマでいくつもりである。すでに、プリントは全部出来上がっている。この辺をやるのは久しぶりである。やはり面白い。ギリシアもローマも、民主制、共和制にこだわった奴隷経済の古代国家である。大きなテーマとなるのは、誰がこの民主制・共和制の主体者である「市民」であるか、という時代的な変遷である。

ギリシアでは当然王制が最初で、『貴族』という存在がいた。最初は彼らによる民主制であったのが、重装歩兵の登場で、豊かな平民にまでその範囲が広がる。貴族は、都市国家を守るという気概を求められる。自分たちの国家だという強い意識が、国防の義務と重なる。今でも英王室などでは、そういう王族・貴族の義務が生きている。皇太子が英空軍のヘリのパイロットだったりするわけだ。それが、重装歩兵という戦術で変化する。当時、この装備は自前であった。兜や鎧、長槍、盾など、かなり金がかかる。これを自前で準備でき、国防に参加することを志願した豊かな平民は、貴族に準ずるものとなり、『市民』となった。これがギリシアの民主制の本質である。国を守る気概と経済的裏付けがある者が今風に言えば『国民』として認められたのである。

昨日のエントリーと重なるが、『国民』という概念には、そういう本質が潜んでいるということである。歴史に学ぶというのは、そういうことだと私は思う。

ペルシャ戦争の時、この国防に関わる人間が一気に増える。サラミスの海戦などで活躍した富のない平民である。彼らは三段櫂船の漕ぎ手として、己の肉体だけで国防に参加した。やがて、彼らは自分たちの権利を主張し始める。『市民(国民)』が拡大したわけだ。面白いよなあ。

このサラミスの海戦を指揮したのが、テミストクレスである。阿刀田高のブルターク英雄伝(対比列伝)をわかりやすく書いた『ローマとギリシャの英雄たち(黎明編)』を読んでいて、”全く、この野郎”と思った人物である。口八丁手八丁、自分の名誉心を満足させるためなら、どんな汚いことでもする。テミストクレスは、結局僭主(独裁者)になる可能性があるということで陶片追放され、自らが破ったペルシャに亡命する。陶片追放には様々な評価があるようだが、この時のアテネ市民の判断は正しいと私は思う。こういう危ない人物はいらない。

ところで、大阪府では、愛国心を教えろという教育条例が、某人物の私党が多数党故に可決する見込みだ。野党である自公の分断をはかり、教育関係者を府民の敵扱いする、歴史から見ればテミストクレス的な手法である。愛国心をあおることを、学校に強制すべきではないと私は思う。歴史は、愛国心を常に戦争に結び付けてきたことを教えている。

私は、自衛隊の正しい理解(今の月見草的な立場をもう少し改善してもおかしくない。)をするべきだし、憲法第9条も守った方がベターだと思っている。しかし、そういう政治的な信条は各個人が思索し自己のものとすべきだ。だから授業では、生徒自身に常に考えさせるようにしている。当然、愛国心は自然に児童・生徒が自ら養うべきものだと思っている。

それより、今大切なのは、『地球市民』の自覚だ。今さら日本だけのことを考えても、グローバリゼーションの中で共生していけない。水も食料も、エネルギーも国益だけでぶつかれば、必ず悲劇が起こる。一昨日のブログでもふれたが、我々に残された時間は多くない。現代のテミストクレスに対しても、”全く、この野郎”という感じだ。

追記:リアクションを一部変更しました。

2011年8月16日火曜日

9.11テロに立ち向かった日本人

スミソニアン歴史博物館
ニューヨークへ一人旅した時、サナエさんという日系3世の方のB&Bにお世話になった。「日帰りでワシントンDCのUSホロコースト博物館へ行くので、明日は遅くなります。」と言うと、「あなたは高校の先生だから、是非スミソニアン歴史博物館に寄ってきてほしい。」と言われた。日系移民の強制収容所の展示があるのだという。近くだったし、時間もあったので歴史博物館にも寄ってみた。
当時の日系人への差別的なポスターや収容所の内部など、きわめて解りやすい、アメリカらしい展示だった。今日のブログの本題ではないので、詳細な内容は差し控えるとして、この日系移民の展示、タイトルは『多様性の統一』という。アメリカのコインにラテン語で書かれている、アメリカの国是の1つである。移民国家アメリカ。様々な民族がアメリカの理想のもとに統一されていくという意味である。何故こんなタイトルになっているかというと、展示の後半に、日系移民の息子たち(2世)が、自ら志願してヨーロッパ戦線で戦い、多くの血を流し、「われわれは日本人ではない。アメリカ人なのだ。」ということを実証したことが、これでもかというほど強調されているのである。中には、「我々が戦いたいのはドイツではない、日本だ。」という若者もいたという。(*今もこの展示があるかどうかは不明です。)

さて、昨日NHKで、『渡辺謙アメリカを行く・”9.11テロ”に立ち向かった日本人』という番組を見た。このタイトルにある「9.11テロに立ち向かった男」とは、ノーマン・ミネタ氏という日系2世で、当時の運輸長官である。彼は、ハワイ州(日系移民が最も多い)以外の本土(カリフォルニア州サンノゼ市長であった)で最初に下院議員となった人物である。民主党員でクリントン政権で商務長官、ブッシュの共和党政権下で運輸長官(日本でいう運輸大臣にあたる)になった日系人初の閣僚でもある。ノーマン・ミネタ氏は、9.11の緊急時に、米本土を飛ぶ4000にもおよぶ航空機をカナダなどの協力をとりつけ無事に着陸させた。(この辺の見事な危機管理能力を現日本政府は見習うべきだ。)問題は、その後である。多くの議員やマスコミは、アラブ系・イスラム教徒の航空機搭乗に対して『人種プロファイリング』を実施するように求めた。簡単に言ってしまえば、アラブ・イスラム系の人間を航空機に乗せるな、危なくて仕方がないという感情論である。これをノーマン・ミネタ氏は、敢然と否定するのだ。タイトルにある『”9.11テロ”に立ち向かった』というのは、この危機が招いたアメリカの多様性への統一という国是の否定に立ち向かったというのが正しいと私は思う。アメリカは自由であり、少なくとも機会均等という面では平等であることを国是としていると私は思う。憲法にも基本的人権が謳われている。ノーマン・ミネタ氏は、人種プロファイリングは正義ではない、と言い切った。

TVのキャプチャー画像 『肖像画』
その彼の確信の源を、この番組は探っていく。彼は太平洋戦争開戦時11歳。両親とともにワイオミング州のハートマウンティン収容所に送られた過去をもつのである。人種プロファイリングの犠牲者であったのだ。彼は、日系人強制収容を間違いだったと米政府に認めさせる法案も成立させている。だからこそ、アラブ系やムスリムへの不正義を許さなかったと言ってよい。彼の肖像画が運輸省にある。そこには収容所での家族の姿も描かれている。なんという感動的な肖像画か、と私は思った。いい番組だった。

ところで、ノーマン・ミネタ氏の履歴を調べてみた。カリフォルニア大学バークレー校の出身で、その後(1953年)陸軍に入っている。韓国や日本で情報将校だったというから、朝鮮戦争が休戦した直後の話である。アメリカでは、軍出身者など掃いて捨てるほどいる。彼が特別だということはない。反対に言えば、アメリカのために、一度は命を捨てる覚悟をした人間でないと、いかなる人種であれ、そして特に日系人は信用されないという事実なのである。番組では、触れられていなかったが、彼は収容所から、兄の世代が戦場に行くのを見送ったはずだ。アメリカ人となるために、残った親兄弟をアメリカ人と認めさせるために…。

多様性のない単一民族国家(アイヌの方などもおられるが、あえてこう書いておきたい。)日本ではありえない、アメリカにおける民族アイデンティティの確立方法なのである。アメリカでの自由は、アメリカのために血を流した者に与えられるのである。

*TVのキャプチャー画像はBrilliant lifeさんから借用しました。
http://ameblo.jp/brillianteveryday/entry-10962764209.html?frm_src=thumb_module

2011年8月15日月曜日

モザンビークでの南南協力

お盆なのだが、特別活動部の仕事があるので、学校に出勤した。事務所に寄ると、前任校のU先生から封筒が届いていた。JICA'sWORLD8月号を送ってくれたのだった。(まだ私宛に前任校に届いている。いつも申し訳ないと思っている。)今月号の特集は、「世界の食料問題に挑む」であった。

私が衝撃を受けたのが、『現在から2050年までの収量変化予測(%)』という世界銀行の資料を大きく使ったページである。地図中の色は11の主要品種(小麦・コメ・トウモロコシ・キビ・エンドウマメ・テンサイ・サツマイモ・大豆・ピーナッツ・ヒマワリ・ナタネ)の収量の変化予測を表したものである。下記の地図は、世銀のWorld Development Report 2010から、引用したもので、特集記事と全く同じものである。

地球温暖化の影響が見事に見える地図である。アメリカでは、イリノイ州・アイオワ州で-20%。これはトウモロコシで主に飼料作物である。ミズーリ州やネブラスカ州などの小麦地帯も-15%。反対に、モンダナ州やカナダのブリティッシュコロンビア州、マニトバ州、ラブラドル半島部などで50%以上の小麦増産が、このことを顕著に示している。ヨーロッパでも北欧やウクライナの黒土地帯を除く東ヨーロッパなどでは軒並み増産。タイガ(針葉樹林帯)が穀倉地帯に大きく変わるようである。一方、オーストラリアはかなり減産する。南米のアマゾンやパンパもひどい。東南アジア、西アジアも大きく減産し、特にパキスタンのパンジャブ地方はひどい減産となるようだ。アフリカでは、サハラ砂漠のあるマグレブ諸国、カラハリ砂漠・ナミブ砂漠のあるボツワナやナミビアで大きな減産になるようである。かなりショッキングな地図であると私は思う。

2050年には93億人に達する世界人口。この先40年、現在の12億の先進国の人口増加は1億人ほどと予測されている。一方53億人の途上国では27億人の人口増加が見込まれており、これらを賄うためには現状の約70%の生産量の増産が必要だと試算されているようだ。決して簡単なことではない。JICAは、「農業生産基盤の確立」と気候や価格変動などの「ショックへの対応能力の向上」の二本柱で協力を進めているとのことである。

モザンビークでは、JICAが行ったブラジルのサバンナ地帯セラードの農業開発のスキルを生かし、日本とブラジルの専門家が活動している。主にキャッサバの生産の技術向上を、ナカラ回廊(マラウイからインド洋のナカラ港を結ぶ経済回廊)地域で行っているらしい。また、中部のザンベジ州では、ベトナムの専門家とともにコメづくりの協力を行っているという。モザンビークもベトナムも植民地支配から社会主義体制、戦争、復興・成長と同じような道を歩んできた。日本が間に入って、”南南協力”を推進しているのである。と、いうような話が載っていたのである。なかなかいい話ではないか。

ほんと、これからは水と農業が大事になる。そのために世界に羽ばたく熱意を持つ人材を育てたい。そう思うのだ。本校では、あまり多くはないが理系の大学志望者もいる。いつか農学部に送り込みたいな、などと夢想する今日の私であった。

2011年8月14日日曜日

ソマリアのコレラ渦とラスタ

国境なき医師団HPより
ようやく、ソマリアを中心とした東アフリカの飢餓報道が増えてきた。アメリカもEUも日本も、先行き不透明な不況で、援助資金がかなり不足しているらしい。

飢餓になると、餓死するというイメージがあるが、それ以上に難民キャンプなど、衛生状態が極度に悪化する関係で疫病が流行することによる死者のほうが多いらしい。アマルティア=センの飢餓の考察である。だからソマリアの首都モガディオでコレラが流行しているというニュースに、私は決して驚かない。予想された事態なのだ。
私がサポートしている「国境なき医師団」も、ソマリア、ケニア、エチオピアの各地域で頑張ってくれているようだが、かなり厳しい状況のようである。うーん、と唸るしかない現実である。

コレラ渦のWEBニュース:
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2819819/7631680?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics
国境なき医師団の東アフリカでの活動:
http://www.msf.or.jp/news/2011/08/5285.php

一方、レディ・ガガやマドンナたち150人が、セーブ・ザ・チルドレンと組んで、『ボブ・マーリー』の名曲をダウンロードするカタチで、今回の飢餓への募金を訴えているというニュースも入っている。頑張ってくれているよなあ。ところで、ボブ・マーリーは、アフリカ人にとって特別な存在だ。昨年4月23日付ブログ『ストロング・マイノリティ・ラスタ』というエントリーで書いたのだが、彼は『ラスタ』のヒーローなのである。ある意味、逆説的な意義もあって、ちょっと面白いなあと感じている。各国政府がモタモタしているのなら、市民が頑張るしかない。
http://www.africa-news.jp/news_jI5ZyS6Mt.html?right

グローバリゼーションの中で、投資先を貪欲に探す「マネー」という怪物が、ドルやユーロから円に流れ、さらに金(GOLD)の価値が再認識され、価格が4倍にも高騰しているという。その一方で、アフリカではこのような悲劇が起こっている。この対蹠的なニュースが同じWEB上に瞬時に流れていることが、冷静に考えてみると私には不条理にしか思えない。私は資本主義を否定する者ではないが、あまりに貪欲な金融資本というものには憤りを覚えてしまう。教科書的には、「構造的暴力」という概念で説明がつくけれども、現実はやはり理不尽である。

2011年8月13日土曜日

”教授”、ガーナを語る2

ガーナといえば「棺桶」である
昨日のピーター会での”教授”の話の続編である。このブログを読んでいただいている皆さんにとって、「ガーナ」といえば、やはり思い浮かぶのはチョコレート(カカオ)だろうか。実は私は「棺桶」が浮かぶ。国立民族学博物館にも昔展示されていたこともある。妙にリアルでポップな、様々なモノの形をした棺桶でである。”教授”がアクラの街の地図をもとに説明されていた時、私は「棺桶屋横町」の所在を聞いたのであった。”教授”は御存じなく、どうやら点在しているらしい。なお、ガーナでは親族が亡くなると1カ月以上遺体を保存しておくそうだ。小さな遺体のための家を作り、そこに安置し、棺桶に入れて教会に運び長時間の葬儀セレモニーを行うらしい。”教授”も教員養成カレッジの関係者として参列したことがあると言われていた。親族は赤い服(布をまきつけるような衣装)を着るのだそうだ。また日本の霊柩車が輸入されているとのこと。ガーナで見たら、腰を抜かすなあ。(笑)ガーナの葬儀文化は、かなり面白い。

ところで、霊柩車の話が出たので…。ガーナの車は全て左ハンドルらしい。日本車も左に改造されるらしい。(20万円ほどかかるとか。)やっぱり、ケニアのマタツーのような乗合バスがやっぱりあるそうだ。ガーナでは、”トロトロ”と呼ぶらしい。ピーター会の面々はこの話、大いに盛り上がった。(第三者かた見たら、極めて珍しい変な高校教師集団だ。)

「ガーナの呪術事情」について質問してみた。ガーナでは、呪医はあまりいないという。理由は他のサブ=サハラ諸国より医療保険が充実しているからで、妊産婦・経産婦へのケアーも行われているらしい。それは凄いなと思った次第。ただ、”白”は少なくても、”黒”はあるらしい。市場などで、野菜が下に落ちていても誰も拾わないらしいのだ。黒魔術師が呪いをかけていると彼らは信じているとか。乞食さんも、お金を乞うても、下に落ちている硬貨は拾わないという。先ほどの葬儀でも、死者の家は取り壊し、絶対悪霊を払うのだそうだ。
ガーナの習慣で教授が驚いたのは、ホームステイの時の食事の方法だったそうだ。主人は主人、客は客という感じで、1人ずつ食事をとるのだそうだ。夫人と子供も別にとっていたらしい。座る場所が厳格に規定されているようなことは聞いたことがあるが、かなり珍しい習慣だと思った。

大英博物館の偽物(笑)
さて、”教授”が派遣前の研修で福島県のJICA二本松研修所にいる時、ずいぶんと派遣先のクマシの歴史を調べたそうだ。クマシは、アシャンティ王国の首都だったらしい。ここには宮殿もあって、ゴールデン・スツールという、誰かが「日本の三種の神器のようなものですね」といった民族の象徴的な椅子があるらしい。植民地化を図ろうとした英軍の司令官がそれに座らせろと要求したとき、民族の怒りが爆発し、戦争になったとか。一時はギニア湾まで追いつめながらも、援軍が到着して敗北。この椅子は大英博物館にもっていかれたらしい。ところが、これは偽物で、本物は宮殿内にあり5年に1度公開されると言う。やるではないか、アシャンティ。このアシャンティの末裔が、私がジンバブエから南アに帰る夜行バスで語り合った”アカン”の人々である。私のガーナの人々への印象は”アクティブな感覚の持ち主”である。

”教授”が、アルコールが入った後、ふとこんなことを言われた。「今まで、いろんなところでガーナの話をする機会があったけれど、ピーター会の皆さんが一番熱心に聞いてくれた。これまで話したくても遠慮してしまい、ストレスが溜まっていたけど、今日はスッキリしました。」午前中の会議室、午後のランチ、大阪歴史博物館(展示そっちのけでガーナの話をしていた)、そして最後の居酒屋。1日中、”教授”はガーナを語り続けておられたのであった。我々ピーター会の仲間はケニアでの15日間、毎晩遅くまで、その日得た経験や意見を語りあかしていた仲間である。1日ぐらい、どうってことないし、時間が短すぎたくらいですよぉ。ガーナへは15日に戻られると聞いた。マラリアには気をつけて、我々の夢ものせて頑張ってください。

エントリーの削除について

一昨日のエントリーを削除しました。毎日新聞の夕刊の記事について書いたものです。大阪府教育委員会が私立高校から公立高校への転学を行うという記事に対し意見を書いたのですが、思いのほか多くのアクセス(700件強)がありました。私の推測と意見は現場から見て極めて当然のものです。間違いを認めての削除ではありません。ただ、私の目指すブログの方向性とは大きく異なる方向に一人歩きする危惧故の削除です。御了承ください。また削除時にすでに「同感」のリアクションをいただいた3人の方々に深く感謝いたします。

2011年8月12日金曜日

”教授”、ガーナを語る1

ガーナに、理数科教師としてJICAのシニア・ボランティアとして参加しておられる”教授”(もちろんニックネームである。)が、健康診断のために帰国されていて、同じJICAの教師研修でケニアを視察した仲間(ピーター会)の報告会が、大阪は天満橋のエル大阪の会議室で開催された。静岡や金沢からも、当時のメンバー総勢8名が集まった。いやあ、凄いことだ。”教授”は、古くから、様々な楽しい科学実験を通じて理科学習への興味を広げることをライフワークにされている神戸の公立高校の先生である。今は、ガーナ第二の都市クマシで、教員養成カレッジの生徒を相手に指導をされているわけだ。

面白い話がたくさんあって、全部は紹介しきれない。で、今日明日に分けて紹介しようかと思う。私にとって、特に面白かったのは、ガーナの初代大統領エンクルマの影響である。”教授”は、ガーナの紙幣でよく使われる2セリー(120円くらい)札は、エンクルマだけが紙幣に描かれ、高額紙幣には歴代の大統領が描かれていると現物を見せてくれた。アメリカ同様、よく使われる紙幣の肖像ほど人気があるらしい。ところで、エンクルマは、社会主義者であった。このことには賛否両論がまだあるらしいのだが、その影響は、ガーナのいたるところにあるそうだ。
たとえば、市場でパイナップルを買うとする。どの店で買っても同じ大きさのものは同価格らしい。組合が伝統的に強く、市場のリーダーが価格を決めるらしい。こういう社会主義的なことはまだまだあって、サブ・サハラ=アフリカでは珍しく、健康保険がある程度いきわたっているらしい。(もちろん、安い病院には貧乏な人々が多く集まって大変らしいし、医者や看護師はエリートで高給取りなので、ずいぶん威張っているらしいが…。)また、教育現場でも、あまり競争主義は見られず互いに助け合うことが多いらしい。遅れている学生に、よく理解している学生が教えたりする良き面もあるが、試験中でも修正ペンを貸し借りする(彼らはボールペンで試験を受けるらしい。訂正には高価な修正ペンが必要で、これを所持している学生は少数であるらしい。)ような悪しき面もあるらしい。

私が見てきたケニア、ジンバブエ、ブルキナファソと比べて、様々な面で開発が進んでいるという感じを受けた。特に、就学率の面や教育内容は、ブルキナと比べてかなり良いと思ったのである。(もちろん、まだまだ問題は山積みだが…。)ところで、ガーナと言えば、『カカオ畑で働く学校にも生かしてもらえない児童労働』という開発教育でのアクティビティがある。実際には、ガーナでは就学率がかなり高いらしい。北部は、南部より貧しいので、子供が働くということはありうるが、親と子供の関係において、決して特別な話ではない、伝統的な子供のあるべき姿ではあるとのことだった。私は、アマルティア=セン的な潜在能力の立場から、子供が就学できないことは絶対なんとかしなければならない課題だと思うが、児童労働自体は、アフリカでは当然の伝統的家族関係の中のことであると理解している。先進国的な価値観を高慢に押し付けて批判するのはおかしいと思っている。あの社会福祉先進国となったイギリスでさえ、開発途上時は児童労働をバンバンやらせていたではないか。今回のガーナを体感されてきた”教授”の言で、あらためて確認させていただいた次第。

2011年8月10日水曜日

石坂浩二に変身する

今日は、梅田に所用があり、その後K書店に寄った。妻が言うに、「最近PCを替えて画面が小さくなったので、目を細めて(それ以上無理というくらい)画面を凝視している。この際、石坂浩二が宣伝している眼鏡型のルーペを買ってはどうか。」…私は気乗りしなかったのだが、「K書店に置いてあるから、実際にかけてみて試したら。」とせまる。うーん。

まあ、かけてみるとかなり細かい文字でも見やすい。で、「いいね。これ。」と言ったら、「これ下さい。」と妻が購入したのだった。おいおい。一万円もするのだぞぉ。うちの妻には、時々、こういうこともある。(ちなみに、通信販売の方が安く買えるみたいだ。)

と、いうわけで、今このブログをかけながらキーを叩いているわけだ。たしかに、見やすくなった。なんだか、凄い歳をとったような気がする。だって、石坂浩二って、若く見えるけど昭和16年生まれやで。

2011年8月9日火曜日

『南スーダンにPKO派遣を』考

一昨日のブログ、『ソマリアの「アルシャバブ」考』に対して「反駁したい」というリアクションが2つ入っていました。全くリアクションがないより、はるかに嬉しいのですが、その理由は何だろうか?と、いろいろ考えてみました。私の原理主義を敵視しない中立的な立場なのでしょうか?反対にイスラム原理主義に対する理解が未熟だという批判なのでしょうか?是非ともコメントをいただきたいところです。古いエントリーでも、このBloggerは、作成者のダッシュボードに、コメントがすぐ表示されるようになっていますので、スパムと判断されない限り、コメントを見逃すことはありません。是非よろしくお願いします。楽しみにしています。

さて、今日は、またまた反駁される可能性の高いこと書こうと思う次第です。朝、モーニングで日本経済新聞を読んでいると、「社説」に、「南スーダンにPKOを派遣を」というのがありました。国連事務総長の要請を受けての話らしいのです。社説としては、かなり素早い反応のように思いました。帰宅してWEBを調べてみると、7月13日に、毎日新聞と読売新聞がすでに同様の社説を書いていることがわかりました。
日本経済新聞社説:
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE1E1E5E5E3EAE0E2E2EBE2EAE0E2E3E38297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D
毎日新聞社説:
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/archive/news/20110713ddm005070029000c.html
読売新聞社説(すでに消去されているので、掲載したブログ参照):
http://darfur-tribune.seesaa.net/article/213056782.html

私は、正直に言うと、この日本経済新聞社説に、意外な感を受けました。自衛隊の「PKO・国際貢献」は非常に難しい問題だと思います。私はアフリカ大好き人間ですので、南スーダンの人々のためになるのなら、素直に賛意を示したいところなのですが…。うーん、と考え込んでしまいました。

今読んでいる石破茂の「国防」では、以前イラク・サマワへ自衛隊がPKO任務に行った事に関して、ずばっと書いてあります。要約すると「日本が石油の90%を依存する中東の安定のため、日本がPKOに参加することは国益に値する。しかも、イラク人のアンケートでは日本に来てほしいという回答が他の国を抑え最も多かった。ただ、国内的には、自衛隊に対する”無理解”が存在するため、様々な法的な問題をシミュレーションする必要があった。」となります。(あくまで個人的な要約ですが…。)

私は、自衛隊は違憲な存在であるという自衛隊の存在否定の意見には賛成できません。第9条は改正すべきだというのも賛成できません。そのスタンスに立ち、現在の自衛隊の意義、自衛隊の能力をきちんと理解する必要があると思っています。(軍事を理解できないと、平和学は理解できないと思っているのです。)なんか、ものすごい玉虫色の表現になってしまうのですが、この問題は、そういう問題であると思うのです。おおまか、自衛隊や国防問題に対する正確な理解が必要という点、自衛を貫くという日本のスタンスを守る上で必要な法的問題を解決すべきだという石破茂の視点には、私自身は、共感するところが多いと言っていいと思います。

日本経済新聞の社説では、大震災への格好の恩返しであること、ハイチでの活動が大きく評価されていることなどを挙げています。私は、この点については大賛成です。ただ、「今回のPKOがアメリカ主導であり、日米の同盟の絆を深める上でも重要だ。」とあるのには、日本の経済界の意思というか、今の政府のミスリードで失った信頼関係を一刻も早く修正しようとする意図を感じます。もうひとつ、「震災対応で人材確保が難しいならハイチから撤退すべし。」というのは、絶対おかしいのではないかと思っています。

石破茂の「国防」の中で、こんなことも書いています。これも私なりの要約ですが…。「自衛隊の主たる任務は、防衛であるから、国際貢献はその上で可能か否か、様々な国益上の問題を踏まえたうえで判断しなければならない。」「国はみんなで守るものである。それが民主国家である。万一の場合、自衛隊は防衛に全力を注ぐべきでる。その他の副次的な任務は、警察や消防に任せすべきである。そのために手薄になった警察や消防の任務は国民がみんなで負担しなければならない。」

大震災の復興に割かれている自衛隊の人員を、国民で負担する、その覚悟が出来ているから、危険かもしれないが、南スーダンでPKOを精一杯行ってくれというのが、筋なのではないでしょうか。無責任に、これまで真剣に自衛隊が取り組んできたハイチの任務を放り出せというのは、マスコミの傲慢ではないか、と私は思ってしまうのです。国民にとって自衛隊とは何なのでしょうか。御都合主義に過ぎると私は思うのです。

御都合主義の今の政府もマスコミも、自衛隊抜きの震災復興の覚悟を国民に迫ることはできまい、と私は思うのです。南スーダンの人々のために、日本人の力を貸すことは大切です。じっくりと論議し、答えを出すべきだと思うのですが…。

2011年8月8日月曜日

旧友と本校内で思わぬ再会

近くのローソン いつも本校のクラブの活躍の写真が…
先週は夏季特別休暇で、月曜日にちょっと書類を提出しただけで帰宅したので、ほぼ1週間ぶりに登校した。やっぱり学校はいい。生徒の姿を見ると、反射的に微笑んでしまう。今日は午前中に世界史Bの補習をした。現代史のアウトラインを語る内容だ。細かなことは自分でやればいい。世界史は、大づかみにやって流れをつかむ方が絶対わかりやすい。その後、ローソンで昼食を購入して、2学期のプリントを作っていた。

ところで、大阪市立の高等学校の各クラブは、本校と、甲子園にも出場経験のあるS高校(ここにも体育科がある。)以外はあまり強くない。全国大会の予選でも、私立高校や一部の府立高校には、なかなか歯が立たない。だから、前任校でも前前任校でも、前前前任校でも「市立大会」という大阪市立の高等学校内の体育大会での入賞を目指していた。S高校とともに、本校はクラブが強いし、設備も充実しているので、市立大会の会場校となる機会が多くなる。今日も、インターハイから帰ってきたばかりのソフトテニス部のテニスコートでは、市立大会が行われていた。「行く、行く」と生徒に言っている割に、第2体育館の屋上にあるテニスコートに私は足を踏み入れていない。前任校の生徒も来ているらしいので、覗いてみる気になった。で、第二体育館へ向かっていたら、今年T商業高校に転勤になったU先生と偶然、顔を合わせた。「君、何してんねん。」「アホか。うちの学校や。」「おうおう、そうやったなあ。」と相変わらずである。T商業高校のソフトテニス部の顧問になって試合が終わったらしい。(テニスコートにはまた行けなかった。)

彼とは、前前任校の工業高校で共に仕事をした。長い付き合いである。昨年まで前任校のライバル校のような存在だった進学校H高校で理数科の担任などをしていた。私とは、全く正反対の人格というか、なんというか。ソフトで礼儀正しい紳士だと、周りは理解しているようである。ただ私に対してだけは、全く違う対応を見せる。頑固だし、よく大喧嘩をしたものだ。周囲に見せない、素(ス)の顔を見せるのである。おかげで、私はずいぶん悪く見られて損をした。(笑)だが、信用できる男である。二度と一緒に仕事はしたくないが…。(笑)喫茶店に行って、1時間ほど互いの現状を語り合った。おたがい子供も大きくなって、退職後の話なども出てきた。全く歳をとったものだ。

なぜか、私は全く正反対の人間とウマが合う。前任校のY先生もそうだ。数学や理科(彼も理科である。)といった理科系の人間と仲がいい。おかしなものである。

本音を語ってもらえるということは、嬉しいものだ。まあ、お互い転任先でしかっりやろうぜ。

2011年8月7日日曜日

ソマリアの「アルシャバブ」考

佐賀新聞より借用しました
私自身は、イスラム原理主義を、欧米先進国のように”絶対悪”だなどと考えていない。どんな宗教にだって、他の土着宗教と融合する流れもあれば、反対に純粋化する流れもある。宗派の数だけ正義が存在すると言えなくもない。イランのイスラム革命以来のイスラム原理主義の勃興は、冷戦後の世界を大きく揺り動かした。アルカイーダの対アメリカ戦争を、私は全く支持しないが、ムスリムの、というよりグローバリゼーションの中で周縁化せざるを得なかった彼らの”叫び”を否定することはできないと思っている。

今読んでいる石破茂の文庫本『国防』の中で、なるほどと思ったことがある。「私は2001年の「9.11」以前のアメリカと以降のアメリカは間違いなく別の国になったと思っている。それまで、アメリカは強大な軍事力を持つことで、「どこからもやられない」という神話を作ってきた。それが崩れたのである。軍事力の優位が国の安全を保障しなくなった。以来、自衛のための「先制攻撃」を認めるようになった。(趣意)」と言うのだ。アルカイーダは、超大国アメリカの国防戦略を転換させるほどの一撃を加えたのだ。よって、欧米先進国が、イスラム原理主義を蛇蝎のごとく敵視することも理解するところである。

要するに、イスラム原理主義に対して、私は完全中立の立場にあるのだが、今回のソマリアの過激派武装集団でアルカイーダと関係があるという「アルジャバブ」は、ちょっと別だ。

このところ、ソマリア情勢に対しては、ニュースの頻度が増した。飢餓への支援額が不足しているという国連の報道から始まり、アルバジャブが食料支援を拒否しているという報道、受け入れたという報道、AU軍とアルシャバブが首都モガデシオで武力衝突したという報道、AU軍がPKOの後方支援を要請したという報道、そして首都からアルバジャブを追い出したという報道と続いているが、アルバジャブ自体は、「十字軍」への巻き返しを叫んでいる。

うーん。これだけの飢餓を目の当たりにして、あまりにアルバジャブは、幼稚であると言わざるを得ない。彼らは「天命」を信じる人々だから、子どもたちの餓死も「神のおぼしめし」だと片づけるのだろうか。”十字軍”の助けを受けず餓死すると「天国」にいけると信じているのだと思われる。他のイスラム原理主義者は、この事態をどう受け止めているのだろうか。

以前アフガンのタリバン関係の本を読んでいて、指導者であったオマル師の署名があまりに稚拙な文字(小学生の文字の様)であったという記述があった。学歴や知識で人間は計れないことは自明の理であるが、一国の指導者となれば、そうはいかないことも多い。まるで文革の紅衛兵である。文革の10年で中国は失ったものはあまりに大きかったというのが今や定説である。

もちろん、先進国の責任は大きい。貧困からくる教育の未整備がこのような動きをつくったという側面もある。ブルキナで、私は荒熊氏とフィールドワークをした際に、イスラムの神学校の生徒(というとカッコいいが、事実上口減らしで家を出された子どもたち)が、仏教でいう乞食行(こつじきぎょう)を行っている姿を見た。一応アラビックでコーランを読めるとしても、それだけで生きていけるわけではない。
紛争があるところでは、結局貧困が、彼らをソルジャーに仕立てていく。彼らの生命の値段はあまりに安い。食事が与えられ、わずかに極貧から抜け出せる希望があるこそソルジャーになるからだ。ソマリアの原理主義者の若者も同様の道を歩んできたのだろうか。

貧困のスパイラル。紛争の罠。世界No1の失敗国家というソマリアの悲劇に心が痛むのである。

追記(8・18付):尾崎さんというトルコ在住の方から、アルシャバブに対する反駁のコメントがありました。日本では全く流れない情報が以下のブログに書かれています。興味のある方は是非ともアクセスしてください。

2011年8月6日土曜日

ダサネッチの「コーヒーライフ」

コーヒーで身体を洗う母親
『遊動民』シリーズの第5弾を書こうと思う。ちなみに、このエントリーは、我がブログの200回目のアフリカ話でもある。今日は、佐川徹先生(私がいつもお世話になっている京大アフリカ地域研究資料センターの助教であられる。)の『殻がもたらす豊かな暮らし-エチオピア西南部のダサネッチ社会におけるコーヒー利用』について書きたい。

ダサネッチは、ケニアとの国境付近に居住する農牧民である。オモ川の氾濫を利用してモロコシ耕作も行うが、自らを「家畜の人々」と位置付け、牛・羊・ヤギなどを飼育している。100年ほど前から、ダサネッチの住むサバンナにもコーヒー豆が流通しだした。しかし帝政崩壊後、政府がコーヒー豆の国内流通を規制した故に、コーヒーの『殻』(豆を取った後に残った、外皮・果肉・内果皮の混ざったもの)のみが流通するようになった。(ダサネッチは、市場でこの『殻』をミルクやモロコシを売って得た現金で購入するらしい。ここにも市場経済の波が訪れているわけだ。)

『のどの渇きが私を殺す』とは、彼らが最もよく口にする言葉のひとつ。朝放牧に出す時間、昼放牧から帰り作乳する時間、再び放牧に出し戻す時間の一日三回、家の中で『殻』を調理し飲むのである。面白いのは、コーヒーの殻は再利用されることだ。一回使ったものを天日干しする。さらにそれを2日間天日干しし、火であぶり握りつぶして粉状にするらしい。飲む時は何も入れない。ただし、身体の調子が悪い時は、玉ねぎや生姜、チリペッパーを入れたりするらしい。ダサネッチは、オモ川の生水は飲まない。コーヒーは重要な水分補給源なのだ。さらに、『殻』は豆よりカフェイン含有量が多いらしく、疲労回復効果があるという。また乾季などでは、家の中で火を焚くのでサウナ状態である。そこで何杯もコーヒーを飲むので凄い汗をかく。これも身体にいいらしい。…なるほど。なるほど。
ダサネッチと佐川先生
ダサネッチの社会生活の中で、コーヒーが果たす役割は大きい。ダサネッチは他の民族同様、一夫多妻制だし、男性の権力が強い。家も男性エリアと女性エリアに区別されている。コーヒーを調理するのも当然のように女性の役目とされている。また、一人で飲むのもタブーだ。だから、家族や親せき、友人などが集まり、その家の夫人がふるまうカタチになる。コーヒーを飲む時には、最年長者には、ダサネッチの世界観(空・地上・地中で世界は構成され、それぞれ神、人間と家畜、死者が住む)に基づいた儀礼を行うことが求められている。霧状に吹き出す(空の神への儀礼)、腕を洗う(コーヒーで自らの腕にコーヒーを注ぐ:地上における豊かさを示す儀礼)、地に注ぐ(死者への儀礼)などを行うのである。ダサネッチの『茶道(コーヒー道)』とも言うべきか。年長者の権威を再確認させるわけだ。さらに結婚儀礼などの社会関係の媒介としてコーヒーは使われる。男性はコーヒーの殻をいっぱいに詰め込んで女性の家に向かうし、子供の名前をつけるのもコーヒーの場である。面白いのは、このような重要な位置(特に社会儀礼)を占めるコーヒーを作れるのは女性に限られているので、いくぶん女性の地位が高いらしいことだ。奥さんが、サボタージュすれば、儀礼が行えないのだから当然だ。

ところで、ダサネッチから少し南下するとサンブル人らの住むケニアである。ケニアでは、コーヒーではなく紅茶らしい。ダサネッチに言わせると、「味がない紅茶(劣った飲み物)に高い砂糖を入れて飲む彼らは、だから(現金を得るため)家畜を売らねばならず、ビンボーになる」のだそうだ。(笑)だが、最も笑えたのは、ダサネッチの人々、…実は凄い「猫舌」だという話だった。

この佐川論文、なかなか面白かった。オモ川という水が豊かな地域故に、ダサネッチの人々はコーヒーをバンバン飲んでいるわけだ。彼らの住んでる地域も、60年来という東アフリカの干ばつ被害の影響を受けている可能性が高い。今、彼らのコーヒーライフはどうなっているのだろうかと私はたいへん心配している。

佐川徹先生の紹介ページ(本日の画像も佐川先生のものです。)
http://jambo.africa.kyoto-u.ac.jp/member/sagawa.html

2011年8月5日金曜日

ブルーマン in ニューヨーク

朝からTVを見ていて、遅まきながらブルーマンの日本公演が行われていることを知った。なつかしい。昔々、ニューヨークにひとり旅した時、オフ・ブロードウェイで、この『ブルーマン・グループ・チューブス』を見た。パフォーマンス主体なので、英語がわからなくても大丈夫と「地球の歩き方」に書いてあったのだ。私は一時、様々なイベントの演出を手掛けていたことがある。もちろん素人集団であるが、こういうエンターテーメントを見ることも勉強だと思っていた。ノートを手に、メモしながら見たのを思い出す。アメリカの本場の演出は凄い。

最初に溶接の面をかぶった男3人がシルエットから急に浮かび上がる。後にブルーマンと言えばこれだというドラム缶をドラムに見立て、それぞれから赤・青・黄色のペンキが舞い上がるというパフォーマンスが始まった。もう10数年昔だし、インターネットなどなく情報は限られていて、私は当然初めて見たのだ。感激した。これは、後に工業高校の体育祭で機械科の応援団で使わせてもらった。溶接面とドラム缶は用意できたが、ペンキに代わるものとして食紅で色づけしたコメ粒で代用した。なかなか好評だった。

ブルーマン3人のしゃべらない漫才も面白かった。しゃべる代わりに肩からかけた小さな電光掲示板で絶妙なタイミングで、コトバ(当然英語である。)が掲示される。凄いアイディアだ。みんな大笑いしているのだが、私にはよくわからかった。(笑)ただ、”Let's KARAOKE!”という文字は読めた。カラオケは、英語になっていたのだった。音楽がかかって、電光掲示板でカラオケする。もちろん、文字の速さが音楽に合わせて変化するわけだ。凄い。
クリスチーナの世界
観客が参加するバラエティーショー風のパフォーマンスもあった。もちろん、ブルーマンはしゃべらない。すべてボディラングイッチである。うまく伝えられないが、予想外の展開ばかりで、大笑いした。私が一番びっくりしたのは、バラエティーショー風のセットに飾られていた絵が、ブルーマンの持つ掃除機で吸い込まれた瞬間だった。この絵は、MOMA(ニューヨーク近代美術館)にあるワイエスの『クリスチーナの世界』という絵である。この絵、初めてMOMAに行った時、妙に気になった絵だったのでよく覚えている。やはりMOMAを代表する絵だったのだ。

また、こんな幕間的な演出があった。舞台の後方にスクリーンがあり、今、演技を終えたブルーマンが楽屋に移動する姿が映される。なんか休憩時間のような感じである。ブルーマンが外へ出て行き、やがて様々な場所に移動してパフォーマンスで目を楽しませる、そして、あるドアの前に立つ。そのドアを開けると、この舞台。で、ブルーマンが再び登場となるのだ。凄い演出である。おそらく進行上の理由でブルーマンの休憩時間となっているのだろう。現実とVTRの奇妙な融合。感激した。ところで、今回の文化祭の舞台発表では、伝統的に司会者登場のVTRを作ることになっている。(この仕事は私の担当である。)生徒の話では、本校では毎回、この手法を使っているそうだ。今回は、今の3年生が修学旅行で訪れた屋久島から司会者が出発し、放出駅から学校に向かい、舞台横のドアを開けて登場する演出プランらしい。(当然屋久島でのスタートは撮影済みだとか。)意外な話に、私は思わず「それ、ブルーマンやないか。」と言ってしまった次第。生徒はポカンとしていたが…。誰がこのVTRの演出の伝統を導入したんだろうか。

2011年8月4日木曜日

チェコのシュールレアリズム

人間椅子
国際マンガ・ミュージアムで2時間近くマンガを読んだ後、食事をしてから、妻の推薦で、三条通りにある京都文化博物館でやっている『ヤン&エヴァ ジュヴァンクマイエル展』に寄ったのである。本日3つ目の展覧会である。よく知らなかったのだが、チェコのシュールレアリストらしい。妻は、「なんとなく面白そうやで。近くやから…」と言う。だいたい、こういうパターンはアタリが多い。期待せず、同時にちょっと期待して、レンガ作りの建物に踏み込んだ。

最初の展示は、『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』のコラージュだった。奇妙なコラージュである。これは、本の挿絵の原画らしい。うーん、シュールである。良いとも悪いとも…。次の展示はなかなか面白かった。江戸川乱歩の『人間椅子』のアニメーションであった。これもかなりシュールである。他にあまり語彙が浮かばない。まあ、シュールレアリズムの作品なのだがら当然であるが…。

水彩画の木版画
次の展示は、版画だった。そのまま見過ごせばそれで終わりのような展示なのだが、これがよかった。ヤン氏が、日本の木版画に惚れ込んで、彼の作品(えげつないことに水彩のものもある。)を木版画化する様子が、作品、版木、ビデオで紹介されている。最初の版画は、江戸の浮世絵の彫り師と刷り師によって製作された。ヤン氏の原画を見事に木版画されていて、ついさっきハンブルグの浮世絵を見てきただけに感激した。もう1つの作品は原画が水彩画である。ヤン氏は、なんだか、サルバドール・ダリが日本で版画化したのをマネしたらしい。それにしても水彩画である。京都の刷り師がビデオに登場する。この刷り師のおっさんが凄い。なんと100回ぐらい微妙な色を再現するために刷ったという。おっさんは、「江戸の刷りは引き算、京都の刷りは足し算でねえ。」と言う。京都の木版画は、仏教関係の経典や画が多く、色を足していくのだそうだ。へー。

怪談の挿絵
最後の展示にはびっくりさせられた。ラフカディオ・ハーンの『怪談』の挿絵の原画の展示である。これもコラージュなのだが、ヨーロッパ的な絵の一部分を、日本の妖怪画(例の百物語だ!)でコラージュしているのだ。奇妙なバランスで無茶苦茶面白い。凄いセンスというか、芸術性というか、である。ヤン氏は、よほど日本が好きらしい。

結局、はからずも「百物語」&「怪談」というテーマで3つの展示会は三部作となっていたのだった。不思議な京都の一日だった。夜、TVで”恐怖の映像”の2時間スペシャルなどを見ていた。おいおい、恐いぞ。せっかく肩の痛みは引いたのに、今晩は眠れるだろうか。

ハンブルグ浮世絵C展に行く

京都の相国寺(同志社大学今出川キャンパスの北にある)の美術館で、ハンブルグ浮世絵コレクション展というのがやっているというので、妻と行ってきた。新潟行を断念したことだし、せめて近場でもいいから何処かへ行こうということになったのだ。(私はまだ長時間運転できないので、もちろん電車である。)
昨日、妻がWEBでアクセスを調べていたら、「こんなのも、やってるで。」と言いだして、結局ハンブルグ浮世絵コレクション展をメインに、あと2会場ハシゴすることになった。

さて、このハンブルグ浮世絵コレクション展、なかなか面白かった。前回の歌川国芳展とは違って、様々な浮世絵師の作品が展示されていた。ビッグネームである「安藤広重」や「葛飾北斎」と、他の浮世絵師の違いがよくわかる。うーん、なんと言えばよいのだろうか。ビッグネームには、華があるのだ。妻が指摘するに、前回、強烈な「国芳」を見て感激したので、余計そう見えるのではないかとのことである。…なるほど。
北斎の「百物語」
妻は、今回のハンブルグ浮世絵コレクション展で、北斎の「百物語」を見たいのだと言っていた。妻はこういう妖怪モノが好きだ。京極夏彦のファンである。だから民俗学にも造詣が深いわけだ。私は京極夏彦を読んだことがないし、怪談などには興味がない。

で、ハシゴの2件目は、なんと京都国際マンガ・ミュージアムであった。「百物語の館」というイベントがあるらしい。またまた「百物語」である。妻が、一生懸命語るところによると、今日ではないけれど、京極夏彦が来て怪談を語るらしい。ふーん。水木しげるが校長を務める『お化け大学校』というのがあるらしい。京大の先生の公開講座も開かれたりする、なかなか専門的なものらしい。ふーん。(京極夏彦は『お化け大学校』の教授らしい。)

勇んで相国寺から移動したわりに、「百物語の館」は陳腐な内容だった。(笑)これを見るために入場料800円は高い。もとをとるために、マンガを読むことにした。(笑)ちょうど、”ちばてつや”のコーナーがあったので、私は『のたり松太郎』を十両昇進から幕内昇進までの6冊分、妻は『あかねちゃん』を4冊分。”ワレワレは、オオサカジンだ。”(笑)…つづく。

2011年8月3日水曜日

ウガンダの忘れられた紛争

ウガンダ北部内戦地域
先日、「広報ひらかた」を見ていた妻が、「お父さん、お父さん、ウガンダの講演会があるで。」と教えてくれた。栗田さんという「子ども兵社会復帰事業」を手掛ける方の講演会があるという。「行くっ。」と言うわけで、申し込み開始日の今日、めでたく先着80人に入り込んだのだった。何故か予約ナンバーは84と85だった。(笑)当日は、ウガンダの学校給食の試食会もあるようで、楽しみだ。私は、豆の炊き合わせだと予想している。

さて、このウガンダの子ども兵問題を含む北部内戦について調べてみた。かなり複雑怪奇である。(特活)アフリカ日本協議会の資料がかなり詳しい。
http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/uganda_fact_sheet.pdf

高校生を相手に概説するというスタンスで、「ウガンダ北部内戦」をまとめると、およそ次のようになる。ウガンダが、イギリスによって植民地化されていたころ、例によってイギリスは南部の諸民族を上位に置いて、北部をも間接統治した。さて、第二次世界大戦が起こり、ウガンダ軍を編成すると、南部で独立運動が盛んになったことから、その主力を北部の民族に変えたのである。独立に際して、政治的に優位を持っていた南部の民族と軍事的に優位に立っていた北部というねじれた民族対立が現出した。軍を握っている方が強い。当然のように、軍事クーデターを生むことになる。例のアミン大統領も北部出身である。彼は、南部の民族を追い出す形で、タンザニアに侵攻するが、ニエレレ大統領のタンザニア軍と南部民族の武装組織によって反攻を受け、反対にリビアに亡命する羽目になってしまった。その後もイロイロあるのだが、今は南部の民族が政権を担っている。北部には(歴史的にも)これに反対するLRA(神の抵抗軍)がゲリラ闘争を行っているわけだ。
このLRAは宗教的な反政府勢力で、その基盤はキリスト教と伝統信仰で、十戒に基づく統治を理念としているらしい。彼らが、子ども兵を獲得してゲリラ闘争をしているというのである。今や、ウガンダ政府軍にも、南スーダン政府軍に追い詰められ、和平交渉で物資を得たりしているという。なんか、カンボジアのポルポト派の末期に似ているような気がする。最後に、このRDF資料から、ちょっと引用したい。

『 北部ウガンダ紛争は「忘れられた紛争」と呼ばれてきた。ムセヴェニ政権下では、ウガンダは国家としては安定した経済成長をとげ、またエイズ対策の成功モデルとみなされてきた。国際社会は、ウガンダを「アフリカの成功モデル」として位置づけてきたため、その「暗部」ともいえる北部内戦は、国際社会の注目を殆ど得てこなかった。しかし2003年11月に国連の人道問題担当事務次長ヤン・エーゲラン(Jan Egeland)が北部を訪れ、「世界最大の人道危機」と述べたこと、また2004年1月、LRAの犯罪に対、また2004年1月、LRAの犯罪に対して国際刑事裁判所(ICC)が予備調査を開始したことで国際的な注目を集めるようになった。』

京橋のウガンダ人(昨年の4月26日付参照:ウガンダ人もよく京橋に立っている。)も、この北部内戦から逃れてきたのだろう。アフリカの学びは深い。まだまだ勉強不足だと感じだ次第。

2011年8月2日火曜日

東北の子供達 鉄人28号の街へ

TVを見ていたら、震災の被害にあった小学生たちが、神戸を訪れたというニュースが流れていた。神戸の子供たちと交流しながら、先の阪神大震災の被害をこのように乗り越えたという姿を子供たちに見せる意義は大きいと思う。子供たちが記念写真を撮った長田区の鉄人28号モニュメントも、象徴的でいいよなあ、と思う。
夏休みになって、各自治体が様々な形で被害にあった子供たちを招待しているらしい。素晴らしいことだ。先日は、台湾が被災者家族を招待したニュースもあった。やはり李総統の国だ。一方、福島の子供たちが「放射線を気にしなくて遊んでいいから、うれしい。」とコメントしている様子は、病める日本の凝縮でもある。あまりに悲しいコメントではないか。

ところで、先に紹介した佐藤優の『交渉術』の後半には、東日本大震災関連のことも書かれている。そこで意外なコトを学んだ。震災直後、在日ドイツ大使館が日本からの脱出を指示していることを、海外(ロンドン)にいた息子からの情報で知った。おそらく、原発の被害を考えてのことだろうなと思っていた。ところが、少し事情が違ったのだ。
欧米の外交団が浮足立っているのを感知した佐藤優は、イスラエルに国際電話したらしい。友人の言。「日本政府の危機管理に対する認識が甘いんじゃないか。僕が言っているのは原発事故に対する評価じゃない。都市パニックに対する認識だ。」「1000万人を超える東京の人々が緊急避難をすることは不可能だ。欧米人はそれを恐れている。」19世紀から20世紀初頭、アジア諸国で騒乱が生じると白人が襲撃されるという記憶が自然に甦ってきたらいい、封印された人種主義が原発事故で吹き出しているという。「僕たちユダヤ人にはそのことがよくわかる。危機に直面すると欧米社会でも反ユダヤ主義が頭をもたげる。」アジア諸国の外交団は落ち着いていたのに、欧米諸国が大騒ぎした裏にはそういう深い問題があったらしい。だからこそ、欧米諸国が震災への日本国民の冷静で忍耐に富んだ態度を大称賛したのも頷けるわけだ。思わず、うーんと唸ったのであった。

佐藤優の「交渉術」に続く文庫本を2冊購入した。石破茂の「国防」(新潮文庫)と、佐々敦行の「危機管理・記者会見のノウハウ」(文春文庫)である。お二人ともちょっとライトな立場だが、新聞の宣伝を見て読んでみたくなったのだった。

佐藤優の「交渉術」を読む

J堂書店で佐藤優の新刊文庫「交渉術」を買ってから大分たつ(7月4日付ブログ参照)。チンタラと少しずつ読んでいたので、完読まで長くかかった。”文芸春秋”に連載されていたものをまとめたものだが、最初の方は、タイトルどおりのインテリジェンスの方法論みたいなことが書かれている。なかなか面白いのだが、現場の高校教師にはなかなか属性を感じれない内容が多かった。だから長くかかったような気がするのだ。
とはいえ、印象に残った話がある。一つ目は、佐藤優の本で何度か紹介されているエリツィンのサウナ外交での話だ。ウォトカを飲みながら、男同士でキスをしたり、睾丸を握りあったりするのである。ある時、佐藤優がクレムリンの要人に「睾丸を握りあうのは品がない」と言ったら、「旧約聖書」を読んでみろと言われるのである。『アブラハムは家の全財産を任せている年寄りの僕(しもべ)に言った。「手をわたしの腿(もも)の間に入れ、天の神、地の神である主にかけて誓いなさい。あなたはわたしの息子の嫁を私が今住んでいるカナンの娘から取るのではなく、わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れてくるように」』(創世記24)信仰心の篤いエリツィンが、聖書式の誓いを強いているのであった。…なるほど。そういうヘブライズムの影響、面白いよなあ。

二つ目は、佐藤優の友人であるイスラエルのエージェントの話である。ある時、彼はトルコの地方都市に行って協力者と接触することを命じられた。出張は泊まりがけで観光客を装う必要があり夫妻で出かけた。ちなみに、イスラエルの場合、夫がモサド(諜報組織員)である場合、夫人もインテリジェンスの基本訓練を受ける。仕事は順調に終わり、首都アンカラへの国内線に乗り込んだ。しかし、この機がハイジャックされたのである。彼は、こう考えた。「社会主義者が犯人ならソ連に向かう。国交はないが数日後にテレアビブに戻れるだろう。もし、イスラム原理主義者なら、恐らくイランに向かう。イランの秘密警察が調べれば、(イスラム革命前に親密な関係にあった故に)自分がモサドであることはすぐわかる。アラブ諸国やイランでは文化として拷問を用いる。殴ったり、電気警棒、爪の間の針、ペンチで生爪をはがす…。しかも今回は妻がいる。妻に危害を加えられた例もある。」彼は窓から景色を眺め、頭に叩き込んだ地図と比べながら、もしイランに向かうようなら操縦室に突入する覚悟を決めるのだ。佐藤優は聞く。「素手だろう、リスクが高すぎないか?」「相手が1人なら多分勝つ。二人ならば1人目の目を潰せば勝つ。集団なら諦めるしかない。」結局、心身に変調を来たした人物が犯人だったので事なきを得た。(モサド本部ではすでに救出作戦が検討されていたらしい。)…凄い話である。

我が息子夫婦はわけあって、イスラエルに滞在している。先日、日本語教師検定の教材本を日本から送った。CDも同包されていたのだが、わざわざ抜いて送るよう妻は指示を受けた。徹底的に調べられるらしい。送料もアホほどかかったし、関税もバカげているほどかかったらしい。無茶苦茶セキュリティがきつい国なのだ。二つ目の話を読んで、なんか妙に納得したのであった。

2011年8月1日月曜日

ジョージ・ハリソン基金に拍手

ジョージ・ハリソン基金が、東アフリカの飢餓に対して100万ドルの支援をするそうだ。また多くのミュージシャンも支援を世界に呼び掛けるという。今は、とにかく食料支援・保健医療が必要だと思うので私は、大いに歓迎したい。私は最近、本当に役立つ支援は、持続可能な干ばつにも耐えれる個人投資によるものだと、考えるようになった。(7月18日・21日付のブログ参照)まあ、そんなことは、現時点ではどうでもいい。ジョージ・ハリソン基金に拍手である。

私はビートルズ世代なので、ジョンもポールも、ジョージもリンゴも大好きだ。音楽的才能という点から言えば、ポールが一番天才だと思う。だが、ポールは”一芸能人”として天才なのである。ジョンは違う。”一人格”として時代をリードした。ジョンとポールは、名前から言って間違いなく在英アイリッシュである。日本でいえば、在日韓国・朝鮮の人々に立場が近い。だから、ジョンの言動は時として、成り上がりの労働者階級として過激な側面をもつ。この2人は、そういうベクトルの違いがあって面白い。

ジョージは、ビートルズの中でも最も年少者であったこともあって、あまり表面に出てこない”第3の男”である。ただ、インドへのベクトルはジョージが作った。一時、私も、ジョージが世界に紹介したラヴィシャンカールのシタールに魅せられたことがある。(レコードも2枚持っている。)ビートルズが最も円熟していたのも、インド音楽の影響を受けた後の『サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の時代だ。おそらく音楽史上で最高のアルバムであると私は思う。だから、ジョージの力量を軽視してはいけないと私は思うのだ。ジョージは、解散後も第3の男だった。ジョンとポールの中間的な存在だった。ジョンほど過激な”人格”ではなく、ポールほど”芸能人”として生きたわけではない。だが、ここにきて、私は故ジョージの意思に感銘する。第3の男だからできることもあるのだ。

ジョージハリソン基金、東アフリカ支援のニュース
http://www.africa-news.jp/news_i8bgJ3pai.html?right

追記:8月3日付で、リンゴ・スターもボブ・ディランやエリック・クラプトンらとともに支援に協力していることがわかりました。第4の男も頑張っています。”死せるハリソン、リンゴを走らす”というところですな。
http://oops-music.com/info/view_news.html?nid=68576