2018年9月23日日曜日

天皇制の「顕教」と「密教」

私は、完全な併読派である。今読んでいる本は10冊弱。通勤のリュックに入れる本は毎日違ったりする。先日買って再読している「ミカドの肖像」に、今日のタイトル(天皇制の「顕教」と「密教」)のような表現がなされていることに、改めて感心した。猪瀬直樹は、哲学者久野収の天皇機関説論を引用しているだけなのだが、やはり、この表現は言い当てて妙であると私は思う。

この「顕教」と「密教」は両者は仏教用語である。教えがはっきりと示されているのが「顕教」。教えをはっきりと示さず秘密にしておくのが「密教」。簡単に説明すればそうなるが、明治以降の天皇制には、そういう二面性があった。天皇制の「顕教」とは、天皇を無限の権威と権力をもつ絶対君主とみる解釈システムで、「密教」とは天皇の権威・権力を憲法その他によって限界づけられた制限君主とみる解釈システムである。小中学校(御真影と教育勅語)および軍隊(軍人勅語)では「顕教」を徹底して教え込まれ、帝国大学・高等文官試験では、「密教」が初めて明かされ、この「申し合わせ」を了解して官僚となる。これは周知の事実で、昭和に入って、秘儀を知らない「顕教」側の軍部・青年将校が暴走することとなるのだ。

私が特に面白いと思ったのは、この前に、映画「炎のランナー」の話が登場することだ。牧師であり陸上競技短距離で金メダル候補だったスコットランドの青年が、パリオリンピックの100m予選が、日曜日だと知り出場を辞退しようとする。それを聞いた英国皇太子が説得に当たるが、神への信仰の方が国家への忠誠に優先する、なぜなら地上の王国は神がつくりたもうたためだから、という青年の信念に敗北する。だが、400m予選は木曜日だということで、こちらで金メダルを獲得するという話だ。…欧米的な政治権力と精神的権威の対比。

猪瀬は言う。明治以降の日本の天皇制は、政治的権力と精神的権威の両方を備えていたとは言い難い。天皇は観客席(一般の国民)から見ると絶対君主で現人神を演じていた。しかし、楽屋(支配層の官僚)の解釈は立憲君主で実際の政治は官僚に委託されていた。演出家の作ったシナリオは明治憲法と教育勅語、なかなかの出来映えであった。観客は舞台そのもに完全に魅入られたわけではなかったが、観客席にはマナーを指導する警官が配置されており、うっかりと欠伸もできない。幸徳秋水のように大声を出すと退場させられる…。なるほど。面白い比喩で、わかりやすい。

30年前に読んだ、そのエキスは頭に入っているが、再読して、こうして忘却曲線の彼方に追いやられたディテールを見直すことは、実に意味があるような気がする。

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